055.シータ街到着
翌朝。
「っしゃ!」
パアンッと自分の両頬を叩いて気合を入れたゼリアはクロロに向かって宣言する。
「今日は馬がもつ限り全力で走る。もたもたしてたらパリシアに追いつけないからな。ここからシータ街までは2日くらいかかるらしいが、目標は今日中に着くことだ。いくら乗馬がうまくても、女のお前じゃ体力的にキツイものがあると思う。だが、もしお前が途中で止まっても俺は止まらない。ここまで連れてきてもらっておいて薄情かと思うが覚悟しておいてほしい」
ゼリアは自分についてこられなくなった時点でクロロを置いていくと宣言する。
クロロも彼の事情はわかっていたため、足手まといになるようなら置いて行かれるのも覚悟の上だった。
その日の昼過ぎ…
「クロロ…はぁ…はぁ…、ま、待ってくれぇ~」
「ゼリア君…口ほどにもなさすぎるよ…」
体力切れを起こしたのはゼリアの方だった。
いや、彼だって頑張ったのだ。というより、これだけ長時間馬を飛ばしてケロりとしているクロロが異常なのだ。
「お前なんて体力してんだよ。そんで、なんでお前の馬もそんなに元気なんだよ…。俺の馬見て見ろよ。もう汗だくで疲れ切ってるじゃねぇか」
「そんなこと言われても…。僕はお馬さんが一番負担の少ない方法で乗ってるだけだよ。ゼリア君無駄な動きが多いんだよ。短距離ならいいけど、長距離になるとそれがジワジワ効いてくるんだよね。もうお昼も過ぎてるし少し休憩にしよう。ちょうどそこに川もあるからお馬さんの水分補給も兼ねてさ」
ゼリアはクロロの提案を受け入れ、2人は川辺で小休憩を取ることにした。
すると、ちょうどそこにクロロたちが向かう方向から行商人がやって来た。
これはしめた!と思ったクロロはその人物に話しかける。
「すみません。もしかしてあなたはクリリ街に向かっていますか?」
「ん?おやおやこれは珍しい。ずいぶん若い旅人さんたちだね?そうだよ。どうしたんだい?」
「実はクリリ街のある人物に手紙を届けてほしいんです。もちろんお金は払います」
「お安い御用だよ」
行商人は笑顔で了承してくれた。
クロロは彼に感謝し、1通の手紙をしたためて銅貨3枚とともに手渡した。
手紙の運送費としてはこれくらいが妥当のはずだ。
「なになに…宛先は…えっ?クリリ街の領主アゼパス様だって?…うーん。さすがに直接領主様には会えないだろうから、館の門番に渡すことになると思うけど…。私は一介の行商人だから、ちゃんとこの手紙を届けてもらえるか自信がないよ?それでもいいかい?」
「それならこの手紙を渡すときに、ゼリア君と一緒にいる人からの手紙ですって一言添えてもらえれば、領主さんまで届くと思います」
「ええっ!もしかして、そちらの坊やはアゼパス様の息子のゼリア君なのかい?」
行商人はゼリアを指差して驚きの声を上げる。
「っち。クロロ余計なマネするなよな」
「…そんなばつの悪そうな顔で言われても説得力ないよ。ゼリア君お父さんに何も言わずに出てきちゃってるんでしょ。心配してると思うからとりあえず無事だってことだけ伝えておいた方がいいよ」
「…好きにしろよ」
「ってことなので、くれぐれも手紙をお願いします」
行商人は開いた口がふさがらない様子だったが、ことの重大さがわかると、慎重に手紙を懐に入れて頷いてくれた。
それから2人はまた全力で馬を飛ばし、とうとう夜になる一歩手前でシータ街に到着した。
なんとかギリギリで街に入れてもらえたが、今日はもう聞き込みなどは無理だと判断し、適当な宿屋を探して眠ることにした。
ここでも部屋割りについてじゃっかん揉めたが、やはり料金を支払うクロロの言い分が通り、2人一緒の部屋になった。もはや、ゼリアはこの状況に慣れつつある。
翌日、2人は勢い勇んで聞き込みを開始した。
餅は餅屋の原理で、まずは宿泊した宿屋の人に尋ねてみる。
「すまねぇけど、聞きたいことがある。ちょっといいか?」
ゼリアは食事で給仕をしていた若い女性に話しかけた。すると彼女はゼリアの顔を見るなり、少し頬を染めてもじもじしだした。
「えっとぉ…。いいですよぉ…。その、私は今日午後から空いているのでデートならOKですけどぉ…」
「いや…そうじゃなくて…」
「え?もしかして、連絡先ですかぁ…。どうしよう、本当なら初対面の人には教えないんだけど、お兄さんなら…」
「いや…そうでもなくて…」
「うそっ!もしかして私の好みですかぁ…。私は…その…背が高くて、声が低くて、ちょっとワイルドな人がタイプでぇ…そう、ちょうどお兄さんみたいな…」
「『シロアリ』って宿屋知らない?」
これではらちがあかないと思ったクロロは会話に割り込んで、単刀直入に尋ねる。
「え?シロアリ?やだぁ、あんな裏通りにある宿屋に何の用があるっていうの?坊や行くなら1人で行きなさい。このお兄さんを巻き込むなんて感心しないわよ」
クロロは何故かお姉さんに怒られた。ビックリするほどあからさまな依怙贔屓だ。いっそ清々しい。
「あんた場所を知ってるのか!?」
まさか聞き込み1人目で当たりを引くとは思ってもみなかったゼリアは興奮気味に彼女に詰め寄った。
「きゃ。そんな急に…お兄さんたらもう…」
ほんのちょっと顔を近づけただけで、えらく過剰な反応をされたにも関わらず、彼はそんなことにはお構いなしに話を進める。
「頼む!案内してくれ!俺達は昨日の晩この街に来たばかりで地理とかも全然わかってねぇんだ」
「そ、そんな…。こんな朝から裏通りのお店に案内してくれだなんて…。なんてだ・い・た・ん…。いいわ。私、今から店長の許可をもらってくるわ!待ってて!私の運命の人っ」
『ボスっ…』
ほとんど噛み合っていない会話をしながらも、なんかうまく話が進んでいると、突然お姉さんの頭上に大きな手がにゅっと生えて、彼女の頭を鷲掴みにした。
「どこに行こうってんだ?シンディ…?」
「きゃあぁぁ…」
そこにはガタイが良く堀の深い顔をしたおっちゃんがいた。
「あぁぁぁ…お父さん…」
まさかのお父さんだった模様。
クロロとゼリアがポカンとしていると、彼はギロリと大きな目でこちらを睨んできた。
クロロはケロリとしているが、ゼリアは嫌な汗をかいた。
「おうおうおう。お客人、俺の宿に泊まりながら、シロアリなんて店ご所望なだけあって、お手がお早いようだ。こんな公衆の面前で俺の娘を口説くなんて、並大抵の神経じゃできねぇでしょうぜ」
娘が娘なら父親も父親だった。思い込みが激しい。あと、店長とはお父さんのことだったようだ。
「ああ、あのあのあの…。俺は決して疾しい気持ちで娘さんに話しかけたのではなく、やむを得ぬ事情があってシロアリという宿屋を探しているのです…」
「ああん?口ではどうとでも言えるよなぁ」
聞く耳持たない親父さんに冷や汗が泊まらないゼリアはクロロに助けを求めるように目を向けた。しかし、彼女は巻き込まれたくないのかそっぽを向いた。なんてことだ。
「さあさあさあ、どうしてくれようかね」
「お父さんやめて!彼は私の運命の人なの!」
「シンディは黙っていなさい。お前は先月も運命の人を見つけて、ホイホイついていきそうになっていたじゃないか。一体何人の運命の人がいるんだ!」
「じゃぁ、せめて彼の顔だけは殴らないで!あんな素敵な顔がひしゃげるとこなんて見たくないわ!」
ゼリアは目の前の会話から不吉な予感がした。もしかして、俺殴られるの?宿屋について聞いただけで?そんな理不尽な!
「ちょ…ちょっと待ってくれ!お…俺は…俺には…、こ、心に決めた人がいるんだ!」
彼はそう言ったかと思うと、クロロの背後に素早く回り込み、彼女をズイッと前方に押し出した。
「わー!やだやだ!巻き込まないでぇ!」
喚くクロロ。
「こいつ!こいつなんだ!」
しぃーん…
食堂中の空気が凍った。
かと思うと、そこかしこからひそひそ話が聞こえてくる。
「ちょっと、あの若さで…」
「まさかこんな公衆の面前で堂々と…」
「わたしゃ差別はしないけどねぇ」
「うわっ!マジマジ?」
ゼリアはしまったと後悔した。自分はクロロのことを最初から女だとわかっているが、周囲はそうではない。
つまり、今自分は男を好きだと宣言してしまったことになる。ヤバイ!
「ち、違うんだ!こいつは…こいつは…」
ゼリアが言い訳を考えていると、大きな手が彼の頭をポンポンと撫でる。
「ぐす…。君、若いのに苦労してるんだなぁ…誤解して悪かったよ。許してくれるかい」
「私も…思い込みでしゃべっちゃってごめんなさい…。応援してるわ…」
「いや、違っ…」
「シロアリはこの街の一番東側の地区の裏通りにあるよ。あの地区にある宿屋はそこだけだから、人に聞いていけば間違えることはないだろう。…大丈夫。君と同じ境遇の人にもきっと会えるよ。それが目的でシロアリを探していたんだろう。あそこは確かに治安はあまりよくないが、様々な事情を抱えた人が集まる場所だからね。ヤバい連中に目を付けられないようくれぐれも気を付けて行くんだよ」
ハンカチを目に当てながら、詳細な情報を教えてくれる店長。それに便乗するように周囲の人々もゼリアを励ましだす。
「気を付けるんだよ坊やたち。境遇に負けちゃダメだよ」
「俺、君を見て勇気が湧いてきた!ありがとう!今日にでも彼女にプロポーズしてみるよ」
「わたしゃ差別はしないよ!」
「マジかよ…。物好きもいるもんだな。だけど、その潔さは嫌いじゃないぜ」
どんどん誤解が解きにくくなっていき、青くなるゼリア。その間にポンポンといろんな人から肩や頭を叩かれ、同情や励ましを受けて行く。
「う…。うわーーー!!」
とうとう耐えられなくなり、宿屋から全速力で逃げ出してしまった。
「きゃー!置いてかないでー!」
この空間に1人置いて行かれてはたまらないと、クロロも慌てて彼の後を追った。




