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054.街道の宿屋

 結局根負けしたゼリアは、狭いテントの中クロロと引っ付くようにして一晩を過ごした。

 最終的には彼がクロロに根負けした。

 いくら幼くとも女の子と狭い空間で一晩過ごすことには変わりなく、ゼリアは朝まで悶々として眠れないことを覚悟していた。

 しかし、横になっていると案外クロロの高めの体温が気持ちよく、やけに安らかな気持ちになって普通にぐっすり眠れてしまった。

 そして現在、朝のさわやかな森の空気の中、クロロの手作り朝ごはんを堪能しているのだった。

「おかわり」

「はいはい。どうぞ」

 昨晩から一転して、ゼリアは遠慮なくクロロの食糧を頂くことにした。朝起きたら消えかけた薪のそばに大量の木の実や薬草が置かれていたのを見て、「あ、これマジで大丈夫だ」と悟ったのだ。

 食事を終えた2人は再び追跡を開始した。

 道は南東に向かって続いていく。

 途中、ゼリアが野生動物にビビったり、頭上から降りてきた虫に叫んだり、先走って獣道を外れて急な斜面を滑り落ちそうになったりしたが、まあ大きな問題なく進んでいった。


 そして追跡すること3日。とうとう獣道が大きな街道に合流した。

「やったー!街道だ!街道だぞ、おい!」

「本当だね!転んだり、泣いたり、叫んだりしながら進んできた甲斐があったね」

「ちょ…おま…それ絶対親父やパリシアにバラすんじゃねぇぞ!」

 とにかく恥ずかしいシーンを見られまくったゼリアは顔を真っ赤にした。

 一緒に旅をしてわかったことだが、彼は少々おっちょこちょいというか直情的なところがあるようだ。良くも悪くも嘘は言わないし、感情を素直に出す。

 それもそのはずで、見た目だけは大きいが、彼はまだ16歳だったのだ。感情的になりやすいのは若さ故だ。

 ちなみに、クロロが同じ年だと告げると嘘をつくなと言われてしまった。本当だ本当だと言い続けてやっと信じてくれたのだが、その後頭を抱えてしばらく地面にうつ伏してしまったのが謎だったが…。ずっと「一緒に寝ちゃった、どうしよう。マジか俺…」とぶつぶつお花に話しかけたりしていたし、もしかしたら慣れない旅の疲れが出ているのかもしれない。

 だがクロロの予想が正しければ、この道の先にはあの街があるはずだ。パリシアを攫った者たちもそこにいる可能性が高い。

「おい、クロロ。この東西に伸びてる街道、どっちに行ったらいいと思う?」

 ゼリアが挑戦的な目で問いかける。

 クロロはニヤリと笑った。

「そんな当たり前のこと聞かないでよ。もちろん東。この道はクリリ街からシータ街へ向かうためのもので、まず間違いないはずでしょ?」

「ああ、そうに違いない。犯人たちは最初クリリ街の北門から出てリゼンに向かうと思わせておいて、本当はシータ街へ行っていたんだ。獣道ができるほど使ってる道だ。おそらく常習犯なんだろう。シータ街で聞き込みしまくれば、何かしらの情報は出てくるはずだ!まってろよパリシアー!」

 ゼリアは妹の名前を叫びながら馬を走らせる。

 誰もいないからいいが、ちょっと恥ずかしいのでやめてほしい。本当、どんだけ妹好きだ。


 街道を駆けていると宿屋を見つけた。こういった長く大きな街道には途中にこういった場所があることが多い。旅人や商人はここで移動の疲れを癒し、情報を交換するのだ。そろそろ日も落ちかけていたし、今日はこの宿屋で一泊することにする。

「こんにちはー。一泊したいんですけど部屋は空いていますか?」

「はいはい。おやまぁかわいい旅人さんたちだね。部屋は2人1部屋でいいかな?」

「はい、構いません」

「ちょっと待て!別々の方がいいだろうが!」

「え?なんで?」

「なんでってお前…もう森の中じゃねぇんだから一緒なのは…そのやべぇだろ」

 ゼリアは顔を赤くしながら言う。

「別にいいじゃないか。さんざん一緒に寝たんだから」

「一緒に寝たって言うな!なんかいたたまれなくなる…」

「それに、2人1部屋の方が安いし」

「ぐっ…」

 金銭のことを言われるとゼリアは強く出られない。

 彼は必要最低限の金銭しか持っておらず、この宿代もクロロに頼るしかないのだ。

「話はまとまったかい?結局2人1部屋でいいんだね?」

「うん。よろしくお願いします」

 結局一緒の部屋になってしまった…。だがクロロにおんぶに抱っこ状態のゼリアは文句を言えない。

「ところでおかみさん。ここ数日のお客さんでちょっと大きめの馬車に乗った人たちっていなかった?」

「そうだねぇ。この宿は元々客のほとんどが商人だからねぇ。大量の荷物を馬車で運んでる連中はたくさんいるんだよ。あぁ、でも数日中と言えば私の大っ嫌いな連中が来たね!」

「それはどういう人たちなの?」

「人身売買の連中だよ。なんでも犯罪を犯した人間を王都で売りさばくんだと。いつも私たちが作る料理の残飯を商品にする連中に与えててね。あぁ胸糞悪ったらありゃしない!今回は目玉商品があるとかで、大盛り上がりさね!なんって連中だよ、人をなんだと思ってるんだい!あんな商売してる連中こそが犯罪者じゃねぇのか!あぁん!」

 話しているうちにおかみさんがヒートアップし、人格が変わってしまった。

 怖いよ!このおかみさん怒らせちゃダメな人だよ!

「そいつらだ!」

 話を聞いたゼリアは机を叩きながらいきり立つ。

「もっと詳しく教えてくれ!俺の妹が攫われたんだ!目玉商品ってのは間違いなく俺の妹のパリシアだ!あんな可愛い奴そんじょそこらにゃいねぇ!」

「なんだって!?あいつら、犯罪者を売ってるんじゃなかったのかい?まさか、商品にするために人を攫ってたのか?…あいつら生かしちゃおけねぇ!今度来たときには、料理にアツソウをぶっこんでやらぁ!」

 おかみさん、完全に殺る気だ。アツソウなんか口に入れたら、口の中火の海になっちゃうよ…。

「あ…いや落ち着い…」

「おかみさん!やつらの情報を俺にくれ!頼む、妹を助けたいんだ」

 同じくヒートアップしてるゼリアがおかみさんに頭を下げる。

「いいよ。私も善良な一般市民が攫われてるなんて黙って見ておけないよ。…そうだね。あいつらはいつもシータ街に数日間滞在してから王都に向かってるみたいなんだ。さすがに物資の補給とかが必要だからね。今ならあんたたちが急いでこの街道を進めば、シータ街で奴らに接触できるかもしれないよ。奴らは街で『シロアリ』って宿をよく使ってるらしいから、まずはそこに行ってみるんだね」

「わかった!ありがとう。明日から全力で馬を飛ばす!」

 以前のゼリアならば、ここですぐにでも出発すると言い出していただろうが、後先考えずに感情だけで動く愚かさを思い知ったのだろう。ちゃんと一晩休むことを念頭に置いている。

「それと奴らの人相も紙に描いて教えてくれると助かる」

「…っく、ごめんよ坊や。私は絵がド下手でね。上手く伝えられる自信がないよ…」

「そうか…。はっ!クロロ!」

 ゼリアは何かに気付いたようにクロロを見た。

「え?何?」

 盛り上がっている2人にちょっと置いて行かれていたクロロは突然話を振られておたおたする。

「お前の持ってるニンソウをここに全部出してくれ!その中から一番近い顔をおかみさんに選んでもらう」

 マジか。ニンソウの新しい使い方だそれ。なんというナイスアイデア。

 クロロは言われるがままニンソウを机の上に並べていく。森で採集した採れたてもあるので老若男女勢揃いだ。

「おかみさんどうだ?」

「あら、何これ。すごい葉っぱね…。やだ超イケメン!うっそー、やっだー!カッコいい~」

 彼女は先ほどまでの気迫を一瞬で消して、女の部分をやたら出してきた。だが、相手はただの葉っぱだが。

「そんなんいいから、早く選んでくれよ!」

「もう、せっかちね。こんなイケメン見る機会なんてないんだからちょっとくらいいいじゃない」

 また人格が変わっている。この人めちゃくちゃ面白いんだけど。

「えっと…、奴らは3人組だったね。これとこれとこの葉っぱの顔に近いよ」

 そう言って彼女が選んだのは、中年ので眉毛が太く無精ひげの生えた男と細見で目が細く出っ歯の男、小太りで顔のパーツがなんか中心に寄った感じの男の顔っぽい葉っぱだった。

「ちなみに全員髪の色は小さな坊やと同じような赤茶色だったね。あんまり手入れされてないのか、坊やみたいに綺麗な髪質じゃなかったけどね」

「それだけわかれば十分だ!おかみさん、ありがとう」

 素直に礼を述べ、頭を下げるゼリア。本当にクリリ街を出るときとは大違いだ。

「いいよ、いいよ。人様の役に立てたのなら十分さね。さて、そろそろ日も落ちたし荷物を置いておいで。そしたら食堂で美味しいご飯を提供してあげるからね」

 おかみさんはそう言うと、食事の準備があるからと店の奥に引っ込んで行った。

 2人は言われた通り荷物を置いた後、食堂で食事を取った。

 この宿、実は裏に温泉も湧いているらしく、2人は久々の入浴で疲れを癒した。

 ちなみにゼリアは着替えを持っていなかったが、クロロがひそかにキレイナの成分を彼の服に染み込ませておいたおかげで、少し洗うだけでピカピカになった。普段洗濯をしないゼリアはこの汚れの落ち具合が異常なことに気付けなかったが。

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