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053.またバレてた

 森の中を順調に進んで行くクロロとゼリア。

 隠された道は結構な頻度で使用されているらしく、踏み跡や獣道が自然にできていた。入口こそ見つけにくくなっているが、一度中に入ってしまえばどこを通ればいいのかは一目瞭然だった。

 しばらく東に進んでいたが、やがて徐々に進路が南に変わっていった。

 ただ、その頃になると太陽もだいぶ傾いてきており、森は薄暗い闇に支配されつつあった。

 そしてようやくゼリアは自分の無謀さに気付き始めた。

 (腹減った…。まさかこんな長丁場になるなんて…)

 感情だけで動くのではなかった。街の外に出るとわかった時点で、ちゃんと色々な準備をしておくべきだった。これではパリシアを探すどころではない。

 まるで彼が落ち込むタイミングを見計らったように「ウォーン」と森に住む夜行性のオオカミの遠吠えが聞こえ、ゼリアは身をすくませた。

 とうとう森に夜がやってきてしまった。


 ゼリアが心細さと不甲斐なさに打ちのめされ、俯きながら進んでいると突然後ろから腕を引っ張られ、心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。

「危ないよ」

 そう声をかけられて初めて自分の正面に木があることに気付いた。

 このまま進んでいたら馬がぶつかるところだった。

「ねぇ、もう暗いよ。まだ進むの?」

「う、うっせぇ。そ、そろそろ休もうと思ってたところだ…」

 そうだった。自分は今1人でいるわけではないのだ。

 憎まれ口を聞いてしまったゼリアだが、内心ではこのクロロという名の小さな旅人をこんなところまで連れまわしてしまったことを申し訳なく思っていた。

 どうしよう。こんな夜の森に連れてきてしまって、この旅人も心細く感じているのではないだろうか。

 しかし、彼の心配をよそにクロロはあっけらかんと言い放つ。

「そうなんだ。じゃあそろそろ野営の準備をしようよ。これ以上暗くなったら本当に何にも見えなくなっちゃうよ」

 そう言うやいなや、ひらりと馬から降りてその辺りの枝を集め出した。

 それにつられて、ゼリアも馬から降りる。

「おい、何やってんだ?」

「え?何やってるって、薪の準備に決まってるじゃないか。ちょうどこの辺りはちょっと開けてて良い場所だしね。ところでゼリア君、ずっと気になってたんだけど君荷物すら持ってないけど大丈夫なの?」

 それはまさに今彼が一番触れてほしくない話題だ。

「…じゃ…ねぇよ」

「ん?声が小さくて聞こえないよ?」

「大丈夫じゃねぇっつてんだよ!まさかこんなことになるなんて思ってもみなかったんだよ!腹は減ったし、周りは暗いし、オオカミは怖ぇし!」

 ゼリアは開き直って大声で喚いた。

「パリシアを救うどころか、今自分がピンチで泣きそうなんだ!それぐらい察しろよ!」

 顔を腕でぐしぐしと擦りながらなおも喚く。

「パリシアー!パリシアー!パリシァァァ!」

 とうとう大声で泣き出してしまった。もう意地を張るのも限界だった。

 男だからとか、外聞があるだとか、格好悪いとかもう考えられない。感情が大爆発してしまった。


(あわわわわわ!泣いちゃった!どうしよう!こんな大声出したらオオカミさんが興味持って集まっちゃうよぉぉぉ!?)

 あわあわと慌てるクロロだが、同時にわかったこともある。あれだけ偉そうにしたり暴言を吐いたりしていた彼だが、本当は不安で不安でたまらなかったのだろう。大好きな妹が攫われてしまって居てもたってもいられず、少しでも自身の不安を取り除こうと必死だったのだ。

 まぁ、その結果がこれとは…なんというか残念すぎるが…。

 クロロは「ふぇぇ~」とため息と共に肩を落とした。

 ハイルとギルといい、どうも自分は絶体絶命の男たちに縁があるようだ…。

「わかった、わかったから…。落ち着いて。ほら、これでも食べて」

 クロロはリュックからとっておきの干し肉を取り出して、ゼリアの口に放り込む。

「んっ…。ひっく…、ひっく…。う…う…うめぇ!」

「そりゃそうだよ。僕のとっておきだからね!ほら、もう少しあげるから泣き止んで」

 そう言って、干し肉を追加で渡してあげた。

 ゼリアが干し肉に気を取られている間に、クロロは十分な量の薪を集め、息をフッと吹きかけた。すると見る見るうちに炎が燃え上がる。

 クロロはその薪の中に乾燥したニンソウを放り込み始める。

「ぎゃあ!なんだその気持ち悪い葉っぱ!」

 明るくなって周囲が良く見えるようになったゼリアは、クロロが見たこともない不気味な葉を持っていることに気付いてしまった。

「これはニンソウって言って、乾燥させて火を付けると野生動物が嫌いな臭いを発するんだ」

「そ、そうなのか…?でも、その葉っぱ…なんか皺くちゃな老人そっくりで気味が悪いんだが…」

「ああ、これ人の顔みたいに見えるからニンソウって言うんだ。地面に植わってるときには、美男美女風の顔なんだけど、乾燥させたらこうなっちゃうの。だけど効果はてきめんだから大丈夫!」

 クロロは胸を叩いて自信満々に言う。

 いや、老人を火にくべてるようでものすごい罪悪感なんだが…。しかも燃えにくいのか、その顔のような部分がゆっくりと苦痛や絶望といった感情表現をするんですけどっ!?

 ゼリアは先ほどとは違う意味で泣きたくなった。

「さぁってっと…。ちょっとテントを張るから待っててね。ゼリア君はその間に馬を適当な木につないでおいて」

 命令されたゼリアはお前が仕切るなと文句を言いかけたが、ついさっき大泣きして迷惑をかけてしまったし、今自分は役立たずだし…と思い、しぶしぶ言われたことを実行することにした。

 馬をつないでいる間クロロの様子を見ていたが、見事なものだった。

 折り畳み式のテントをまるで手品のように広げ、地面に固定する。

 あっという間に今日の寝床が完成した。おそらくあれを自分がやろうとすれば、数倍の時間がかかっただろう。

「よっし完成!後は腹ごしらえをして寝るだけだよ。干し肉だけじゃ足りないでしょ?僕の食糧分けてあげるね」

 クロロは再びリュックをガサゴソ漁って街で購入しておいた携帯食料をゼリアに分け与えた。

 しかしながら、先ほどとは違い彼は一向に受け取らない。

「どうしたの?ほら、食べなよ」

「…」

 黙って顔を背けるゼリア。

「もしかして干し肉がいいの?」

「ちげぇよ!その…なんだ…さっきは無我夢中で貰っちまったけど…。お、俺が食べたらお前の分の食糧が減っちまうだろうが…」

 ゼリアは言いずらそうに口をもごもごさせる。

「女の食糧を遠慮なく貰えるほど俺は恥知らずじゃねぇんだよ!」


 ピキッ…。

 クロロは見事に固まった。

 あ、あれ…?聞き間違いかな…?

 …なぜだ!?どこでバレた!今回はギルのときみたいに身体を触られた訳じゃないのに!

 いきなり固まってしまったクロロに今度はゼリアが話しかける。

「おい、どうした。何固まってんだよ。俺が食糧拒否したから怒ってんのか?」

「いつ…?」

「あ?」

「いつから僕が女だって気づいてたの…?」

「そんなん見りゃわかるだろ」

 まさかの初対面から!

 マジか。なんでだ。この男装結構自身あるのにー!

 地面にのの字を書いて落ち込むクロロ。

「僕の男装もしかして全然ダメ?」

 うるうる瞳でゼリアを上目使いに見つめるクロロ。今にも泣きだしそうで、慌て始める。先ほど自分が大泣きしたのはもう忘れた。

「いや…そういう問題じゃねぇよ。いくら恰好を変えたところで無駄だ。俺にはわかる。パリシアにとって危険そうな人物かそうでないかでな。男は誰であっても危険人物だ。だが、お前はそうじゃなかった。つまりお前は男じゃない、女だ」

「え?何それ…怖っ!妹愛怖っ!」

 クロロはじゃっかん引いた。

 うっわ、これはかなりレアなケースだ。こりゃ相手が悪かったと思って諦めよう。

 クロロは以外と潔い。

「ゼリア君。僕が女なのは極力黙っててね。女だったら厄介ごとに巻き込まれやすくなるから。それを避けるための男装なんだからね」

「ふーん…。確かにそれもそうだな。てめぇみたいなちんちくりんが旅人だってだけでも頼りないのに、さらにそれが女だなんて襲ってくださいって言ってるようなものだもんな。…それにしても…本当に色々真っ平らだなお前」

 クロロの全身を見ながら、呆れたように言うゼリアにクロロはぷぅと両頬を膨らませる。

「すぐに色んなところがおっきくなるもん!見てろよ、すぐに大迫力のグラマラス美人になってやるんだから!」

 ゼリアは鼻息荒いクロロをじっと見ながら

「まぁ、頑張れ」

 と、明らかに馬鹿にしたように言う。

 むむむぅとクロロは不満そうにしていたが、ゼリアの腹の虫が「ぐぅー」っと鳴ったのをきっかけに元の話題に戻ることにした。

「なにはともあれ、これは食べなよ。じゃないと明日持たないよ。ここから先どれだけ移動するかわかんないんだからね。それにこれくらいの森だったら食糧はその辺にいっぱいあるよ。だから遠慮なんてしなくていいよ」

 クロロは再びゼリアに食糧を食べるように促す。

 しばらく躊躇していた彼だが、さすがに空腹にはかなわなかったのか、遠慮がちに食べだした。

 クロロはその様子に満足した。

 そして、食事が終わると就寝に入る。

 本来の旅人なら交代で夜通し火の番をするところだが、クロロは一晩もつ薪の量は把握しているし野生動物も近づけないようにしているので2人同時に寝てしまっても問題はないだろう。

 先にテントに入ったクロロはゼリアを中に誘う。

「さぁ、寝よう!」

「…ちょっと待てー!てめぇ女だろ!いくら幼くても男と一緒に寝るなんて何考えてんだよ!」

 2人の押し問答はこの後しばらく続いた。

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