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051.追いかけっこの結果

 ゼリアは馬を飛ばしながら焦っていた。

 パリシアは彼の全てだ。その彼女が攫われていたにも関わらず、それに気づかずのほほんと過ごしていただなんて…。自分で自分が許せなかった。

 ああ、可哀想なパリシア!今、どれだけ不安でどれだけ悲しい思いをしているのかと思うと胸が張り裂けそうだ。

 くそう!こんなことなら俺も真面目に勉強して、パリシアと同じ学習塾に通うんだった…。まさかこんなところで日頃のツケが回ってくるなんて!

 パリシアー!無事でいてくれー!お前が無事で帰ってくるならいくらでも勉強するし、真面目に領主を目指すから!


 ゼリアは心の中で大声を出しながら馬を走らせる。本当は実際に叫びたかったのだが、あまりにも早い速度で走っているため口を開くと舌を噛むのだ。

 ゼリアは勉強嫌いだが身体を動かすのは好きだ。そのため馬術や剣術などといった屋外で学ぶことについては積極的に行ってきた。中でも馬術は得意で、今もし護衛がついてきていたとしても振り切る自信がある。

 それと正反対なのが妹のパリシアだ。

 パリシアは運動はからきしダメだが、勉学には跳び抜けた才能を発揮した。物覚えもよく、意欲的に学びたい本人の意向もあって、13歳になった彼女はクリリ街でも一番難易度が高いと言われる学習塾に通うことになったのだ。ただ領主館から通うには少々遠く、不審者に狙われる可能性が高くなるということで、今は学習塾のすぐ近くにある祖父母の家に居候をしている。ちなみに祖父は元クリリ街の警護団長を務めた人物で、今も時折若者たちの指導にあたるほどだ。防犯面でも完璧なはずだった。

 だから油断していた。まさか家から堂々と攫われるなんて誰が予想しただろう。

 祖父が身分証の虚偽を見抜けなかったとなると、かなり高度な技術で作られたものになる。そもそも領主の身分証など一般人はほとんど見る機会がないため、偽造しようにも実物がわからないはずなのに…。


 ゼリアが馬を疾走させながらも悶々と考えていると、前方に例の森が見えてきた。

 と、同時に彼は背後から聞こえてくる蹄の音に気が付いた。

 振り返るとすごい速さで黒馬が追いかけてきている。

 速い!

 すごい手綱さばきだ!

 まさか、撒いたはずの護衛が追いかけて来たのだろうか。だがあんなに見事に馬を操れる者がいただろうか。

 考えている暇はない!俺は捕まる訳にはいかない。捕まれば確実に館へ連れ戻される。そんなのはイヤだ!俺は一刻も早くパリシアを助けるんだ!

 すぐに前を向き、さらに馬の速度を上げた。

 しかし馬の方がもう限界で、ほとんどスピードが上がらない。ヤバイと思ったがどうしようもなく、とうとう森に入る一歩手前で追いつかれてしまった。

「やっと追いついたよー」

 だが、聞こえてきたのは予想していた野太い男の声ではなく、朗らかで比較的高めの声だった。

「もー。なんでそんなに暴走するかな。おかげで僕まで巻き込まれちゃったじゃないか」

 しかもなんかプリプリ怒っている。

 振り返るとそこには予想外の人物がいた。

「なっ!ちんちくりん!なんでお前が追いかけて来るんだよ!」

「そんなの僕が聞きたいよ!なんで僕がゼリア君を追いかけなきゃダメなんだよ」

「いや、理由も知らずに追っかけて来たのかよ!」

「だってしょうがないじゃないか、毛根が危なかった店員さんにあれよあれよという間に馬を渡されて君が無茶しないように見張っててって言われたんだから」

 ゼリアは目の前でため息をつく人物を改めてじっくり見た。

 このちんちくりんは、ちんちくりんの名に恥じない体格をしている。

 細く、小さく、幼い。

 背中の大きなリュックに押しつぶされていないのが不思議なくらいだ。

 いける。

 ゼリアは思った。

 コイツだけが相手なら無視してどんどん進めばいいのだ。

 これがいつもの護衛たちならば敵わないが、こんなちっこい奴の1人や2人ならどうとでもなるだろう。

「大した用がないならとっとと失せな。俺は忙しいんだ」

 そう言うとゼリアはクロロを無視して再び馬を走らせて森の中に入ってしまった。

「わわわ!待ってよ!僕は君を見張らないといけないんだから」

 クロロは慌てて彼を追いかける。

「ついて来んな!」

「しょうがないじゃないかー!僕、ああいう気の弱そうな人のお願いに弱いんだよー」

「知るか!」

 ゼリアは自慢の馬術と森という地形を生かして逃げようとするが、予想以上に相手の手綱捌きがうまく、全く離すことができない。

 しばらく2人でギャーギャー言いながら追いかけっこをしていたが、やがてゼリアの方が力尽きた。

「ぜー…ぜー…わ、わかった。もういい。ついてきたいならついて来い…。そんで気が済むまで見張ってろ…。別に俺を止めろと言われた訳じゃないんだろ?」

 ゼリアは作戦を変えることにした。

 物理的に放せそうにないなら、せめて自由に行動できるように丸め込んでやる。

「あれ…?それもそうだ。そういえば君を止めろとは言われてないや」

「だろ?だったらただただ、ついて来ればいい。ただし俺の邪魔はするなよ!」

「う…?うん、うん!そうだね、君が無茶しない限りは何もしないよ。」

 ゼリアはこいつちょろいなと思った。

 おそらくさっきの店員はこのちんちくりんに俺の足止めをさせておいて、その間に護衛たちに追いつかせる予定だったのだろう。

 だが、そういった意図まではこいつに伝わっていないようだ。ラッキー。

 よしよし、これで自由に動けるぞ。

 俺もこいつもかなりのスピードでここまで来たから、護衛が追いついてくるまでにまだ多少の時間はあるだろう。

 なら、その間だけでもパリシアの痕跡を探しておきたい。

「じゃあ行くぞ」

 そういってゼリアは森の奥へ進んでいく。

 話によれば、馬車は途中で大きく東に逸れて行ったとのことだ。

 森には木々が無数に生えており、馬車が通れる場所となればかなり限られてくるはずだが…。

 

 しかし、しばらく道沿いに進んで行くと森の出口に到着してしまった。

 そもそもこの森自体は大きいが、街道として使っているのはごく僅かですぐに抜けてしまうのだ。ゼリアもアゼパスの仕事に無理やり連れて行かれたときに何度がここを通っている。

 ここまで来るのに何もおかしな所はなかった。

「ちくしょう…。一体奴らはどうやってこの森を東に進んだんだ…。この道以外に馬車が通れるような場所はなかったぞ…」

 ゼリアが馬上で手を顎に当てながら独り言を呟いた。

 それを聞いたクロロは頭に?マークを浮かべながら尋ねる。

「え?森を入ったところらへんに明らかに馬車が東へ通った痕跡があったけど?」

 ゼリアがバッと顔を上げてクロロを凝視する。

「本当か!?」

「うん。ちょうど僕らが追いかけっこ始めた辺り」

「てめぇ、何んでそれを早く言わねぇんだよ!」

 激怒したゼリアが馬に乗ったままクロロの胸倉をつかんだ。

「わっ!落ちる落ちる!だって、ゼリア君俺について来いみたいな雰囲気だったから、そうかついて行けばいいのかぁと思って」

「よくないわ!ああもう、こうしてる時間ももったいねぇ!早くその場所に案内しろ!」

 クロロの胸倉を乱暴に離したゼリアはイライラした様子で乱暴に命令する。

「むー。わかったよぉ。しょうがないなぁ」

 さすがにちょっとムッときたクロロだったが、それで言い争いをしても仕方がないので素直に彼を案内することにする。


 森の入り口付近まで戻って来ると、クロロはある場所で馬を降りて草をガサガサといじりだした。

「ほら、ここだよ」

 彼女の指差す先には、草で隠れて見えなかった馬車のタイヤの跡が薄っすらと残っていた。

「マジかよ。てめぇよくこんなの見つけられたな」

 ゼリアは素直に感心した。

 これは言われなくては気が付かない。言われても本当によくよく見ないとわからない程度だ。このあたりの下草はかなり生い茂っているし、木々の間隔も馬車の横幅がギリギリ通るかどおかというところだろう。

「これでも旅人だからね。道に迷ったときとかは、なるべく人が通った形跡のあるところを見つける方法も知ってるの。この下草は踏まれてもすぐ復活する種類だけど、葉っぱに不自然な泥がついてたからね」

 クロロはなんてことはないと、馬に乗りなおす。

「さあ、行こう。たぶんこの後は、馬車が通れるくらいの木の間を進んでいけばおのずと悪い人たちが進んだ道を辿れるはずだよ。それにするする進んで行ってたなら、だいぶ使い慣れた道だろうから探せばいっぱい跡もあると思うし。あ、あと、さっきから僕のことちんちくりんだとかてめぇとか言うけど、僕にはれっきとした名前があるんだからね!」

「うっせぇ!何てめぇが仕切ってんだよ!…だが、この道を見つけたことは褒めてやる。その褒美にたまにはてめぇの名前を呼んでやってもいいぜ、クロロ」

 唐突に名前を呼ばれ、クロロはビックリした。

「あれ?僕の名前知ってたの?」

「当たり前だろうが。昨日親父がてめぇをそう呼んでたからな」

 何気なく言っているが、あれだけ激高した中でよく人の名前を憶えていたものだ。

 この行動力といい、案外領主としてもやっていけるのではないだろうか。

「さ、そんなことはどうでもいい。さっさと行くぞ」

 そう言って彼は、見つけた道をどんどん進んでいくので、クロロもまたついて行った。


 

 その後、ゼリアの護衛たちが森に駆けつけたが、とうとう隠された道を見つけることができず泣く泣く領主館に帰還した。そしてその報告は、パリシアに加えてゼリアも行方不明になってしまったという最悪の形でアゼパスに報告されたのである。 

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