049.オースとの別れ
「クロロ君…。どうやって領主さんから地図を見せてもらったんだい?あれはそう簡単に見られる物じゃないはずなんだが…」
オースは全く想像していなかった展開に戸惑いを隠せない。
確かに地図を見れば街の位置関係からそのルートを見出しても不思議ではないが、その方法はヘタをすれば、我々のグループにたどり着くより難しいのではなかろうか。
「あのね、これを出したら見せてくれたの」
そう言ってクロロが鞄から取り出したのは神殿記だ。
そうだった。この子は神殿記を持っていたのだ。いくら領主といえども、これを出されてはひとたまりもなかろう。気の毒に…さぞかし驚いたことだろうなぁ。長年生きてきた私でさえ、受け取りの瞬間を見ていなければ、未だにこんなのほほんとした小柄な子が神殿記を持っているなんて夢にも思わないものなぁ。
今度領主館に納品に行ったときに、領主殿と少し酒を飲みかわそうか…。
オースは心の中でアゼパスに同情した。
「それで、このリゼンからのルートで行こうと思うんだけど大丈夫かな?」
そんなオースの心中を察することなくクロロはマイペースで尋ねる。
「あ、ああ。そのルートは比較的安全だし、クロロ君が言うようにそちらの方が早く国境に行けるだろう」
「よーし!それじゃあ僕、明日さっそくリゼンに向かって旅を再開するよ!」
気合十分で部屋から出て行こうとするクロロ。オースはそんな彼を慌てて引き止める。
「待て待て待てクロロ君。肝心な神殿から門が良く見える街について私は全然語ってないよ」
「あ…」
「安全な旅の鉄則はちゃんと人の話を聞くこと。いいね」
「あう…。ごめんなさい」
ルートが決まったことに浮かれて、大切な情報を聞き逃すうっかりをしてしまたクロロは反省する。
その項垂れた様子を見たオースは思った。
(今は反省しているんだけど、たぶんまたいつか同じようなことをしそうだな…。ちょっと抜けてる子だものなぁ。…それがまた可愛いところでもあるが)
オースは苦笑しながら、反省しているクロロの頭をなでなでした。
ふんわりとしたねこ毛がなんとも心地よい。
もう明日にはお別れかと思うと寂しい気持ちでいっぱいだが、必ずまた会うことになると自身を慰める。気分は娘を嫁に出す父親のようだ。…実際に娘はいないので、想像でしかないが。
「さて、例の街だけどほぼ間違いなく『スタグラム』の街だろう。あそこは特に大きな神殿が街の西門近くにあるからね」
「ふむふむ。スタグラム…スタグラム…」
クロロはちゃんと覚えておこうと、何度か口の中で呟いた。
「この街からだと…そうだね。徒歩だと3ヶ月はかかるかな」
その日数にクロロは若干怯む。
「うっ…。結構遠いなぁ…」
「ふふふ。でも、そこに行くまでには大小たくさんの村や街があるから、そこでしか売ってないものや美味しい物もたくさんあるはずだよ。不思議な場所に早く行きたい気持ちもわかるけど、急ぐ旅じゃないんだから、その旅路全部を大いに楽しまなくてはね」
そう言いながら、オースは再びクロロをなでなでする。うん、良い触り心地だ。
なでなでされているクロロもオースの手は気持ちがいいのでご機嫌だ。
だが、こんな大きな店の店長であるオースが暇なわけがなく、クロロはそろそろお別れを切り出さなくてはならないと思い口を開こうとした。
しかし、オースは素早くクロロの口を親指と人差し指ではさみ、喋れなくしてしまう。
「うむむむむむむぅ~」
呻くクロロを見ながらオースは「はぁ~…」と悲しそうに大きなため息をついた。
もしや、お別れが悲しくてあえて時間稼ぎをしているのだろうか。
くっ…。その気持ちは大いに嬉しい。だがしかし、始まりがあれば終わりはあるもの…。
オースさんと過ごした日々は楽しかったし、大変ためになった。忘れることはないだろう。
どんなに辛く悲しくてもいつかお別れはしなくてはならないのだ。
オースさんが辛くてそれを言い出せないのならば、自分が言わねば…。
ああ、これも宿命…さらばだ…。
「クロロ君。君今何か誤解しているだろう」
クロロの瞳から何かを感じ取ったオースはジトっとした視線で彼女を見た。
「はぁ~…。クロロ君、この店に来た本来の目的を完全に忘れていないかい?」
クロロはハッと思いだし、ばつの悪そうな顔をする。
そうだった…。ここに来たのは余った生地を買い取ってもらうためだった…。
話しているうちにすっかり忘れていた。いやぁ、またやっちゃった、失敗失敗…。ぐすん…。
再度反省している様子のクロロ。
まあ、仕方がないか。クロロ君だものな…。
オースはすでに半分諦めモードだ。
未だ口をふさがれながらも、クロロはカバンに手を突っ込み残りの生地を取り出す。
「んん。んんんんんんんんんんんん~」
しかもしゃべれないまま何かを主張している。
その様子が面白かったので、オースはちょっとした悪戯心からまだ口を塞ぎ続ける。
すると、クロロは一生懸命主張を繰り返す。今度は手と足もばたつかせている。
「んーんんん。んんんんん、んんんんん」
…話が前に進まないので、ようやく口を解放してあげた。
「ぷあ。むー、オースさん酷いよ。せっかく『クロロ印のただの生地~』って言いながら取り出したのに、カラぶっちゃった」
そんなことを言っていたのかとオースは驚くほど意味のない台詞に脱力する。
しかしながら、ただの生地というにはいささか高級すぎる仕様だ。
オースにとっては比較的見慣れている物だが、一般的な商人が見たら目玉が飛び出すような品だ。
「ふむ。思ってたより量があるね。作るの大変じゃなかったかい?」
「うん。材料がたくさんあったから張り切りすぎちゃった」
ちょろちょろと舌を出しながら苦笑いをするクロロ。
「そうだね。この生地ならば金貨20枚でどうだい?」
クロロは提示された金額に目を見張った。
「ええっ!そ、そんなに?オースさん僕のこと心配して結構色つけてくれてるの?」
「そんなことはしていないよ。相場でもこれくらいなんだよ。それぐらい貴重な物だと自覚しておいてくれよ」
なんということだ。村ではこの布を使った簡易テントも使っていたが、あれもしかしてかなり贅沢な品だったのかな…。大嵐の日ですらビクともしなかったし、中は常に快適な温度だったし…。
うん。今度ジョウブ菜の群生地を見つけたら、オースさんから買った折り畳み式のテントの生地をそれに変更するのもありかもしれない。
「さてさて、金貨自体はここにあるから即買い取りといこう」
そう言って、オースは机の中から金貨20枚をなんの惜しげもなく出してきた。
クロロの鞄は布の代わりに金貨がわんさか入った。何気に大金すぎて怖い。
「うむ。これで目的は全部達したかな?」
クロロは先ほどのこともあり、慎重に考えたが、確かにもう用事はない。あるとすればお別れの挨拶だけだ。
「オースさん。僕、旅に出て早めにオースさんに出会えてよかった。オースさんが売ってくれた物は大切に扱うし、たくさん注意もしてもらえて嬉しかった。オースさんに教えてもらったことを忘れずに旅を続けるね。本当にありがとうございました」
深々と頭を下げるクロロに、オースは眼尻に熱い物がこみ上げてきた。
「いやいや。いいんだよ。あの村の子が旅立つときには我々がサポートするのは習わしだからね。こちらこそ短い間だったけど一緒に旅が出来てよかったよ。またいつか会おうね」
オースは自らクロロを店の出口まで連れて行くと、名残惜しそうに彼女を見つめる。
そして、最後にギュッと抱きしめてきた。
「それじゃあねクロロ君。君の旅が楽しいものでありますように」
「ありがとうオースさん!またね!」
クロロはじゃっかん涙声になりながらもオースに背を向けて歩き出す。
途中何度も振り返っては手を振ったが、やがて曲がり角にさしかかりそれも終わる。
お別れはいつも寂しいものだけど、また出会いもある。それが旅という者だと、クロロは村の先輩たちからたくさん聞いてきた。
この後はまた予想もしない人たちと出会うことになるだろう。
そう考えながらクロロは商店街を宿に向かって歩いていく。
去っていくクロロの背中を心配そうに見送ったオース。ちょっと世間ズレしてる上、おとぼけなあの子はこの先大丈夫だろうか。いや、戦闘力やお金を稼ぐ方法などは人並み外れて教育されているはずだから、そのあたりは問題ないだろうが、うっかりして何かやらかさないかが心配だ。
「せめて常識のあるしっかり者の同行者がいれば安心なんだが…。まぁ、何かあってもあの子なら大丈夫だろう。それにしても…」
オースはクロロが去っていた方向をじっと見つめる。
「神殿記があれば大抵のことは解決できるな…。まったく…初っ端からこれでもかという大物を手に入れてしまって…。これでは最初に私がエルベス王国王家公認のペンダントを渡した意味がないじゃないか…」
オースはちょっと拗ねた様子で唇を尖らせながら、クルリと半回転して店の中に戻って行った。




