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047.消えた娘パリシア、泣いた女アリス

 ゼリアの話をまとめるとこうだ。

 数日前、見知らぬ男たちが祖父母の家を訪ねてきた。彼らの言い分によると領主アゼパスが娘を館に呼び寄せているとのことだ。アゼパスとパリシアは離れて暮らしているため、たまにこうやって館に呼ぶことはある。その際に迎えに来る人間はアゼパスの押印の入った身分証を携帯している。

 今回迎えに来た者は見知らぬ人間だったが、身分証を持っていたため、祖父母もパリシアも特に疑うことはなかった。パリシアはいつも通り馬車に乗り込み、祖父母もいつもどおりそれを見送ったとのことだ。


「でも、今朝までこの館にいた俺はずっとパリシアの姿を見ていない。いつもは、ここに来たら一番にお兄ちゃん、お兄ちゃんって言って顔を見せてくれるのに…。だから俺は、親父が俺とパリシアの仲に嫉妬して、あの子を独り占めしてるんじゃないかと…」

「いや、確かに私はちょっとお前が羨まし…ご、ごほん。私はここ最近そのような使いを出した覚えはないのだが…」

「え…。じ、じゃあパリシアは今どこにいるんだ…」

 徐々に顔色が真っ青になっていくゼリア。

 心なしかアゼパスも顔から血の気が引いているように見える。

「もしや…。攫われた…のか…?」

 食堂に沈黙が落ちる。

「こ、こうしてはおれん!急ぎお義父さんの家へ使いを送れ!詳しい経緯をお聞きしろ!それから…はっ

、そうだ!確か先日ルベス殿が人さらいの組織を捕えたという報告があったはずだ!誰かルベス殿に館に戻るよう伝えてくれ!もしかしたら、奴らが何か知っているかもしれん!尋問をしてもらう!」

 アゼパスが使用人たちにテキパキと支持を飛ばし、いまだ放心しているゼリアの両肩を掴んでぶんぶん振る。

「ゼリア、しっかりしろ!お前は兄で、次期領主だ。意識を飛ばしているだけでは何も解決できんぞ」

「うぅ…。わかってる…。俺は俺で、パリシアがどこへ行ったのか足取りを探してみる!さ、指図なんてするな!」

 ゼリアは妹の安否が不安で半泣きになりながらも、立ち上がって食堂から跳び出て行った。

「クロロ様。聞いての通りです…。どうも娘のパリシアが行方不明になっているようなのです。私はこれから全力で娘の捜索にあたります。慌ただしい食後になって申し訳ございません。館の外までは執事長がごあんないしますので…」

 アゼパスは深く頭を下げながら、クロロにそう言うと速足で食堂から出て行った。


 クロロが目を白黒させているうちに、使用人たちも慌ただしく出て行ってしまった。

 結局食堂に残っているのは、クロロと執事長と呼ばれた初老の男性だけだ。

「えっと…。なんか大変そうな事態になってますね…」

「ええ…。すみません。皆、パリシア様が心配でならないのでしょう。彼女は非常に頭の良い子な上に、使用人たちにも優しく接してくれる素敵な方なのです…」

 執事長も彼女が心配なのか、力ない声で答える。

「そっか。それじゃあ、あなたもすぐにパリシアさんを探しに行きたいですよね。僕の用事は済んだし、もう帰るだけなので、行ってもらっていいですよ?」

 それを聞いた執事長は、ぶんぶんと首を横に振る。

「まさか!クロロ様のお見送りをせずに、戻ったとあれば私がアゼパス様から雷を落とされてしまいます!」

「でも…」

 クロロは遠慮がちに言う。

 だいたい、クロロはただの旅人であり、ここまで丁寧な扱いは望んでいないのだ。

「うぅ…。クロロ様…私のような者にまでお気遣いいただけるとは…。身に余る光栄でございますぅぅ」

 やばい。なんかこの人なんでか感激してて泣き出しそうだ。どうしよう…。

「じ、じゃあ、せめてこの館の出口まで案内してもらえると嬉しいです。大きい建物なので、どこがどこやら…」

「お任せくだされぇぇ」

 クロロがお願いすると、やけに気合の入った返事が返ってきた。


 数十分後。執事長のめっちゃ張り切ったお見送りされたクロロは、宿へ戻る道を歩いていた。

 色々あったが、地図も収穫できたし、美味しいお食事もいただけたのでよしとする。

 パリシアさんの行方が心配だが現状クロロができることは何もない。

 宿へ戻ったクロロは、朝方仕上げた布の出来栄えをチェックした。

 うん。キレイネの成分は布に万遍なく染み込んでおり、仕上がりは上々だ。

 クロロは出来上がった布を刃物を使って適度な大きさに切り分けて行く。もちろん刃物とはオースにもらった懐刀だ。とっても役に立つので嬉しい。

 服を作るのに最適な大きさの布を何枚か準備できたので、約束より1日早いがアリスさんの店に納品に行くことにする。


 アリアメールは前回とは違って少々混んでいた。

 若い娘たちがきゃあきゃあ言いながら服を選んでいる。

 かと思えば、素敵なマダムたちがこれまた服を選びながらきゃあきゃあ言っている。

 ついでに、若い男性たちがチラッチラ若い女性たちの方を気にしながらキザったらしいポージングで身体に服を当てている。

 さらには、ダンディな男性たちがごく自然に上品な仕草で服を手に取っている。

 ちなみに、若い男性たちは若い女性たちに見向きもされていないが、ダンディな男性たちは年齢問わず女性たちの目線を集めまくっていた。

 女性の人気取りという点ではダンディな男性たちに軍配が上がっているようだ。

 ふむ、このお店は幅広い層の人から愛されているようだ。

 それはさておき、店内をぐるりと見渡したがアリスの姿が見えない。

 クロロは店員のひとりに声をかける。

「すみません。店長のアリスさんにお渡ししたいものがあるんですけど、いらっしゃいますか?」

「おや。お客様は店長とお約束がおありでしょうか?」

「いえ。僕はお客さんではないです。納品する約束だった布ができあがったので持ってきました。クロロが布を持ってきたと言ってもらえればわかると思います」

 店員は少し考えてから、少々お待ちくださいと言って店の奥にひっこんだ。

 しばらく、すると先ほどの店員が慌てた様子で戻ってきた。

「お待たせしてすみません。奥で店長がお待ちです」

 そう言って、クロロを店の奥へ案内してくれた。

 クロロが通されたのは前回通されたのと同じ部屋だった。アリスはすでにお茶を準備して、部屋で待っていてくれた。

「クロロちゃん!急に来るからビックリしちゃったわよ。ジョウブ菜の布を持ってきてくれたって聞いたけどもうできたの?4日後だって言ってたけど、まだ3日しか経ってないわよ?そもそも普通の布を作るのだって、どれだけ急いでも7日以上はかかるのに…」

「それが、ちょっと夢中になってやりすぎちゃって…。そのせいで思ったより早くできちゃった。せっかくだし、もう渡しちゃってもいいかなって」

 言いながらクロロは持ってきた布を適当な場所に広げる。

 アリスは唖然とした。

 布は真っ白でシミひとつ見つからない。均等に織られた布は、午後の柔らかな太陽の光を受け入れ、静かに輝いている。時折窓から入ってくる麗らかな陽気の風が優しく布を波打たせる。その様子はまるで、白い海原のようだ。これほど良質な布は見たことがない。

 彼女は震える指先で恐る恐るその布に触れる。

 触り心地は先日のクロロの服と同じだった。

 裏側はふんわりと柔らかいが、表側は少々固め。これはキレイネの成分が布の表に付与されている証拠だ。これこそ、王族に献上される服に使用される幻のあの布だ。

 反放心状態のアリスにクロロは自慢げに胸を張る。ボリュームはまったくない。

「どう?お母さんほどのきめ細やかさはないけど、結構いいできなんですよ」

 クロロが話しかけたと同時にアリスの両目からボタボタと大粒の涙が流れ始めた。



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