046.ゼリアの乱入
キラキラした物が好きなクロロは、調度品の中でも宝石類の装飾品を中心に眺めて楽しんでいた。
しばらくすると、先ほどのメイドがクロロを呼びに来てくれた。
「クロロ様。先ほどは失礼いたしました。お食事のご用意が整いましたので、食堂へご案内いたします」
「ご丁寧にありがとうございます!地図を見せてもらった上に、ご飯まで頂いちゃって…迷惑じゃなかったですか?」
「何をおっしゃいますか。クロロ様に何もおもてなしせずに去られてしまっては領主館の恥というものですわ。むしろ、ありがたいことですわ」
「そういうものかなぁ」
「そういうものです」
フフフと笑うメイドに、クロロもつられて笑う。
2人は和やかな雰囲気で食堂にたどり着いた。
「それでは、こちらの席にお座りください。お向かいの席にはアゼパスがすぐ来ますので」
「はーい」
その頃、執務室に戻ったアゼパスは頭を冷やしていた。
比喩ではなく、物理的に氷水が入った袋を執事長に頭の上に乗せてもらっていたのだ。
「アゼパス様大丈夫でございますか…?」
「すまない…。あまりのことに気が動転してしまって頭が痛い…。メイド長の助言の通り、クロロ様に悩みをお話ししたのだが…まさかこんな結果になろうとは…」
普段、あまり弱みを見せないアゼパスがここまでぐったりした姿を見せるのは初めてだ。
クロロ様、恐るべし。
「だがしかし…」
アゼパスは氷水を頭に乗せながら、その三白眼を鋭く光らせる。
「彼に色々話したのは正解だった。話しながら私自身気持ちの整理もできたし、クロロ様から非常に重要な情報もいただくことができた。…少々私が進むべき道が見えてきた気がする」
ぐったりしながらも、アゼパスの迷いのない目に執事長はドキリとする。
「お前たち使用人には心配をかけたが、もう大丈夫だ。100パーセント彼の言うことが正しいかはわからないが、来るべき時が来たときは、彼の言うことを信じて賭けてみようと思う」
執事長がその内容は私たちにはまだ教えていただけないのですかと口を開こうとしたとき、タイミング悪く執務室の扉がノックされた。
アゼパスが返事をすると、メイド長が扉を開けて入ってくる。
「アゼパス様、まだそのようなお姿で…。クロロ様はすでに食堂にご案内済みですよ。お早く」
「貴女は相変わらず厳しいな」
「執事長があなた様を甘やかす役ばかりするものですから、自然と厳しくする立場になっているだけでございます」
何気に執事長のことまで責めている。
メイド長は要件を言うと、すぐに部屋から出て行った。そのまま歩き出すかと思ったが、振り向きざまこう言った。
「なにやらスッキリしているご様子。ちゃんとクロロ様にお悩みを打ち明けられたのですね。…よかった」
最後に心底ホッとしたような表情を浮かべたかと思うと、サッと身を翻して食堂の方へスタスタ歩いていく。
「…執事長。彼女が時々ものすごく魅力的な女性に見えるのは気のせいか」
「アゼパス様、人の妻によからぬ感情を抱くのはやめていただきたい。奥方様に報告しますよ」
「…それだけは勘弁してくれ」
アゼパスは逃げるように食堂へ向かって言った。
アゼパスが食堂で席に着くと、使用人たちが食事を出し始めた。
お昼ということであまり重くならないように、スープとパンがメインで出てきた。
クロロは涎を垂らさんばかりに並べられていく食事をガン見している。
そんなクロロを見て、アゼパスはやはり成長期の男の子なんだなぁという感想を抱く。
クロロは本来そろそろ成長が終わる女の子なので、完全に的外れだが。
「うちの料理人は良い仕事をしてくれてましてね。特に焼きたてのパンは街のどのお店にも負けないくらい美味しいのです。おかわりは自由なので、いくらでも食べて下さいね。それではいただきましょう」
それを合図に両者は食事を開始する。
カチャカチャと控え目な音を立てながら、2人は当たり障りのない話をする。
内容はこの街の感想やクロロの生まれ育った村のこと、あとはクロロが神殿記を手にするきっかけになった出来事などだ。
途中、十分な量のパンが用意されていたにもかかわらず、クロロが夢中になってすべて食べてしまったり、それにいたく感動した料理人が出てきて握手を求めたりしたが、実に平和な昼食会になった。
朝の殺伐とした空気が嘘のようだ。
だが、昼食会ももうお開きというときになって突然この場に乱入者が現れた。
「オイ、親父!パリシアをどこへやった!」
突然、バンっという乱暴な音を立てて食堂の扉を蹴り開けたのは、短い髪をツンツンと逆立てた青年だった。
彼の殺気を飛ばせそうなギラギラした目線の先にはアゼパスがいた。
「ゼリア!どうしてここに!今日はとても大切なお客様が来られるから、絶対に館へ戻ってくるなと言っただろ!門番たちは何をしていたのだ!」
アゼパスは真っ青になった。
クロロと話していると、彼の性格や見た目から神殿記の所有者であることを忘れそうになるが、本来ならば国王に匹敵するレベルの大切なお客様である。
そのため、少々素行に問題がある息子を万が一にでも会わせるのは避けなければと、市井で暮らす妻の両親のところに預けていたのである。
「申し訳ごぜざいません!お止したのですが、聞いて下さらず…」
後ろから半泣きになった門番が顔を出す。
「ああ?そんなことも言ってたな。だが、そんなの関係ぇね!俺はパリシアをどこへやったか聞いてんだよ!」
ゼリアと呼ばれた青年はイライラしながら捲し立てる。
その様子にこれはダメだと悟ったアゼパスは、クロロの方を見て頭を下げる。
「申し訳ございませんクロロ様。これは私の息子のゼリアと言います。見ての通り身体だけは大きくなりましたが、中身はわがまま坊主のままで…。すみませんが、私は一度彼を別の部屋へ送りますので、席を外させていただきます。本当に申し訳ございません!」
アゼパスはゼリアの首根っこを掴んで食堂から追い出そうとするが、彼はその手を乱暴に振り払い抵抗する。
「おいおいおいおい!まさか、このちんちくりんなガキがそのオキャクサマとやらじゃねぇだろな?なんの冗談だ。なんで俺がこんな奴に気を使ってここから出なきゃダメなんだよ。俺の要件は今ここで言っただろ!パリシアはどこだ!」
なおも、騒ぐゼリア。
我がままな子だとは思っていたが、今日の彼はなんだかいつもと様子が違う。
「さっきからどうしたんだ。パリシアなら義父さんたちの家に居ただろう」
ゼリアはアゼパスの答えに苛立ちを隠せない。
「居たらここに来るわけねぇだろ!」
ともすれば暴力さえ振るいそうな彼の態度にクロロは違和感を抱く。なんか、怒っているというより泣くのを我慢しながら喚いているように見えて仕方がない。
あまり、ややこしいことには巻き込まれたくないのだが、気になって声をかける。
「ねぇねぇ、君どうしたの?パリシアって誰?」
「はぁ?ちんちくりんは黙ってろ!俺は今おやじと話してるんだ!」
「ク、クロロ様!とんだ失礼をぉぉぉ!パ、パリシアは私の娘でこれの妹です!ゼリア、クロロ様になんという口の聞き方をぉぉぉ!今すぐ謝りなさいぃぃ!」
アゼパスはクロロの問いに答えながらも、ゼリアの態度を改めようと必死だ。だが、ゼリアの方はパリシアはどこだ、パリシアを出せと騒ぐばかりで全く会話が成り立っていない。
使用人たちは雇い主とその息子に対して強く出れず、オロオロするばかりである。
…パンッパンッパンッ!
カオスな状況になった食堂に、手を叩く音が鳴り響く。
「お2人とも落ち着きなさいませ。お客様の前ですよ」
音と声の主は、頼りになる人メイド長だ。
「クロロ様も気になっているようですし、ゼリア様のご用件はこの場でちゃんとお聞きした方がよいでしょう。ゼリア様はちゃんと一からご説明下さいませ」
「う…。すまない、メイド長…」
「ゲッ…くそババア…まだくたばってなかっ」
「ゼリア様時間の無駄です。説明する気があるのならば、必要なことだけお言いなさい」
「ちっ…。わかったよ…」
どうもゼリアはメイド長には逆らえないらしい。




