045.爆弾発言
「ずっと一人で悩んできたので、ついついどんどん話してしまいました…」
アゼパスは最後まで話し終えて、我に返ったのか申し訳なさそうに再度「すみません」とクロロに謝る。
しかしながら、クロロの方はいつの間にか地図を描き写すことも忘れて唖然としていた。
「ですが、私はクロロ様に胸の内をすべて話すことができてとても気持ちが楽になりました。正直ここまでスッキリするとは思いませんでした」
話を語っただけで、いやに清々しい表情のアゼパス。
いつの間にか眉間に寄っていた皺が薄くなっていた。
心なしか顔色も良い。
そうか、彼は怒っていたのではなく悩んでいただけか。
そうか、そうか。悩みが薄れてよかった。よかった…。
じゃなくてぇぇぇぇぇ!
な、なんか今聞き覚えのある人物が複数人出てきたんだけども…?
「ア、アゼパスさん…?ハイルさんとやらからの手紙を受け取ったんすか?」
「ええ、そうです」
「ついでに、ルベスさんとやらはそのハイルさんとやらを捕えに来ているのですか?」
「その通りです。いやはや、さすがはクロロ様。あれだけ一方的にお話ししてしまったのに、よくわかってらっしゃる」
「…ひぃぃぃ!」
クロロは一人頭を抱えた。
そういえばルベスさんは、とある人物を探してたって言ってた!あれハイルのことだったの!?
なんということ!2人は間一髪のところまで接近していたのか!
え?これ、どうなるの?
ハイルがこの街から逃げ切るか、ルベスさんがその前にハイルを捕えるか…。
まさかルベスさんがハイルを捕まえに来てる人だったとは…。しかも、ハイルの位置までわかるんだったらお手上げじゃないか!よく今まで逃げてられたね!
…あ、でもなんでか知らないけど今はその能力不調だったっけ…。
じゃあ、ハイル逃げ切れるかな。
今度はクロロが一人でぐるぐる考え出した。
しかし、目の前から聞こえてくるため息で我に返った。
「フー。本当に、喉につかえていたものが取れたようにスッキリしました。クロロ様は私の話で色々考えて下さっているようですが、そのようなことをされなくても大丈夫ですよ。私のお願いは悩みを解決してほしいではなく、悩みを聞いてほしいというところまでなので。聞いて下さっただけでいいのです」
色々話してくれたアゼパスに敬意を表して、クロロは自分もちょっとした情報を開示することにした。
「アゼパスさん。あのね、僕も旅の途中で貴族に関するちょっとした噂を聞いたことがあるんです」
「どういった噂でしょう。私は今情報に飢えているので、どんな些細なことでも構いませんよ」
クロロは地図の描き写しの続きをしながら何気なく言った。
「宰相のオーグルさん。貴族の生血を飲んでるらしいですよ」
しん…
コツ…コツ…コツ…
部屋にクロロのペンの音だけが鳴り響く。
今、何かトンデモナイことを聞いたような気がするアゼパスは、思考回路が停止している。耳から入ってきた情報に、脳の処理が追いついていない。
「…ん?クロロ様…今なんと?」
「あれ?聞こえませんでしたか?宰相のオーグルさんは貴族の生血を飲」
「わあぁぁぁぁぁぁ!」
クロロの発言をアゼパスが大声で遮る。
館中に響くような大音声だったため、それを聞きつけた警備兵たちが慌てて部屋のドアを開けてドタドタと入り込んできた。
「いかがされましたアゼパス様!」
「どうされましたアゼパス様!」
「お怪我はありませんかアゼパス様!」
「アゼパス様そんな大声出せたんですね!」
大の男たちがワラワラと部屋に入ってくると、途端すばらしい貴賓室がむさくるしくなった。
クロロはせっかくの素敵なお部屋にこんなガッチガチの男だらけって、なんかちょっとヤダなと思った。
「ええい!なんでもないわ!各自持ち場に戻れ!それから最後の奴、私の身の心配をしろ!」
アゼパスはやってきた警備兵たちを即座に部屋の外へ追い払う。
しばらくドアの隙間から外の様子を窺い、兵たちがいなくなるのを念入りに確認した。
確認が終わると、アゼパスはギ…ギ…ギ…と油の切れたブリキ人形のようにクロロの方に向き直った。
「ク、クロロ様。いくらあなた様でも言って良い冗談と悪い冗談ことがございますよ…」
「冗談なんかじゃありませんよ。少なくとも僕はそう聞きました」
クロロは冗談なんか言ってないとプリプリしながら反論する。
「オーグルさんという人は10年くらい前から、少しずつ貴族を捕えては血を抜いてゴクゴク飲んでるそうですよ。居なくなった貴族の人には偶然の事故とか、辺境の地に移動になったとかいろいろな理由をつけて。怖いですよね」
地図を描きながら、まるで世間話でもするかのごとく軽く発言するクロロ。
だか、内容がエグい。
「それは…確かな情報なのですか?」
「う~ん…。僕も人から聞いた話なので、全部が全部本当かと聞かれるとわからないんですけど、この話をしてくれた人は実際にその現場を見たことがある人だったんですよ。で、話してる様子から嘘をついているとは思えなかったので」
ドアの近くにいたアゼパスはそれを聞いて、頭を押さえながらフラフラとソファに戻ってきて、ドサッと腰かけた。
「嘘だろう…。まさか、私の友人も行方不明になったわけではなく、オーグルに殺されていたのか…?では、ハイルという人物はそれに気づいてオーグルを倒そうとしているのか…?それならば納得できてしまうが…」
アゼパスは一人でぶつぶつしゃべりだした。
もはや、目の前のクロロの存在を忘れているかのようだ。
これはしばらくそっとしておいた方がいいと判断したクロロは、地図を手早く写すことにした。
ロリア直伝の地図の描き方猛特訓を受けておいてよかった。
スラスラ描ける。
しばらく貴賓室では、独り言をつぶやく中年領主と地図を描く小さな旅人が思い思いの時を過ごしていた。
「できたー!」
突然のクロロの言葉に、思考の海に沈んでいたアゼパスの意識が戻ってきた。
目の前では小さな旅人が描きあげたばかりの地図を折ったり広げたりして、確認している。
気づけばお昼ぐらいの時間になっていた。
「思ったよりも考え込んでいたようだ…。とりあえず、この件はいったん置いておくか…。」
アゼパスはなんとか頭を切り替えることにした。
そして、クロロに向き直ると昼食についての提案をする。
さすがに、神殿記の所有者を何のもてなしもなしに帰すなど、貴族の恥だ。
「クロロ様、お昼はいかがなさいますか?この館で準備することもできますが…?」
「え?いいんですか?」
「ええ。もともとそのつもりで準備させておりましたし」
「じゃあ、お言葉に甘えてもいいですか」
「わかりました。私は少し準備をするように伝えてきます。準備ができましたら、さきほどお茶をお持ちしたメイドがご案内しますので、しばしこちらでお待ちください」
アゼパスはまだフラフラする頭を押さえながら、地図の原本を回収して部屋から出て行った。
クロロは彼を見送った後に、描いた地図と筆記用具を片付けて、改めて部屋の中の調度品をしげしげと眺めて楽しんだ。




