044.アゼパスの悩み
いっそ、この小さな旅人にすべて話してしまうのもいいかもしれない。
自分を悩ます内容は、場合によっては国家に対する反逆者と取られても仕方ないものだ。
だから、使用人たちにはどうしても相談できなかった。
彼らはこのクロリア王国に満足しており、まさかその国の貴族である自分の主人がそんなことを考えているなど予想もしていないだろう。幸せで豊かな生活を送る彼らがそのことを知ったら、私のもとを逃げ出したり、王都に報告するかもしれない。彼らだって大切な家族や生活がある。そういった行動を取ることを責めることはできない…。
そうなれば、この家に長年仕えてくれている、執事長やメイド長にも迷惑がかかる。おそらく彼らは自分の考えを話しても、味方でいてくれるだろうが、2人を巻き込みたくない…。
しかしながら、もうこれを自分の心の中にだけに留めて悩むのも精神的な限界がきている…。
目の前にいるのは神殿記を持つ幼い旅人。
神殿は国から独立した組織だし、旅人というのは商人と違って国に属することもしていない。
つまり、目の前人物はこのクロリア王国に何の確執もない。
これほどまでにこの悩みを打ち明けるのにふさわしい人物がいるだろうか…いや、いない!
強いて言うならば、ちょっと幼いところが気になるが…。
ええい、ままよ!話してしまえ!
「クロロ様。私はクロロ様に1つだけお願いごとがあるのですが、よろしいですかな?」
結構考え抜いたアゼパスからお願い事があると聞いて、クロロは自分にも何かできることがあるんだと思い、目を輝かせた。
「もちろん!一体なんでしょう?」
「その前に、クロロ様は口が堅い方でいらっしゃいますか?」
「大丈夫ですよ!なんでも言ってください」
クロロは自信満々に答える。
実際クロロは相当口が堅い。…というより、クロロの村の人は皆口が堅い。旅で最も重要なのは情報だと幼いころから教わってきたからだ。情報は剣にも勝る武器である。剣をむやみやたらに振り回してはいけないように、情報もむやみやたらに言いふらしてはならないというのが旅人の鉄則である。
「それを聞いて安心しました。実はお願い事というのは、私の悩みを聞いていただきたいのです」
「悩みですか?」
「ええ…。使用人たちにも話せない内容なのです」
「え?そんな重要そうな話を僕が聞いていいんですか?」
「本来ならいけません。ですが、クロロ様は神殿記を所有しておられる人物。それに近々この土地を離れて、旅を続けるとのこと。この地に留まらないあなた様だからこそ、私の悩みを打ち明けられるのです」
そこからアゼパスの話が始まった。
最初は無口な印象だったが、よほどいろんなことをため込んでいたのだろう。まるで堰を切ったかのように語り出した。
実は最近貴族たちの水面下で大変な噂が流れているのです。
それは、近い将来このクロリア王国から全貴族が消滅するというものです。
最初私はこれを聞いたとき、二度目の神の降臨がないこの王国を憂いた一般人たちが流した根も葉もない噂だと思っていました。
ですが、よくよく調べてみるとこの噂の出所は、どうも王都の貴族のようなのです。
気になった私は、さらにこの噂について深く調べてみようと、王都に住む友人に手紙を送りました。
ですが、待てど暮らせど返事が返ってくることはありませんでした。
これは後で知ったのですが、その知り合いは未知の鉱山を発見する調査団に身をおいており、その調査の途中深い森の中で行方不明になったとのことでした。
貴族が身体を張って、国民のために働くことは美徳とされており、何もおかしいことはありません。
友人が行方不明になってしまったことは残念でしたが、当時私はこれが単なる不幸な事故だと思いました。そして、これをきっかけに私はしばらく噂話のことは忘れていました。
しかし、一年ほど前です。ある一通の手紙が私のもとに届きました。
差出人もなく、書いてある文字も大きさはまちまちだわ、意味の分からない絵や文章の羅列ばかり。ただの悪戯だろうと思いすぐに捨てようと思ったのですが、その手紙には不自然な印がいくつかありました。私はそれに見覚えがありました。ですが、一体なんだったか全く思い出せなかったのです。
結局、その手紙の意味がわからないまま数日が過ぎました。
しかし、ふとした瞬間、私は手紙の印の意味がわかったのです。
その時は鳥肌が立ちました。
大急ぎでしまっていた手紙を取り出して、恐る恐る印を確認しました。
それは、このコクリ領の地図の見方と全く同じだったのです。
そう、今クロロ様がお写しになっているその地図です。
その地図は何気ない山や川、平原にある模様がポイントになってきます。
同じ印が必ず地図の中に2か所あり、それが裏から合わさるように地図を折っていきます。
順番はこれ、これ、これ、これです。
すると、この地図は2周り小さく歪な形になります。
そして最後に地図をひっくり返します。すると、裏で折った地図の面が重なり合っているのがわかるかと思います。
これが正しいコクリ領なのです。ちなみに紙が尖っている方角が北です。
この紙にたくさんの折り目があるのは、正しい折り方がわからないようにするためのカモフラージュです。よしんば、折るところまではわかっても、裏が正しい地図だとはまさか思わないでしょう?実によくできた仕組みです。
話が脱線してしまいましたが、私のもとに届いた手紙にも同じような加工がされていまいた。
逸る気持ちを抑えて、私は慎重に印を合わせていき、最後にひっくり返しました。
そこにはこう書かれていました。
『この国の貴族たちを救いたい。私が行動を起こすときは、どうか協力してくれ。革命団リーダー ハイル』
この文章を見たとき、私は忘れていた噂話を思い出しました。
全貴族が消滅する…あれはただの噂ではなかったのか。革命団とは、行動とはなんなのか。もしや、友人が行方不明になったというのも偶然ではなく、すべて繋がっているのか…。そもそも、なぜこのハイルという人物はコクリ領の地図の秘密を知っているのか。
わからないことだれけでした。これ以上のことを知りたくてもハイルという人物からの手紙はあれきりで、他の連絡も一切ありません。
密かにハイルという人物を探しましたが、まったく成果が出ないまま半年が経ちました。もしかしたら、あの手紙は本当にただの悪戯で、革命団やハイルという存在も嘘ではないかと疑い始めていた頃です。今度は王都からクロリア王国全領主に勅命が届きました。
『全領主に告ぐ、反国家組織の存在が確認された。リーダーはハイルと名乗る人物だ。領主は領地の警備を厳重なものとし、迅速に組織の壊滅に尽力せよ。なお、この件に関してエルベス王国の協力者も得られた。反国家組織のリーダーらしき人物が入り込んだと確認できた領地には、彼らを派遣する可能性もある。以上』
私はリーダーの名前を見たとき、目を疑いました。
彼は革命団と名乗り、貴族を救いたいと願っていました。それがなぜ国に追われるようなことになっているのか。貴族は国の象徴とも言える人々なのに…。私は色々突き詰めて考えているうちに、ある恐ろしい結論に至りました。
彼は革命団と名乗っていましたが、国からは反国家組織と認識されたということです。つまり、国に対してよからぬことを考えたことになります。しかし、彼の手紙を信じるならば、彼は貴族を救おうと行動していたはず…ということは、貴族を救うことが国に対する反逆だったことになります。
王都から流れ出した貴族消滅の噂…、貴族を救うことが国への反逆…。つまり、国そのものが貴族を消滅させようとしているのではないか。それならば、その影響が一番出やすい王都から噂が出始めたのも納得です。しかも現在、国家の舵を握っているのは、貴族ではなく一般人出身の宰相オーグル…。まさか、彼がこの一連の事件の首謀者なのではないか…。もしそうであれば、すべての辻褄が合ってしまう!
私は身震いしました。
私も貴族の端くれ…もしこの推理どうりならば、いずれ私や私の家族たちにも何かが起こるのではないかと。
考えすぎだと笑われるかもしれませんが、私は元来用心深い性格でして。いつも、最悪の事態を考えてしまうのです。
ただ、さすがにこの考えは極端すぎる気がしますが、どうも胸騒ぎがしてならないのです。
そうこうしているうちに、とうとう数日前に私のもとにルベス殿率いるエルベス王国の一団が派遣されてきました。つまりこの近くに、1年前私に手紙をよこしたハイルという人物がいるのです。
私は一刻も早く彼に会い。
そのためには、ルベス殿すらも利用する気でおりました。彼はその特殊な能力で特定の人物の居場所を知ることができるそうなので。
ただ、何の不幸かその能力が不調らしく、今は使用できないそうです。どうしてそのようになったかはわかりませんが、この肝心な時にと、先日は彼にひどく当たってしまって…。
クロロ様、私は今どうすればいいのでしょう。
国家に対する不信感を持っていると知られれば、私だけでなく家族や使用人たちにも危険が及ぶ可能性があります。かと言って、このまま国家の言いなりになっていれば、そう遠くない未来結局危険な目に合うかもしれない…。
しかしながら、どれもこれも推測の域を出ないのです。
私には情報が足りない。ハイルという人物が何かを知っているはずなのですが、この調子ではおそらく彼をこの街で捕まえるのは無理そうです。
すみません。だいぶ長々話してしまいましたね。
ですが、聞いていただいたおかげか、だいぶ胸がスッキリしました。
ありがとうございます。




