041.領主館へ
晩御飯の時間になるころ、よくやく布づくりが終了したのだが、クロロはちょっと疲れていた。
というのも、糸を紡いでいるところから思っていたのだが、調子に乗ってジョウブ菜を採取しすぎていたのだ。思っていたよりも、作業に時間がかかってしまった。だが、布はオースが買い取ってくれると言っていたしよしとする。旅の資金の足しにしよう。
楽しみにしていた晩御飯の時間になり、食堂に向かうとリイがチラチラとこちらを見るのが気になったが、特に話しかけてくることもなかったので、まあいいかと食事に集中する。
今晩の献立は山菜混ぜご飯とお肉の角煮だった。美味しいよ、美味しいよぉ。クロロは先ほどまでの疲れが吹っ飛び、ご機嫌でもぐもぐとご飯を頬張る。
お腹いっぱい食べたクロロは、再び部屋に戻り、出来上がった布を畳むとベットを元に戻して、眠りについた。
翌朝、クロロは朝日が差し込む部屋で出来上がった布を再び広げた。
ふむふむと布の出来栄えを再確認した後、その前に立ち、採集しておいたキレイネを取り出した。それを両手ですくうように持ち、口の前に翳して、ふーっと息を吹きかける。
するとキレイネからキラキラしたものが出て行き、布に散らばっていく。
それに比例するように、キレイネ自体はどんどんカラカラになっていき、終いには茶色くカサカサになってしまった。
クロロは採取したキレイネがすべてカラカラになるまでこの行為を繰り返した。
「よしよし、後はお昼ごろまで馴染ませれば完成かな!」
クロロはカラカラになったキレイネを、手でつぶして粉々にする。この粉は旅の途中身体や頭を洗うのにも使えるので、取っておくのだ。
クロロは後片付けをしながらも、ひとり首を傾げて考えていた。
そういえば、アリスさんの言っていたキレイネの煮汁というのは一体なんだろうか。自分がやった加工の方法以外にもキレイネの成分を布に付与する方法があるんだろうか…。
まあ、いいか。きっと村とは別のやり方があるのだろう。
クロロは少し気になったが、深く考えるのをやめた。基本的に、考え事はあまり得意でない性格なのだ。
布にキレイネの成分が馴染むまでは半日ほどかかるので、その間に領主館で地図を見せてもらうことにする。あわよくば写させてもらおうと、紙と筆記用具も商店街で購入しておいた。
街の中心部を貫く大通りを北に歩いていくと、大きな建物が見えてきた。これが噂の領主館らしい。
基本的には2階建ての建物だが、中央のみ3階建てのようだ。見る限り見事に左右対称に作られている。白を基調とした壁には大小たくさんの窓が並んでおり、屋根は青色だ。綺麗に晴れた空とよく合っている。
クロロがぽけーっと領主館を見ているのに気付いた門兵が話しかけてきた。
「どうした坊主。そんなとこで突っ立って。…ははーん。もしかして領主館を見るのは初めてだな」
「え?どうしてわかったの?」
「そりゃわかるさ。この領主館はこの辺りで一番大きくてオシャレな建物だからな。初めて見る人間の反応は大抵一緒さ。坊主はどっかの商人の息子が何かかい?」
「ううん。違うよ。僕は今日、領主さんに地図を見せてもらいに来たの」
クロロの台詞に今まで気さくにしゃべってくれていた門兵の眼光が鋭くなった。
「坊主、親になんて言われてきたかわかんが、地図ってのはそう簡単に見れるもんじゃねぇ。出直してきな」
「え…、だって…」
「何と言ってもダメだ。お前みたいな奴は時々いるんだ。商人や旅人本人じゃ見せてもらえないから、子供を使ってくる奴や、若い娘を差し出してくる奴もいる。だが、うちの領主もそこまで馬鹿じゃない。そこいらの商人やほとんど見知らぬ旅人に地図を見せる行為がどれだけ危険かくらいはわかってる。さあ、帰った帰った」
シッシッと虫を追い払うかのような仕草を繰り返す門兵。
クロロはぷーっと顔を膨らませて、門兵に食い下がる。
「そんなはずないもん!今日、領主のアゼパスさんに地図を見せてもらえるようにしてもらってるはずだもん!」
「そんなこと誰が言った。これ以上適当なことを言うなら力ずくでも帰ってもらうぞ」
ド迫力の門兵だが、クロロはこれくらいでは怯まない。そもそも、自分の主張は正しいはずだから怯む必要もない。
「神殿のタンドさんが口添えしてくれるって言ってたもん!」
「…え?」
タンドの名前を出した瞬間、門兵は信じられないものを見るかのように、クロロを上から下まで眺めた。
「…え?」
また、眺める。
「…えぇ?」
眺める。
クロロは何か文句があるなら聞いてやろうという態度で、頬を膨らませながら両腰に手を当てて、門兵を睨みつける。だが、背丈が足りなくて迫力はいまいちだ。
「ぼ、坊主…いや、坊ちゃん…お、お名前は…?」
門兵は先ほどとの態度とは打って変わって、恐る恐るという具合で尋ねてくる。
「クロロ!」
間髪を入れずに答えるクロロ。
「ひぃ!…い、いや待て俺…。こいつは偽物っていう可能性がまだあるだろう…。まさか、最高賓客がこんな小さな坊主だなんてありえないだろ…。…そうだ、証拠だ。証拠を見せてもらおう。本物のクロロ様とやらは神殿記を持ってるはず…。神殿記の偽造は大犯罪だし、そもそも簡単に偽造できるものでもない。つまり、偽物は神殿記を出せない。俺、坊主に神殿記出せと言う。坊主は偽物だから出せない。だから、門を通せない。なるほど、何も不自然なことはない。俺、冴えてるぅ」
上ずった声をあげたかと思うと、後ろを向いてなにやら一人でぶつぶつ言いだした門兵。だがしかし、耳の良いクロロには丸聞こえだった。
1人何かに納得した門兵はくるりと振り向き、クロロを指差しながら強気で言った。
「よおし!お前が本当にクロロ様だというのならばその証拠をぉぉぉぉぉぉ!」
門兵の指差す先には、すでに神殿記がババーンと存在していた。無論、それを持っているのはクロロである。
門兵は見る見るうちにだらだらと汗をかいていき、指先はブルブル震えだす。
そして、終いには四つん這いになりうつむいてしまった。
「ク…クロロ様とは知らず大変な無礼を働いてしまいました…。どうか、お許しください…。私には愛する妻と娘がおります故、何卒…何卒ご容赦ください…」
どうした、門兵。クロロは戸惑いを隠せない。
最初に拒否されたのは腹が立ったが、別に誤解が解けて地図を見せてもらえればそれでいいのだ。何故この門兵はこんなに謝罪してくるのだろう。
「い、いや。別にそんなに謝らなくてもいいです!僕は単に地図を見せてもらいに来ただけだから!」
「ぐすっ…。寛大なお心に感謝します…。で、では…中にご案内しますのでこちらへどうぞ…ずびっ」
(泣いてるよ、この人ー!)
クロロは戸惑いながらも、門兵の後についていく。手元の神殿記を眺めながら、もしかしてこれは結構すごい物なのではと今更ながら思う。
「それでは、領主を呼んでまいりますのでこの部屋でしばらくお待ちください」
鼻の頭を赤くした門兵は、クロロを客室に案内し、丁寧なお辞儀をして出て行く。
それを見送ったクロロは室内を見渡す。壁紙は外壁と同じく白で統一してあり、天井は青色だった。木製の椅子と机には年季が入っているが、つやつやと輝いているのでしっかり手入れがされているようだ。その他、時計や家具も古風なものが多い。領主の趣味が伺える。
しばらくすると、ベテランメイドのような人がやってきて、お茶と茶菓子を出してくれた。だが、見た目とは裏腹におっちょこちょいなのか、お茶を机に置く際にカップを傾けてしまい、中身をこぼしてしまった。
お茶の一部がクロロの服にかかる。
「し、失礼いたしました!」
彼女は慌てて、持っていた布巾でクロロの服と机を拭う。
「ああぁ、申し訳ございません。すぐに新しいお洋服をご用意いたしますので!」
「あ、大丈夫です。僕の服は汚れには強いので」
真っ青になるメイドを安心させるために、クロロは自分の服をつまんで見せる。
「それよりあなたは大丈夫?熱くなかった?」
「私は大丈夫です。お気遣いありがとうございます。それより、本当にお召し物は大丈夫ですか?」
「うん、平気平気!ほらね」
メイドに自分の服を触らせるクロロ。
「あ…。本当です。よかった」
ほっと胸をなでおろす彼女に、クロロも安心する。
「では、すぐにお茶を入れなおして来ますので。本当に申し訳ありませんでした」
そう言って、彼女は慌てて部屋を後にする。
部屋にひとり残ったクロロは、無事だったお茶菓子を物欲しそうに眺めながら、美味しそうだなぁ、早く新しいお茶が来ないかなぁと、目の前の食べ物のことで頭がいっぱいだった。
その頃、領主館内では前代未聞の大騒ぎが起こっていた。




