038.ギレボハーレム記
「えー!それ本当!?」
新たな情報に目を輝かせるクロロ。タンドはそんな彼の様子を満足そうに見ている。
「えぇ、本当です。ちょっと待っててくださいね」
タンドはすっと立ち上がり、おもむろに部屋を出て行った。
しばらくすると、彼は1冊の本を片手に戻ってきた。余談だが、本を片手に持って微笑むタンドはまた光の効果とその優しいオーラでありがたさ満載だった。さらに、持っている本の表紙は光沢のある赤色で、光が当たった部分は金色に見えるというなんともカッコいい代物だった。今のタンドとのギャップがまたいい!なんだこれ、僕は一体何をしにここへ来たんだっけぇ!?
「これはギレボという旅人さんの自伝でギレボハーレム記という本です。第1~8巻があるのですが、これはそのうちの第1巻です。残念ながらあまり売れなかったのか、発行数が少なくて…。うちで所有しているのはこれだけなのです…」
少々申し訳なさそうな口調で言いながら、ペラペラと本を捲っていく。…いやいやいや。ハーレム記ってなんだ。どうしてそんなものを神殿に置いてるんだ。
クロロの疑問を余所に、お目当てのページを見つけたタンドは、そこを見開いてクロロに差し出した。
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そうなんだよ、そうなんだよ。俺さぁ、ミーナちゃんにかぁわいぃお人形さんを送ったわけ!そしたら、ミーナちゃんは「ありがと~。すっごく嬉しいよぉ」って言って、俺に抱き着いてくれたわけよ!
出るとこ出てるミーナちゃんのその感触ったら気持ちいのなんの!もう、ぜぇ~ったい放さないって思ったね。それで、ミーナちゃんの大大大好きなお食事処で、美味しいものたぁーっくさん奢ってあげたんだ!
その翌日、本当なら夕方また会う予定だったんだけど待ちきれなくなって、昼間にミーナちゃんのお家に突撃しちゃった!それで、いざドアを開けようってときに中から話し声が聞こえてきたんだ。
「ちょっとミーナ、ギレボって正直どうなのよ」
「あ?あんなの遊びに決まってるっしょ。金持ってそうだから付き合ってやってるだけ。こーんな趣味悪い人形渡してくる奴だよ。無理無理。あははははー」
…大大大ショーック!嘘だろ…ミーナちゃん…。あんなに人形喜んでくれたじゃないか…。犬が大好きって言ってたから、最恐と名高いナメクジウルフのお人形を贈ったのに…。畜生ー!みぃぃなぁぁちゃぁぁん!
俺は傷心を抱えたままその街を飛び出した。銀色に輝く神殿だけが優しく俺を見送ってくれたぜ…。
あてもなく旅に出てから3週間。俺はいつの間にか険しい渓谷にたどり着いていた。今の俺の心のように深い霧が立ち込めていたぜ。だけど、よくよく見るとこの渓谷おかしいんだ。やけに洞穴が多い。たぶん霧が晴れたらそこらじゅう穴だらけだと思うぜ。
で、しばらく直進してたんだけど、行き止まりになっちゃったんだ。しかたなくその辺の洞穴に入ったんだよ。そんでその洞穴は奥に続いてたからどんどん先に進んでった。そしたら前方から光が差し込んでるのが見えた!
出口だぁー!っと思って、駆け足で洞穴を抜けた先は…。砂漠だったんだよ。
ビビったなんてもんじゃねぇよ。一面どこを見渡しても砂、砂、砂!遠くに岩場がちょっとあるくらい。
「なんじゃこりゃぁぁぁ!」
思わず叫んじゃったね。だってそうだろ。俺さっきまで霧の深い渓谷にいたんだぜ?
慌てて今出てきた洞穴を確認したら、もう影も形もない!え、マジかよ。これ俺どうすんの?
砂漠用の服装じゃないし、十分な食糧もない…。俺、死んだと思ったね。
え?どうやってこの窮地を乗り越えたかったって?ふふふ…それは、偶然通りかかってくれた遊牧民たちのおかげさぁ!
そして俺はここで、新たな出会いをすることになる。遊牧民のユラちゃん、その人との出会いさ。
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「どうですか?参考になりましたか」
「参考になる部分とならない部分の差が激しかったです」
「ふふ。そうかもしれませんね。このギレボハーレム記はその名の通り、ほとんどが女性がらみのお話しですからね。ただ、途中途中に非常に貴重な体験が記されています。そのためこの神殿にも保管してあるのですよ。ギレボさんがもう少し旅の部分に重点を置いた本を作っていれば、もっと売れていたかもしれませんね」
ギレボよ。何故ハーレム記にした。しかも、この部分完全に恋に破れてるし…。てか、ナメクジウルフて…。
クロロが呆れていると、タンドは先ほどの本の文章の一部を指差した。
「『銀色に輝く神殿だけが優しく俺を見送ってくれたぜ…。』この部分からこの街がエルベス王国のにあることがわかります。そして、神殿が見送るということは、この神殿が街の門からよく見える位置に建っていることも推測できますね」
「確かに」
「ただ、私はエルベス王国の街のことまでは詳しくありません。なので、これは国を跨いで活躍してる商人の方に尋ねてみるのがいいかと思います」
「なるほど、なるほど」
このような本からでも必要な情報を拾い上げて行くタンドに関心しながらクロロは首を縦に振り続ける。なんだか、そういうおもちゃのようだ。
「おやおや、そんなに首を振っていると目が回ってしまいますよ。…もし商人の知り合いの方がいらっしゃるならば、その人にエルベス王国に行ったことのある商人さんを紹介してもらってもいいですし、そういう知り合いがいない場合は、商人ギルドで聞いてみるのも手ですね」
知らない単語が出てきたクロロは、首を振るのをやめ、その代わりに首を傾げた。
「商人ギルドってなんですか?」
クロロの反応が予想外だったのかタンドまで首を傾げた。
「商人ギルドを知らないのですか?これは珍しい。商人ギルドというのは、商人たちが集まってできた組織です。そこで物のおおまかな価格をつけたり、物の流通量をある程度操作しています。また、商売をする人は必ずここに属することになっています。そうでないと売買をすることができないというルールがあるのです。多くの情報が集まる場所ですから、そこで尋ねればきっと国を跨いで商売をしてらっしゃる方もすぐ見つけられるはずです」
「へぇ~。そういう組織があるんですね。…でも僕はちょうど信頼できる商人の知り合いがいるので、今回はその人に聞いてみようと思います」
「おや、それは心強いですね」
タンドの言葉に同意するようにクロロはニコっと笑った。オースは本当に頼りになる人だ。
「あ、あとこれとは別にお願いがあるんですけど…」
「どうぞ、なんでも言ってみてください」
「この街の周辺の地図を見せてほしいんですが、ありますか?」
クロロがそう尋ねたとたんタンドが困った顔を見せた。
「すみません…。この神殿には地図は置いていないのです。このあたりの地図を所有しているのは領主のアゼパス様のみになります」
申し訳なさそうに言うタンド。そういえばコモン村のロリアも地図は貴重な物だと言っていた。おいそれと手に入るものではなさそうだ。
だが、しかし地図があるのとないのとではこの先の旅に大きく影響する。
「それじゃあ、そのアゼパスさんのところに行けば見せてくれるの?」
タンドはフルフルと首を振る。
「おそらく無理でしょう。あれは使い様によっては戦でも役立ちます。なので扱いには慎重になっています。相当信用のある者でないと閲覧は難しいかと…」
「ううう…」
クロロは頭を抱えて唸る。地図ぅぅ…。どうにかして見れないかな…。でも、タンドさんをこれ以上困らせるなんてできないし…。現にうんうん唸るクロロを心配そうに見ている彼。その様子ですら麗しい。
いや、だから何故僕は彼に見とれているんだ!今は地図の心配をしているときなのに!
ピシッピシッっと顔を叩いたクロロは、頭を切り替えてヘタっていた上体を起こした。
「うん。わかりました。領主さんが地図を持ってるって聞けただけ嬉しいです。ありがとう!ついでにあと1つだけお願いしてもいいですか?」
「ええ。もちろんですよ。私で叶えられることならばいいのですが…」
「これは大丈夫です。というか、実は僕これをお願いするのがメインだったりするんですが」
クロロは肩掛け鞄をごそごそと漁った。そして、目的の物を机の上に出す。
「この神殿記にハンコをくださーい」
その瞬間タンドが大きく目を見開いて固まった。




