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035.再び商店街へ

 クロロは隣を歩くルベスをよくよく観察してみた。

 身長はクロロより頭2つ分ほど高い。薄茶色の切れ目には、薄いフレームの眼鏡をかけている。鼻は高く、唇は薄い。制服をピシッと着こなしており、時折神経質そうに眼鏡をくいっくいっと調節している。いかにもとっつきにくそうな人物である。

 しかし、それより気になるのはルベスの髪の毛だった。黒髪の短髪なのだが、両サイドの耳あたりの髪だけは肩ほどまで伸ばしており、それは毛先に行くほど銀色になっているのだ。

「あの、1つ聞いてもいいですか?」

「…ええ構いません。ですが、私からも1つお聞きしたいことがあります」

「え?あ、はいどうぞ」

「貴女は先ほど木箱から出てきたときに、何か食べていませんでしたか?それは人さらいに強制的に食べさせられた物ですか?」

 実はルベスはずっとそのことを考えていたのだ。もし、怪しい物を食べさせられていたのであれば早く吐かせなくてはならない。

「あ、あれですか?あれは商店街で買ったパンです」

「え?…そうなのですか?何故あんな状態でパンを食べていたのですか?」

「私、攫われたときに食べ物を両手で持ってました。で、突然木箱に入れられました。それですぐに箱から出ようと思ったんだけど、まだ食べ物を持ってたから邪魔にならないように全部食べてからにすることにしたんです。そしたらああなりました」

「ああ…そういうことだったのですね。…よくそんな状況で食べ物が喉を通りましたね」

 クロロはきょとんとした。

「え?食べ物が食べられないときってお腹がいっぱいのとき以外にあるんですか?」

「いや…まぁいいのですけれど…」

 ルベスはクロロが自分が想像していたよりも太い神経をしていそうなことに戸惑った。この子は自分が今まで接してきた女性たちとは全くタイプが違う。正直調子が狂う。

「ところで、私に聞きたかったこととはなんですか?」

「…あの、もしかしてあなたはエルベス王国の貴族の方ですか?」

「ええそうですよ。見ての通りです」

 ルベスは右耳のあたりの髪の長い部分をいじりながら答えた。

「エルベス王国の人なのに、このクロリア王国で警備団をやってるんですか?」

「少々事情がありましてね。今は一時的に雇ってもらっているのですよ」

「ふ~ん。わかりました!ありがとう!」

 クロロは勉強したことをちゃんと復讐できて満足だった。貴族はその身の一部に出身国の守護神の色が出る。銀色はお隣のエルベス王国の色だ。うんうん、ちゃんと覚えてる。すごいぞ私!

 そうこうしているうちに2人は商店街の表通りに出た。

「さてさて、クロロさん。商店街に出ましたが本当にここでいいのですか?」

「うん!ばっちりです!ありがとう!」

「いえいえ、今度は攫われないように気を付けてくださいね。それでは私はこれで」

「は~い。気を付けます。さようなら」

 クロロは元気に手を振って、また路地に戻っていくルベスを見送った。


 思わぬトラブルに巻き込まれたクロロだったが、気を取り直してオースに会いに行くことにした。

 確かオースのお店は商店街の一番端にあったはずだ。

 ちゃんと見つけられるか不安だったが、そんな心配をする必要はなかった。

 商店街の端っこだというのであまり目立たないのかと思ったらとんでもない!『笑顔爆発オース店』のどでかい看板に、3階建てのこれまたどでかい建物。そして激しい人の出入り。圧倒的存在感だ。

「うっわぁ~…。これオースさんに本当に会えるのかな…」

 店を見つける心配から、オースを見つける心配をしだしたクロロは人の波に乗って店内に入る。しかし、どこを見ても商品と人でいっぱいでオースを見つけるどころではない。

 仕方なく、クロロは商品を陳列していた店員に声をかけた。

「すみません。店長のオースさんにはどこへ行けば会えますか?」

「え?お嬢ちゃんオース様に会いたいのかい?っていうことは、お嬢ちゃんがオース様の言っていた今日来る特別なお客様か!うわわ、なんでこんなところに?入口の受付見えなかったのか?ああ、その小ささじゃ見えないか!」

 普通に小さいと言われてショックだったクロロ。今だけだもん!もうすぐ大きくなるもん!

「オース様が待ってる特別室に案内してあげるからついておいで」

 そんなクロロの心境に気づかず、店員はクロロを店の奥に誘導する。

 こちらには普通のお客さんは入れなくなっているのか、さっきまどの人混みが嘘のようにしんとしている。

「オース様の特別なお客様は専用の特別室に案内することになってるんだ。3階の1番奥の部屋さ…っとほら着いた」

 案内してくれた店員は目の前の扉をコンコンと叩いた。

「すみません。オース様のお客様をご案内しました」

 すると中からオースの声がした。

「おお。そうかいそうかい。ありがとう。入っていいよ」

「失礼します」

 店員はクロロを連れて、部屋の中に入った。

「おお!クロロちゃん!見違えたよ!可愛くなったねぇ」

 部屋に入るとオースがニコニコしながらクロロに近づき、手放しで褒めてくれた。

「イスト君、彼女を案内してくれてありがとう」

「いえいえどういたしまして。それでは私はこれで」

 そういうとイストと呼ばれた店員は部屋から出て行った。

 クロロは改めて部屋の中を観察した。薬草から剣、絵画まで千差万別の商品が並んでいる。そのどれもが一級品で、購入しようとすれば目玉が飛び出るほどの金額になるだろう。

「ふふふ。この部屋は本来特別なお客様との商談に使うものなんだ。お客様によって欲しい物も色々だから、いろんな商品を並べてあるんだよ」

「そんな特別な部屋に私が入ってもいいの?」

「もちろんだとも。今更気なんて遣わなくていいよ。一緒に旅した仲じゃないか。…それより思っていたより来るのが遅かったけど、何かあったのかい?」

 オースが心配そうな表情でクロロを見た。

 クロロは今日あったことを彼に話して聞かせた。

 クロロがすべて話終えると、オースは難しい顔をして口を開いた。

「ふむ…。クロロちゃん…少しお願いがあるんだけどいいかな」

 クロロはもしかして人さらいに攫われたことから、やはりオシャレをするのをやめた方がいいと言われるのかと思い身構えた。せっかく可愛くしてもらったが、旅に支障が出る可能性があることはやはりやめておいた方がいいだろう…。本来こういったトラブルに巻き込まれないようにするために男装をしているのだ。止められても無理はない。

 しかしオースはクロロが予想していたこととは全く違うことを言ってきた。

「アリスさんのところに渡すという生地…。その半分を私に売ってはくれないかい?」

「え?そっち?」

「ん?なんだい。何か別のことを言われるかと思ったのかい?」

「うん…。今後女の子の格好をするのはやっぱりやめた方がいいって言われるのかと思った…」

 遠慮がちにクロロが言うと。オースは彼女の頭をよしよしと撫でてきた。

「もちろん無用なトラブルを避けるためには、男装をしていた方がいいよ。だけど、クロロちゃんの旅っていうのはクロロちゃんが楽しまなきゃ意味がないんだ。たまにオシャレを楽しむ日があったっていいじゃないか。それに、クロロちゃんが人さらいに遭遇しようと、危険な犯罪者と対峙しようと、どうにかなることはまずないだろう。あの村にいたから自覚は薄いだろうけど、クロロちゃんはそんじょそこらの人よりよっぽど強いからね。心配ないらないよ。それより、私は生地の方が気になってしまってね」

 オースはちょっと困った顔をした。

「実はクロロちゃんの村で作る布の生地はかなり特殊でね。私もいつも買付させてもらってるんだ。ただ、本当に貴重な物だから、本来はものすごく高値で取引されるものなんだ。だからあんまりたくさんアリスさんに渡すと、かえって彼女が恐縮してしまうからね」

「あの生地ってそんなに貴重かなぁ。村のみんなは普通に作って使ってるけど…」

「その地域の特産品なんてそんなものだよ。そこでは大したことがなくても、別のところではものすごく価値が上がるなんてよくあることさ」

「そうなんだ」

「そうなんだよ」

「わかった!じゃあ、生地が出来たら半分ここに持ってくるね」

「よろしくたのんだよ」

「うん。それじゃあ、そろそろ日もだいぶ傾いてきたし、私また商店街をちょっとウロウロして宿屋に帰るね」

「うんうん。気を付けるんだよ」

「はーい。じゃあね~」

 そう言うとクロロは部屋を後にした。


クロロが部屋から出ていくと、オースはドカッと椅子に腰を下した。

 いやはや、彼女の話を聞いていて途中冷や汗が止まらなかった。まさかアリスにあの生地を渡す約束をしているとは思わなかった。

 クロロの旅装束を手に取ったときに、アリスがその生地の特殊さに気づくことまでは予想していた。本来ならば、後日彼女との会話でさりげなくその生地について話し、実は自分の店でその生地を扱っていることをほのめかす予定だった。そして、アリスにはうちの常連になってもらうという計画だ。彼女の服のセンスは本当に素晴らしい、この先もっともっと伸びるだろう。そして、その技術を最高に生かすためには最高の生地がおのずと必要になってくる。だから今回、ちょびっとクロロを誘導してそのきっかけを作るはずだったのだ…。

 だが、まさかクロロ本人がアリスに直接生地を作ってあげる提案をするとは夢にも思わなかった。

 あの村の生産技術はすごい。そもそも布の生地というものは素材の収取から完成まで3日でできるものではない。普通は複数の人間が何日もかけて仕上げるものなのだ。

 それをあの村の住民は数日間で結構な量をほぼ1人で仕上げてしまう。おそらくクロロが持ち込もうとした布生地も服1枚分ではなく、数枚は作れる量だったのだろう。危ないところだった。

 まったく…おかげで後半の人さらいにあった場面のことが可愛く思えて仕方ない。

 …それにしても、クロロを救出した(しようとしてくれた?)ルベスという警備兵…気になる。クリリ街の警備団体所属ということは、その雇い主はこのコクリ領の領主アゼパス・コクリだろう。

 なぜアゼパスはエルベス王国の貴族を警備団体に所属させているのか。もしや、逃走中の彼らに何か関係があるのだろうか?万が一関係があっても、私には特に問題はないが、クロロちゃんが厄介なことに巻き込まれるのはいただけない。もしかしたらそれが運命というものかもしれないが。

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