034.とある警護団のお話
所変わって、薄暗い路地では大きな木箱を運ぶ3人の男たちがいた。
たまにすれ違う人がいるものの、彼らを不審がる者はいなかった。
なぜならここは商店街の裏路地。売り物の商品の入った大箱を運ぶ連中は其処彼処にいるのだ。
彼らは目的の店裏の扉の前に来ると、一度運んでいた木箱を路地に置いた。そしてリーダー格の人物が代表して扉を開ける。
「よお、新しい商品を届けてやったぜ。今回は特に上玉だぜ!」
しかし不思議なことに、いつもニヤニヤ笑いながら出迎えてくれるはずの店主が一向に姿を現さない。
「あん?なんだ、居ねぇのかよ?」
不振に思った男が店内に入ると、そこには床で縛られて伸びている店主とその部下たちがいた。
「っ!マズイ!」
男は慌てて踵を返し、外へ逃げようとした。
しかし、その瞬間首筋を冷たい感触が襲う。
「何処へ行くおつもりで?」
男は恐る恐る振り向いた。
するとそこには自分に剣を突き付けている男がいた。そしてその後ろにはたくさんの警護兵たちが控えており、彼らに捕らわれた子分たちの姿があった。
しかし、彼が認識できたのはそこまでだった。目の前にいた男が突如突き付けていた剣の峰で彼の鳩尾を攻撃したためだ。不意打ちで強烈な攻撃を受けた彼の意識はそこで途切れた。
「ふぅ…とんだ無駄足でしたね」
人さらいの主犯格を沈めた彼は面倒臭そうな態度を隠しもせずに言い放った。
そもそも自分は反国家組織のリーダーを探すためにこの街を捜査しているのだ。怪しいと思った場所へ行き、突入しては外れを引くということを昨日からもう4件も続けている。
「とっとと観念して出てくればいいものを」
「まあまあ隊長。そうカリカリしないで下さいよ。ほら、隊長のおかげでこの木箱に囚われているであろうお嬢さんを助けることができたんですし」
イライラしている彼をフォローするために、部下の一人が大きな木箱を指差しながら言う。
それにより、彼の意識はその木箱に向いた。今しがた捕えた男は「上玉だ」と言っていた。おそらくこの中にいるのはまだ年若い少女だろう。自分の気分は兎も角、恐ろしい思いをした少女を早く助けてあげるべきだったと彼は反省した。
そして彼が足元にある木箱に近づいてしゃがみこんだとき、何の前触れもなくその木箱の蓋がスポッと真上に外れた。
「っ!」
いつもは冷静沈着だとか、鉄仮面だとか言われる彼だがこの時ばかりは素で驚いた表情をしてしまった。
「????」
一方木箱の蓋を両手で持ち上げ、不思議そうにこちらを見る少女も今の状況がわかっていないようだった。
「…」
「…」
お互いが全く話さないため、沈黙が続く。
その間彼は、目の前の少女のことを観察していた。短い髪はふんわりと整えられており、時計の針のような髪飾りがよく栄えている。服は可愛らしいワンピースのようだ。顔は整っており、そこに薄っすら化粧をしている。文句のつけようのない美少女である。
ただ、先ほどから気になっているのは彼女の口がずっともぐもぐと動いていることだ。…何か食べているのか?
彼がそこまで考えたとき、少女の喉がごくんと鳴り口を動かすのをやめた。
「…よくもやったな!」
「もぶぅっ!?」
目の前の少女は発言と共に、両手で持っていた木箱の蓋を目の前の彼の顔にベンッと押し付けた。
彼女の行動を全く予期していなかった彼はモロにその攻撃を受けてしまい、おかしな声を出しながらし尻餅をついてしまった。
「お前のせいで、さっき私は死にかけたんだぞ!いきなり後ろに引っ張るから、食べてた串焼きが喉に詰まって大変だったんだから!それにそれにそれにぃー!せっかく買ったお饅頭が鞄の中でつぶれちゃったじゃないか!どうしてくれるんだよぉ!」
少女は木箱から出て仁王立ちになると、不満を洗い浚いぶちまけた。
そして唖然としながら、尻餅をついている彼に向かって近づいていきビンタの体制に入る。
「ちょっと待って誤解です!私は君を攫った人間ではありません。むしろ、その人間を今しがた捕えた者ですよ!」
「なぬっ!」
間髪を入れずに驚く少女。その隙を逃さず、彼は体勢を整えて立ち上がりながら、これまでの経緯を説明した。
「私たちはある人物を探しています。その捜査の一環でこの街の怪しげな場所を1つ1つ調査をしているのです。その最中にたまたま今回人さらいのアジトを見つけたので、その主犯格の人間を捕まえたのです。そして、その彼らが運んでいた木箱からあなたが出てきたのですよ」
「…あ、そうだったんですか。危ないところをありがとうございました」
目の前の人間が悪い人ではないと知った少女は素直に頭を下げた。最初の印象では気性の荒いお嬢様かと思ったが、案外話のわかる子のようだ。
「さて、誤解が解けたところで、あなたを親御さんのところにお送りしなくてはなりませんね。あなたお名前は?ちなみに私は、クリリ街の警護団所属ルベスです」
「私の名前はクロロです。親のところに送ってくれるとのことですけど、それは大丈夫です。この後知り合いのおじさんに会いに行く予定だし」
「ですが、今しがた怖い思いをしたばかりでしょう。大丈夫なのですか?」
クロロと名乗った少女は頷いた。
普通人さらいに会った人間は、しばらく怖くて1人で出歩いたりできないものなのだが、目の前の少女は特に問題ないらしい。
「では、せめて人通りの多い商店街まではお送りしますよ。ここは商店街のすぐ裏の通りなのですが、結構入り組んでいて、なかなか表に出られませんから」
「それは助かります!ありがとう!」
「いえいえ。それでは行きましょうか」
「悪いおじさんたちはどうするんですか?」
「大丈夫です。私の隊の者がしかるべき処理をいたしますから」
そうしてルベスは少々変わり者の少女を連れて路地を歩き出した。
ルベスが見えなくなったのを確認すると、事後処理に残った彼の部隊の者たちは大爆笑を始めた。
「っうっぷっぷ…もうダメだー!!うわあーはっはっは!」
「あの隊長が…隊長が…。ん~あっはっはっは!」
「やべぇ…おかしすぎて腹が痛てぇ…死にそうだぁ~。ひぃ、ひぃ、ひぃ…」
「やってくれたぜあのお嬢ちゃん!もぶぅっ!だぜ、もぶぅっ!」
「やめろ!思い出させるな!うう~ひっひっひっひぃ!」
いつも感情を表に現さないルベスの思いがけない醜態に部下たちは先ほどからずっと笑いを堪えるのに必死だったのだ。
その話題で盛り上がっている彼らは、クロロと名乗った少女が素手で持ち上げた木箱の蓋が、まさか釘まで打たれていた代物だったとは気づきもしなかった。




