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033.続々・うっふんマジョリンにて

 クロロが襲われているちょうどそのとき、うっふんマジョリンの地下ではハイルとギルがマジョリカにこってり絞られていた。

「なるほどね…。大まかな事情はわかったわ。私を裏切り者候補者に入れたのは許せないけど」

 フンっ!とそっぽを向くマジョリカ。ハイルとギルは、クリリ街からコモン村へ移動し、さらに時の山へ逃亡したこと、そこで旅人に助けられたことなどを語った。協力してくれたクロロやオースに万が一にも迷惑がかからないよう、彼らの名前は伏せている。そのあたりはマジョリカも心得ているのか、助けてくれた人物のことまで突っ込んで聞いてくることはなかった。

「でも、本当にエルベス王国の王族が関わっていたらやっかいどころの話じゃないわね…。こちらの情報は筒抜け同然だし…もしかしたらこの場所も見つかってるかもしれないわ」

「いや…おそらくその心配はないと思う」

 ハイルの確信を持った回答にマジョリカは怪訝な顔をした。

「どうしてそう言い切れるのよ」

「実は俺とギルはさっきこの街に着いたわけじゃない。昨日には到着していたんだ。それで相手の出方を見るために一晩空家で過ごしてみたんだ。奴らは一刻も早く俺達を捕まえたくて仕方がないはずだからな。もし、居場所がわかるならすぐにでも何かしらの行動をしてくると思ったんだが…」

「なんにもなかったんだよ。これには俺も拍子抜けしたぜ。さっきハイルが話したとおり、コモン村にいた奴らの仲間の一部はこのクリリ街に来てるはずだからな。じゃなきゃ検問なんてやってねぇからな」

「って、あんたたち何危ないことやってるのよ!空家で一晩過ごしたですって!?この非常事態に何考えてんのよ!あぁー、もうあんたたちの行動を聞いてると心臓がもたないわ!」

 マジョリカは怒りの表情で2人を睨みつけた。

「だいたいね、昨日反王国軍のリーダーらしき人物の目撃証言があるから急遽街の門で検問を行うって聞いたとき、私がどれだけ動揺したと思ってるの!一時は一巻の終わりかと思ったのよ!」

 その知らせが耳に入ったとき、マジョリカは顔面蒼白になった。必死で自分に単なる人違いだ、これは偶然の悪戯だ、そう言い聞かせた。

 そんな状態で昨日はオースからの連絡が来たのだった。曰く会わせたい人物がいるから柱時計亭に来てくれとのことだった。あのオースからの直接の依頼となれば余程の事情がなければ断れない。だから、マジョリカはそこへ行った。心の動揺を必死にこらえて。幸い店では誰にも不振がられることはなかったし、会わされたクロロは非常に良い子で、不思議と動揺していた心が穏やかになった。

 そして今朝、多少動揺が収まったマジョリカがいつもどおり店にやって来ると、その店先にハイルとギルがひっそりと立っていたのだった。

「まったく、思い出しただけでも腹が立つわ。よくもまあ能天気な顔で私の前に現れたものよ。…ま、いいわ。私の怒りはどこかであなたたちにぶつけるとして、今はこれからのことについて話し合いましょ」

「(どこかで怒りをぶつけられるのか…)あ、ああ。そうだな」

 ハイルはこれからはしばらくマジョリカからの復讐に気を付けねばならないと心に留めておくことにした。それに、それだけ怒っていたということは、それだけ自分たちを心配してくれていたということでもあるのだ。本当にありがたいことだ。

「…で、結局具体的にどうする気?そもそもあのエルベス王国の王族がオーグルに手を貸してるっていうのもただの想像でしかないんでしょ?」

「そうだ。だからその真相を確かめに行こうと思う」

 ハイルは決意を固めた表情で2人に告げる。

「…エルベス王国へ行こう」

 2人が彼の言っている意味を理解するのに、数秒の時間を要した。

「…ちょっと!本気!?ここからエルベス王国に行くのに2ヶ月はかかるわよ!しかも追手から逃げながらなんて過酷すぎるわ!それにエルベス王国へ行けたとして、どうする気?まさか、あっちの王族に会って自分たちを追うのをやめてくださいってお願いでもするつもり?」

「…そのまさかだ。このままではオーグルを倒すどころか、近づくことさえできない。もし仮に本当にエルベス王国がオーグルに協力しているのならば、その理由を知りたい。もしかしたら、巧みに騙されているだけかもしれない」

 その台詞にマジョリカは思案顔をした。

「…私はそうは思わないわ。エルベス王国の王族だって馬鹿じゃない。いくらオーグルが狡猾でも、そうやすやすと騙せる相手じゃないはずよ。ふむ…だとしたら確かにあちらさんの目的が気になるところではあるわね。でも、別にあなたが危険を犯してまで直々に行くことはないんじゃないの?誰か他の信頼できる人に頼めば…」

 マジョリカが言い終わる前に、ハイルは首を振りながら言う。

「いや。これは俺が行く。俺ならば、エルベス王国の王族を逆に味方に付けることもできるかもしれないからな」

 そう言ってハイルはその独特の薄紫色の瞳を挑戦的に光らせた。

「おい、まさかお前…」

 ギルは長年ハイルと一緒にいたため、彼が何をしようとしているのか見当がついた。

「ああ。いざとなったら、切り札を出すさ。わずか300年前に神の降臨があったあの国には効果は抜群だ」

 自信に満ちたハイルの態度とは対照的に、ギルとマジョリカは何かに耐えるように目を閉じた。

 やがてギルが絞り出すような声を出す。

「お前が本当にそれでいいなら、俺は反対しない。どこまでもお前についていくぜ」

 台詞とは裏腹に彼の拳は硬く握りしめられ、震えていた。

「…とうとう動くときが来たということねん。…本当にいいのねハイル。後戻りはできないわよ。後悔はしない?」

「ふふふ…。後悔か…するかもな。おそらく全てが終わったら、達成感とともに心に大きな穴が空いたような気分になるだろうよ。だけどそのときは、その穴をみんなに埋めてもらうさ」

「そう。それなら私の愛情で満たしてあげるわん。他の誰かが埋める隙間がないくらいによん」

「う…ほどほどで頼む」

「うふふふふ、冗談よ。さぁ、そうと決まったら旅立ちの準備をしなくっちゃ!これから忙しくなるわよー!」

「うぇえ!ちょっと待て!ゴンザイン、お前まさか一緒に来る気か!」

 嬉々として旅立ちの準備宣言をしたマジョリカにギルは慌て始める。

「何よ!当たり前じゃない!今度は私も一緒に行くわ。また置いてきぼりにされたらたまったものじゃないいもの。あ、でもお店を閉じたり、必要な物を購入したりするのに数日かかるから、それまではこの部屋でのんびりしててちょうだいね。この地下室はたくさんの脱出路があるから、何かあっても安心でしょ?あと、私はマジョリカ!そこんとこちゃんと改善しなさい!」

 そう言うとマジョリカはちゃっちゃと地下室から出て行った。

「…ゴンザインは言い出したら聞かないからな…」

「そりゃそうだけどよ…。あいつ、せっかく夢だった化粧品専門店を開店して立ち直ったってのに…旅に出たらあいつの好きな美容とか化粧とか全然できなくなるんだぜ?…可哀想じゃねぇか」

「ギル。そういったことを全部考えた上であの人は俺達についてきてくれるんだ。ありがたいことじゃないか。俺はあの人を裏切り者かもしれないと疑ったことを今一番後悔しているよ」

 ハイルはマジョリカが去ったドアを見つめながら言った。

「頼りにしています。元王族専属警護団隊長、ゴンザイン・ダドルフィ」

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