032.楽しい商店街
今しがた出てきたお店の地下で、ハイルとギルがマジョリカに怒鳴られているとはつゆ知らず、クロロはルンルン気分で商店街に向かっていた。時折スカートを翻したり、髪を触ったりして一人むふむふしている。
そんなむふむふを十数回繰り返した頃、クロロは念願の商店街に到着した。
大通りを馬車が行き交い、様々なお店があり、店員の呼び込みも激しい。あちらこちらから美味しそうな匂いも漂ってきて、クロロは目移りしっぱなしだった。しかも、あちらこちらからお呼びの声がかかる。
「お、お嬢ちゃん可愛いね!どうだい、串焼き食ってかないかい?」
「あらあら、この辺りじゃ見ない顔だね。この私のパンは食べたことあるかい?1つ食べてみなよ!」
「おおい!嬢ちゃん!まさか、ここを歩いて俺んとこの饅頭を買わないなんて言わねぇだろな!」
「あ…あのあのあのあの、ぼ…僕、モーブ。お、お茶でもどうかなぁぁ!ごにょごにょごにょ…」
くぅぅ!どれもこれも魅力的なお誘いばかりだ!
なまじ耳のいいクロロはいろいろな声に反応してしまう。中にはよくわからないのもあったが…。
だがしかし、まずは先立つ物がないとゆっくりとした買い物はできない。クロロはきょろきょろと辺りを見回しながら薬草を扱っているお店を探した。
商店街の半ば、草の絵が描いたお店を発見した。これこそ間違いなくクロロの求めていたお店だ。
「すみませーん」
チリンチリンという音とともに店内に入ったクロロは、じっくり中を見て回る。店内は比較的整理されており、天井からぶら下げた薬草や、乾燥させて瓶詰めにされているものなど所せましと品物が陳列されている。
「はいよー」
クロロが店内をぐるぐる見て回っていると、中年の男性が店に出てきた。
「おやおや可愛らしいお客様だね。私はこの店の店主でコーギーと言うんだ。お嬢さんはここいらでは見ない顔だけれども、何の御用かな?」
クロロは肩掛けカバンの中からたくさんの薬草を取り出した。。ちなみに、いつもは大きなリュックのクロロだが、街中ではこういった使いやすい小さめのカバンを使用することにしている。
彼女が取り出した薬草は買い取り側が見分けやすいよう、種類ごとに束ねてある。これは薬草を売買する人たちの中では常識だ。
実はこの薬草たちは、昨日のうちにハイルとギルが襲われた林の中で見つけた物だった。
ちなみにこれらの薬草をクロロは馬車の速度に合わせて走りながら採集した。本当はもっとじっくり探索したかったのだが、何せ昨日はそれどころではなかったので、とにかく採れるものだけ採ってきたのだ。
「これを買い取ってほしいんです」
「おっ、お嬢ちゃんどこかの商人のお使いかい?感心感心。どれどれ…」
コーギーと名乗った店主はクロロの持ち込んだ薬草を観察する。
「ほー。かなり状態がいい上に色んな種類があるな。ふむふむ『テソウ』に『ニンソウ』か…。これは結構いろんな植物の中に紛れて生えてるから、見分けるのが大変なんだよね。…お、後の2種類は『ヌクソウ』と『ツメタソウ』じゃないか!よくこんなに見つけられたね。これは移動が多い旅人や商人に大人気の薬草なんだよ」
クロロはニコニコ嬉しそうに聞いている。
「いや、本当にすごいよ!この2種類は見た目が似た植物がそれぞれあるから、間違えやすいのに…。これは間違いなく全部同じ種類の奴だ。これを採取した人はかなりのベテランとみた」
「ベテランだなんてそんな…照れますよぉ…」
顔を赤くしたクロロは、くねくねしながら照れる。どうもさっきのマジョリカの仕草がじゃっかん移ってしまったようだ。
「えっ…。もしかしてこの薬草、お嬢ちゃんが採取してきたのかい?」
照れつつも無言で頷くクロロ。
「本当かいっ!?この薬草たちは玄人でもなかなか見分けにくい植物なんだよ?」
「はい!そうです。『ヌクソウ』は『アツソウ』と間違えるの注意!『ツメタソウ』は『コオリソウ』と間違えるの注意です!」
胸を張って知識を披露するクロロ。
「いや…若いのにそこまでわかるなんて偉いねぇ。これ結構よく観察しないとわからないのに」
「うふふ。褒められると嬉しいです」
裏事情としては、さすがにクロロとて走りながらの採取では似た種類のものまでは見分けがつかなかった。そのため宿でちゃんと仕訳をしたのだった。間違えて採取したアツソウとコオリソウも結構取ってきてしまっている。ただ、あちらはあちらで旅の最中使えることもあるので売らずに取っておくことにしたのだ。
「薬草の種類も状態もいい、量も十分、しかも可愛いお客さんから!…よっし!買い取り価格は銀貨15枚でどうだ!」
「えっ!やったー!」
思っていた以上の値段をつけてもらってクロロは上機嫌だ。うんと可愛くしてもらった甲斐があるというものだ。
料金を受け取り、店を出たクロロはほくほく顔で商店街に戻った。
今度は資金もある…何しよっかなー!何食べようかなー!ワクワクいっぱいに歩く可愛いらしい格好をしたクロロ。そんな彼女の後姿を見て、ニヤニヤしている怪しい男どもがいることをクロロは知る由もなかった。
銀貨で重くなった肩掛けカバンを幸せそうに持つクロロは、さっそく屋台で買い物をしていた
右手には串焼きが2本、左手にはふわっふわの大きなパンを持っててくてくと商店街を歩いていく。ちなみに肩掛けカバンの中にはいくつかの饅頭も入っていたりする。
やがて、クロロは手ごろな木箱を見つけるとそこに座って、両手の食べ物をもしゃもしゃと食べだした。クロロは比較的お行儀が良いのだ。食べ物は座って食べる!
クロロが幸せそうに両頬を膨らませていると、突然後ろの路地から大きな手が伸びてきて彼女を暗がりに引き込んだ。それは一瞬の出来事で、周りの人も気づかない。
「んーっ!んんんんーー!!」
クロロは誰かの手に口と目を押えられながら、どんどん大通りから引き離されていく。
「おら!こっちへ来いや!」
「ケケケケケ。お前いいとこのお嬢ちゃんだろ?いいもん着てるじゃねぇか」
「それにしても馬鹿な娘だ。あんなキョロキョロしながら歩いてりゃ、誰にだってお前がこの街に慣れてないのが丸わかりだっつーの!しかも、保護者も護衛もいねぇんでやんの!ハハハハハ!」
どうやらクロロを襲っているのは複数犯らしい。しかもクロロの状況をよくわかっていた。おそらく、しばらく前からクロロの様子を窺っていたに違いない。その手慣れた様子は、彼らが人さらいの常習犯であることを物語っていた。
「んっ!んんっ!ぐっうぅぅ」
男たちが下品な笑い声をあげているのとは対照的に、クロロは涙目になりながら呻き、男たちのなすがままになっている。
「よし、てめぇらその箱を開けろ!いつも通りの方法でいくぞ」
リーダー格の男が路地の奥に予め用意していたらしい大きな木箱を指差す。
「ケケケ。安心しなお嬢ちゃん。俺達は紳士だから殴ったり蹴ったりはしねぇよ」
「そうそう。そういうのは客の特権だからな。俺たちゃお前さんっていう果実を収穫しただけ…ハハハハハ!」
部下と思われる2人の男は笑いながら木箱の蓋を開けた。
そして、そこにクロロを突っ込んだ。
「んぐっ!ごほっごほっ」
木箱の中には白い煙が充満しており、かなり煙たかった。
リーダー格の男が言う。
「おとなしくしときなよ嬢ちゃん…。と言っても、おとなしくならざるを得ないがな。そりゃ強力な眠り薬だ。『オネムの木』の煙はよく効くぜぇ」
その言葉を最後にクロロを入れた木箱は再び蓋を閉じた。その上、蓋を釘で固定する音まで聞こえてくる。
「うぅぅぅ…」
クロロは目を白黒させながら、木箱の中でぐったりと横になった。




