030.うっふんマジョリンにて
可愛いお洋服、素敵な髪型。クロロのテンションはもう最高潮だ。大通りをジャンプしながら回転するという離れ業をしている。すでに見世物と化したクロロだった。本人はもうそういった視線に気づく気配すらない。それほど嬉しいのだ。
さて、そうこうしているうちにマジョリカのお店『うっふりマジョリン』に到着した。このお店は、大通りから少し奥まった場所にひっそりとあった。いや、場所はひっそりしていたのだが、看板が派手派手しい。主張がものすごい。入るのに勇気のいるお店だ。しかもなんだその店名は。
クロロも例外ではなく、その派手派手しさから、ちょっと入るのに躊躇してしまっていた。しかしながら、せっかくここまで来たのだからと勇気をもって、扉を開ける。ちなみに扉もどピンク色で派手だった。
「カララーン」
扉の派手さからは想像できないほど上品な鐘の音が店内に響く。しばらくすると店の奥からマジョリカが現れた。
「やぁ~ん!クロロちゃんよく来てくれたわぁん。あらあらあら、可愛くなっちゃって。見違えたじゃないのよん」
マジョリカはそう言いながらクロロの全身を余すところなく見る。
「うんうん。そうね。クロロちゃんの年齢に見合った髪型とお洋服だわ。これならお化粧はほんのちょっとアクセントになるものを付けましょう!背伸びしすぎず、でも子供っぽすぎずね」
子供っぽすぎないという言葉にクロロは反応した。
いつも、小さいだの子供っぽいだの言われていて16歳の乙女としては少々傷ついていたのだ。
「ぜび!ぜび!子供っぽくないやつで!」
「あらもう、可愛いんだからぁ!そうよね、乙女はいつでも素敵で大人な女性でありたいものよね!ん~。そういう主張好きよぉ。マジョリカ頑張っちゃう!さあ、お店の中にいらっしゃぁい」
うむ。マジョリカさんは変わっているが、話のわかる人だ。
クロロはマジョリカのことが好きになった。相変わらずの単純さである。
店の中はオシャレな小瓶やキラキラ輝く装飾品が至る所に飾られていた。しかしながら、それらの配置も計算されており、外からの派手さが嘘のように上品な店内に仕上がっている。
「ねぇ、マジョリカさん。どうしてお店の看板はあんな感じなの?店内の雰囲気と全然違うんだけど」
「あぁ、あれね。結構悪趣味でしょ」
まさか、お店の経営者が自身のお店の看板を酷評するとは思わなかった。
「えっと…は、はい。いえ、そんなことは…」
「ふふふ。正直に言ってもらっていいのよん。それにあれはわざとそうしてるんだから」
「え?なんでですか?」
「通りすがりの人がお店に入ってこないようによん。実はこのお店、特別なお客様しか招待してないのよ。私はお客は選ぶタイプなの。私の眼鏡にかなった人だけにしかこのお店には入れないのよん。これでも私は元王族専属だったからお金には困ってないしね」
「えええ!マジョリカさんすごい人だったんですか!私、そんなすごい人にお化粧してもらうなんていいのかな」
「遠慮なんてしないの!私はあなたを見てインスピレーションがピーンと来たの。だからぜひお化粧させてちょうだい。ふふ、最初はいくらオースさんの紹介でも、気に入らない子だったらお断りするつもりだったのよ。でも、クロロちゃんはいい子だし、お肌も綺麗じゃない。それに私がいつもお相手するお客様とはタイプが違うからぜひ挑戦してみたくなったのぉん」
巨体をくねくねさせながらマジョリカが嬉しそうに言う。
そして、そのままくねくねしながら店の奥へ進んでいく。
「ちょっとこの椅子で待っててくれる?お化粧道具を取ってくるわ。ついでにせっかくだからお茶も入れてくるわね」
「はーい。ありがとうございます!お構いなくー」
マジョリカが去っていたのを見届けると、クロロはお店の中を見回した。上品で美しいものがたくさんあり、すごく居心地が良かった。このお店を眺めるだけで何時間も過ごせそうだ。
一方で店の奥に引っ込んだマジョリカは大急ぎで、化粧道具を用意してお茶を沸かし始めた。そして、その後さらに店の奥に速足で歩いていく。そして行き止まりでしゃがみこみ床をいじり始めた。すると、床の一部が持ち上がり、その下に階段が現れる。マジョリカは迷うことなくそこへ入り込み、暗い通路を速足でどんどん歩いていく。
少しすると、前方に明かりが見えだした。そこには1枚の扉があった。マジョリカはその扉を独特のリズムで叩く。すると、扉の向こう側にいた人物が彼女(彼?)を招き入れる。
「ふぅ~…。危なかったわ。もう少し店に戻るのが遅かったら、お客様に気づかないところよ」
すると中にいた人物が謝る。
「すまなかった」
「本当にそう思ってるのか怪しいところだわね。突然行方をくらませたと思ったら、突然戻ってきて。私のことは都合の良い宿屋ぐらいにしか思ってないんでしょ」
フンっとそっぽを向くマジョリカ。それに対して、目の前の人物は困ったように肩をすくめた。
「そんなことはない。突然消えたのは悪かったと思っている。あのときの俺達は…いや俺はどうかしていた。大切な仲間であるあんたをちゃんと信じ切れていなかった。本当にすまなかった。なんなら一発殴ってくれてもいい」
すると、扉の中にいたもう1人の人物も慌てて言い出した。
「こいつを殴るならその分俺を殴ってくれ。こいつはこの先絶対に必要な大切な奴だ。なるべく怪我させたくねぇ。どうか、その怒りは俺だけにぶつけてくれねぇか!」
「待て、お前がそんなことをする必要はない。すべては俺の責任だ」
「だが!」
「おだまり!」
言い合いをする2人を見て、マジョリカはしびれを切らした。
「私はたしかに怒ってるわ。だけど、それは今あんたたちを殴って気が済むものでもないの。後で、一から十までちゃんと説明してちょうだい。そのうえで殴りたかったら殴るわ。でも今はダメ。大切なお客様を上で待たせてるの。そのお客様のお相手が終わったらまた戻ってくるわ。それまでは、そこの戸棚の中に服の着替えや武器なんかがあるから物色しててちょうだい」
「世話をかけるなゴンザイン」
「何度言ったらわかるのよ。その名は捨てたの。私はマ・ジョ・リ・カ!それと…この貸しは大きいわよハイル」
そう言うとマジョリカは来た道を速足で戻っていった。
「お待たせぇん!温かい紅茶とクッキーよ。お化粧する前のリラックスタイムにどうぞ」
「うわぁ。ありがとうございます」
入れたての紅茶と、見るからにおいしそうなクッキーにクロロはくぎ付けになった。
「ところで、クロロちゃんは旅人になってからどれくらいになるの?」
「もぐもぐごっくん。実はまだ日が浅くって。これから色んなところを巡る予定です」
「あらあらそうなの。どんな所に行きたいか決まってるの?」
「はい!この世界の不思議な場所巡りをしようと思ってます!」
「不思議な場所っていうと…この辺だと時の山かしら」
「あ、実はそこはもう行ったんです。で、次はどこに行こうか検討中です。どこに何があるのかもよく知らないし、今日はこの後商店街に行ったあと神殿に行って色々聞いてみようと思ってます」
クロロの話を聞いて、マジョリカは少し驚いた顔をした。
「あらまぁ、偉いわね。その年で神殿を頼ろうと思うなんて」
「???どうしてですか?神殿っていろいろ教えてくれるところじゃないの?」
「そうねぇ…。確かに神殿はこちらから尋ねれば親切にしてくれるわ。ただ、今は結構時代遅れみたいな風潮になってるのよ。これはよその国では考えられないことだと思うけれどね」
「ええ!そうなんですか!?」
「そうよ。田舎の方に行くとそうでもないみたいなんだけど…それもこれも、この国だけ歴史上2回目の神の降臨がないからなんだけど」
クロロが首を傾げる。知らない単語が出てきた。
「神の降臨?」
「あら知らない?文字通り神が降臨することよ。…と言っても本当に神様がやって来るのかはわからないんだけど…。ある日突然特殊な力を持った人間が現れることをそう呼ぶのよ。この現象は神様が唐突にやってきて、それにふさわしいと思う器の人間を見つけたら、力の断片を与えるとされているの。まぁそれが王族の始まりなんだけどね」
ふむふむ。このあたりはロリアの話と同じような内容だ。
「でね、知ってると思うけどこの世界には8つの国とそれぞれの守護神がいるわ。国が出来たのは本当に大昔で、いつどうやってできたかは文字もなかった頃の話で、文献すら残ってないわ。ただ…」
マジョリカは難しい顔をした。
「このクロリア王国以外のすべての国で2回目の神の降臨があった記録があるわ。古い物では2000年前のアナミス王国、新しい物では300年前のエルベス王国であったわ」
「へぇー!そうなんですか!じゃあ、この国以外の王族の人は神様からもう1回力を貰ったんだ。確かその神様からの力って、血が薄まれば薄まるほど能力が弱くなっていくんでしょ?それなら、ずーっと昔に1回力を貰ったっきりのクロリア王国の王族さんたちの力って他の国の王族の人たちよりだいぶ弱いんだね…。なんかずっと一緒に王族やってきたのに置いてきぼりにされちゃったみたいで可哀想…」
マジョリカを見ると、口元に手を当てて上品に笑っていた。仕草だけ見ると上品なのだが、いかんせんやっている本人がごっつすぎる。
「実はそうでもないのよ。神の降臨の記録がある7つの国の内、元々いた王族の血統に神の降臨があったのは僅か1国だけ。残りは貴族、もしくは一般人だったのよ」
「えぇ!それって、…それってどうなるの?」
クロロが興奮気味に尋ねると、マジョリカはその濃ゆい顔をずいっと近づけてきた。
そしてたっぷり間を取ると重々しく答える。
「王族の交代よ」




