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029.メルメライにて

「え…?」

 アリスは最初にクロロの服を手にしたときのように固まった。

「まず、ジョウブ菜とキレイネを手に入れるのに1日、糸を紡いで布を織るのに2日くれれば、ちょっとくらいの布地なら作れますよ」

「うそでしょ!クロロちゃんがこのジョウブ菜の布地を作れるなんて!」

 アリスの反応にクロロはプウっと膨れた。

「本当だもん!私の村ではみんな自分の物は自分で作ってたもん!ただ、旅用の服は特殊で、旅に出る子のお母さんが作るだけだもん!」

 クロロはもんもん連発で言う。だが、アリスは納得できない表情であった。クロロはムキになってきた!そもそも村はたまに行商人が来るくらいで、物資がそんなになかったのだ。だから、自分たちが必要なものは自分たちで揃えていた。クロロの村の人は日常で必要なものは一通り自分たちで作れるのだ。

「よーし!アリスさん!4日後にその服に使われてるのと同じような布地を持ってくるから、それで納得してよね!」

 クロロは鼻息荒く宣言する。ちなみに、今日1日はオシャレを楽しむ日なので、布づくりは明日からとする。興奮しているようで、ちゃんと計算しているクロロだった。オシャレな1日は絶対はずせない。

「えぇ…そうね。実物を見せてくれたらさすがに納得できるわ」

 アリスはまだどこか上の空で答える。

「そうと決まれば、この話はいったん終わり!で、どうかなこの服似合ってる?」

 クロロは改めてアリスに聞く。アリスも少しずつ気持ちが切り替わったのか、今度はちゃんと感想を言う。

「…そうね、似合っているわ。クロロちゃんのイメージにぴったりね。他の服も来てみてくれる?」

 その後クロロは残り3着ほど試着させてもらった。だが、やはり最初に着た服がやはり一番好みだったので、結局それを貰うことになった。服代を払おうとするとアリスからすでにオースから貰っているからと断られた。クロロは、後程うんと可愛くなってオースさんにお礼を言いに行こうと改めて決心した。


 可愛いワンピースを着てルンルン気分のクロロは次はメリーのお店に行った。お店の名前は『メルメライ』。アリスのお店に行ったのは朝も早い時間だったが、今は少し時が経ったためか、人通りも増えてきた。そのためメルメライに行くと、何人かが順番待ちをしていた。クロロは最後尾に並ぼうとしたが、店の中からクロロを発見したメリーが素早く外に出てきた。

「やあやあ、クロロちゃん!待ってたんだよー!ささ、中に入って入って」

「え?並ばなくていいの?」

「今回は特別だよ。あんな大物から紹介されたのに待たせちゃったら、私が怒られちゃう。ただし、次からはちゃんと並んでもらうからね」

 そう言ってメリーはクロロに向かってウインクした。そして並んでいる人々に向かって言う。

「ごめんね。この子は超大物のお方に紹介いただいた子なんだ。いやはや本当は、並んでもらってる人を優先すべきなんだけど、今回だけごめんね。その代わり、次回から使える割引券を渡すからこれでチャラにしてほしいな」

 メリーはポケットから割引券を出して、並んでる人たちに配る。心なしかみんな嬉しそうだ。

 それでもクロロは彼らの方を振り返ってお辞儀をした。

「先に行かせてもらってすみません。次回からはちゃんと並びます」

 メリーはその様子を満足そうに眺めた。そして、改めてクロロを店内に入れた。


 店内でクロロは一番奥の個室に通された。隣にはすでに髪切り道具が入ったワゴンが置いてある。

「さてさて…クロロちゃん、可愛いお洋服よく似合ってるわよ」

 メリーがウインクしながら言う。クロロは嬉しくなった。やっぱり褒められるとうれしい!

「それに似合う髪型にしましょうね。どんなのがいいか希望とかある?」

 会話をしながらもメリーはどんどん髪を切る準備をしていく。

「うーん…。できればこれ以上短くはしたくないです。せっかくお父さんが切ってくれた髪型だし、あんまり可愛くするとまた男装するときにやりにくくなっちゃうので…」

「それもそうね。今回は毛先をちょっと整えるだけにして、メインはキレイナのお花の蜜でふんわりさせる方向でいきましょ」

 そう言うとメリーはクロロの髪の毛をまじまじと観察しだした。

「ん?あらっ!クロロちゃんこの髪本当にお父さんが切ってくれたの?」

「んん?そうですよ」

「へぇ~…。ふんふん…。すごいね!すごく綺麗に切ってある!プロ顔負けだわ。これにハサミを入れるのは失礼だね。…よっし!今回は髪を切るのはなしにしましょう。キレイナのお花の蜜の使い方を伝授するだけにするよ。しっかり見ててね!」

 さすが娘のためにプロ級の髪切り技術を身につけた父親の御業だ。父親の技術を褒められたクロロは誇らしくなった。

「さて、前の鏡をよく見て私の手の動き方をちゃんと覚えておいてね。まずはお花の蜜を手のひらにまんべんなく伸ばして…」

 それから数分後、ふんわり髪型のクロロが出来上がっていた。いつもの髪にちょっと手間をかけるだけでここまで可愛くできるのかとクロロは感動していた。髪が長かった頃は、三つ編みにしてみたり、束ね方を変えたりしてオシャレを楽しんでいたが、短くなってからは髪で楽しむことを忘れていた。

 クロロがご機嫌でいろんな角度から髪型を観察していると、メリーの笑い声が聞こえてきた。

「ふふふ。気に入ってくれたようだね。では、最後にこれをつけましょう!」

 メリーは手に持っていた髪飾りを見せた。それは、薄紫色に輝く時計の針のようなデザインの髪飾りだった。時計の針と言っても無骨なものではなく、繊細な模様が掘られたオシャレなものだ。クロロは可愛いデザインが気に入った。ちょっとキラキラしているのがまたいいではないか。

 メリーはご機嫌で、その髪飾りをクロロの米神あたりの髪に差し込んだ。

「え?」

 その瞬間、その髪飾りから何かがクロロの中に入ってきたように感じた。それはほんの一瞬で、クロロも気のせいかと思うほどだった。

「ん?クロロちゃんどうかした?この髪飾り気に入らない?」

 クロロが少し怪訝そうな顔をしているのを心配して、メリーが尋ねる。

「あっ!なんでもないです!この髪飾りは可愛くて気に入りました!ありがとう!」

「それならよかったよ。これはクロロちゃんに似合うと思ってたんだ!あ、あとこのキレイナのお花の蜜もあげるね。オシャレするときはぜひ使ってね」

 そう言うと、メリーは先ほど使ったキレイナの花の蜜が入った瓶をクロロに手渡した。

「きゃー!何から何までありがとうございます!お代は…」

「こらこら、子供が遠慮しないの!これらは旅するクロロちゃんへのサービスだよ」

 メリーはウインクしながら答える。どうもメリーはウインクするのが癖のようだ。すごく彼女の雰囲気に合ってるので好ましい。

「そっか…。うん!うれしいです!ありがとうメリーさん!」

 するとメリーは突然クロロの額を小突いた。

「こら!私のことはメリリンと呼んで!」

「う…。了解です。ありがとうメリリン」

「よろしい」

 メリーは満足そうに頷いた。

「次はゴンザインのお店でお化粧だね。さぁ、そろそろ時間だし行っておいでよ」

「わかりました!それじゃあ、そろそろ行きます。いろいろありがとうございました!」

 クロロは改めてメリーにお礼を言うと、メルメライのお店を後にした。


 クロロが元気よくお店を出て行ったのを店先で見送ると、その方向に向かってメリーはゆっくり、深く深くお辞儀をした。

「改めまして、これからどうぞ末永くよろしくお願いいたしますクロロ様。わたくしは未来。すべてを見通す未来でございます」

 メリーが静かにそう呟き、満足いくまで頭を下げた後、クロロを通していた個室に戻った。するとそこには先客がいた。30代後半くらいでスタイルが良く、何やら色っぽい雰囲気の男性だ。

「うまくいきましたかな」

「うん。ありがとね」

「いやいや、お安い御用ですよ」

「それにしても…。いつもその姿でいればいいのに。私結構タイプなんだよね」

 メリーは悪戯っぽく男性によりかかる。

「ハッハッハ。それは嬉しいことですな。ですが、商売をする上ではこういう方が好まれるんでね」

 男性がそう言うと、彼の体系が見る見るうちに変わっていく。引き締まっていた身体には贅肉がふんだんに付き、色っぽく整っていた顔もどんどん丸くなっていった。

「ぷぅ~。もう!オースは本当に商売好きなんだから」

 よりかかっていた身体がぷよんぷよんになってしまい、メリーは少しご機嫌斜めになった。その割に彼女はオースから離れない。どうやら、ぷよんぷよんはそれはそれで触り心地が気に入っているようだ。

「さてさて、私はもう行きますよ。クロロちゃんが来る前にお店に戻っておかなければ。彼女がどんなに可愛らしくなっているか楽しみですしな」

 ぷよぷよ体系になったオースはゆっくりとした歩みで部屋から出て行った。

 後に残ったメリーは一度背伸びをすると、手早く道具を片付けて、いつもどおり働くべく店内に戻って行った。よく見るとその手には、どさくさまぎれに手に入れたクロロの髪の一筋を大切そうに持っていた。

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