026.ハイルの正体と王国の異変
オースとクロロは厩に馬車を入れると、荷台の布団の中からハイルとギルを取り出した。文字通り、布団の中の腕をむんずと掴んで、布団の中からポイッと出した。相変わらず馬鹿力の2人である。
「プハッ!ふう…やっと解放されたぜ…。なんか1日中布団の中で過ごすなんて、病気の時以来だぜ」
「全くだな…。オース殿、クロロ、今回のこと本当に感謝する。2人の協力がなければ、今頃俺達はどうなっていたかわからない」
ハイルが座ったまま姿勢を正して頭を下げる。ギルも同じようにしている。
「いえいえ、それが約束でしたからな。ただ…私は先ほどの検問で門番から物騒な言葉を聞きましてな。どうもこのあたりに反国家組織のリーダーが潜んでいるとのことですよ」
オースはハイルの表情を窺いながら話すが、すでに何かを確信しているようだった。これはごまかしがきかないと観念したのか、彼はバツの悪そうな顔をしながらポツリポツリと話し出した。
「オース殿…あなたはもうわかっているのでしょう。俺がその反国家組織のリーダーだってことに。それはそうだ。あれだけわかりやすい状態でわからない方がおかしいでしょうに」
ハイルはほの暗い笑い方をしながらオースを見て、次にクロロに目を移した。クロロは目を丸くして驚いた顔をしていた。
「まったく…君の目には俺やギルがどんな風に映っているんだろうな。その顔だと俺達が国に反旗を翻す輩だということなど全く考えていなかったな」
ハイルの言葉に合わせてギルが人差し指でクロロの額を軽く小突く。
「お前はもうちょっと人を疑えよ。ちょっと優しくしたり、それっぽい言葉を吐いたらほいほい協力しやがって…。馬鹿な奴」
口ではそう言いながらも、ギルは少し悲しそうな顔をしていた。できれば、クロロには自分たちのことを知ってほしくなかったようだった。
「俺達のこと、軽蔑したか?」
ギルがそう問うと、クロロはフルフルと首を横に振った。
「僕にはどうしてもハイルとギルが悪い人だと思えないよ。何でかな…出会ってからそんなに時は経ってないけど2人が悪い人には見えないもん。何か事情があってそんな組織のリーダーをしてるんじゃないの?」
クロロは真っ直ぐな目をしてハイルとギルを交互に見た。
しばらく沈黙が続いたが、ハイルが重々しく口を開いた。
「君をこちらの事情に巻き込むつもりはないが、せっかくここまで話したんだ。どうせなら俺達のことをもうちょっと知ってもらうのもいいかもしれないな。…君はこのクロリア王国のことはどこまで知っている?国王は誰かわかるか?」
そのあたりのことは、コモン村のロリアから聞いていた。
「今の国王は確か前国王と新国王が同時に突然死して、やむを得ず国王になった人でしょ?なんかあんまり国民の前には出ないんだよね?んで、国のことは腕と顔のいい宰相って人がやってるんだ」
クロロの説明にハイルはそのとおりだと頷いた。
しかし、ここでクロロは気が付いた。
「ん?でも、この国は特に今困ってないよね?国民に重税を課してるわけでもないし、今の宰相はとても人気があるって聞いたよ」
「そこだ」
ハイルはすかさず答えた。
「確かに今の宰相…オーグルは国民全般には非常に受けがいい。特に10年ほど前からは貴族以外を積極的に国の役人に採用する方針を強化し、優秀な一般市民を数多く育て上げている。その結果、国民の意見は上層部へ届きやすくなり、住み心地の良い国造りが進められている。…俺も最初はそんな彼がいれば、この国は安泰だろうと思っていた。…しかし、ある時重大なことに気づいてしまったんだ…」
クロロはゴクリと唾を呑み込み、話の続きを促した。
「この国の役人は以前まで大部分が貴族だった。しかしオーグルの働きで、ここ10年で一般市民の役人は格段に増えた。その結果、貴族の役人が少なくなった」
「え…。それってすごく普通のことなんじゃないの…?」
役人になれる人の数は限られているだろうし、一般市民が増えたなら貴族が減るのは自然な流れだ。それのどこが重大なことなのか。クロロは肩透かしをくらった気分だ。
「そうだ。普通のことなんだ。だから俺も長らく気づかなかった…。だが、よくよく調べてみると奇妙なことがわかった。クロロ、少し考えてみてほしい。一般市民の役人が増えたら何故貴族の役人が減るんだ?」
突然のクイズにクロロはビックリした。
「えっと…お役人になれる人には人数制限があって、一般市民の人を採用したら、その分誰かが辞めなくちゃいけなくて、それが元々たくさんいた貴族のお役人さんになることが多いから?」
「そのとおりだ。新しい人を採用してばかりだと、人を雇う金ばかりが嵩むからな。…では役人を辞めた貴族はどうなると思う?」
「うえっ!…えーっと…。何か別のお仕事を探して働く…とか?」
「そうだ。例え貴族といえどもこの国では何かしらの仕事をしなくては食べていけないからな。そしてここにおかしな矛盾が生まれた。どれだけ調べても、役人を辞めた貴族がその後どうなったか誰も正確な事を知らないんだ」
ハイルの声はどんどん興奮していく。
「元々貴族は数が少ないが、そのほとんどが国の役人として立派に働いていた。中には権力に溺れて、無様な振る舞いをする者もいたが、ほとんどは良心的で国王のために、国民のために働いていた。…そんな彼らはどこに行ってしまったのか!」
クロロはその先を聞くのが怖くなってきた。なんだが嫌な予感がする…。
そんなクロロの様子を知ってか知らずか、ハイルは絞り出すように言葉を発する。
「貴族たちは10年かけて少しずつ、本当に少しずついなくなっていた。原因は突然の失踪や、地方への移動、不慮の事故による怪我で引退…など多岐にわたる。だがしかし、真実はそうではなかったのだ!オーグルが裏で手を回して、密かに貴族たちを自分の屋敷に生きたまま連れ込み、口にするのもおぞましい方法で、彼らの生き血を抜き、それを自身で飲んでいたんだ!俺はいなくなった自分の家族を探して奴の屋敷に忍び込んだことがある。その時、それをこの目で直に見た!」
ハイルの声は恐怖と焦りで震えていた。今、彼の脳裏にはその光景がありありと浮かんでいるのだろう。
クロロもその状況を想像して「うえぇ…」と思った。気持ち悪い…。
「ううむ…。あの宰相殿がそのようなことをしているとは…俄かには信じられませんが…。ただ、確かに言われてみれば、ここ最近は商売の申請をする時に行くお役所で貴族の方をお見かけする機会がとんと減りましたな…」
「俺の話が嘘だと思うなら、役所の者にいなくなった貴族の役人はどうしたのか聞いてみて下さい。おそらく、何かしらの都合でその場からいなくなったと答えられるでしょう。連絡先もわからないと言われるはずです。俺も何度か試したことがありますから」
そこまで話したところで、クロロはハイルに質問を投げかけた。
「でもハイルの話が本当だったとして、そのオーグルさんだっけ…は一体何がしたいの?貴族の血ってもしかしてとっても美味しいものだったりするの?」
クロロの頓珍漢な言葉にハイルは少し苦笑いをした。
「…君は貴族という単語は知っていても、根本的なことは知らないみただな…。これは一般常識なんだが…一体どういう育ち方をしたんだ…?まあいい…貴族は元々王族から派生した者たちなんだ。そして王族とは、神から力の一部を授かった者。つまり、貴族には薄いが神の力の名残がある。と言っても何か特別なことができるわけじゃない。せいぜい身体の一部に薄紫色が現れる程度だ」
そう言われてクロロはハッとした。今目の前にいるハイルの両目はその薄紫色だ。
「もしかしてハイルも貴族だったりするの!?」
「なんだぁ、お前気づいてなかったのかよ!」
今まで説明をハイルに委ねていたギルが反応する。
「だって、それが貴族の色だなんて知らなかったんだもん…」
「マジかよ…。普通子供でも知ってる常識だぞ…。まあ、ハイルみたいに両目とも色が出るのは珍しいんけどな。普通は片目だけだったり、髪の毛や眉毛の一部に出てることが多いな。もっと地味だと爪の一部に出てる奴もいるぜ」
クロロはほえーっと聞いている。
「あと!薄紫色ってぇのは、クロリア王国の貴族の話だからな!他国ではそれぞれの信仰する神によって色が違うからな!わかりやすく言えば、それぞれの国の神殿で使われてる色がその国の貴族と王族の色ってこった」
「なるほど、なるほど。王族もそういった色がどっかに出てるんだ。へぇ~」
クロロはおかん化しているギルの話を感心しながら聞いていた。
「はぁ…なんかさっきまで殺伐とした話だったのに、お前が入ると見事にぶっ壊されるぜ…」




