025.反省会
(もうダメだー!)
陰から荷台の中を見ていたクロロは、叫び声を押し殺す。
さすがに布団に触られたら、中に何か入っているのがバレてしまう。
「少々お待ちを、それ以上はいけませんな」
絶妙のタイミングでオースが声をかける。
門番は手を止めた。
「これは結構な目玉商品でしてな。あまりおいそれと触っていただきたくはないのですよ」
そう言うと、オースは懐から自身の通行証を取り出して門番に見せた。
「この布団に興味がおありなら、街で再度私を訪ねに来ていただけますかな?これも何かのよしみです。お安くしておきますよ」
門番は通行証を見て固まった。クロロはどうしたのだろうかと首を傾げる。
少しして彼は恐る恐る口を開いた。
「お、黄金の通行証…。あんた東西南北商会所属の商人なのか…?」
「いかにも」
オースが重々しく頷くと、門番はものすごい勢いで頭を下げた。
「すみません!検問に時間をかけたばかりか、無礼な行為を働いてしまいました。どうかお許し下さい!」
「いやいやいいんですよ。お仕事ご苦労様です。あなたのようにしっかり者の門番さんに守ってもらえて、この街の住民たちは幸せですな」
「もったいないお言葉です!荷台からは特におかしな物も見つかりませんでしたし、どうぞ街へお入り下さい!」
急に門番の態度が変わったかと思うと、あっさり街に入れてもらえることになった。
「さあさあ、クロロ君も行こう。初めての街で検問まであって緊張しただろう?私のお勧めの宿があるから紹介するよ。それではね、門番さん。お仕事頑張って」
「はい!ご協力ありがとうございました!」
彼はすばやく両手を胸の前で重ねる敬礼をして、クロロたちを見送ってくれた。
クリリ街はコモン村とは比べ物にならないほどの人々で賑わっていた。大通りにはオースのような商人が馬車を走らせ、その道の両脇にはたくさんの露店が出ている。建物もたくさんあり、多くの人々の暮らしている模様が見て取れる。
クロロは早く街を探検したくてうずうずしていた。先ほどの検問での緊張はもうきれいさっぱり忘れていた。
「はっはっは。クロロ君は本当にわかりやすいね。すぐにでもいろいろ見て回りたいのはわかるけど、まずは移動しながらさっきの検問での反省といこうか」
「う゛…はい…」
クロロは顔をしかめながらも同意した。
役立たずだった自覚は…ある。
「まずは、不測の事態が起こった時の対処法だよ。そんなときは情報が命だからね。何気ない会話から情報を引き出すんだよ。今回は街の検問が反国家組織のリーダーを探すためのものだということがわかったね」
クロロはこくこくと頷いている。
「次に検問中だけど…、予想はついていたが…クロロ君わかりやすすぎるよ…。もうちょっと頑張ろうね…」
オースは苦笑いをしながら困ったように頬を掻く。クロロは口をもごもごさせながら反省している。
「それからさっきはいきなりクロロ君の性別を言っちゃったけど、あれも作戦の内だよ。何かを隠したり、言いたくないことがある時は、少し真実を交えて話す方が断然信憑性が上がるからね。相手に不振がられずにすむんだよ」
「なるほど…。だからいきなり…」
「それから後はテクニックだけど、ああいった検問とかではまず怪しい物をあえて目立つ所に置いておいて、それを調べさせるのがいいんだ。そうすると、ちょっと疲れていたり不真面目な相手はそれだけで調査を終わらせる場合があるからね。それからこれが一番大切な事だけど…」
オースが少し前のめりになってクロロに語る。
「切り札は絶対最後に出すこと!極端に言えば、切り札は出さないことにこしたことはないよ。ちなみに今回の私の切り札は、この通行証だね」
そう言うと、オースは懐から先ほどの通行証を取り出した。
「ふふふ…私が所属している東商会というのは結構大きな商会でね。そこに所属していると色々優遇されるのさ」
オースは自慢げに笑った。
クロロは彼の世渡り上手に関心した。自分は村でいろいろ学んだが、それは普通の常識やサバイバル、もしものときの戦い方などが主で、こういった交渉事はあまりなかったのだ。今回のことは本当に良い機会だった。この先自分はたくさん色々なことに出会うだろう。これはそれに備えるために必要な経験だったに違いない。
「さてさて、反省会はここまでにして、まずは私がお勧めするこの街の宿屋に案内しようかな。そこで荷台の彼らも解放してあげよう。ちょっと彼らに聞きたいこともあるしね」
オースは意味ありげに荷台の方を見た。
オースのお勧めの宿屋は大通りから1本道を外れたところにあった。『柱時計亭』という宿で、宿代はコモン村と同じく夕食と朝食付で銀貨1枚だった。これは街の相場でいくとかなり安いらしい。
ただし、この宿屋は会員制であり、新しく会員になろうと思うと、すでに会員である者からの信頼を得て紹介をしてもらうしかなく、そのハードルはかなり高いんだとか。
そのおかげで、利用者にならず者はおらず、安心安全な宿屋として一部ではかなり有名らしい。
クロロが宿屋の中に入ると、柱時計亭という名にふさわしく、たくさんの種類の時計が壁や柱に掛けていた。特に入り口付近にある大きな柱時計は圧巻だ。
「いらっしゃいませー。当宿屋は初めてでしょうか?」
クロロが受付に行くと、10代と思わしきメガネをかけた女の子がいた。なかなか可愛い顔をしている。頭に着けた茶色の大きなリボンがお似合いだ。クロロは小柄であまり出るとこ出ていない彼女が個人的に気に入った。
「はじめまして。僕は旅人のクロロです。こちらのオースさんの紹介でこの宿屋に来ました」
クロロが背後にいたオースを示す。すると受付の女の子は「あっ!」と言って口に両手を当てた。
「これはこれはオース様!ご無沙汰しています」
「やあやあ相変わらずかわいいお嬢さんだね、リイちゃん。ところで、もう夕方なんだけど部屋は開いているかな?」
「ええ、大丈夫です。そちらクロロ様も分のお部屋もご用意できます。いつもならこの時間にはお部屋がいっぱいになっていることが多いんですが、どうも今日はおかしくて…。本来ならお昼あたりが一番忙しいのですが、朝からずっとちらほらとしかお客様が来られなくて…」
「ああ、検問のせいだね。どうやら今朝から始まったらしいね。私たちもそれに引っかかってなかなか街に入ることができなかったよ」
リイと呼ばれた女の子は驚いた顔をした。
「えぇ!天下の東商会所属のオースさんまで検問されたんですか?…むう!失礼にもほどがありますね!」
クロロはずっと疑問に思っていたことを口に出した。
「オースさん。ずっと気になってたんだけど、東商会所属ってそんなにすごいことなの?」
オースより、リイの方が先に反応した。
「ええぇ!あなたオース様と一緒に来たのに、そんなことも知らないの?東商会と言えば、世界を代表する東西南北商会の一つよ!このクロリア王国と隣のエルベス王国に広く展開している大商会なんだから!その商品は王室御用達でもあるわ」
リイはまるで自分自身のことのように自慢げに語った。胸を張っているのに、ほとんど凹凸が出ていないのはご愛嬌だ。
「王室御用達ってことは、この国で一番品質が良い商品を扱ってるんだ!オースさんすごい!格好いい!」
「いやいや、改めて言われると照れるなぁ…。まあその話は置いておいて、私の馬車を厩に入れさせてもらってもいいかな?」
「はいはいどうぞ!その間にこちらはお部屋の手配をしておきますね」
そう言うと、リイは店の奥へ引っ込んだ。
「では、クロロ君も手伝っておくれ」
オースは自然な流れでクロロを連れて厩へ向かった。




