024.検問開始
「次、そこの馬車」
とうとうクロロたちの馬車が門前に到着した。
「はいはい、どうぞどうぞ。しかし何なんですかなこの検問は…。私は何度もこの街に来ていますが、こんなことは初めてですよ?一体何があったというのです?」
オースが自然な流れで、門番と会話する。
「いやね、なんでも反国家組織のリーダーがこの辺に潜んでる可能性があるって、今朝お上の方から警備兵にお達しがあったんですわ。そのせいで街に出入りする人間は全員取り調べろって言われてんですよ。まったく堪ったもんじゃねぇですよ。商人の荷物チェックなんてどんだけ時間がかかると思ってんだ。お上はいいですよ、命令すりゃいいだけなんですからね。俺達現場の人間のことなんて全然考えてねぇんだ」
一日中チェックチェックで嫌気がさしているのか、ペラペラ喋ってくれる。
「そりゃ迷惑な話ですな。お上もその反国家組織のリーダーも。おかげで私みたいな商人や、あなたみたいな門番さんまで巻き添えを食らうんですから」
「本当ですよ…。あぁ、疲れた…。早く帰って嫁と娘に癒してもらいてぇもんですよ。…ところで、さっきから気になってたんですが、あんたのお連れの子、さっき俺に話しかけてきた小さな旅人さんだよな…。どうしたんだ?ずっと俯いて…。さっきはあんなに元気だったのに」
そう言われ、クロロはドキッとしてあからさまにビクついてしまった。平常心、平常心。大丈夫荷台にはオースさんの商売道具しか入っていない、何も問題はない…。
「いやぁ、この子実は女の子なんですよ。旅をする上では男性の方が厄介ごとが防げるので、こうして男装してるんですがね。だから、さっき門番さんに手荷物チェックされると知って、真っ青になってたんですよ。やっぱり女の子は男の人に見られたくないものとかもありますからね」
いきなり自分の秘密をぶっちゃけられたクロロはビックリした。目をまん丸に見開くくらいビックリした。
え?今そういう話でしたっけ!?
「えぇ!君坊やじゃなくて、嬢ちゃんだったのか!こりゃすまねぇことをしたな!うーん…じゃあすまねぇが、嬢ちゃんの荷物は中身は見ないで揺らしてチェックするだけにしてやるよ。だからちょっと荷物を貸してはくれねぇか?」
クロロはまだ混乱の中にいるが、言われるがまま荷物を門番に渡す。
門番は受け取った荷物をゆさゆさ揺らして音を確かめた。そして満足いったのか、荷物をクロロに返却してくれた。
「??もういいの?」
「ああ、大丈夫だぜ。俺達が探してるのは、大量の武器とか反国家組織のリーダーだからな。今荷物を持った感じ、武器でぎっしり詰まってる様子でもないし、ましてや人なんて絶対入れらんないからな」
そう言うと、門番は今度はオースの馬車の荷台を見て、げんなりした表情になった。
「あぁ…またこりゃごりっぱな馬車だこと…。しかも大きな荷台がついてやがりますねぇ…」
門番は恨みのこもった表情でオースを見る。
オースは気の毒そうな目をしながらも表情は笑顔のままだ。一方門番がこれから荷台をチェックしそうな雰囲気にクロロは「ひょー!」と両手を頬に当てながら、口を開けている。幸いにも彼女から見て門番は背を向けているため、その表情はバレなかったが。
「どうぞどうぞ。私は何も疾しいことはないですからな。荷台を見ていただいて結構ですよ」
クロロの様子などなんのその。オースは自ら門番をハイルたちが隠れている荷台に案内する。
門番が荷台に入ると中は案の定物で溢れかえっていた。売り物にするであろう雑貨や食糧が所狭しと並んでいる。唯一の救いと言えば、中が整理整頓されており比較的チェックがしやすいことだろうか。商人の中には、売り物を何の区別もなしにぐちゃぐちゃに荷台に放り込んでいた者もいる。商人本人は何がどこにあるかわかるからいいんだとかほざいていたが、調べる門番は地獄のような面倒くささだった。
「さてと…始めさせてもらいますよ。」
そう言うとは、荷物を一つひとつチェックしていき、荷台の隅々まで見て回る。その途中で彼の目に大きな木箱が映った。
「これは開けてもいいですかね?」
それにはオースはちょっと困った顔をした。
「うーん…。できればそれはあまり触ってほしくない品なんですがね…。他ではなかなか手に入らない貴重なものを入れているので…。どうしても開けなきゃダメですかね…」
「俺もあんまりあんたたち商人に迷惑はかけたくないんだが、これくらいの木箱になると人が隠れてる可能性もありますしね」
「うぅ…仕方ありませんな。私が無実である証明になるのなら、ここは涙を呑んで木箱の中身をご覧いただきましょう」
オースは木箱を持ち上げて馬車の外に出した。
「明るいところで見ていただく方がいいでしょうからこちらでお願いします」
「わざわざすいませんね」
そうして門番を荷台の外に連れ出したオースは、彼の目の前で木箱を開ける。
中からはシルクのドレスや、色とりどりの宝石、大判小判などがザックザック入っていた。どうやらこの木箱はオースの宝箱だったようだ。
これにはオースの馬車の周りにいた者たちも「オオッ!」とどよめいた。その中にはちゃっかりクロロの姿もあった。
「このシルクのドレスはかの有名な女冒険者ウララがウラノーラ王国の勇者として認められた際に身に着けていた物のレプリカです。。いやはやお恥ずかしながら私は彼女の大ファンでしてな。もう1200年以上前のおとぎ話であるのに心躍ってしまうのですよ」
周囲からは「俺も俺も!」と同意する声もちらほら上がっている。
「あとは、私が個人的に気に入った宝石や予備のお金をここに大切にしまっているわけですよ」
門番は納得したとばかりに頷いた。
「正直に見せてくれてありがりがとうございます。さて、もうその木箱はしまってくれていいですよ。後は残りの荷物もちょちょいっとチェックしちまいますから」
どうぞどうぞとオースはまた門番を荷台に入れた。
しかしながら、オースは内心舌打ちしていた。あまり仕事に熱心ではない者なら、この木箱の中身を見せた時点で残りのチェックは免れていただろう。この門番、口では愚痴を言いながらも存外真面目らしい。
荷台に戻った門番は商品に実際に触れたりしながら、どんどんハイルたちがいる布団の方へ近づいていく。
ハイルたちも気が気ではなかった。布団に包まっているせいで、外からの音はほとんど聞こえてこないが、さすがに荷台に来た人の話し声くらいはわかる。せっかくオースがうまく門番を引きつけて外に出したのに、彼はまた荷台に戻ってきてしまったようだ。そして、自分たちのすぐ近くにまで迫ってきてる。
この作戦には1つ決定的な弱点がある。それはハイルとギルの身動きが取れないことだ。自由な身であれば、最悪門番に一撃を食らわせて気絶させることができるが、今はそれも不可能だ。まあそんなことをすれば、他の門番たちに捕まって終わりだが…。
「こりゃ大きな布団ですな。これで眠れたらさぞかし幸せそうだ…。あぁ~、俺ん家の布団に欲しいぜ…」
「はっはっは!これはお目が高い!これは『永眠コロリ』という最高級の布団でしてな。これを使って寝るとお寝坊間違いなしですよ!」
「おっとそりゃ勘弁ですな。それじゃあ仕事でどやされちまう」
ハイルとギルは居心地のいい布団の中で冷や汗が止まらない。早く去ってくれという一心だった。
「でもちょっとさわり心地だけ体験してもいいですかね?」
門番はそう言いながら、ハイル入りの布団に手を伸ばした。




