021.コモン村からの脱出
ガタンゴトン…。ゴトンゴトン…。ガタン…。
次の日の朝、ハイルは地面の振動で目が覚めた。だが彼は、二度寝をしようと再び瞼を閉じかける。
彼の閉じかけた視界に丸まった布団が映った。何やモゾモゾ動き、モガモガ言っている。彼は寝ぼけ眼で、しばらくぼーっとしていたが、何かおかしいことに気がついた。
なぜ床は揺れているのか、目の前で奇妙な動きをしているあの丸まった布団はなんだ?確か自分は昨晩オースの部屋でぐっすり寝たのではなかったか。
意味不明な状況にハイルの眠気は吹っ飛び、思考回路が高速で回り出す。まずは立ち上がろうとしたが失敗に終わる。両手両足が縛られたように動かない!
やっと彼は自分の身体を見下ろした。布団ごと丸め込まれているではないか!…ということは、目の前でビッタンビッタン動いているあの布団はもしや…。
ハイルがそこまで考えたとき、目の前の布団からにょっきりギルの首が生えた。
「ぷぁっはー!やっと出られたぜ…。クロロの野郎…なんっちゅう扱いをするんだ…。いくらなんでもこれはないだろ、これは…」
ギルが悲しげに独り言を言っている。
ハイルはいまだに状況が分からず、目を白黒させながらギルに話しかけた。
「…ギル。これはどういう状況だ?」
するとギルが布団ごとハイルの方を向いた。非常に滑稽な光景だ。
「ハイル起きたのか…。俺はお前が呑気に寝ていられたことを心底羨ましいと思う…。」
ギルは疲れた声を出すと、つい数時間前の出来事を語り始めた。
「よく寝てるねオースさん」
「よく寝ているねクロロ君」
「じゃあそろそろ手筈通りにしていいかなオースさん」
「もちろんだともクロロ君」
ギルはなにやらひそひそと話す声で目覚めた。
すると突然、布団ごと身体が宙に持ち上げられたではないか!寝ぼけ眼だったギルは驚いて一気に目が覚めた。
「な、なんだ?!何がどうなってんだ!」
ギルが喚くと、すぐ耳元からオースの声がした。
「おや?目が覚めましたかな?この超安眠布団『永眠コロリ』に包まれているにもかかわらず、こんな時間にお目覚めになるとは…。ギルさん。あなたはなかなかどうして意志の強い方ではありませんか。誇ってよいですよ」
「商品名悪すぎだろっ!」
ギルは自由に動く首から上を利用して、現状を確かめた。
どうやら自分は布団ごとオースの肩に担がれているようだ。
「どわわわわ!オース殿下してくれ。俺は自分で歩けるから!クロロお前からも言ってくれ…ってオイ、お前その肩に担いでるものは…」
ギルは助けを求めてクロロの方を見たが、その時は彼女は自分より大きなふかふかの塊を肩に担いでいた。ぐでんとしたそれは身動き一つせずおとなしく担がれているが、間違いなく自分の相棒だろう。
「もー…。ギル、おとなしくしといてよ!僕とオースさんの作戦が台無しになっちゃうじゃないか」
彼女はギルが起き出したことにちょっとプリプリしていた。
「いや、もー…って言われても…。誰でもこの状態だったら騒ぎたくなると思うんだが…。ちょっと説明してくれないか?」
クロロは仕方ないなぁというように肩を竦めて答えた。
「あのね。今日はクリリ街に向かうでしょ?でね、ハイルとギルはオースさんの馬車の中に隠れる算段でしょ?だけどただ馬車の中にいるだけだと、クリリ街の門のところで荷物改めをされたら、2人が見つかっちゃうじゃない?だから、2人を布団の中に隠しておいた方が無難だよねって話を今朝オースさんとしたんだ。オースさんは昨日の晩からそういうことも考えてて、2人には朝になってもなかなか起きられない超快眠布団『永眠コロリ』を用意してたんだって。さすがオースさんだよね!」
クロロは尊敬の眼差しでオースを見上げた。オースは照れている。
彼らの間にはのほほんほんわかとした空気が流れているが、布団の中に隠されそうになっているギルはたまったものではない。布団の中に隠れるなんて、子供じゃあるまいし!
「いや、早まるな!考え直そう!オース殿、オース殿!あなたの荷物に大きめの木箱などないだろうか!どうせなら俺はそっちに隠れていたいと思うんだが」
「ダメです。木箱はありますが、隠れようとするなら中身を出さなくてはならないので面倒です。それに木箱なんて隠れるに適しすぎています。荷物改めをされたときに真っ先に見られる場所なので、すぐにバレてしまいますよ。その点布団の中は盲点です。誰が大の大人が布団の中に隠れていると思いますか」
正論だった。
ギルはぐうの音も出せずに黙り込む。このままだと布団に隠れさせられる…かと言ってほかに良い案も浮かばない…。畜生、もともと頭脳を使うのはハイルの役目だというのに、あいつは何にも知らずにスピスピ寝てやがる!だけどこのままではさすがに大人の体裁というか、プライドが…。
なおも言葉を続けようとしたギルに、クロロの魔の手が襲い掛かる。
彼女はギルの頭をその小さな手で掴むと、ぎゅーっと布団の中に押し込んだ。
「もがもがもがー!」
ギルが何やら言っているが無視だ。クロロは一度ハイル入り布団を床に下すと、ギルを押し込めた布団がほどけないように縄でぐるぐると縛っていく。
「ふう。これでよしっと!ギルちょっとの間我慢しててね。大丈夫。このお布団は本当に気持ちがいいから、また寝ててもいいし!」
朝から一仕事終えていい汗かいたとばかりに、クロロは充実感で溢れていた。仕上げにハイル入りの布団を再び持ち上げると、そのまま宿から出て行った。
オースはまだもがもが言いながらもがいているギルに聞こえるように囁いた。
「今から宿を出るのでおとなしくしておいて下さいよ。なに、昨日の晩2組の布団を持って部屋に入るところを宿の人間に見せておいたので。それを持って今朝部屋を出るのは全く不自然じゃないので大丈夫です」
自分たちは全然大丈夫ではない。ギルはそう思った。
俺達の意志なんてお構いなしに、クロロとオースが勝手に常識外れの作戦を立てて実行している。
クロロだけでなく、オースも奇抜な思考の持ち主だったのか…。
まだ、いろいろ主張したいギルだったが、さすがに宿を出るときはおとなしく荷物のふりをしていた。ここで不振に思われては本末転倒というものだ。やり方は強引だが、2人がこちらに協力してくれようとしているのは明らかなのだから。
そして彼は哀愁を漂わせながら、ただの荷物として宿を出て、荷台に放り込まれたのだった。
一連の流れを聞いたハイルは遠い目をしていた。
ある日突然家族を失い、命を狙われ、逃げ延びた先で得た大切な仲間たち。しかし彼らの中に裏切り者がいるかもしれないと疑心暗鬼に囚われる日々。結果、親友だけを頼りにまた逃げ出し、何とか自分は生き延びている。そして現状はというと、居心地の良い布団に包まれながら荷馬車に揺られている。過去と現在の落差が激しい。
何とかして身を起こそうとするのだが、ギルほどではないにしろ自分の布団もほどけないようにがっちりと固定されているようだった。
「俺の方もなかなかどうしてうまく縛ってある…。この布団からは出られそうにない…。ここは諦めてこのまま荷物のふりをするしかなさそうだな…」
「うう…。マジかよ…。これは俺の消し去りたい過去の1つになること間違いないぜ…。恥ずかしいったらありゃしねぇよ…。こりゃ絶対にクリリ街にいるあいつにだけは知られたくないぜ…」
「そうだな。あの人は絶対面白がって生涯の笑いのネタにするだろうな…」
2人は同時にため息をついた。




