002.初遭遇
クロロは村を出て、順調に旅を続けていた。
だが、行けども行けども山の中。
いいかげんちょっと飽きてきた。
これでは村で野宿訓練をしていたときと何も変わらないではないか。
せっかく村を出たのだ。そろそろ新しい刺激がほしい。
今歩いているのは、村にやって来る商人が使っているであろう川沿いの一本道だ。
そろそろここを利用している商人にでも出会うころだと思っているのだが、全然その気配がない。
本当にこの道は麓まで続いてるのだろうか…。
そんなことを考えながら歩いていると、クロロの目にあるものが飛び込んできた。
彼女はそれをじっと緊張した面持ちで睨みつける。
(これは旅が始まって以来最大の試練。ここで選択を間違えれば、運命が大きく変わる。慎重に行動するんだ私!)
クロロの目の前にあるもの、それはなんの変哲もない分かれ道である。
そんな大仰に構えなくてもいいものだが、刺激に飢えていた彼女は、こんな小さな事にも過剰に反応するようになってしまっていた。
気分は大海で巨大蛇と遭遇した女冒険者ウララだ。
片方の道はこのまま川沿いに続いた下りの道。もう一方はそこから枝分かれするように、木々の合間を縫って伸びている細い上り道。
クロロはしばらく考えていたが、ふと上り道が気になり、よく観察してみた。
(道は雑草が茂ってるし、木の枝も張り出してる。しばらく誰も利用していないのか…。だけど、ところどころ雑草が踏みつけられているところがある。しかもまだ新しい。誰かが、もしくは何かがここを最近通ったんだ。この先に何かあるのかな?)
クロロは上り道を進んでみることにした。
道は思ったよりも早く終着点を見せた。
そこには、小さな村の跡があった。
クロロが調べたところ、自分が住んでいた村よりもさらに小さく、せいぜい30人程度が住めるくらいの規模だとわかった。
家はすべて朽ちかけていたり、苔むしたりしている。
住民がいなくなってから、少なくはない月日が経っているようだ。
村の一番奥に比較的傷みが少ない一軒家を見つけた。
大きさもここいらで一番大きいようなので、おそらく村長あたりの家だろう。
まだ日は高かったが、今日はこの家を借りて一夜を過ごそうと決めた。
彼女が意気揚々とその家の入り口扉を開けた瞬間、何者かに刃物を突き付けられた。
とっさに一歩引いて距離を取ったが、次は後ろから何者かに羽交い絞めにされた。
何が起こっているのかさっぱりわからず、抵抗らしい抵抗もできないでアワアワしている彼女に、刃物を持った男が厳しい面持ちで話しかける。
「お前は何者だ。どうしてこの場所を知っている」
クロロは混乱して、目を白黒させていたが、前後の男たち以外に人の気配がないとわかり、少し冷静になった。
「えっと…。僕はクロロ、旅人です。今日はたまたまこの場所にたどり着きました。せっかく屋根のある場所を見つけたので、今夜はここに泊まろうと思いました」
刃物男は眉をひそめながら、さらにクロロを睨みつけてきた。
「嘘をつくな。こんな辺鄙な場所にある廃村を偶然見つけるわけがない。この場所から一番近い村までも3日はかかる。何かの目的がなければ、こんなところまで来る奴はいないはずだ」
それを聞いたクロロは、パァッと笑顔になった。
刃物男は予想と違う反応に少し困惑した様子だ。
「ここから3日行けば人のいる村に着くの?本当に?やったー!あの、あの…お邪魔でなければその村まで案内して下さい!」
クロロは自分がちゃんと人里へたどり着ける道をたどっているのかだいぶ不安になっていた。
7日に1度来る行商人たちともすれ違う予定日をとっくに過ぎていたし、実は自分は遭難しているのではないかと思っていたところだった。
刃物男は毅然とした態度で言った。
「なぜ俺たちがお前と行動を共にせねばならん。だいたい、お前が旅人だという証拠もない。先ほども言ったがこの廃村へは、深い山の中でさらに見つけにくい小道を通らねばならない。偶然にしては出来すぎている」
「そんなことを言われても、本当なんですってば!僕はこの村のさらに先にある名もなき村から旅を始めたんです。もう6日間も山の中を歩きっぱなしでうんざいりしてたとこなんですよぉ」
それを聞いた男は、少し驚いた様子だった。
そして刃物を突き付けたまま少しうつむき、考え込んだ。
クロロは彼が何を考えているかわからないが、ようやく自身も落ち着いてきたので、目の前の男を観察することができた。
年の頃は20代前半から半ばといったところ。髪は美しい金髪で、瞳は薄紫色だった。鼻の筋も通っており、全体的に上品な顔立ちをしている。背は比較的高めで、村で一番背が低かったクロロの頭は、彼の肩あたりにしか届かないだろう。筋肉のつき方から、農業を営むよりは狩りをするタイプに見える。
彼こそどうしてこんなところにいるのか。貴重な動植物でもこの辺りに生息しているのだろうか。
しばらくすると、男は考えが済んだのか「フーッ」と深いため息をついて、刃物を下した。
そしていまだにクロロを羽交い絞めにしている男に話しかけた。
「ギル、この子を離してやれ。おそらく敵ではないだろう」
「いいのか?この状況だ。こんなあやしい奴はここで始末してもいいんだぞ」
ギルと呼ばれた男はなにやら物騒なことを言っている。
クロロは慌てた。
「あわわわ…大丈夫!僕はあなたたちの敵ではありません!離しても問題なしです!」
「いや…自分から問題なしと言われても…。まあ、ちょっと様子を見た感じ、この子は敵の間者ではなさそうだ。あいつらの仲間ならこんな間抜けではあるまい」
「ちょっと!間抜けってどういうこと?!聞き捨てならないんですけど!」
ムキーッとなりながらバタバタするクロロに、刃物を持っている男は再び大きなため息をついた。
「まず、俺たちを追ってきたのならばこの家の扉をあんなに無造作に開けない。応援を呼ぶなり、家から出られなくするために道を塞ぐなりするだろう」
彼はちらりとクロロを見た。
「それをこの子ときたら、なんの警戒心もなく家に入ろうとするわ、簡単に捕まるわで…こんなのが追手だったら、あいつらよっぽど人材不足だ。内部崩壊も時間の問題だろう」
「…そうか。お前がそう判断したんだったら、俺は何も言わない。おい、お前を開放するが少しでもおかしな真似をしてみろ。すぐにその細っこい首、叩き折ってやる」
ギルとやらは、さらに物騒なことを言いながらもクロロを開放した。
「はぁ…酷い目にあった…」
クロロはホッとしてため息をついた。
目の前の男は家の奥にある台所に行き、刃物を片付けた。どうやら突き付けられていた刃物はこの家の包丁だったようだ。
彼はクロロを家の奥へ誘いながら、話しかけてきた。
「驚かせて悪かったな。俺はハイル。そっちの大男はギルだ。ちょっとした理由があって今追われている身だ。なんとかこの廃村まで逃げてこれたんだが、仲間のところに戻るにもいろいろ装備不足で困ってたところだ」
ハイルと名乗った男は、そう言って肩をすくめた。
家の奥には大部屋があり、3人はいったん腰を下ろして話し合うことにした。