018.協力者
シーンとした空気が流れる。
「正直なことを言うと、俺はクロロに俺達の仲間になってもらいたい。そして、俺達の敵に一緒に立ち向かってもらいたいと思っています」
本音を話すハイルに、オースは容赦なく言葉の攻撃をする。
「ふん…。クロロ君のような小柄で幼い少年でさえ仲間に欲しいということは、君たちのところは余程の人材不足とみえる…。いや、違うな。君たちは知っているんだな。クロロ君の力を」
その言葉でハイルとギルはハッとしたようにオースを凝視した。
「やはり図星と見える。私は彼とは旧知の仲。おそらく君たちが知らない彼のこともよくよく知っている。彼の力を目当てに仲間に引き入れようとするとは言語道断。やはり君たちとクロロ君はここで別れた方が」
「ちょっと待って!」
たまらずクロロが声を上げる。
「待ってよオースさん!オースさんが僕のことを思ってくれてるのはよーく伝わってきたよ。僕とっても嬉しい!だけど、オースさん昨日言ってたじゃない。僕がもしこの先この2人と再会することがあったら力を貸してあげたらいいって。人と別れてまた出会うのが旅人だって」
クロロの主張にオースは困った顔をした。
「確かにあのときはそういうことを言ったけどね…。この2人組は別だよ。だってとっても複雑な事情を抱えてそうじゃないか。君が優しいのはわかってるけど、同時に君がまだ世間知らずなのもわかっているつもりだよ。君の優しさに付け込んで、君の力を利用するような輩を私は見逃すわけにはいかないよ」
「…確かに僕はまだまだ世間知らずな子供だよ。だけどねオースさん。ハイルとギルは今オースさんが僕に言ってくれたのと同じことを僕に忠告してくれたんだ。悪い人に利用されたらだめだって。人を見る目を養いなさいって。僕ね、まだ旅に出て日も浅いけど、そういうことを言ってくれる2人は悪い人じゃないと思ってるの。できれば力になってあげたいと思ってる」
クロロはちょっと間をおいて、舌を出していたずらっ子の顔をした。
「もちろん、僕の旅の障害にならない程度にね!」
彼女の台詞にみんな脱力してしまった。
そうだった。クロロは最初から自分の旅を優先させると言っていたではないか。ハイルとギルがどれだけ協力を懇願しても、オースがどれだけ心配をしても、結局のところクロロは自分の気持ちを最優先に動くのだ。
3人は思わず苦笑した。
「それじゃあクロロ君はこれからどうしたい?」
オースが尋ねる。
クロロは顎に指を当てて考えた。
「ハイルとギルが困っているみたいだから協力してあげようと思うの。だけどそれは今度こそ次のクリリ街に着くまで!そこまで協力したら、僕は僕の見たいものを見る旅を続けるんだ!それに次のクリリ街ってこのコモン村より大きいんでしょ?だったら各地の珍しい名所とか知ってる人もいっぱいいるかもしれないし!情報収取もはかどりそうじゃない?…そういえばオースさんの次の目的地もクリリ街だったよね?…ねえねえ、クリリ街までこの2人と僕と一緒について行ってもいい?」
キラキラした目で両手を組みながら「おねがい」してくるクロロ。
オースは一度大きく息を吸って吐いた。
そして自分の両頬を「パァンッ」と叩く。
その拍子に彼のぷよぷよの顔が波打った。はたから見たらだいぶ面白かった。
「ふぅ~…致し方なし!私の大切なクロロ君がそういうつもりなら私も協力しようじゃないか!次のクリリ街までは私たちは共犯者だ!」
その言葉にハイルとギルが驚く。
2人は目を丸くしながらお互いの顔を見た。
まさかこの商人まで協力してくれるとは思わなかったのだ。
「…あんた、いいのか?俺達みたいな得体のしれない人間にいきなり協力するなんて言って…。自分で言うのもなんだが、大きな組織に狙われる訳ありな者たちに進んで付き合うなんてどうかと思うぜ?」
ギルが自虐的に言った。
「もちろん私も好きこんで協力はしないさ。だがね、クロロ君が君たちに期間限定でも協力すると言っているんだ。…実はねクロロ君。あまり君には言うつもりはなかったんだが、私を含め君の村に時折訪れていた商人たちは皆、君の村の人たちの旅のサポートをすることを条件に商売をさせてもらっていたんだよ」
クロロは何のことかよくわからないという顔をした。
「実は君の村は普通の人間ではたどり着けないようになっているんだ。特別な方法でしか見つけられない道というのがあるのさ。かなり高度な技術で、まず市井に出回っていないがね。これはお金や地位があっても教えてもらえない。村への出入を認められた者だけが知ることのできるんだよ」
マジか…。クロロはただの田舎村だと思っていたのに…。
「…もしかして、それがないと『時の山』で迷子になっちゃうの?」
「その通り。現在君の村に行くには『時の山』を通るしかないんだが、その『時の山』に入るための特別な道があるのさ。そこを通らないと山で永遠に彷徨い続けるしかなくなるからね。いやぁ、実はクロロ君が旅立つときの最初の試練は『時の山』からの脱出だったわけなのだよ!『時の山』に普通に入ると彷徨うことになるが、『時の山』の中にある君の村からは普通に山の麓までの道がちゃんとあるからね。まぁ途中で道を見失ったり、時折危険な場所もあったりするが、クロロ君なら大丈夫だと思ってたけどね。ただ、まさかその道の途中で知り合いを作ってしまうとは思わなかったが」
クロロはそれを聞いてぽかーんとした。なんだ、みんな私があの山で彷徨うのは計算済みだったのか…。だからあんなにサバイバル知識を埋め込まれたのか…。ちょっと納得。
「少しいいかな…えーと…俺はあなたのことを何と呼べばいいのかな?クロロの会話からあなたの名前はオース殿と言うらしいが」
「おっと…。まだ自己紹介もしていなかったね。私はオース。見ての通り商人だよ。店の名前は『笑顔爆発オース店』日用品から旅の必需品まで扱ってて、買い取りもやっているんだ。よろしく頼むよ」
そう言ってオースは片手を出してきた。
ハイルはその手を握り、固く握手をした。
「俺の名前はハイル。隣にいるのがギルです。短い間ではありますがご協力感謝いたします。よろしくお願いします。…それから今までの会話で少し気になる点があるのですが、聞いてもいいでしょうか」
「一時的とはいえ協力者だ。答えられる範囲であればお答えしよう」
「クロロの村は認められた物しかたどり着けないと言っていましたが、それはやはりクロロのような力を持った人々がたくさんおり、それを悪用されないためですか?」
「それについてはノーコメントだよ。私はあの村の住民ではないからね。安易なことを言って、村人たちに迷惑をかけたくはないからね」
この質問はあっさり流されてしまった。
ハイルは気を悪くするでもなく、一つ頷くと次の質問をする。
「ではクロロの村へ行くために認められるにはどうしたらいいんでしょうか?」
「…どうしてあの村に行きたいのかね?」
「先ほどオース殿のお言葉を借りるなら、俺達は完全に人材不足なのです。どうしても優秀な人間をこちらの仲間に引き入れたいという思いがあります。そして俺達はあなたが指摘したようにクロロの力に大変魅力を感じています。ですから、クロロのような力を持った人間がいる村に協力してもらうことができないか、一度話だけでもしたいと思っています」
あまりにも率直で正直な意見だった。
オースはハイルの性格上、もう少し言葉を濁すと思っていた。
短時間しか接していないが、やり手商人の彼は人の性格を見抜くのは得意なのである。
「…思ったよりも直球だね」
「私はあなたに本音を隠すのは得策ではないと踏んだんですよ。超人たちの住む村に出入りが認められているだけあって、あなたも見た目によらずかなりの腕力をお持ちのようですし…。下手なことを言って伸されてしまっては元も子もない」
その意見にはギルも「うんうん」と頷いている。
「俺は自分が結構強いと思ってたんだけどよ…、オース殿やクロロと出会ってその考えが吹っ飛んじまった。オース殿に赤子の手をひねるがごとく捕えられちまったし…。プライドがズタズタだ。力の差が歴然なんだ。俺たちは誠意を示すことで協力願うしかねぇよ」
「またまたご謙遜を。ハイルさんは的確に私の急所を狙っていましたし、思ったよりも力がありました。ギルさんのもなかなかのものでしたよ。私は自分の商売には護衛はつけない主義でしてね。その分自分の身は自分で守らなくてはいけなかったものですから。いわば不可抗力でこうなったものですよ」
オースはけらけらと笑いながら言った。




