017.別れてからの彼ら
突然声をかけられた3人は一斉に「ビクッ」となった。
恐る恐る声のした方を見ると、そこには逆光により表情は見えないが、体系のぽっちゃりした人物が仁王立ちしていた。まごうことなきオースである。
ハイルとギルは全く知らない人物がやってきたことに警戒をあらわにしていたが、クロロは商売第一の彼がこの場に現れたことに驚いていた。本来ならば、まだ村の中心部で商売を続けているはずだ。
「オースさん!どうしてここに?商売はもういいの?」
オースは相変わらず表情の見えない状態で答えた。
「商売はいったんお開きにしてきたよ。どうもクロロ君の様子がおかしかったからね。君は本来私の商売の邪魔をするような子ではないからね。それで一度店を畳んで戻ってきてみたんだ。そしたら私の馬車の中から声がするじゃないか。何事かと思って外でそっと中の様子をうかがっていたんだよ」
そう言いながらオースは馬車の中に入ってきた。そしておもむろにクロロの前にいたハイルとギルの前に立った。
クロロはそのとき初めてちゃんとオースの表情を見ることができたが、息を飲んだ。いつもニコニコしているはずのオースが今は全くの無表情だったからだ。
オースは無表情のまましばらく2人を見下ろしていたが、突然両手を前に突出し2人の首をその手で捕えた。そしてそのまま彼らを持ち上げてしまった。
突然のことにクロロはおろか、首で持ち上げられた2人も抵抗らしい抵抗ができなかった。
しかしながら、当然ハイルとギルはオースの手を放そうと必死にもがき始める。だが、オースは2人を宙に浮かせたままビクともしない。ハイルの蹴りが首筋に入ろうと、ギルが両腕で首に絡みついた指を外そうとしても全くの無駄だった。
しばらく2人の必死の抵抗は続いたが、さすがに力が尽きてきた。
そのころやっと我に返ったクロロは必至でオースを止めに入った。
「オースさんどうしちゃったの!早くその手を放してあげて!その2人はか弱いんだ!丸太も投げられないような貧弱さなんだ!そんな乱暴にしたら2人が死んじゃうよ!」
半分死にかけている2人だが、クロロの自分たちの評価があんまりだったことにちょっとこのまま死にたくなった。
2人を持ち上げているオースはずっと無言だったが、クロロの言葉に反応した。
「…クロロ君。この2人は君の優しさに付け込んで何かやっかいなことに巻き込もうとしているんだよ。ひどい奴らじゃないか。君は16年間村の中だけの世界で我慢して、我慢して、やっと外の世界に出られたんだよ。君は言っていたじゃないか、世界中にある不思議な場所を巡るのが夢だって。それなのに、こんな得体のしれない、どこの馬の骨とも言えないような者たちにいいように利用されてもいいのかい?君は君の夢を叶えるために旅立ったんじゃないのかい?」
クロロはやっと彼が怒っていることに気が付いた。しかもそれは自身の馬車に勝手に上り込まれたことではなく、自分のことを思ってのことなのだ。クロロは泣きそうになるくらい嬉しくなった。こんなに自分のことを思ってくれている人がいるなんて自分はなんて幸せ者なんだ…。
「オースさん…僕の為に怒ってくれてるんだね…。ありがとう」
クロロが感動で目を潤ませていると、少々存在を忘れられている2人は別の意味で涙目になっていた。俺達が悪かった、悪かったから早く下してくれ…マジで死んじゃう…。
どんどん顔色が悪くなり、ぐったりしだした2人が目に入ったクロロはその存在を思い出して慌てて言った。
「ぎやぁぁ!オースさん!オースさん!とりあえずその2人を下してあげて!なんか見るからにダメな状態になっちゃってる!」
「ぬ?おわぁぁ!すまない見知らぬ者たちよ!ちょっとした脅しのつもりだったんだが、つい力が入りすぎたようだ!ここまでするつもりはなかった!」
オースはそう言いながら慌てて2人を床に下した。
「げほっ、げほっ、げほっ!」
「がはっ。…はあはあはあ…。し、死ぬかと思った…ぜ…」
2人はなんとか無事だったが、落ち着くまでにはしばし時間が必要であった。
2人が正常な状態に戻った頃、改めてクロロから彼らに質問を投げかけた。
「ハイルとギルはどうしてこの村にいるの?昨日この村には寄らないで次の街に行くって言ってたのに…。もしかしてあの後2人を追ってる連中と鉢合わせちゃった?」
「なんで知ってるんだ?」
ギルが不思議そうに反応する。
クロロは村人から聞いた怪しい旅人のことを語った。彼女の話が進むにつれ、ハイルとギルの表情は硬くなっていった。
彼女が話し終えると、今度はハイルが話を始める。
「やはりやつらはこの近くに潜伏していたのか…。その連中だが、確かに俺達を追ってきている奴らだ。実は君と別れてから、しばらくは順調に街道を進んでいたんだ。しかし、途中で誰かにつけられている気配に気づいた。これはまずいと思って俺達は街道近くの林に逃げ込んだんだ」
ハイルは苦々しい表情で続ける。
「しかしながら時すでに遅かった。林の中で彼らに追いつかれてしまった。奴らは剣を携えながら俺達に襲い掛かってきた。しばらくは逃げの一手でどうにかなっていたんだが、とうとう追い詰められてしまった。応戦しようにもこちらは丸腰でどうしようもなく、もうダメかと思ったその時に…」
そう言いながらハイルは自身の服のポケットを漁った。
「君にもらったこの実のことを思い出した。そして一か八かこの実を大量に奴らに投げつけてやったのさ」
そこでギルがニヤリと完全に悪役のような表情で笑った。
「効果はてきめんだったぜ。奴ら俺達が何を投げたのかも知らずに突っ込んできやがった。そんでちょうど奴らにぶつかる寸前で…ボンッ!だ。あいつらまともにあの爆発をくらってな!見事に足止め成功というわけだ。その隙に大急ぎで来た道を戻ってきて、真夜中にこの村に到着したのさ」
そこでクロロは口をはさんだ。
「そうだったんだ…。ハイルもギルも大変だったんだね。…でもどうして村に無断で入ってきたの?村の門番さんはよっぽど怪しい人以外は快く村に入れてくれてるみたいだよ?」
「どこに奴らが潜んでいるかわからないからな…。この村にもまだいるかもしれないし、いなくても俺達を追いかけてきた連中が怪我をしながらもこっちに戻ってくるかもしれない。だから密かに村に侵入して、商人の馬車に潜んでいたんだ」
そこで今まで黙っていたオースが怪訝な表情で口をはさんだ。
「どうして街道を戻ってきたのかね?林があったということは結構な距離を進んでいたんだろうに。そのままクリリ街までの道を進んでいけばよかったじゃないか」
ハイルの表情が硬くなった。
「あなたの言うとおりだ。普通であればそのまま進んで大きな街で身を隠す方が断然いい。しかしながら、それを選択していたら俺達は再び奴らに見つかっていたと思われます」
「どうしてかね?」
「追手の数が分からなかったからですよ。この村からの追手全員が俺達の後をつけていたとは限らない。クリリ街の仲間へ俺達の事を伝えに行った奴もいるかもしれない」
「どうしてクリリ街に奴らの仲間がいると言えるのかね」
オースはどうもハイルに思うところがあるようで追及の手を緩めない。
「…俺達を追ってきているのは非常に大きな組織でしてね。たいていの街には協力者が存在するんですよ。組織のトップは、この国の国民にもよく知られている権力者です。おまけに評判も良い。だが、奴の裏の顔は自分の欲望を叶えるためならば、人を人とも思わぬ所業を平気で行える極悪人だ…。俺は奴ほど自己中心的で残酷な人間を他に知らない…」
ハイルはそう言いながら怒りで全身を震わせていた。その隣でギルも同じように憤怒の表情を浮かべている。
クロロは自分に優しくしてくれていた2人がこんな表情をするところを見たくはなかった。怒りの表情はなんだが見ていて胸がぎゅーっとなって悲しくなってくる…。
彼女はその悲しい表情のままオースをそっと見上げた。するとその視線に気が付いたオースが優しく彼女の頭を撫でてくれる。オースの大きな手にすっぽりと頭を覆われたクロロはホッとして、目を細める。不思議なもので、しばらくそのままでいると悲しい気持ちもどこかにすっ飛んで行ってしまった。すごいぞオースの手の癒しパワー。
しかし、彼の手は優しかったが、口調はまだまだ厳しかった。
「それで…これからどうするつもりだい?私は君たちが謎の巨大組織に追われている可哀想な人間だということはわかった。そして君が何者かも今聞くつもりもない。私が君に聞きたいのは、この先この子を君の事情に無理やり巻き込む気なのかということだけだよ」




