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016.早すぎる…

 結局クロロがロリアの元から解放されたのは、お昼を回ってからだった。

 絵を描きすぎてプルプルする腕をさすりながら、クロロは村はずれの小高い丘の上にやってきた。

「わー、村が小っちゃい!天気もいいし、風も気持ちいいや」

 クロロはそこで、模型のように見える村を見ながら宿屋でもらった美味しいお弁当を食べ、お昼寝を楽しんだ。さわやかな草の匂いも気持ちよく、最高の気分だった。


 至福の時を堪能したクロロは、また村の散歩にでも出かけようと思い、立ち上がって村を見下ろす。

 すると偶然、村の裏路地を駆ける不審な2人を発見した。彼らは村人に見つからないように人々の死角を素早く動いていく…が、残念ながらクロロからは丸見えだった。彼らはしばらく移動を繰り返していたかと思うと、ある場所で立ち止まった。そこはクロロが宿泊している宿屋の裏手にだった。

 彼らはその場にあった大きめの馬車に入っていた。その馬車の持ち主は考えるまでもない。同じ宿屋に泊っているオースのものだった。クロロは引き続きその場をじっと見ていたが、彼らが馬車から出てくる様子はなかった。

 クロロはそのことについてしばらく考えていたが、やがて大変な結論に至った。これはまずい。おそらくあの怪しい2人は昨晩村に忍び込んだ者たちだろう。朝の酔っ払いが言っていたことは見間違いではなかったのだ。その彼らがオースの馬車に入って出て来ない。となれば答えは1つだ。

 彼女は大急ぎで丘から村へ戻っていった。そのスピードたるや馬よりも早く、誰かに見られたら目を疑う光景だったが、幸いにも彼女の行動を見ていたのは真昼の太陽だけだった。

 

 オースは村の中心で市を開いていた。煌びやかな品物から日用品まで幅広く扱っており、ときには買い取りも行っているようだ。そんなオースのお店の名前は「笑顔爆発オース店」という過激な名前だった。クロロはそれを見て「笑顔が爆発したらまずいんじゃないか?」と思ったが、今はそんなことを考えてるときではなかった。

 オースの周りに集まった人の隙間を縫って彼に話しかける。

「大変だよオースさん!オースさんの大切な…大切な…、ご飯が食べられちゃう!」

 突然突拍子のないことを言われたオースは一瞬きょとんとし、ちょいちょいと手招きしてクロロに近くに寄るように指示を出した。

 そして「ビシッ」と彼女にでこピンを食らわせた。

「うっきゃー!」

 クロロはおサルのような悲鳴を上げておでこを抑えた。と同時にこの動作の意味を思い出した。これはオースがクロロをしかる時のものだった。昔彼の商売中に遊んでとせがんだとき、このお仕置きをくらったのだ。オースは商売の邪魔をされるのが何よりも嫌いだった。自分はまだでこピンで済まされたが、同じように商売の邪魔をしたアスリーお兄ちゃんはオースのタックルをくらっていた。あのプヨプヨの身体の全力タックルはさすがにくるものがあったらしく、頑丈な彼でもしばらく動けなくなっていた。

 オースにしかられたクロロは、仕方なく1人で彼の馬車に向かうことにした。一刻も早くあの2人を馬車から出さなくては…馬車の中の食べ物が食い尽くされてしまう!

 なぜなら、あの2人組は昨晩村に忍び込んだのだ。きっと食堂にも行けず昨日の晩から何も食べていないはずだ。そんなとき行商人の馬車を見つけた。そして何かないかとその馬車を漁ると、そこには…行商人がひそかに食べている非常に美味な食糧が大量にあったのだ!

 オースはほとんど食堂で食事をしないと宿屋の人が言っていた。つまり彼はあの宿よりも美味しい食事を自分で取ることができるのだ。そしてその食糧のありかは、彼の荷物…つまり馬車の中だ。

 お腹が減った怪しげな者たちがそれを見つけて食べないわけがない!彼らによってオースのご飯が食い尽くされてしまたら、彼はどれだけ悲しむだろう。オースのご飯は私が絶対に守る!

 彼女の推理はかなり偏った感情に基づいて行われているのだが、この場にそのことについて言及できる者はいなかった。


 クロロは件の馬車の近くにたどり着いた。もはや一刻の猶予もない。本当は誰かと一緒に来た方がよかったのであろうが、事情を説明している時間も惜しく、結局1人で来てしまった。

 不安がないわけではなかった。村にいた頃、クロロは他のみんなに比べると身体も小さく力も弱かった。そんなか弱い自分が悪漢2人を相手にどこまでやれるのかと思う。しかしハイルやギルが言っていた。クロロは常人よりもだいぶ力が強いと。その言葉が真実かどうかは、まだ世の中に出たばかりのクロロにはわからない。だが、今は自分しかいないのだ。やるしかない!

 クロロは静かに深呼吸をした。そして極力気配を消しつつ馬車に近づき、勢いよくその扉を開けた。そして恐怖を紛らわすため、大声で叫んだ。

「悪漢どもー!このクロロが来たからには好き勝手させないぞ!いくら美味しいからって盗み食いはいけないことだ!どうしても、食べたいならちゃんと買って食べなさい!大丈夫、オースさんは優しい商人だから、自分の秘蔵の美味でもちょっとくらい売ってくれ…っ!?」

 クロロは言いたいことを一気にぶちまけようとしたが、その場にいた人物が予想外すぎて最後まで言えなかった。

 昨日感動の別れをしたあの2人があっけにとられた様子で座り込んでいたのだ。

 そう…ハイルとギルであった。


 しばらく沈黙が続いたが、最初に我に返ったのはハイルだった。

「…クロロじゃないか。なぜこんなところに?」

 それを聞いてギルも正気に戻ったらしく、えらく素っ頓狂な声を上げた。

「クロロ!?なんでお前こんなところに!?」

 2人に驚かれているクロロだが、彼女の方もまさか怪しい人影がハイルとギルだとは思ってもおらず驚いていた。

「ハイルにギル!?2人こそどうしてこんなところに!ここは僕の知り合いの行商人の馬車だよ!?怪しい人影がここに入っていくのを見かけたから慌てて駆け付けたんだよ」

 その台詞に2人はさらに驚いた。

「クロロ、お前俺達がここに入るのを見てたのか!なんてこった。誰にも見つからない自身があったのに…ショックだぜ…一体どこから見てたんだよ。移動中誰かにつけられてる気配なんて微塵もなかったぜ。なあ、ハイル」

「ああ。確かに。最新の細心の注意を払ってたんだがな…」

 2人が困惑しているのを見て、クロロは慌てて言った。

「いやいやいや。僕は別に2人のことをつけてたわけじゃないよ。あの丘の上から偶然怪しい2人が馬車に入るところを目撃したんだよ」

 そう言って彼女は遥か向こうにある丘の上を指差した。

「2人とも気を付けないと。周囲の人間に気を張って警戒するのは大切だけど、上からは丸見えだったよ」

 クロロはちょっと呆れたように言った。

「…いやいやいや。…いやいやいや嘘つくんじゃねぇよクロロ。あんな遠くから裏路地で動く人間なんて見分けがつかねぇだろうが。それに万が一、そこから俺達の姿が見えたとしても、こんな短時間でここまで来れねぇだろ」

 クロロは眉毛を寄せ、むっという声と共に頬を膨らませた。ようするに怒ったのである。

「嘘じゃないもん!僕はあの丘の上でお弁当を食べて、お昼寝して、そろそろ村に戻ろうと思ったら怪しい人影がこの馬車に入るところを見たんだもん!この馬車の中には行商人のオースさんが毎日食べてるであろう美味しい食べ物が積んであるはずなんだ。怪しい人影は馬車から出て来なくなったからきっとそれ目当てに忍び込んで、美味しいものを食べつくそうとしてるに決まってると思って、慌ててかけつけたんだよ!」

 クロロの主張を聞いたハイルはこめかみに指を当てて苦笑した。

「なんというか…別れてから1日しか経っていないが相変わらず君は、平和に生きているんだね。俺達は昨晩からだいぶ危険な目に会って、またピリピリしていたんだけど、なんだかそんな空気が飛んで行ってしまったよ」

 ハイルは急に真剣な表情になってクロロに頭を下げる。

「クロロ。君がこちらの事情に巻き込まれたくないのは重々承知の上だ。だからこの村の前で別れた。…しかし、俺達側の事情が変わってしまった。俺達にはどうしても敵に面子が割れていない仲間が必要になってしまった。それはもう君しか考えられない…。どうかもう一度俺達に手を貸してはくれないだろうか」

 ハイルはクロロに向かって、さらに深く頭を下げる。

 黙って様子を見ていたギルもハイルに倣い頭を下げた。

「すまねぇクロロ。お前をこちらの事情に巻き込みたくねぇが、俺達も必死なんだ。本当は俺達は夜までこに身を隠して、その後宿屋でお前の部屋に忍びこんで協力を仰ごうと思ったんだ」

 2人の真摯な様子にクロロは戸惑ってしまった。面倒事はごめんだし、冷静に考えればハイルやギルと一緒に行動する義理は全くと言っていいほどない。しかしながら、ここまで誰かに頼られたことがなく、できれば協力してあげたいと思う気持ちもある。

 彼女がどう答えたらいいか迷っていると、突然馬車の外から声がかけられた。


「なるほど…そういうことかね」


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