015.その辺の事情
朝の散歩を終えたクロロは宿屋に戻り、美味しい朝ごはんを頂いていた。
口いっぱいに頬張っているため、ほっぺが膨らんでいる。
朝から宿屋の食堂を利用している村人たちは、そんなクロロを微笑ましく見ていた。
クロロがニコニコ朝ごはんを食べていると、2階からオースが降りてきた。
「やあやあクロロ君おはよう。今日はどうする予定だい?私は今日いっぱいはこの村で商売をして、明日次の目的地のクリリ街に向かって出発する予定だが?」
「あ、オースさんおはようございます!僕は次の目的地が決まるまでこの村にいようと思います。まだ地理とかに疎いので、昨日知り合った元神官のロリアさんにもうちょっと色々教わる予定です」
オースはうんうん頷いた。
「そうかいそうかい。クロロ君は勉強家だね。それじゃあ明日私が出発するときはまた声をかけるよ」
「うん!お見送りしますね!」
オースはクロロの返事を聞くと宿を出て行った。
クロロは彼が朝食を食べずに行ったので、どうしてかと思って宿のおばちゃんに聞いてみた。
「あぁ、オースさんはなぜかあまり宿で食事を食べないんだよ。最初はここの食事が合わないのかと思ってたんだけど、彼はどこの宿でも食事は断ってるらしいよ。ま、行商人だしおいしい食糧を自分で持ってるんだろ!さあさあ、君はまだ若いんだからたっぷりお食べ」
そう言っておばちゃんはクロロの食事におかわりを入れてくれた。もちろんクロロは大喜びである。
朝食後はこの宿にもう一泊する旨を伝え、お昼用のお弁当をもらい、ロリアに会いに行くことにした。
ロリアは昨日と同じく神殿の近くでぶらぶらしていた。クロロが声をかけると、微笑みながら近くへやって来てくれた。
「おや、誰かと思えば昨日の小さな旅人さんじゃないか。私にまた何か用かね?」
「はい!また教えてほしいことがあって来ました」
「ほっほっほ、なんでも聞きなさい。私はこう見えて昔は王都で学問も修めたこともある。村の外の話なら私に聞くのが正解だよ」
クロロは自分が聞きたいことを当てられて驚いた。
「ふっ…。私も結構長く生きてるんだ。旅人が知りたがる事柄ぐらい検討はつく。詳しく言えば、次の村や街の位置、そこまでに危険な場所はないか、この辺りで見るべきものはないか…そういったものが知りたいんだろう?」
「そ、そのとおりでございまする…」
クロロは話のわかりすぎるロリアに圧倒される。
「そうと決まれば…授業じゃ!授業を始めるぞい!神殿の中に来なさい!さぁ、やるぞやるぞやるぞー!」
ロリアにまたおかしなスイッチが入ってしまったようだ。どうも人に何かを教えるときはなんでも授業になるようだった。
クロロが昨日と同じく神殿の椅子に座ると、ロリアが彼女の前に2枚の紙と筆記用具を置いた。
片方は白紙で、もう1枚はこの周辺の地図だった。
「地図っていうのは貴重でね。この村では私と村長が持っている分しかない。だからあげるわけにはいかないが、描き写してもらうのは構わないよ。他の村や街では地図を見るのに高額な値段を払わされた挙句、見るだけで写しもさせないところもあるがね…。地図ってのは旅人にこそ必要なものだろ?そうは思わないか?えっ?あいつら頭が固いのさ!私はそんなことはしないさね!私を頼れるほど見る目のある旅人はめったにいないが、その数少ない者にはこうやって地図の写しをさせてあげるのさ!さぁ、どんどん描きなさい!お主は選ばれし者じゃ!」
そうか、自分は選ばれし者だったのか。知らなかった。
クロロは昨日村人たちを観察した結果、皆何かしらの仕事をしており、一番暇そう…いや、一番時間がありそうなロリアを頼ろうと思っただけだった。昨日の授業もなんだかんだ言ってわかりやすかったし。
クロロがお言葉に甘えて地図を描き写していると、ロリアがところどろこに解説を入れてくれる。
「そう、この村の西にあるその山がコモン山だよ。それからその点線は国境を表している。ちょうどコモン山の真ん中を通っているだろう?そこから向こう側がエルベス王国だよ。この点線はこの地図の範囲よりももっと遠くまで続いている。これはこの周辺しか描かれていない地図だが、各国の王都の図書館に行けばもっと大きな範囲の地図を見ることができるはずだよ。ただし、そこに入るには特殊な紹介状か、多大な寄付金がいるがね。」
クロロはふむふむと頷きながら作業に没頭する。それを満足そうに見ながらロリアの話は続く。
「この村からは3つのルートがある。1つ目はコモン山に行く西の道、2つ目は国境にある防衛都市リゼンへの道、最後が領主が住んでいるクリリ街だよ。」
防衛都市とは物騒な名前だなぁとクロロは思った。
それを見抜いたロリアは補足を付け加えた。
「まあ、防衛都市と言っても今は国同士の諍いもないし平和なもんらしいよ。10年ほど前にはちょっとした小競り合いがあったけど、それも今の国王になってからは静かなもんだしね」
「10年前には何があったんですか?」
ロリアは眉をひそめて語る。
「10年前に王位継承があった直後のことだ。前国王と新国王がそろって亡くなったのさ。原因は毒だそうだよ。それで、当時の宰相がこれは我が国土を狙うエルベス王国の陰謀だと言って大騒ぎになった。だがしかしエルベス王国もそんなことをした覚えはない、そちらの国内で王政に不満を持つ誰かのせいだとの一点張り。現在も犯人は捕まっておらず、真相は闇の中さね」
「え?じゃあどうして小競り合いがなくなったんですか?」
「この事件は世界各国にも衝撃を与えてね。他国も交えてみんなでいろいろ話あったのさ。なんせ一番安全な場所にいるはずの前国王と新国王がそろって殺されたんだからね。話合いの結果、そもそもエルベス王国は豊かな国で、クロリア王国の領土を狙う理由がないっていう主張が有力になり、この事件に関してはエルベス王国は関与していないということに落ち着いたのさ。これには宰相も引くしかなくなり、しぶしぶエルベス王国から手を引いたのさ。これ以上続けたら各国から集中砲火を浴びかねないからね」
クロロはふ~んと聞きながら、もう1つ疑問に思っていたことを聞いた。
「小競り合いの件はわかりました。だけど国王たちが死んでしまったってことは、今この国には国王はいないんですか?」
「当然の質問だね。答えは否だよ。前国王には年の離れた男の子供が2人いてね。上の子が25歳で国王の座についた当時、下の子はまだ14歳だった。しかし、もうその子しか国王になる資格がなくてね。しかたなく彼に国王に就いてもらったのさ。ただ、家族を一気に失い、国王という重圧をかけられたせいか体調を崩されてね…今もほとんど国民の前には現れないんだよ。ちなみに国の政治面は当時の宰相が今も行っている。国民に重税をかけたり理不尽なことをするわけではないから、他国にちょっかいをかけたことを差し引いても、人気が高いんだけどね。顔もいいしね」
最後の一言はロリア自身の感想なのだろうか…。
とりあえず、10年前はいろいろあったみたいだけど、今は大丈夫ということだろう。
そう結論付けたところで、地図の写しも終わった。
クロロの描いた地図を見たロリアは目を見開いた。
「おや驚いた。…なんて下手くそなんだい…。もっとちゃんと観察して描きなさい!描き直しじゃ、描き直し!せっかく私の好意を無駄にする気かい!私が満足できる出来にならない限り帰さないから覚悟おし!まずは山の描き方からだよ!…リベア、リベアはいるかい!ありったけの紙を持ってきておくれ!」
ここから数時間クロロはずっと半泣きになりながら地図を描かされ続けたのは言うまでもない。




