013.お買い物とプレゼント
ロリア神官のお話を聞き終わり神殿を出ると日が傾き始めていた。思っていたよりも時間が経っていたらしい。オースとの約束の時間まで余裕がないと思ったクロロはやや速足で宿に戻っていった。
宿に戻ったクロロは、オースの部屋を訪ねて、ドアを叩く。
「はーい。どうぞー」
中からオースの声がしたので、クロロは扉を開けておじゃまする。
「オースさん。約束通り来ました!お待たせしちゃいましたか?」
「おお、クロロちゃん。大丈夫だよ。私もついさっき商売が終わって帰ってきたところだから」
「そうなんだ。よかった。あとオースさん、僕は旅人になったから今度からはクロロちゃんじゃなくてクロロ君って呼んでほしいな」
クロロは胸を張って主張した。
「はっはっは!そうだそうだ、確か君の村では女の子は旅人になるときには男装するんだったね。こりゃ失敬」
さすがは長年村に来る商人の1人、村の掟に関する知識と理解がある。
オースはクロロと会話しながら荷物をガサゴソと漁る。
「クロロちゃ…いやクロロ君は旅に必要な物を購入するつもりだったんだろう?本当は会ってすぐ売ってあげたかったんだけど、クロロ君のための特別価格で売るところを他の人に見られるとばつが悪いからね。ということで今なら特別価格!旅に便利な最新の折り畳み式テント、万が一の為の懐刀、美味しい干し肉はいかがかな?すべてセットで銀貨2枚だ!さぁ、買った買ったー!」
オースは漁っていた荷物から目当てのものを取り出すと目の前に並べた。
「えぇっ!テントと懐刀と干し肉で銀貨2枚!?なんてお安いんだ!本当にいいのオースさん?これ安すぎない?」
あまりのお値打ち価格にクロロは驚いた。普通のテント1式でも銀貨2枚はするし、まして最新の折り畳み式テントであればその倍はするだろう。しかも折り畳み式テントはコンパクトな上に、触ってみるとしっかりとした防水加工もされていた。これなら雨が降っても雨漏りの心配もなさそうだ。クロロは一目見て気に入ってしまった。
さらに懐刀も素晴らしいものだった。鞘から抜いてみると刃の部分は透明でキラキラと輝いている。クロロが見たところそれは水晶できており、その中には光を当てると輝く小さな粒が無数に入っていた。実用向けというより観賞用に見える。クロロも女の子なのでキラキラ光るものは大好きだ。これが懐にあると、寂しくなったり気分が落ち込んだ時にいつでも眺めて気分を上げられそうだ。使用用途を激しく間違えているが、これまたクロロは気に入った。
最後に見せられた干し肉は干されているのになんだかジューシーに見える。むしろ今食べたい。
クロロが物欲しそうに見ているのがバレたのか、オースは干し肉の1つをちぎってクロロに差し出した。
「どうだい?ちょっと味見してみないかい?」
クロロは目をキラキラさせてそれに食いついた。文字通り食いついた。オースがつまんでいた手から直接パクッと食べたのだ。
これにはオースも驚き、思わず「おわぁっ」と口に出してしまった。
商人たる者商売中は「どんなときも笑顔」が信条の彼は、素直に驚きの声を上げてしまったことを悔しく思った。長年商売をしてきたが、自分もまだまだである。もっと精進せねば…と。普通誰でもいきなり手の食べ物に食いつかれたら驚くので、そんなに真剣に反省しなくてもいいのだが。
一方干し肉の欠片をもぐもぐと食べたクロロは両手を頬に当てて至福の時を得ていた。予想以上に美味しいお肉だったのだ。美味しい、美味しすぎる…。もうこれは買うしかないと心に決めた。
他人の手から直接食べ物を食べるくせに、妙なところでお行儀のよいクロロは口の中の干し肉がなくなってから、ビシッと手を上げた。
「買います!」
オースは満足そうな顔をしてうんうん頷いた。
「そうだろう、そうだろう。これはクロロ君用に特別に用意した一品たちばかりだからね。それと、クロロ君には旅立ちの記念に私からプレゼントもあげたいな」
それを聞いてクロロはぶんぶん首を振った。
「ダメだよオースさん。僕これ以上よくしてもらうなんてできないよ」
「これこれ子供が遠慮なんてするもんじゃないぞ。それにこれは元々クロロ君が旅に出たら渡そうと思って昔から用意していた物なんだ。受け取ってもらえなかったら捨てるしかないよ」
オースはそう言うと部屋の奥から高価そうな箱を持ってきた。
「このペンダントなんだけどね。どうかな?クロロ君は今男の子だけど、チェーンの部分が長いから服の中に入れておけば目立たないよ」
オースが箱の蓋を開けると、そこにはとんでもなく美しいペンダントが入っていた。金色の円形の器には繊細な模様が施してあり、中央に銀色の大ぶりな宝石が埋め込まれ、そこから上下左右には同色の小ぶりな宝石が配置され、あとは様々な色の細かい宝石が散りばめられていた。
キラキラ大好きなクロロはそのペンダントにくぎ付けになった。さっきの懐刀以上に食い入っている。
「こういうのクロロ君は大好きだろう?どうだい、もらってくれるかな?」
クロロはおずおずとオースを見上げた。
「本当に?本当にこんなすごいもの貰っていいの?」
「もちろんだとも。さっきも言ったけど、クロロ君が貰ってくれないなら捨てるつもりだよ」
クロロはそれを聞いてハッとなった。
「ダメ!こんなにすごいもの捨てたらダメ!貰うよ、貰わせていただきます!」
「ハッハッハッ!気に入ってもらえたなら何よりだよ。そうそうそのペンダントだけど、このクロリア王国の隣にあるエルベス王国ではちょとした品なんだ。もし向こうの国に行くことがあって、何か困った事態に陥ったら商人の誰かに見せるといい。悪いようにはならないはずだからね」
オースは悪戯を仕掛ける子供のような表情で言った。
クロロは「?」を頭の上に浮かべていたが、部屋にある時計が目に入りにわかに慌てだした。
「うわっ!もうこんな時間だ。そろそろ1階の食堂に行かないと!」
その台詞にオースはすべてを悟った。
「なるほど、さしずめ旅の話を食堂でする約束をしてるんだね。よし、私もクロロ君のここまでの旅路を聞きたいな。後で食堂で合流しようじゃないか」
「わかりました!では、後で」
クロロはそう言ってお金を払い、オースから渡された品々を持って部屋に戻っていった。
荷物の整理を終え、オースから貰ったペンダントを身に着けたクロロは1階の食堂にやってきた。思っていたより大勢の村人がいて驚いた。みんなわいわい騒いでいる。
クロロがぼーっと立っていると、村人の1人が彼女に気づいて声を張り上げた。
「おーい、みんな!今日の主役のご登場だぜ!」
「お、本当だ!村人さんよ、こっちに座ってくれよ。そんで外の話をしてくんねぇか」
クロロが村人たちの威勢の良さに圧倒されていると、上の階からオースも降りてきた。
「おやおやみなさん、お若い方を困らせてはいけませんよ。彼はまだ旅に出て日が浅く、こういった場は初めてなんですからね」
オースが降りてきたと同時に昼間に出会った門番の青年が話しかけてきた。
「オースさん!あんたが食堂に来てくれるなんて珍しいな」
「えぇ。実はこの子は私のお得意先の村の住民でね。結構古い付き合いなんですよ。だから、ここで皆さんにいじめられてないか心配になりましてね。それに、この子がここに来るまでの間どんな冒険をしてきたのか、私も気になったものですから」
「オースさんの知り合いならなおさら安心だな。なんといってもオースさんは昔からこの村に立ち寄ってくれる数少ない行商人の1人だからな」
他の村人もそうだそうだと頷いている。
村人たちを代表して門番の青年が声を張り上げた。
「さて、小さな村人さんよ!俺たちはあんまり村の外に出ることがなくて退屈してたところだ!あんたがどんな旅をしてきたか思う存分語ってくれ!」
クロロは気合を入れて答えた。
「よしきたー!っと言っても僕はオースさんの言うとおりまだ旅人になって間がないので、あんまり楽しい話はできないかもしれませんけど、そこはご了承ください」
そう前置きしたクロロはここに来るまでの間のことを話し始めた。




