100.ツーイッタ村からまた始まる
国境越えチームが解散した翌朝、クロロは宿屋の前で商人一行と向かい合って立っていた。
「俺達はしばらくこの村でエルベス王国の内情知りがてら、商品の補充や今後の方針を決める予定だよ。幸い旅向けの露店がたくさんあるから情報も豊富そうだし。クロロ君はどうするんだい?」
リュックが朝食代わりのパンを頬張っているクロロに話しかけた。ちなみにこのパンは宿屋のお向かいの屋台で売っていた物だ。
「僕は今日この村を探検したら、明日には『スタグラム』っていう街を目指して出発しようと思ってるよ。そこから洞穴がたくさんある不思議な場所を目指すんだ!」
クロロは元気よく今後の予定を話す。
「そうか…。それじゃあクロロ君とも明日でお別れだね。寂しくなるけど、こればかりは致し方ないか…。それじゃあ、明日の朝はまた見送るからね。今朝のハイルさんたちやオズさんたちみたいにね」
クロロはそれに頷きながら今朝のことを思い出していた。
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「それでは本当に世話になった。俺達はこれからまた行動を再開することにする。…待っていてくれ、近いうちに必ずあなた達がクロリア王国で安心して暮らせるようにしてみせる」
ハイルたちはそう言い残すと、さっさと宿屋から出て行った。
どうやら、彼らの戦いはすでに始まっているようだ。
「さぁて、彼らも行ってしまいましたし、私たちも出発することにいたします」
「皆、元気でね。いつか私の服も売って頂戴ね」
「うぅぅ…名残惜しいけど、まだまだ皆と一緒にいたいけど…もう出発しないと…」
メリーが皆とのお別れを惜しんで、なかなか背を向けない。
(いや、君が離れたくないのは皆じゃなくて、クロロ様だろうに…)
オズは心の中でツッコこんだ。
「ほら、メリー。あまりゆっくりしているとデスマッチの開催に間に合わないわ。私だって本当はお別れしたくないけど、皆それぞれの道があるのだから」
(うぅ~…。アリスにはこの気持ちはわかんないよー。だけど…しょーがないよね…)
「うん…。それじゃあ、元気でね。クロロ君、変な物食べたりしちゃダメだよ。あと、変な人にもついて行かないようにね!」
メリーはクロロ限定でそう言い聞かせると、やっと背を向けて出発した。
クロロはそんな彼女にぶんぶん手を振りながら、
「メリリーンまたねぇ!」
と見送った。
ちなみに『また』と言ってもらったメリーはしばらく超上機嫌だったそうな。
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「僕は旅人だからあんまり1か所に留まらないようにしてるんだ。この村はあんまり大きくないから今日1日あれば見終わると思うんだ。僕は旅をしながらいろんな情報を集めていくよ。リュックたちは、国境越えの疲れもあるでしょ。ゆっくりしていってね」
「ありがとう。俺達もこの国の物価や流行りなんかがわかってきたら、次の村や街への算段をつけるよ。まぁ、さすがに1日、2日では難しいけどね。皆国境を越えたことで気が抜けてバテちゃってるし」
リュックは肩をすくめるが、クロリア王国にいた頃よりだいぶ余裕が出て来たのか、表情が柔らかい。
しかしこの時、彼ら…正確にはクロロに陰ながら熱い眼差しを向ける人物がいた。
「今夜がラストチャンスだ…。こうなったら…」
その人物は意を決し、その場から去って行った。
クロロはツーイッタの村をてくてくと歩き回る。
この村の規模自体は大きくないため、午前中で一周できてしまった。
するとちょうど戻ってきた宿屋の前で、この村の住民でかつ暇そうな青年を見つけた。
クロロは好都合だとばかりに話しかけた。
「すみません。ちょっとお尋ねしていいですか?」
「ん?どうしたんだおチビちゃん」
話しかけてわかったのだが、この青年なかなか身長が高い。
クロロが首をぐいーっと後ろに倒しながら見上げていると、彼はすっと屈んでクロロに目線を合わせてくれた。
「僕は旅人のクロロです。昨日クロリア王国から国境を越えて来ました。今、スタグラムという街を目指してるんですけど、どうやって行ったらいいかわかりますか?」
「坊やそんなに小さいのに旅人なのかい!?お父さんやお母さんと一緒に頑張ってるんだね」
クロロはぶんぶん首を振る。
「僕は1人です。国境を越えるときはたくさんの仲間たちと一緒だったけど、皆目的が違うから、このツーイッタの村で別れたの」
クロロの言葉を聞いて、青年は立ち上がり大げさに空を仰いだ。
「なんてことだ!こんな小さな子が1人で旅をしてるなんて!エルベス様はなんという試練を!…わかった。坊や…事情は聴くまい。さぞや苦労しているんだろう…。だが、大丈夫だ。エルベス様が必ずや君を守ってくれるだろう。…さあ、地図を出してくれ。スタグラムまでの道を教えてあげよう」
青年はクロロに向かって手を差し出す。
そのときクロロは自分のうっかりに気が付いた。
「あ…そういえば僕、地図持ってないや!」
「ぬぁんだってぇぇ!!」
青年が大げさに驚く。
クロロもクロロで一緒に驚く。
そういえば、エルベス王国の警備兵さんには3枚の地図を貰っていたが、それらは商人組、デスマッチ組、反国家組織組にそれぞれ配布されたのだった。
自然と分けられた地図の配分は理にかなったものだったので、クロロはぽやーっと見ていた。
そしてそのまま解散となったため、クロロだけ地図を持ていない状況になっていることに今気づいた。
「坊や旅人なんだろ!地図なしでどうやって旅するつもりだったんだよ!」
「え…えへへへへ…。とりあえす、人に道を聞きながら…かな?だ、大丈夫だよ!クロリア王国では地図は貴重で商人でも持ってなかったりするし!」
クロロは右手で後頭部を触りながら、一生懸命うっかりミスをごまかそうとする。
しかしながら、青年はクロロの話の内容に驚く。
「なんと!クロリア王国は地図も普及していないのかい!…ちくしょう。越境規制がかかってなかったら俺が直接行って、どんどん作ってやるのに…」
「越境規制?どんどん作る?」
「…そうか。坊やは昨日ここに到着したって言ってたね。知らないのも無理はない。実は現在エルベス王国ではクロリア王国へ行くのには原則禁止になってるんだ。行けるのは特別な許可を持った人や商人限定だ」
「どうして?」
「んー…俺も詳しいことは知らないんだが、治安の悪化がひどいからだと聞いているよ。10年くらい前に向こうの王様たちが暗殺されたときには、エルベス王国にまったく見当違いな嫌疑もかけられたし…、それもあってあまり国同士仲良くはないから、国境を超える人間自体少ないんだけどね。物好きの旅商人たちくらいだよ。…でも、まさか地図すら普及してないとは…この国では考えられないな…。いやね、俺はこれでも測量士の卵なんだよ。だから余計にそんな状況が気になってね…。あ、ごめんごめん。名乗り遅れちゃったけど俺の名前はアオードって言うんだ。よろしくね」
アオードと名乗った青年はクロロに握手を求めてきた。
クロロは小ぶりな手を出して、青年の手を掴むと元気よくぶんぶん振った。
握手が久しぶりでテンションが上がってしまったのだ。
「おとととと。坊や、見た目に寄らずなかなかの力だね。えっと、本題に入るけど、地図を持ってないんだよね」
「うん」
「それでいつ旅立つんだい?」
「明日の朝には出発しようと思ってます」
「…なるほど。わかった。スタグラムへはまず王都を目指して、王都から西へ向かうのが一番安全で楽なんだ。この村の北門を出ると、きれいな街道が続いてるからそれに沿って進めばいい。それで明日の朝なんだが、俺も北門に行こう。そこで、俺特製の地図をあげるよ」
アオードは良い笑顔で提案してくれる。
「えっ!いいの!いくらで!?」
「ふっふっふ。お代はいらないよ。実は君に渡そうと思っている地図なんだが、俺が考案した新しいタイプのものなんだ。坊やには旅の最中、ことあるごとにその地図をいろんな人に見せびらかしてほしい。そして俺の地図を世に広めてほしいんだ!いわば坊やが俺の広告塔になるって感じだ。それで、俺の評判が上がれば仕事の依頼だって来るし、どっちにも利益があるだろ?」
アオードにすればこれはまたとないチャンスだった。
実は彼は、ずっと自分の地図を使って旅をしてくれる人を探していたのだ。
だから今日も、国境を越えてきた旅人や商人に自分の地図を使ってもらおうと、宿屋の前で待ち構えていたのだが、たいていの者たちはすでに国境でエルベス王国の地図を貰っており、なかなか自分のような若輩者の作った地図は警戒して受け取ってもらえなかったのだ。
そして今、目の前には地図を求めている旅人がいる!小さいけれども!正直、旅できるのか心配だけども!…だがしかし、自分の地図はこういう子にこそ必要な物だろう。
「わかった!僕お言葉に甘えちゃいます!」
「うんうん。君が地図を持っていなかったのも何かの縁だ。明日の朝楽しみにしていてくれよ」
「はーい!」
2人は明日集合する北門の場所を確認し、お別れをした。




