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001.待ちに待った旅立ち

 シャキ、シャキ…

 ハサミで髪を切る音が、静かな室内に響いている。


「クロロよ、今日でお前も16歳だ。この村の掟により明日から外の世界を見る旅に出てもらう」

 16歳の誕生日の夜、父親が名残惜しそうに娘の髪を切っている。

 

 ここは山奥の名もなき小さな村。

 クロロが16年間育った場所だ。人口は約50人程度で、たいての家は農業を営んで暮らしている。

 7日に1度くらい行商人がやって来て、この村で作った農作物を購入したり、他の村や町から仕入れてきた商品を売ってくれる。

 それ以外は目立ったイベントもないごくごく平凡な村だ。

 

 ただし、この村にはある掟がある。

 それは、16歳になった翌日から、見聞を広げるための旅に出ることだ。

 これは男女関係なく、村の者ならば誰しもが経験する。

 村の子供は16歳になるまでこの村を出ることはできない。

 その代わり旅立ちの日までに、旅に必要な体力や、知識を養うように育てられる。

 クロロも毎日のように、野山を駆け巡って遊び、旅の教育という名目で村の先輩たちが経験した冒険話を聞き、いつかそれに負けないような大冒険を手土産に帰ってくるのだと夢見てきた。

 それがとうとう明日に迫ってきたのだ!

 現在は、その旅の準備として髪を短く切ってもらっている最中だ。

 村の掟では男女関係なく旅に出なくてはならないが、年頃の娘の一人旅はなにかと面倒ごとが伴うため、女が旅に出るときは前日の夜に父親に髪を切ってもらい、男装の準備をするのが習わしになっている。

 

 感傷的になっている父には申し訳ないが、クロロは明日からの冒険に胸が躍りっぱなしだった。

 今晩はワクワクして眠れそうにない。なんせ16年間もこの村から出ることを禁じられていたため、外の世界に対する興味は爆発寸前まで高まっていた。

 旅に出たら何を見に行こう。どんな出会いがあるだろう。

 父親が見たという『砂漠の大湖』、母親が目を疑った『不死の大樹』、お隣のおじさんが偶然たどり着いた『空中庭園』。

 どれもこれもすごすぎて、クロロはベットの上で悶えていたが、しばらくするとすやすやと寝息を立て始めた。

 

 翌朝、短い髪に帽子を被り、旅のためにあつらえてもらった丈夫なシャツにズボン、歩きやすい靴を身に着けたクロロが村の出入口にいた。

 両親だけでなく村のみんなが見送りに来てくれ、次々に声をかけられる。

「クロロちゃん気を付けてね。はい、これ。私が焼いたパン。お昼にでも食べてね。それから、短い髪、とっても似合っているわよ!」

「クロロさん。おはようございます。小さいころからお転婆で好奇心旺盛な性格だったあなたです。余計なことに首を突っ込んで、わざわざ危険なことをしないように気を付けてくださいね。それから」

「よお、クロロ!こいつの言うことなんて聞くことないぞ!お前らしく、どんどん無茶しろよ!それから髪型似合ってるぜ!わはははは!」

「ちょっと!何を煽っているんですか!ここは旅の先輩である僕たちがハメを外しすぎないよう釘をさすべき場面ですよ!」

「だいたい、お前はいっつもお堅いんだよ!毎度毎度小言ばっかじゃねぇか。そんなこと言う暇あったら、女の子の髪型が変わったことについて感想を述べるべきだ!」

「えっ。あっ…その…新しい髪型似合ってますよクロロさん。とても…」

「お前…妙なとこで素直だよな…」

「うふふ。カイザーとアスリーは相変わらずね。クロロちゃん、なんだかんだ小言ばっかのカイザーだけど、昨日の晩はクロロちゃんが心配であまり寝付けなかったみたいなの。可愛いところあるわよね。…さて、私の大冒険ほどではないにしても、あなたなら素晴らしい旅を堪能できるわ。楽しんできてね」


 こんな感じでガヤガヤ、ワイワイ声がかけられて、嬉しいやらくすぐったいやらで、クロロはどういう顔をしていいかわからなくなってしまった。

 最後に彼女の前に父親が出てきて言った。

「クロロ。旅立ちの宣誓を!」

 クロロは気を改め、背筋を伸ばした。

 気づけば皆もいつの間にか静かにこちらを見守っている。


 クロロは深呼吸をして、大声を張り上げた。 

「私の名前はクロロ!ここに旅立ちの宣誓をします!

  一、何があっても本日から1年間は決して村に帰ってこないことを誓います。

  二、1つの場所に留まらず、絶えず旅を続けることを誓います。

  三、村の教えを守った旅をすることを誓います。

  四、いつか必ず村に帰って来ることを誓います」


「よろしい!それでは、クロロの旅の幸運を祈る」

 

 父の言葉を聞き、彼女はは大きく頷いた。

 村に背を向け、振り返らずに目の前の道を歩み始めた。


 今、この瞬間、クロロの旅が始まった。


*********


 クロロが村から去って、完全に姿が見えなくなったころ、クロロの父であるエルはしょんぼりとうなだれていた。

 彼女の前では極力カッコ悪いところを見せまいとしていたが、可愛い娘の姿が見えなくなったとたんその虚勢は崩れ去った。

 娘が去った方向をじっと見ながら、目にはうっすらと涙が溜まっている。

 見かねた妻のアミナが優しく励ました。

「クロロなら大丈夫ですよ。あなたも私も1度は通った道じゃないですか。ほら、いつまでも落ち込んでいたら駄目ですよ。これからもやるべきことはたくさんあるのですからね」

 エルは妻の励ましを受け、しぶしぶながらも村の中へ戻って行った。

 それに倣い、集まっていた村の人々も彼に続く。

 突如村に濃い霧が立ち込めた。

 目の前すら見えなくなるほどの真っ白な世界が広がっていき、それは村全体を覆い隠してしまう。

 

 しばらくすると、霧は少しずつ薄くなり、やがて跡形もなく消えていった。

 しかしそのとき、クロロが生まれ育った村は、もうどこにもなかった。



 

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