断頭死体殺人事件 真相解明パート
この話で仲井君と星見さんの性格、関係、特性などが、てんこ盛りで書かれてますので楽しんでもらえれば光栄です。
誤解の無いように言っておきますが、このトリックは僕オリジナルです。
(他のトリックと似た部分は有ると思いますが)
今更ですがこの作品の課題は、キャラクターの個性を出しきることと、なるべくコンパクトで分かりやすい説明をする事なので、そこも踏まえてお楽しみください。
仲井君が真相を語るにあたって最初にしたのは今までの振り返りだった。
①死体は入口から一番遠い席の壁側にもたれ掛かっていた。
②被害者は大学2年生の女子で、左の壁側(死体がもたれ掛かっていた所)から右側の通路側の方向に突き
上げるかの様に切断され、落ちた首は死体から5メートルの所に落ちていた。
③首がはねられた時に間近で見ていた秋場さんの証言によると、着席から5分程でいきなり首が斬られ、
その後被害者に駆け寄ったのも彼1人だけだった。
④検死の結果、被害者は細い刃物か何かで一刀両断されたらしく他の死因については可能性が無いらしい。
⑤被害者は細身で首の直径は12㎝程。
これを一発で切断するには最低20㎝の刃渡りと80㎝のスペースが必要だが、実際の幅は30㎝であるため
彼女の首の切断はかなり難しい。
⑥被害者の右後ろにある太い柱(南さんから見て左が壁で右がモールの通路なので通路と彼女の間よりも少し背中側)の足元に、何か細い物で傷つけられたかの様な深い切れ込み。
⑦捜査中に見つけた死体からモール中央の吹き抜けへと続く、細長い何かを引きずった跡。
⑧ショッピングモール一階のホールに落ちていた金色の物体。これは被害者の後ろの壁にあった
突起の一部でかなりの厚さ。
⑨南香は秋場の他に多くの男と付き合い、全員に貢いで貰っていた。
この店に週3のペースで通い、座る席は毎日決まっていた。
⑩この店を含む全ての店舗に仕切りが無い。
⑪5階の釣り竿専門店
「とまぁ、これが事件の鍵となる11個の証拠です」
何処か満足げなその表情に、俺は安心感を覚える。
「それで、この証拠品にどんな意味があるんですか?」
ここでも最初に口を開いたのは、事件発生時から真相解明に積極的な秋場さんだった。
「そうですね、では分かりやすいように皆さんが1番気になっている凶器の話から進めていきますか」
「! 解るのかい、見えもしなかった凶器の謎が!」
「そりゃぁ、そうでもしないとここに居ませんし」
「・・・あぁ、済まなかったね、話の腰を折って。 続けてくれ」
どうやらだいぶ疲労が溜まっているようだった。
「では最初に、秋場さんの質問に答えましょう」
「凶器が見えなかった理由か」
「そしてもう1つ、凶器を見つけられなった訳もです」
「ん、見つけられなかった?」
同じ事のように思えるが何か違うのか?
「今秋場さんが述べたのは、被害者の首が跳んだ直前の凶器、すなわち斬る瞬間の事を言います。
しかし僕が言っているのは、首が跳んだ直後の、使い終わった凶器の事を云います」
成程、彼の言わんとする事がようやく理解できた。
「つまり、犯人は被害者の首を斬るのに使われた凶器の事後処理をどうやって行ったか、という事を言いたいんだな」
「ハイ、その通りです」
確かに、よく考えてみれば謎だ。
警察の予想では刃渡り20㎝以上の、とても大きな物が使われた筈だ。柄の長さも合わせたら30㎝には成るだろう、それなのに現場にはそれらしいものが落ちていなかった。
近くに寄ったのが秋場さんだけだったという理由もあるが、それでも被害者の近くにそんな物騒な、ましてや血が付いている物であればかなり目立つ。
辺りを見回しても、どこにもそんな物を隠せそうな場所は見られない。
「秋場さん、あなたが被害者に駆け寄った時、周りに怪しい物などは落ちていませんでいたか」
試しに彼に聴いてみるが、「いいえ」と首を横に振った。 しかしここで微かに閃く
「もしかして、あなたが自分と南さんの身体で死角を作ってその間に凶器を隠し持って、後で何処かに捨てたんじゃないですか」
俺にそう指摘されて彼は心底驚いた表情をした。
「待って下さい! それじゃあ俺が香を殺したと仰るんですか、そんなの違います!!」
突然矛先が自分に来たので、冷静さが再び失われそうになった。 しかし
「2人共、静かにしてください。 小春が起きちゃう」
止めに入ったのは、背中の星見君を気遣いながら話す仲井君だった。
「それに二林さん、その推理は穴だらけです」
「え?」
「現場に居た人の証言では、秋場さんは彼女が死んだあと僕達が来るまでずっと傍で泣いていました。
その後僕達が離れてから警察が来るまでは、ずっとそこの椅子に座り込んでいたと店員さんが証言してくれましたから、彼に凶器を隠す時間的余裕はありません
ましてやそれではどうやって被害者を殺したかの根本的な解決になりません」
「あ!」
次々と正論を突きつけられ、いよいよ自分の間違いに気が付いた
「す、すみません! 勝手な勘違いで」
「いえ、こちらこそ」
「だから静かにしてください」
口ではそう言っても顔は不機嫌なままだ。 しまった、やらかしちまった。
よく考えてみれば簡単なことだ、そんなの現実的に無理がある。
自分の失態に気付き苦い顔を浮かべた。
「だから静かにしてください」
「すまん」
こっちの気分も損ねてしまった。
「話を進めます」
若干の苛立ちで普段の表情と増して更にオーラが増した気がする。
「皆さん先程の論争で分かったと思いますが、つまりあの状況で刃物を使うのは不可能です」
そこで彼が出した答えは、単純明快で実におかしなモノだった。
『・・・は?』
本日何度目か分からない疑問を上げた。 何を言ってるんだ、この子は。
「・・・随分と意外そうな顔をするんですね。 刃物が無理だなんて皆さん薄々勘付いていましたよね?」
「い、いや、それはそうだが」
本当に意外そうな顔でこっちを見ている仲井君からは、冗談を言っている様には見えなかった。
「し、しかし、小物ではまず南の首を一撃で落とすのも不可能ですよね」
何人かの捜査官が頷きながら秋場さんに賛同する。
「あれ? 僕が言っている意味がまだ解りませんか」
「どういう事だ?」
もうわけが分からず縋る様に彼に尋ねた。
「そのままの意味です。 何も大物が無理だから小物で刺した、と言いたいんじゃありません」
そこから少し溜めた後、確信を突く良い方で
「つまりこの事件の凶器が刃物という前提自体が間違ってるんです。
この真相には大物の凶器が関係ある、そう犯人に思わさせていたんです」
自分達が必死に考え、苦労して導き出した推測は犯人の手により用意されたものだと知った時の部下達の衝撃は大きかった、例外なく俺もだが。
「僕がそう思うのは何も推側だけでは無いです、被害者にそれを裏付ける証拠があるからです」
「え、そんなものあったか?」
記憶を辿って捜してみる、そしたら
「あ! 南香さんの切断面の入り方か!」
「そうです。 被害者の首の切断面は向かって右下から左上に突き上げるように食い込んでいました。
これが犯人が刃物を使った、という推測を真っ向から否定する証拠です」
「どうしてそれで香の死因が刃物では無い、という事に繋がるんですか?」
未だ納得がいかない様子の秋場さんにさっきの謝罪も兼ねて俺から説明した。
「この問題の着眼点がテーブルと壁との幅なのは分かりますよね? この狭さでは彼女の首を切断できない」
「ハイ、先程からそれに悩んでいましたから」
どうやら彼なりに考えていたようだ。
「問題なのは、その狭さで犯人がわざわざ南香を下から上へと突き上げる様にし斬り殺した事です。
私も殺人事件を何度も捜査しているので分かりますが、被害者が体を斬られて死んだ時のほとんどが
上から下へと振り下ろすようにされていました。 何故だか分かりますか?」
手を顎にやり考える
「そっちの方が斬りやすいからですよね。 上からだと下ろす時の力も働きますから」
言い終わってから「あ!」と声を上げて気付いた。
「そうです、要は重力が関係してくるからです。
上からだと助力で力が増します。 逆に下からだと力も入りませんし手がぶれて狙いが尽きづらい、
大体下から斬られた跡は犯人がヤケクソになって振り回す時に付いたぐらいです。
一撃で決めようと、ましてや今回の様に切断しようとする時なんかは、確実に振り下ろす方がやりやすいです。 なのに今回の犯人は下から突き上げた。 それはつまり」
「『最初から刃物で斬るつもりなんてなかった』
・・・と言う事ですよね、警部さん」
少しの静寂の後、こくりと頷き正解の合図を送った。
「どうやら二人とも納得してくれたみたいですね」
先程とはうって変わって満足げな顔で仲井君はこちらに声をかけた。
「そう、犯人の計画では首を一撃で沈める事によって警察に刃物による犯行だと先入観を持たせ、
真実から遠ざけるつもりだったんでしょう。
つまり実際には被害者を斬ったのは刃物なんかじゃ無かった、もっと別の物です」
淡々と推理を述べている彼に周りの、俺も含めての人間は彼に畏怖した。
「ちょっと待って仲井君! それじゃあ香を殺した本当の凶器とは何なんだい」
もっともな疑問を抱く彼に、仲井君は人差し指を口の前に持ってきて「静かに」のジェスチャーを
送って星見君の安眠を守った。 その後
「その問題を解くヒントはさっき言った11個の中にあります」
「え?さっきの」
・・・閃いた!
「・・・⑦の細い何かか!」
被害者の血痕が付着していて尚且つ鋭利な物と言えば、必然的にそうなる。
「正解です」
「え、ちょっと待って下さい!」
「だから静かに」
「す、すみません」
また顔をしかめた仲井君に怯えながら質問をする秋場さん、 俺も気をつけないと。
「あの形状はまるで糸みたいじゃないですか? と言う事はつまり」
ここにいる全員が彼の言おうとしている事に戸惑い、そして
「ハイ、つまり南香を殺した本当の凶器はミステリーではおなじみの・・・」
その答えは俺達に驚きをもたらす。
「ピアノ線です」
ピアノ線・・・A種、B種、V種の3種類があり、その高度は通常の糸の何倍もある。
各種大型の道具のばねの部品として使われている。
参考:www.kagaspring.com
「・・・ピアノ線? ピアノ線が香を殺した本当の凶器だって言うのかい?」
「ハイ、間違いありません」
彼がこちらをまっすぐ見つめ断言する。 どうやら冗談ではなさそうだ。
「・・・馬鹿馬鹿しい、 本当にそんな物が凶器として使えると思っているんだったら失望したよ。
断言しよう、それは有り得ない」
秋場さんが予想外の答えに怒りが籠った苛立ちで否定した。
「何故?」
そんな彼を特に怯えも驚いた素振りも見せずにしっかり聞き返す。
「何故って・・・あんまり大人を怒らせるなよ、こっちは恋人も失って気が立ってんだ」
平常時は丁寧口調だが今はそれが崩れ、顔も赤くなり始めた。
ま、まずい。 長年大人として、警察官としてやってきた俺の直感がそう告げた。
「解らないなら教えてやるよ! そんな物は漫画や小説の中でしか通用しねーんダよ!!」
今まで溜まっていた水がダムの決壊と共に一気に外へ流れたかのように、
彼の怒りも理性という容れ物から流れ出した。
その声と気迫に周りの捜査官達は動揺せずにはいられなかった。
「ピアノ線の硬度は確かに高い、だが!!」
そこで一呼吸おいてまた怒鳴り出す。
「その殺傷力はそこらに売ってる包丁なんかよりも全然低い、人を殺す事なんて出来やしねー!!
それともその糸を首に巻き付けて手で引いて切断するか!? 確かにそれなら場所なんか気にせず殺れるし証拠隠滅も捗るが、考えが甘ーんだよ!」
「秋場さん、落ち着いて下さい!」
何人かの警察官と一緒になって彼を治めようとするが、彼の怒りは沈まらない。
怒りを向けられている本人も、先程の落ち着きが消えて今は星見君を起こすまいと耳を塞いだり頭を撫でたりと大忙しである。
「最も問題なのは時間だ!」
そんな態度の彼に更に怒りが増したのか、また声を大きくして怒鳴る。
「人を殺るには糸に力を込めてから何分もの時間を用する、その間に俺や周りの人間、当の香がそれに気付かないとでも思ってるのか!? そんなの有り得るわけ無いだろ!!」
どんどん声を荒げる秋場さんの声は、苛立った彼の一言でMAXに達する。
「秋場さん五月蠅いです、もうこれ以上言わせないでください」
「何・・・!?」
現場が完全に凍りついた。
「ふざけるな!! そもそもお前の推理に無理が有るからこうやって指摘しt」
第一声を放つ前に仲井君は歩を進め、激情して警察に抑えられている秋場さんの前に立つ。
そして
「ッガァ!!?」
次の瞬間、聞こえたのはとても奇妙な嗚咽。
一瞬何が起きたのか分からなかったがその直後にそれまで必死に抑えていた彼の力が抜け、
ドサッ、という重い物が落ちたような音と振動が伝わった。
状況反射で周囲を確かめた。 すると
「ッ・・・ァ、ゥ、カハッ!」
土下座するかのように床に蹲り苦しげに呼吸する秋場さんの姿があった。
「黙れって言ってるのが聞こえないのかな」
その声で放心状態から戻り、原因となった人物を見ると・・・
「体の軸、つまり胸や腹といった頭の上から股に至るラインは人間の弱点となる。
そのためほとんどの格闘技はここの攻撃や防御に対応するように作られているし、あるいはルールで規制したりと尽力している」
床に這いつくばる彼を、まるでゴミを見るかの様な冷たい眼でその惨劇を眺めていた。
その姿は陰、いや闇が纏ったように深かった。
「その中で最も効果があるのが首だ。」
そして尚も喋り続ける彼に、口をはさめる者はいなかった。
「首は体と頭を繋ぐ重要な器官であり、背骨や声帯のような壊れたら命に関わる部位も扱っている。
だから例え四肢や背中になんら影響の無い衝撃だったとしても、首にくらえば命を落とす事だって有り得る。
今の様に変哲もない張り手でも、大の大人を沈めるに至っているのが良い見本だな」
その言葉を聞いた瞬間、彼が秋場さんに何をしたか理解せずにはいられなかった。
「な、仲井君、君、なんて事を!」
「・・・何か問題あるか?」
「!」
彼の意識がこちらに向いた瞬間、息が出来ない。それに反する様に汗はあらゆる汗腺から吹き出し、
心臓は騒がしく動き続ける。
最初に感じていた凄みのオーラとは似てるが、違う。
今感じているのは、ただの殺気。 ゆえに恐怖せずにはいられなかった。
「僕はさっきから注意を促していた。にも関わらず大声で怒鳴りつけてきたコイツの方に非があるのは確かだ、怒られる筋合いは無い。」
「いや、しかし」
「おまけに推理の途中でこっちの話も聞かず勝手に怒るような奴は、こうでもしないと止められそうに無かったんだよ。 だから喉をやってしばらく喋れないようにしといた」
話を聞かないという点では君も似たような者だけど、なんて事を言ったら何されるか分からなかったから黙っておいた。
「おい、よく聞け」
また意識を秋場さんに向けて喋り出した。
「さっきのお前の疑問、あれは正しい。あんな短時間でぶった斬れるわけない。
それにもし首に異常が感じられた場合、今のお前みたいに醜く床に這いつくばっている筈だ」
なら何故、と言いたげな秋場さんの問いに答えるべくまた口を開いた。
「でも僕が言ったのはあくまで凶器が何だったのかという所までだ。
どうやって殺したのかはその後で説明するつもりだった、なのにお前がキレて時間を延ばした。
言ったよね、早く終わらせたいって」
その場で喋る事が許されるのは彼だけ、そんな絶対王政の雰囲気のまま話は進んでいく。
とそこで、彼がとんでもない事を口にした。
「そんなに早く謎が知りたいならさぁ、いっそお前が被害者役になれよ」
その発言が何を意味しているのか、この場にいるほとんどが理解し、動揺した。
当の本人にもその意味が伝わった。
「!」
「だってさ、その方が効率的なんだよ。 わざわざこうして口で説明するよりも早くて分かり易いから。
『百聞は一見に如かず』なんてことわざが有るけどさ、その通りなんだよ。いくら僕が迅速かつ丁寧に説明しても実際にやった方が理解と時間が得られる。
だからさ、ね?」
ね?と微笑を浮かべているが、その目は相変わらず獅子さえ怯みそうな眼をしている。
「君の思い人と同じ死に方が出来るんだ、これ以上の喜びは無いだろ?」
最早殺す事を前提として語りかけてくる彼に、秋場さんは何も言えず委縮している。
「 それが嫌なら黙って僕の言う事聞いてろ、いいな」
「!」
急に出された助け船にさっきとは別の意味で驚いた様子でいた秋場さんだったが、本能でヤバいと思ったようでまだ喋る事が叶わない首を必死に動かしてその要求に応じる。
「よし、時間が惜しいんだ。 さっそぐううぅっ!!?」
「!?」
次から次へと変化する現場に誰もがついていけなかった。
特に、今までこの空間を従えていた仲井君が突然上げた嗚咽にはその場の全員を仰天させるほどの効果が有った。 そしてすぐに彼を苦しめていた人物が誰か分かった。
それが仲井君があんなに豹変するきっかけとなった
「むううぅぅぅぅぅ~~~~~」ギュウゥゥゥ
めちゃ怒な星見君だった。
「こ、小春待ったぅぁ~~!」
そんな彼の願いも虚しく終わることとなる。
「うぅぐぇぇぇ~」
やばい、いしきがもろぅとすてき・・・た
「ふう、よいしょっと」
「くはぁぁぁーーー!!」
腕に込めていた力が抜け、肺はようやく酸素を迎える事が出来た。 まだ首がヒリヒリするけど。
首にあった柔らかな感触も相まって、僕の顔は見ずとも緋色だと分かる。
「ハア、ハア」
「お、おい仲井君、無事か?」
僕を気遣って二林さんと周りの捜査官が駆け寄って来る。秋場は普段の状態を取り戻しつつあったが、まだ僕を恐れて警戒と恐怖の混じった目でこっちを見ていた。
「えぇ、 なんとか」
まだ言葉を発するべきではないと判断したのか、「そうか」と言うと背を背を向けてその場を去った。
それと入れ替わるように小春が、座っている僕と同じ高さまで顔を合わせ、
そのままお互いの鼻先が5㎝程しかない距離で顔を近づけた。
「!」///
当然そんな事をされたら、年頃の男は顔を真っ赤に染めてしまうだろう。それはもちろん僕にも当てはまる事なので目をそらす事をせず小春を見つめる。
「」じぃぃーーーーーー
と、さっき目覚めたにも関わらず真剣な眼差しで見つめる小春からは、何かを心配する様な不安な表情が窺える。
あぁそっか、小春には敵わないな。
彼女の気持ちを汲み取った僕は素直に称賛した。
「誠君の背中ってね、いつも温かくて優しくて、私でも安心して眠れるんだ」
距離と視線を残したまま、小春が口を開いた。
「小学校からの慣れ っていうのかな、う~ん、そこら辺はよく分からないけど
とにかく眠ってても誠君の感情ってね、なんとなく分かるんだよね」
「!!!」
ちょっと待って。 何それ初めて聞いた。
もしかしてそれも彼女の能力の一環なのか、という僕の思考を待たずして小春の話は続く。
「と言うよりね、誠君が悲しんだり怒ってる時なんかは何だか夢見が悪くなるって言うのが正しいのな?
今回だって途中から大きな声とか慌ただしい音とか聞こえてきたけどさ、一番の原因は誠君が起こった事なんだよね」
『・・・』
彼女の演説に入ると、誰も何も言えずにその奇怪な現象に聴き入る。
僕だって意外な新事実に驚いている。
「秋場さんは彼女を失って悲しいんだからさ、誠君が慰めに入るのが良いんだよ」
「でも」
「でも、じゃないよ。 返事はハイしか受け付けてないんだからね」
怒っている時の、頬が膨らんでいる表情を魅せられたからには、もう僕の答えは一つしかなかった。
「・・・・・・ハイ」
渋々、といった感じの雰囲気しか漂ってない言い方でも、小春は満足そうに微笑んで僕の頭を撫でた。
あぁ、やっぱりこの子には敵いそうにもないや。
再び顔に熱が帯びるのを感じながら、ゆっくりと立ち上がり推理の再開をしようとする。
しかし
「今度また怒ったら、もう一緒に夜寝てあげないからね!」
途端に辺りが騒がしくなる。 やっぱり小春には敵わない。
今度は羞恥が入った赤で顔をリンゴにされる。
推理の前に誤解を解かなくては。
「じゃ、じゃあ推理を再開します」///
未だ顔の熱が消えない仲井君が、必死になって話を戻そうとするのが俺にも分かる。
あの後誤解解くのに結構苦労したようだ。
ちなみに小春君は、また仲井君が何かしないように起きているそうだ
「ふわぁぁぁ~~」
まだ眠いようだが。
「」ヮィヮィ
店の外(と言っても仕切りが無いのだが)が騒がしくなってきた。
さっきまではここに首なし死体があったから野次馬が来なかったが、今はそれが無いので興味本位で群がってきたようだ。
まったく、人間ってのは何でこんなにも上手く出来てんのかね。
と思う俺の悲観をよそに、仲井君は喋り出す。
「じゃあさっき秋場が言ってた事を確認しながら、本当の殺害方法を解決しようか」
「誠君」
「ご、ごめんごめん口が悪かったね。 ふぁからふぉんあに怒んらいで~!」
再びむっとする彼女に頬をつねられる、眼は普段通りなのでもう大丈夫そうだな。
「ふう、 まずはピアノ線を使う上での問題点を振り返っておきますか」
頬づねりと羞恥の熱でだいぶ熱そうだ。
問題点その1 時間
「これは先程彼から説明があった通り、人の首を斬り落とすには時間がかかる。しかし南香さんは一瞬で
絶命した、この時点で矛盾が生じてしまう。 ここまでは良いですね、皆さん」
誰もが彼の言った事に頷く。
「そしてもう一つ。 決して見落としてはならないのが有ります」
「え? それって・・・」
問題点その2 手の防具
「これはどういう」
「皆さんは、例えば犯人が手動で被害者の首を千切ったとして、どうやって持っていたと思いますか」
「『どうやって』って言われてもな」
「・・・質問の仕方が悪かったですね、良い方を変えます。
犯人が被害者の首を絞めていたとして、ピアノ線を『どのとうに』持っていたのだと思いますか?」
「どのように?」
彼の言わんとする事がまだ理解できない俺らに、やれやれという溜息をつきながら説明する
「例えばの話ですが、自分が他者の首を拘束して殺すとしましょう。
その時、皆さんなら凶器を『どうやって』持ちますか?
縄の先端を持ってそのまま被害者を絞殺しますか」
「いや、それだと絞めている時に縄が滑って力が入らないから、普通は縄の先端を自分の手に巻き付けるなどしてから絞殺に至る」
何人かの捜査員たちが俺の言った事に頷きながら賛同してくれた。
「そうです、中途半端な絞殺は更に時間が掛かりますし、それにターゲットに逃げられるリスクも高くなる。 それは今回の様なピアノ線でも同じ事が言える筈です。」
「そうだな」
「では今回の犯人もピアノ線を手に巻き付けて被害者を殺したのでしょうか、 いや、それは有り得ないのです」
「え、何でだい?」
ようやく喋られるようになった秋場さんが、恐る恐る質問した。
「また先程の縄に置き換えて考えてみましょう。 首を斬り落とす・・・事は出来ないですが、絞殺した
後、犯人の手はどうなりますか、二林さん」
「そんなもの、手に縄の跡がついて・・・・・・ってあれ?」
実際にやらなくても、犯人の手がどのようになるか見えてきた気がする。
「そう、縄の跡が犯人の手にくっきりと残ってしまうんですよ」
「あぁそっか、成程ね」
彼の言おうとする事に最初に辿り着いたのは、警察の誰でもなく星見君だった。
「被害者の首を絞めるにしても、ピアノ線で首を落としちゃうにしても、
犯人の手には被害者を殺した時と同じ力の跡が残っちゃう・・・そう言う事でしょ、誠君」
賛同を求め、愛おしげな目で頷く彼に見守られながら小春君の推理は続く。
「でも、今回のケースでは被害者は首を斬られるまでの圧力をかけられて殺されている。
仮にそれとおんなじ力が犯人の手にもかかったら・・・」
その言葉にその場の全員がハッと気付いた。
「犯人の手は無事ではいられない・・・!」
そうだ、よく考えれば分かる事だ。 仮に犯人が鍋つかみを履いていたとしても、人体を切断する程の力が
かかればいくら重ねたところで大きな傷跡、最悪手そのものが斬れる可能性だってある。
そんなリスクを犯してまで彼女を殺しはしないだろう。
「そういう事だね」
彼女はニコリと微笑む事はせず
「つまり、『時間』と『線条痕』、この2つを同時にクリアするには手動じゃ無理なんだよ」
これまでのまとめを言い放った。
「しかし、それじゃあ犯人は一体どうやって香を」
「あれ、まだ分かんない? 今の2つは絞殺での犯行を否定するのと同時に、本当の殺害方法を示す大ヒントに成るんだけどなー」
『え!?』
人差し指を顎に当てて推理する姿は仲井君に重なるものが有る。(彼に比べてだいぶ幼く見えるが)
やはり星見君は仲井君の事が本当に好きなんだな。 思わず笑みがこぼれる。
「ここまでで分かった事をふまえるとさ、犯行には何か道具を使ったって事だよね?」
「まあ、そうなるな」
そこまでいって俺の頭の中にはさっきの11個の証拠品があった。
あの中でピアノ線と並行に犯行に使われた物といえば、 ・・・! まさか⑪のつr
「釣り竿屋の釣り竿と深い傷があった柱と壁の一部だった金色の突起なんじゃないかな?」
その少女は、ここにいる(仲井誠君以外の)全員の予想を大いに裏切る解答をした。
「ほ、星見君、済まないがもう一度だけ言ってくれないか? いきなりで全部覚えられなかったんだけど」
警部さんが訳が分からないといった様子であくびする彼女に尋ねた。
「あ~、そうだね。 ちょっと分かりずらかったと思うから次は間空けて喋るね」
そう言うと、自分の右手を前に出して、自身で確かめるためにその指を曲げていった。
「え~と、
釣り竿屋の釣り竿でしょ? あとは
深い傷があったここの柱に、
テーブルの近くの壁にあった金属の何か、
じゃないのかなー?」
今度は間を空けすぎたせいで聞きずらかったが、それでも彼女の言った事は理解できた。
だが、そんな事・・・有り得ない! 内心の動揺を抑える事が出来ない。
「そ、そんなに多いのか!?」
「どうだろうね、私はまだ謎が全部分かってないから。 どう?誠君」
「うん、正解だよ」
例によって頭を撫でられる彼女はとても嬉しそうに微笑んでいる。
その様子はまるで子猫を相手にしている様だ。
ふと、南と自分を彼女達に合わせた。 だが、違う。 私達はあんなに幸せでは無かった。
「じゃあその3つを使って犯人がどうやって被害者を殺したかは分かる?」
少し考えている可愛らしいが、どうやら分からなかったようだ。
「じゃあ何で小春がこれらを思いついたのか言ってみて」
「う~んとね、さっき言ったようにさ、ピアノ線を使ったんだとしたら、使われたものはかなりの圧力を受けたんだよね?
そうしたらね、柱と突起が思いついて・・・糸を使った道具って言ったらもう釣り竿しかないのかな~と思って」
手で絞殺せないと解った段階でここまで展開させられる彼女もなかなかの探偵だな、なんて思って彼女らに舌を巻く。
「うん、良いね。 これで大体の下準備ができたかな。
じゃあようやく、それらを使って南香を殺害した方法を解決していきますね」
その言葉を聞いた瞬間、汗がじんわりと込み上げてきた。 遂に始まるのか。
「ではまず皆さんが一番気になっている所から始めますか」
「その3つの活用方法についてか?」
「ハイ、ではまず一番重要な釣り竿から説明します」
「これについては先程から問題となっている『時間』と『線条痕』を一気に解決してくれます」
「何!? 釣り竿だけでか!?」
「そもそも『線条痕』については釣り竿というワードが出てきた時点で感づいた方もいるんじゃないですか?」
その事に何人かの捜査官達が、頷いたりお互いの顔を見合ったりしていた。
「ではまず皆さんに問題です。 この釣り竿をどのようにして殺害に役立てたのでしょうか。
ざっくりとで良いので誰か答えてください」
「・・・あ、あの」
「はい、ではそこの人」
戸惑いながらも慎重に答えていく。
「まさかとは思うんですけど、その・・・
ピアノ線を釣り糸の代わりとして凶器にした、とか」
その非現実的すぎる想像に、仲井君と星見君を除く全員が驚きの声を上げる。
しかし
「ま、かなりざっくりに言うとそんな感じかな。 正解です」
「え? 今ので良いのか!?」
「もちろんこれだけでは殺害なんて不可能なので、その他に必要なものは説明していきます。
でも釣り竿を凶器の一部と仮定すると、犯人の手に負荷はかからない。時間については追々(おいおい)
語っていきます」
「そ、それはそうかもしれないが」
分からないと困惑する警部さんを宥めながらも、ハッキリとした受け答えをする。
先程の私の二の舞になるのを恐れてか、それ以上の詮索はしない。
「では次に、被害者が死ぬ直前の状況を振り返ってみますね。
ここで最も重要となってくるのが⑥と⑧の、柱と金色の突起です」
「あ、その前に聴いておきたいんだけどさ、その突起っていったい何なの?」
「深い意味は無くて、ただ単にインテリアとして壁にあるだけらしいですよ」
インテリアにそのチョイスはどうかと思うが、これ以上考えても何も出ないのでやめておく。
「では話を元に戻します。そもそも釣り竿にピアノ線を仕込んだとして、一番の問題は5階からどうやって3階のこの店で犯行に至ったのか、だと思います」
「そうだな」
「そこで問題その2です」
「え、また!?」
「南香さんが殺害される前、釣り竿に繋がれたピアノ線はどういう状態だったんだと思いますか」
「どういう状態って言われても」
「ヒントはさっき言った柱と突起です。 それとそれぞれの位置関係を把握しておいてください」
「ん、それはどういう事だ?」
「後で教えますから今は問いに答えてください」
多少言いたい事がある様だが、今は投げかけられた問題に専念するみたいだ。
事件直前の状況
壁----突起-------ー
| 南香〇秋場翔
|
柱
--------------
通路
ーーーーーーーーーーーーーー
吹き抜け
5階~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~5階
釣り竿専門店
「とまあこれが今確認できる全てかな」
「ねえねえ誠君」
「ん、何?」
「柱の傷はピアノ線によるものだよね? ついでに突起も」
「何! そうなのか!?」
「・・・それに気付いたって事はもう事件の全貌が見えたんじゃない?」
「ん~、まあ何となくだけど」
「そ、それは本当かい!?」
もう気付いたってのか!? 有り得ない、何なんだあの子達は!
「じゃあ小春、まずは問題に答えてみてよ。 事件の直前、糸はどういう状態だったのかを」
口ではそう言ってるが、その眼は彼女の答えが正解だと確信している。むしろあれは彼女を通してこの場の全員に答え合わせを要求している様な態度だ。
「任せて、自信はある・・・と思うよ」
「はは、頼むよ?」
もはや彼等にとってこの事件は解決したのと同じ扱いのようだ。その表情からは不安が微塵も感じられないのだから。
「あの、そろそろ教えてもらっていいか?」
「うん、分かったよ」
そうして再び彼女の推理劇幕を上げた。
「まずさっきの答えだけどね、私は糸が固定されていたんだと思うよ」
「固定って、もしかして」
「この店の柱、つまりあの何か細いもので傷つけられた跡がそうだよ」
「じゃあ、この柱の傷は5階の釣り竿から伸びたピアノ線が巻き付けられてできたものって事か?」
「うん、そうなるね」
!? まずい!
「しかしそれがどのようにして南香さん殺害の犯行に繋がるんだ?」
「柱だけじゃ不十分なんだよ、そこにあの突起があって初めて意味を成すんだよ」
ここでそれも出てくるのか!
「そもそもさ、どうしてあの突起は真っ二つになってたんだと思う? 老朽化な訳ないもんね」
「さっき君自身が言ってたろ、あれもピアノ線のせいだって」
「え?」
そこから少し考えて
「ああ、そうだったね。 私が言ったんだ」
もう忘れたのか? 案外大丈夫・・・そうでもないな
「小春はいつもこんな感じなんです。 気にしないでやってください」
「気にすんなって言われてもな」
ホント天然だな、この子。
「それで、ピアノ線で傷つけられた柱と真っ二つの突起からさ、なにか分かんない?」
「・・・・・・要は5階の釣り竿とこの2つは繋がれてたって事だろ? でもその後が分かんねえんだ」
「鍵になるのはその順番なんだよ。 二林さん、ピアノ線はどんな流れで繋がってると思う?」
「えっと・・・まず釣り竿に繋がれた糸が吹き抜けになっているフロアを横切って、それから多分この突起に通されたんじゃないか?で最後にそこの柱に巻かれたってところか」
「うん、私もそうだと思う。 最後に突起に結ばれちゃったら壁に全ての力を持ってかれちゃうから意味がないからね」
「でも、この順番になんの意味があるんだ? まだ解らないぞ」
その言葉に皺のない眉間を寄せて考える星見さん。
「う~ん、そっかまだ分かんないか」
彼女の想いに反して未だ謎が解けない警察にどうやって説明すべきか考えているのだ。
そんな時に助けを出したのが、やはり彼である。
「じゃあここからは僕が説明するよ」
「一つ、二林さんに聞きたい事が有るんですが」
「俺か? 答えられる範囲でなら何でも聞いてくれ」
その言葉に頷く彼から、俺を試す様な問題が来た。
「今回の事件において、そこにある金色の突起は何の役割をしていたと思いますか?」
「突起の・・・役割?」
彼等の考えている事は俺達大人の数歩先を行っている。 ここでは彼らが支配しているので、ここの主に従うよう、自分の考えを素直に伝える。
「そりゃあ、多分・・・柱への負担を少しでも和らげるための補助剤、みたいな意味が有ったんじゃないか?」
「違います。 実際柱はボロボロですし、この突起も壊れているので仮にその意味が有っても役割を果たしていません」
正論を叩きつけられ、立つ瀬がない俺に構うことなく話は進んでいく。
「僕が思うにこれには力を他に逃がさないための、いわゆる『ストッパー』の役割があったんだと思います」
「ストッパー?」
「ピアノ線が釣り竿の働きにより、時間が経つにつれて徐々に力を付けていったのはもう分かりますよね」
「ああ。 だけどそれに何の意味があるんだ? お前が言った通りこれがストッパーだったとして、
そのストッパーは無残に壊されている。 これじゃあ本来の役割を果たしてねーぞ?」
「むしろ壊す事に意味があるんだとしたら?」
「ハ? 何言ってんだ」
「だから、その『ストッパーの破壊が元々計画の段階に入れられた』としたらって言ってるんです」
わざわざ力を制御するための物を壊す、この行為が何を引き起こすのか、今の俺にはさっぱり理解できなかった。
「僕の言葉をそのままの意味で捉えてはいけませんよ」
混乱する俺の疑問を払拭するため、また彼に助けられる。
「この物体に与えられた役割は『力の貯蓄』であって制御ではありません」
「?」
「さっき言った時間の経過と共に力を付けていくピアノ線には、こんなぶっとい金属の塊を切断できるだけの破壊力が蓄えられる。
例えば水を蓄える働きをするダムが有ったとして、そのダムが水の圧力に耐えられず決壊してしまった場合、本来流れる水力とは比べ物にならない。 その威力は幾つかの町や村を壊滅に追いやるまでの力を持ってしまう。
今回起こったのもそれと全く同じ事です」
誰も何も言わず、音もたてず、彼の話に全神経を傾けた。
『もし彼女が座る席にさっき言った仕掛けが施されていて、彼女が座った瞬間から5階の釣り竿により糸が張っていく。 それにストッパーとしてこのインテリアがピアノ線の威力を蓄えていく役割をするとしたら、そのインテリアにも必ず限界が来る。
そして遂に圧力が限界に差し掛かって、その物体が破壊される時、柱も壊れるわけないので糸は竿と壁をまっすぐに張ろうと『力を持ったまま』南香さんの首に向かって行くとしたら』
「「!!!」」
その時になって、ようやく彼らが我々に教えようとしていた事が理解できた。
「首は人体の中で四肢の次に細く、最も致命傷となる個所です。
そんなところに刀ばりの圧力を持つピアノ線で襲われたら、誰も生き延びられませんよ」
事件直前の現場
壁---突起-------ー
^
/ 南香\〇秋場翔
/ \
柱 \
ーーーーーーーーーーーーーー
通路 \
ーーーーーーーーーーーーーー
\
吹き抜け \←ピアノ線
\
5階~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
釣り竿専門店
|
|
|
↓
事件直後の現場
(破損した)
壁---突起-------ー
南香〇秋場翔
(死体)
柱
--\------------
通路 \ ←元に戻ろうとする糸が彼女の首を切断
ーーーー\ーーーーーーーーーー
\
吹き抜け
\
5階~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
釣竿専門店
「これが事件の大体の全貌です」
「そ、そんな事が・・・」
「可能なのか」と聞こうとしたが、他の可能性とそれを裏付ける証拠が無いので
これが真実なのだろう。
「あの、それで結局香を殺したのは誰なんですか!」
犯行が分かって興奮が抑えられないのか、やけに気が立ってる彼を、仲井君は
何も言わずジッと見る。
「! な、何ですか?」
「いえ、何も」
そんな短いやりとりで何があったのかは、この時の俺はまだ知らない。
「あのー」
「何ですか?」
声をかけたのは捜査官の一人だった。
「犯人も気になるのですが、その前に今の話、証拠ってあるんですか? あ、いえ、別に疑ってるって訳じゃないんですけど、やはり警察は『論より証拠』と
言われるぐらいの事を心掛けているので、その・・・今は不確かな状況推理なのでそれを証明できる根拠が欲しいのですが」
仲井君の雰囲気に押され見るからにビビっている彼だったが、その言い分はもっともだ。 自分の推理を『不確か』と言われて怒ってなきゃ良いけど。
「・・・あなたの話、普段なら刑事として失格ですが、今回は違うみたいなので
その要求を受け入れましょう」
「ん? 違うって、なんだ?」
「それで良いですか、秋場さん」
「ハ、ハイ。 そちらが満足頂けるのであれば」
ッ無視かよ! 最近の学生はマナーがなってないと叱ってやろうと思ったが、そこは大人の意地。 我慢してやろう。
・・・決して怖いからとかじゃないからな。
「では話がまとまったので先に証拠提示からいきますか」
「と言っても、大方の証拠はもう推理の中で話しちゃったんですけどね」
「・・・柱の傷、そしてインテリアの破損の事だろう」
「まあ、捜査で眼に見えている物と言えばそれくらいでしょうね」
その言い方が引っ掛かった。
「まだ何か有るってのか?」
「ええまぁ、あと6つほど」
「む、6つぅぅ!?」
予想外の多さに柄にもなく焦ってしまった。 危ない危ない。
「少し別の見方で考えてみましょうか。一つの視点で深く掘り下げてっても、展開するのが限界になる場合が多いので」
「別の視点って?」
「皆さんが疑問に思っていた『時間』に関わる事です」
『時間』 そうだ、まだそれが曖昧なままだった。
「『線条痕』についての疑問はもう良いですよね?」
「ああ」
「だったら早速次に行きます。 今し方僕が言った『力の貯蓄』ですが、これは何のために行われていたかは解りますか?」
5秒程の静寂。 その後
「・・・被害者の首を一撃で斬り落とすため、だよな?」
俺の顔を伺うなどしてから「その通りです」という正解が送られた。
「『力の貯蓄』、これが意味するのはまさに一撃必殺の為の準備です。 では次に、
その力の混入はいつ頃から行われていたと思いますか」
「は? いつから?」
「だってまず動作を行う事からしないと溜めておくこともできませんよ」
それもそうだな。 納得して思考を張り巡らす。
すると
「! 被害者が着席した時からか!」
その言葉を聞いて今度はすぐさま頷く。
「ええ。 このトリックに必要な事の中で、最も重要なのが
『被害者があの席に座り続ける事』。
事件直前のピアノ線は、彼女の体の周りでⅤ字になってなければなりません。
しかし仮にそれが彼女が椅子に座る前、つまり来店した時から張られていては、すぐに勘付かれてしまう」
「それを防ぐには彼女が座った後でなければいけないという事か」
成程なるほど、ピアノ線は被害者が席に着いてから行われたのか。
納得しかけたが、根本的な事に気付く。
「でも、この話と事件の証拠が何の関係にあるんだ?」
そうだ、そもそもこれは彼の推理を裏付けするためのものなのだ。
それなのに語られているのは新たな事実のみ。 勿論それも大事だが、今は彼の言う4つの証拠を聞きたい。
「ここまで話した内容を振り返ってみて、それを元に少し頭を働かせればきっと見えてくるものがある筈です。」
そう言われても、何に視点を置いたら良いのかが俺達には解らないんだ。
そんな状況を見越してか、星見君が話しかけてくれた。
「ねえ、二林さん」
「ん、何だい?」
「被害者が席に着いてから死に至る瞬間まで何分ぐらいだって聞いてる?」
何故今それを聞くのか解らなかったが、とりあえず答えた。
「確か、5分位だったかと思うけど」
これは秋場さんから聞いたから彼に聞けば良いと思うけど。
「そこから犯人はピアノ線が繋がれた釣り竿をずっと巻いてなきゃいけないんでしょ?」
「あ、ああ!!?」
そこでようやく犯人が残した決定的な証拠に気付いた。
てか馬鹿か、俺は!! こんなのそこらの素人にだって解るわ!
そんな自虐的な俺を知ってか知らずか、話はまだ続く。
仲井君の補正によって
「でも犯人が5分間ずっと手動の竿で行動を起こしていたとは考えづらい。
おそらく海釣りなどで使われる電動の物を使ったのでしょう。そちらの方が力もいらず早く済むし、周りに目立ちにくい。現にさっき僕たちが見に行った時も、川釣りなどの竿を求めた客はちらほら居ましたが、海釣りを求めている人は皆無でした」
それもそうだろう。
ここは都会の真ん中、港町でもあるまいし漁師が立ち寄るなんて事はないし、まして趣味で買い求める者なんてそもそも居るのだろうか?
「おそらく何らかの手段で電動リールに電気を流し、自分は万が一に備えて周囲を監視。 犯行後はばれないように糸を切断して5階のその店を事件と関わっていないようにしたのでしょう」
「え? 事件の時犯人が行ったのってこれだけかい?」
電気を流して糸を切る以外に何にもしていない。
「犯行前後の行いはこれだけですが、準備の段階では柱にピアノ線を巻き付けてインテリアに通し、それを5階の電動リールに繋げたんですからかなり奇妙な行動をしていたと思いますよ」
やや微笑を浮かべる探偵は、そこらのアイドルなんかよりもずっと輝いていた。
「じゃあ5階の電動リールに電気を流した者と、事件の前にこの店でおかしな行動を起こしていた者が一緒だったら、そいつが犯人なんだね」
「え? ええまぁ、そうなる・・・んでしょうね」
先程の輝きが一瞬で曇って、こちらから目をそらして何かを言いたげにしどろもどろになる仲井君。
「何か違ってたか?」
ここまで完璧に推理してた彼が何か焦る?様な挙動をしていたので、俺の考えが間違っていると思ったが、そうではなく何か隠している様子だった。
「・・・仲井君、隠してる事があるなら言ってくれ。 これは殺人事件なんだ。
人の命が関わる、だから遠慮せずに言ってくれ」
「何の事ですか? 言ったでしょう、僕は早く帰りたいと。
仮に僕が隠し事をしているとしても、それは事件には関係のない事です。わざわざ時間を取らせるほどの事ではないと判断したからこその行動だと捉えてください。
だから早く真相言って帰らしてください」
今の焦りはどこへやら。 すっかり輝きを戻した彼は減らず口を叩いて華麗に俺の質問を横道に逸らした。
だが彼に隠し事が有るのは確かだ、そればかりは経験で積み上げた勘を欺く事は出来ない。
「2つ目の証拠は、この建物の特徴です」
「この建物の構造・・・」
それを聞いた瞬間、ほとんどのものがその言葉を理解していた。
事件の前に明かされた11個の事件の鍵。
彼の推理によって辿り着いた真相。
それに建物の特徴と言えば、答えは一つしかない。
「ここ(ショッピングモール全体)に仕切りが無いこと、だろ」
「そうです」
前にこんなささいな事が事件に関係あるのかと疑問を持ったが、今はそれが指す
意味がキチンと理解できる。 いや、『今だからこそ』、か
「さっきのお前の推理を聞いていて普通にスルーしてたが、よく考えりゃそれって他では出来ない事だよな。仕切りがあったらそもそもピアノ線を延ばして使うって云う事すら断念せざるをえないし」
確認の為に彼の方を見たが
「・・・でもそれだけですか? 他にもこの建物でないと殺害を行えない理由はあと4つ有るんですよ」
腕を組んで俺を試す様な視線を向けている。
まさか俺にここに出てきてない残り4つの証拠を全て言えってのか?
いいだろう、年下にこれ以上醜態をさらす様な真似事は出来ない。
俺が完全に事件を把握したのを見破っての発言か。
どうせ辞めるにしてもしっかり警察の株を上げとかなきゃな。
「このトリックに必要な残りの要素。
3階以上の階数
ターゲットより上の階に電動リールが有る事
ピアノ線を留めておくための柱とストッパー そして
ターゲットを殺害する店に他を遮断するための仕切りが無い事
この4つだ」
俺が思いつく限りの証拠を挙げた。ジッとこちらを見つめ、少し口角を上げて
「そうです。それがこの建物内で殺害した、いや、殺害を行えた理由です」
「どうですか? 今の僕に説明できることは全て話しました。
これでもまだ納得できないと言うのであればさっき二林さんが言っていたように釣り竿店の監視カメラを見て頂けた方が手っ取り早いですよ。
まさか犯人もこの喫茶店から斜め上に設けられた処刑場に警察が押し掛ける事なんて思っても無かったでしょうから、案外しっかり映っちゃてるかもしれませんよ?
流石に一般人が監視下カメラを見せろなんて言ってもそんな事通るなんて思ってないですから確認はしてませんが」
自分の立場が低い事が残念なのか、ハァと溜め息をつく彼とは真逆に
こちらはそれまで静寂を保っていたのが嘘のようにわぁっと大勢の警察官、もとい検察官が息を吹き返した。
俺たちがこれから行う事は決まったので早速目的地に向かおうとするが
「ちょっと待った」
呼び止めたのは他でもない、仲井君だった。
「どうした? まだ何かあるのか」
見ると無言で何かを訴えたい様子だった。
「・・・・・・」ジーーー
訳も分からず固まってしまうが、肩を誰かに叩かれた。
「あれ」
肩を叩いた正体は星見君だった。
そして何かを指さしてそれを目で追うと、仲井君が何を言いたいのか理解した。
「あー、 ハイハイあれを退かせばいいのか」
見た先に居たのは円形の廊下の反対側をびっちりと埋め尽くすほどの
人 ひと ヒト
「遺体と血を片付けちまったのが仇になったな。
あれには一種の魔除け対策みてーな効果が有ったからな」
面倒になるので秋場の耳には入らないようにそっと耳打ちした。
「早くしてください。 アレを退かすのは警察の仕事でしょう」
今の状況が気に入らないのでムッと顔をしかめるが、その名探偵にはやはりとも云うべきか若干の幼さが見える。
「ヘイへイ、分かりましたよ」
憎まれ口を叩きながら全体に指示してここのモニタールームまでの道を拓いていく。
「うし、 目当ては5階の釣り竿専門店、その中の海釣りコーナー
時間は南香(被害者)が席に座ってからだ。全員見落とすなよ!」
と云ってもこれだけ範囲が狭められているのならすぐに見つかる。
気になるのは・・・
「お前ら帰らなくて良いのか?」
この場に居る新米(?)夫婦だ。 確か早く帰りたいと言っていたが。
「何を言ってるんですか。 犯人が誰かも分からずに帰れる訳ないですよ。
それに万が一ここに犯人が映ってなかったらまた一から考えなくちゃいけないですし。」
この時彼は己の推理が違っていたらここから考え直すつもりなのか、
とも思ったがその瞳は自分の考えが間違っているなどという後ろ向きな感じではなく、むしろ前者が気になるのでここに残った、といったところだ。
「ハァ」
そんな折りにまた溜め息をつくもんでどうかしたかと声をかけた。
「まさかあそこまで人が集まっているとは思ってなかったので少し疲れただけです」
「あぁ、そういう」
納得してこっちまで溜め息が込み上げてくる。
何しろ1~5階の対角には人が群がってこっちを見ていたし、喫茶店があった三階はそれこそ初詣並みのヒトでごった返していた。
いっそモールごと立ち入り禁止にしておいた方が良かったかもしれない、と思ったぐらいだ。
仲井君と星見君は彼らの周りにさながら大統領のSPばりの警察官を配置し、野次馬からは見られないようにしてこっちまで来た。(目立った行動は避けたいらしい)
「くあぁ~~」
星見君に至ってはさっき起こされたのが祟ったのか、また大きな欠伸をしてとてとてと彼氏の元まで歩き、彼の左腕を抱いたまま肩に頭を置いた。
「ちょっ!? 小春!」///
その恥ずかしさ(左腕に添えられた彼女の胸)で先程までの疲れが何処かに行ってしまったようだ。
もしかしたら彼女にとって仲井誠という人物は上質な止まり木で、彼も彼女から信頼を置かれているのが嬉しいのかもしれない、
等と想像してみると彼らがなんだか愛らしく思えて自然と頬が緩む。
そんな柄にもない干渉に浸っていた時だった。
「ありました! こちらのモニターです!!」
一人の若い捜査官が、部屋中に聞こえる声でそう言ったのは。
「こちらです」
向けられたモニターにはその場には似つかわしくない、見るからに高級ななりの男が映っていた。
「コイツか」
確認を求めたのに対し、首を縦に振る。
-間違いないー
その男を見た時、仲井君が聞いたという店員の話を思い出した。
俺はその話を仲井君から聞かされている時に、犯人の人物像として真っ先に秋場さんの様な人だと推理した。
要するに南香と云う人は、自分に貢いでくれる男なら誰でも付き合っちゃうのだ。
愛よりもお金。 それが彼女のポリシーだったのだ。
彼女自身それを正すつもりは無かったようで、わざわざあの店の店員に「余計な事は言わないで」と釘を刺していたようだが頻繁に他の男性と密会していたらいつかはぼろが出るだろう。
そのことを知った男が激怒して犯行に・・・なんてのが俺が考えていた推理だ。
そして実際、モニターに映っている男はどう見ても金持ちだ。
その事はここに居る大多数の者が思っていたようで、姿を見せた瞬間に辺りの緊張は最大となった。
「まだ解りませんよ。 この男が電動リールの電源を入れ、尚且つ5分後に糸を切らなければ僕の推理は正しいとは言えませんからね」
そんな張りつめた空気の中でもこの場を率いる探偵の声は凛としていた。
そしてその言葉が終わると同時に
男は歩を進めた。
男はまず何の迷いもなく例の海釣り専用コーナーへと足を運ぶと、そこの奥で吹き抜けに一番近い釣り竿に手を掛けると・・・・・・
特に何をする訳でもなくジッと吹き抜けの下側に目を向けた。
「・・・ああやってターゲットが所定の位置に着くまで待ってんのか」
「いえ、この時間ならもう席についてる筈です」
「じゃあ何でまた」
「おそらく店の前を通る通行人の群れが邪魔で糸が伸ばせないんです。
リールに付けられたピアノ線は壁に固定されインテリアに繋がれた状態ですが、巻かれていないので今は吹き抜けを横切って通路にだらしなく放置されています」
成程、確かに張られていない糸が道端に放置してあっても気付けないだろうし、
気付いたとしても誰もそれに関心を示さないだろう。
「ピアノ線が最後まで張られた場合、推測ですが通路を基準として3mの高さを通過する筈なので、万が一にも他人に危害が及ぶ心配はありません」
「だとしたらもう時間的に行動を起こす頃だろう」
その時
俺が言い終えるよりも先に
男はリールの電源を入れた。
「! 入れたぞ!」
「・・・」
後に多くの警察(と探偵)に見られるとは知らず、挙動不審に辺りを見回す。
「この間に邪魔が入らないよう見張ってんだったな」
そして今まさに首元に命を狩るギロチンを突き付けられている被害者こと南香は、カメラに映らないこの階の下で
無自覚に自分の死を待っているのだ。
「くッ!」
その場に居合わせながら彼女を救えなかった秋場さんも、自責と後悔の混じった顔でモニターから眼を背けた。
「あ、戻って来たみたい」
いつもの幼く透き通る声にも若干の緊張を入れた一声で、再びモニターへと視線が集まる。
見ると先程どこかに行ってしまった男が再び戻ってきた。
「もう大分竿の先がしなっていますね。
僕の予想だともう起きてもおかs」
『『『あっ、!!!』』』
全員の声が同時に上がった刹那前、
不自然にしなっていた竿が
勢い良くその形状を元に戻した。
『『『・・・・・・』』』
部屋からは音が身をひそめ、静寂が訪れた。
『・・・ッ!』
やがて男は再び動き始め、ポケットからそれなりの大きさがある鋏を取り出すと、ピアノ線を切る直前、何を思ったか一瞬だけそれを握る手を止めた。
モニターは黙々と作業を進める姿は見せても、男が今どんな感情を抱いているかまでは教えてくれなかった。
その後の行動は至って語るべき事も無く、
止まったかに見えた手はいとも容易くピアノ線を切り、証拠隠滅を図った後は電源を止め
一度も階下を眺む事はせずその場から姿を消した。
「これで証明できましたね」
彼が放ったその言葉で、事件の勝敗は決した。
驚きも、喜びも、安堵の表情さえ見せないその自信からは、まるで今までの事が当たり前のように感じられたが改めて思い返してみると、やはり彼に脱帽するしかない。
「あとはこの男性の素性を明かせば済むでしょう。
決定的な証拠もあるので言い逃れは出来ないですし後は簡単ですよ」
ワァッ!
終業のチャイムで一気に盛り上がる学生の如く、周りは音を響かせる。
「まったく、お前らの方がよっぽどガキくせーは。」という言葉は大人の男として紡いだ。
代わりに上司としてだがねぎらいの言葉を与える。
「よーしお前ら、あとは犯人探しだ。これ以上時間が経過するのは危険だから迅速に捜査に当たってくれ」
『ハイッ!!』
そこから向きを変え、少し歩いた所で足を止めた。
「今回は私達の功績ではありませんが、何とか犯人を捕まえられそうです。
報告が来るまで落ち着かないでしょうが、出来るだけ早急に事を終わらせますので安心してください」
他でもない、被害者の愛人にだ。
「・・・ハイ」
何を思っているのか、まだ見ていなかった複雑な表情を浮かべている。
それもそうか。目の前で恋人が死んだ瞬間を見て、その後に殺された過程まで見たんだ。 気が狂わない方がどうかしてる。
「では」
何を言えばいいか思い当たらず、後の気持ちの整理は本人に任せ
その場から逃げるように立ち去った。
「・・・」
そして最後はこの場を収めてくれた二人の元へ向かう。
「君らにはホントに世話になっちまったな・・・と、星見君はまた寝てるのか」
初めに労いの言葉でも、と思ったが片方は話す事が出来ない。
「ええ、さっきは途中で起こしてしまいましたから今はぐっすりです。なので話すんでしたらここじゃない場所に移動しましょう」
「ああ、そうだな」
今は騒がしいモニタールームを出、マスコミと野次馬がはびこるモールの通路は使わずに職員専用の階段で屋上の庭園に逃げ込んだ。
この時間の屋上の使用は禁じられているが、なんとか説得して入れてもらえた。
普段は使用禁止なので誰も来ないという点ではこの場所は最適だ。
「風、ちょうどいい具合に吹いているから今日みたいな暑い日には助かりますね」
彼の顔を見ると、それは薄く火照っていた。
「そうだな。気になる子を背負っていたら暑くもなるだろうな。」
「な!? ち、違います! 僕は別に小春が好きってわけでは」
「ん?俺は『気になる子』とは言ったが『好きな子』とまでは言ってないぞ」
「そ、それは・・・」///
彼は彼女の事となると反応が面白くなるようだ。現に反論している彼の顔は今熱を持っている。
「それと声のボリューム下げた方が良いぞ。 また絞められちまうかもな」
「!」
すぐに後ろを確認するが、うずめている顔が上がる事は無い。
ただ規則正しい寝息が聞こえてくるだけだった。
「ま、秋場さんがあんな声を上げてまで起きなかったんだ。これ位で起きるとは思えんがな。 それよりもよ・・・」
反撃が来ない事を確認した仲井君は背にある恋人からこちらへと意識を戻した。
「君、何だか顔つきが変わってない?」
「え?」
これまで俺が見てきた彼は、ほとんどが最初と同じ表情をしていた。
星見君に向けていたものは俺たちのとは違っていたが、それでもその例外を除けば彼は終始畏れ多い表情だった。
否、表情だけでなく雰囲気もだいぶ変わっている。
獅子さえ殺せそうだった圧は消え、今やそれとは正反対の無垢な感じが漂っている。
今の仲井君を例えるなら、いつもクラスの中心に居て誰からも陰口を言われなさそうな今どき珍しい優男タイプの学生だ。
どちらも彼のルックスからしてモテそうな感じだが、好かれそうな点で言えば圧倒的に後者だろう。
知りあって間もない俺がそう感じる程の変化だ。
ホントにどうした君?
「あぁ、僕AB型なんですよ」
「・・・は?」
返ってきたのはこっちの求める返答とはかけ離れたものだった。
「いやですから、僕の血液型はAB型なんですよ」
尚も分からないといった表情の俺を見てか、言葉を続ける。
「AB型の特徴って知ってますか? 二面性の顔が有るって言われています。
僕も普段はこんな感じなんですけどテストみたいに集中している時はさっきみたいになってる
・・・って小春とかに何度も言われているので恐らくこれは僕の血液型が関係しているからだと考えられます」
彼の説明が余りに独自性を持ったものだったため、こちらとしても何を言い返せば良いのか困惑した。
「血液型で人間全員の性格が決まる訳ではない」とか、「例えAB型が二面性だったとしても君の変わり様は猫すら舌を巻くぞ」などの事をあの真剣な顔に言っても信じてくれないだろう。
なので彼の性格については無理矢理その理論に当てはめて納得する事にした。
だが俺にはまだ聞きたい事があった。
「じゃあ秋場さんにマジギレしたあの時の君はどうだっていうのかな」
「ア、アレは」
途端に気まずそうになるが、その後はハッキリと答えた。
「アレは僕の中のO型の血の影響でしょう」
「ハァ!?」
何で急にO型の話が出てくんだよ。
「血液にはメンデルが発見した有性形質と云う物が有るのはご存知ですよね?」
「え? あ、ああ勿論知っているがそれがどうしたってんだ」
嘘だ。 そんなモンは知らん。
というかもう中年期末期のオッサンが十数年前の教科書の知識なんか覚えてる訳ないだろうが!
「・・・知らないんですね? すいません、分不相応な事聞いちゃいましたね」
「イヤ、別にいいけどよ・・・」
・・・人から言われるのは面白くないな。
どっちつかずの感情に複雑な思いをはせながら、例によって話は進められる。
「人に限らずほとんどの生き物は有性生殖という繁殖方法を行います。これは生まれてくる子供が両親や祖父母、時には曾祖母なんかから形質、ざっくり云うと『特徴』を受け継ぐ事でこれを遺伝と呼びます。
遺伝の段階に両親の遺伝子を受け継ぐ受精があり、その時に遺伝子が持つ遺伝情報、通称DNAは減数分裂を行います。これにより親の遺伝情報は半分ずつに分離しますが、その際に関わってくるのが有性形質です。これは優性と劣性の2つのタイプがある訳なんですが優性の方が子供の形に出やすい、つまりは『特徴』として現れやすい、ということです。
ここで血液に話を戻しますが実はこの性質、血液にも同じ事が言えるんですよ。勿論それが何らかの形として体外に現れるわけでなく、あくまで血液の特性としてです。では血液型において何が優勢と劣性だか分かりますか?」
「・・・・・・は???」
「血液の優性はA、B型で劣性はO型だけです。では二林さん、今までの事を踏まえてお聞きしますが、AとB、もし仮にこの二つの優性が親から受け継がれてくる場合、どちらの『特徴』が優先されると思いますか?」
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・知るか!」
有らん限りの声を出す・・・と星見君が起きてしまうので勢いだけで。
「・・・まぁ、そんな事だろうと思いました」
「何だ、俺のせいか!? 前の説明聞いてさあこの質問に答えて下さいって、いくらなんでも難易度高過ぎるだろ!」
「そうですか? 小春なら此れぐらいならこの先を言わなくても僕の言いたい事が解るのに」
君たちと俺を一緒にするなと言いたいが、それは今更ながら何か負けた気がするので口を紡いだ。
「じゃあ何どこが分からないのか言って貰えますか?そっちの方が効率が良いんで」
「最初からだよ!? なんで一部しか説明しない事になってんのさ!」
「え~、最初っからですか?」
見るからに面倒くさそうな表情だ。
そんな彼のペースについ乗せられてしまう。なんというか今の仲井君は親しみ易いと思った。
それだけに彼の事がイマイチ測りきれない。
最初に話しかけてきた時は理知の中に神秘性があった、と思ったら小春君をとても大事にする愛妻家?だし、次は見る者全てを恐怖に陥れる雰囲気だった。
そして事件が終われば、いかにもな人畜無害の好青年から知識満載のおしゃべりキャラにチェンジ。
挙げ句には盛り上げ上手なクラスの中心キャラまで取り揃えている。
とても一言では言い表せない。(ましてや血液型なんかでは説明出来ない程に)
それくらい複数で面白く、社会を生きていく上では便利な性格だ。(本人は気付いてない様だが)
おまけに最適なタイミングで換えてくるので会話の中心が彼に傾きやすい。
その上ルックスも抜群で頭も良い。
おお、なんとハイスペックな!
これは世の男どもの怨みを買うこと間違いなしだ!
そんな彼だからこそ星見君と上手くやっていけるんだろう。強い個性を持った持った者は、強い個性を持った者としか釣り合わない。
だから仲井君には星見君が必要で、
小春君には仲井君が必要なのだろう。
「もしもし、二林さん聞いてますか?」
「え、悪い聞いてなかった! もう一回言ってくれ」
「だから血液型の話ですよ! 最初から振り返った方が良いんですか?」
「待った! 今度は簡潔に100字以内で頼む!」
「・・・う~ん、難しいですけどそれで分かってくれるんだったら説明しますけど」
そこで何かを考える様に右手を顎に添えると、暫く時間を置いてこっちに視線を戻した。
「その前に話しておかなければいけないことが有ります」
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「う~~~ん」
大きな伸びをして星見さんが起きたのは寝始めてから2時間後の17:30だ。
これ以上は夜寝るのに影響が出ると判断した仲井君が彼女をそっと起こした。
それまでは校内のレストランで警部に奢ってもらった。
田中君が予想以上に食べるものだから財布が寂しくなってしまったと嘆いていたが。(外出時は仲井君に怒鳴らない事を条件にお口チャックの刑は一時無効とした)
寒気が近づいて来たからか、夕方には昼間の暖かさは消え、部活以外で外を出歩く者はいない。が、中は意外と混雑していた。
学校帰りにレストランとはここの学生はどんだけ贅沢なんだ。
その後何気無い会話で盛り上がり、時間を見て星見さんを起こしに戻った、というわけだ。
「くぱぁ~~~」
可愛い欠伸と共に仲井君の持っていた櫛が慣れた手つきで彼女の見事な髪を撫ででいく。
(田中君はその光景を妬みたっぷりで眺めている)
「よし、これで全員揃ったな」
やっと聞く状況が出来上がって満足げに鼻を鳴らす
「じゃあ、こっちの話を始めるぞ」
そう言うと、警部が神妙な顔つきになり、そこから空気が張り詰めていくのがわかる。
「言っておくが、ここからは極秘事項だ。それを踏まえた上で心して聞いてくれ」