序章
この話の他に白鷲偽鳥物語 日常編というものがありまして前にも述べましたが、どちらから読んでも構わないのですが、 出来るならこの話の後にそちらをご覧ください。
ちなみにこれは強制ではありません。
それは満月の夜だった。
月から放たれる灯りは暗い森を照す唯一の光。
故に女は危なげながらもその暗い森を走り続けることができたのだ。
そんな漆黒の森で女が何者かに追われていた。
ハァハァと不規則な呼吸は後から来る「奴」から逃げるために必死に働き続ける。
どこに逃げているのか、どうやって帰るかなど
気にもとめないその焦りは、ただ前に進むためだけに集中している。
やがて「奴」の気配が夜の森から消えた。
体力の限界を越した女は息を殺しながら整え、
近くの木に腰を落ち着かせた。
ー決して警戒は怠らずにー
「ハァッハァッ、な、何でわ、私がこんな目にッ」
悪態をつきつつも女は真っ赤になった目を漆黒の闇の中へと向けてまるでカメレオンの如く凝視した。
「ハァッハァッ、な、何なのよアイツ、あの人のなんだって言うのよ」
相も変わらずゼェハァと整えての言動だったが、
少しずつ回復に向かっていった。しかしその生まれてきた余裕のせいで女の警戒心は薄れていった。
女の恐怖の表情も勝ち誇った顔に変わっていった。
「ハァ、まぁ、これだけ逃げたんだしもう見つからないわよね。だったらもう町へと逃げて『奴』ともおさらb」
彼女の言葉を待たずして、いきなり「それ」は始まった。
「ババアァァン❗」!
ひとつの音を皮切りにその音は彼女の周りへと広がっていく!更には後に続く色とりどりの光が彼女の周りに道を作っていくのだ!
彼女を包みこんでいくこれは日本を代表する夏の風物詩。 そう、
ー花火だー
彼女は知らなかった。
先程まで安全と認識していた所が獲物を追い詰めるための籠であったことを。
彼女は知らなかった。
闇を走るために慣れた目や耳が、そこで捕らえるための布石であったことを。
実際効果的であった。人間は何か情報を得る際、
視覚と聴覚で全体の9割り以上を占めるとまで云われている。 だから彼女は気づけなかった。
すぐそばで「奴」が何かを降り下ろすのを。
その瞬間、再び黒と化した森は一人の女の声と命を
誰も知らぬ闇に引きずり込んで行く。