三話
読みづらい箇所があるかもです。
瞬間、先頭に立っていた一人の姿が掻き消えたかと思えば地面が小さく爆ぜた。
「ッ!?」
獣人ですら反応できず、何が起こったのか分からなかった。
「――ごえぁ!?」
グシャリ、と生々しい音がそこにいた人獣連合軍の後ろから聞こえた。
前にいる残り十人を忘れて振り返った全員が息を飲んだ。
第十五分隊のうちの一人が軽々と持ち上げられ、喉を握り潰され、地に落ちる様を見て。
血にまみれた左腕を上げた状態で佇んだまま、ゆっくりと連合軍の方を見ようと首を動かす。
身なりは血と泥にまみれてボロボロに成り果てているのに、どうしてここまで恐怖するのか?
「う、撃てぇー!!」
あと少しでフルフェイススカルマスクから覗く方目が見えるというところで第一分隊分隊隊長が裏返った声で叫ぶ。我に返ったように銃を構えて目の前にいる者に向けて狂ったように撃ちまくる。
「――ごぁっ!?」
「あ゛っ――!?」
「うげぅっ――」
しかし、その大半は撃つことも叶わずに絶命する。 十人に背を向けていたことが仇となり、心臓を金属片のようなもので一突きにされ、頭部にナイフを刺され、首を折られる者もいた。
フルフェイススカルマスクをかぶっていた男を撃っていた者たちも次々に死んでいく。
驚くべき速さで接近するフルフェイススカルマスクに確実に急所を突かれ、斬られ、抉られて。
今ごろになって魔法隊、そして獣人が動く。騎士隊は第十五分隊がみるみる殺されていくさまに怖じ気づいてしまっていた。
「「「LOW,LOW,LOWIG――『グロウ・ファイア』!(燃やせ、燃やせ、燃やし尽くせ――『グロウ・ファイア』)!」」」
『ゴルルルァァァァァァァァァッ!!』
魔法隊が火炎魔法を繰り出す。
獣人たちが『狂獣化』して襲いかかる。
「――殺せ、殺せ、殺せ」
「――殺せ、殺せ、殺せ」
「――殺せ、殺せ、殺せ」
だが十一人いる者たちは『狂獣化』した獣人を、自身に降り注がんとしている炎に感情というものが抜け落ちた声でただただ呟く。
――ごうっ! と放たれた火炎魔法が十一人と生き残っていた軍人、屍を包み込む。
仲間のつんざくような悲鳴がこだまする。
『ガルルラァァァァァァァッ!!』
四人の獣人が瞬時に炎の中にいるものたちを蹴散らす。
立っている者にはツメで引き裂き、地面をのたうちまわっている者はその脚力で踏み潰し、力任せに地面を殴り、衝撃波で炎とともに残ったものを飛ばし、鋭利な牙で噛み砕いていく。
一方的な蹂躙劇に残っていた兵たちは歓声を上げる。
「おおっ、流石!」
「いいぞ、殺れ、殺せ!」
『ガル、ゴゥル……!?』
そんな時だった、獣人たちの奇妙な声を聞いたのは。
「――――?」
止まったままピクリとも動かなかった。
いや動かなかったのではなく動けなかったのだ。何かに身動きを封じられているように。
「――お゛い゛お゛い゛……よ゛わ゛ずぎる゛だろ゛。『あ゛の゛と゛ぎ』の゛づよ゛ざ ば ど ご い゛っだ ん゛だ?」
酷いガラガラ声が一人の獣人に向けられる。
『ガ、ガ、ガルァッ!?』
『狂獣化』をして獣人は、ただでさえ高い身体能力等がさらに一段階上がるため、人間が武器を持った状態でも敵うことのないはずなのに目の前の『なにか』はあろうことかそれを行っていた。
人間など余裕で切り裂けてしまうであろう鋭い爪を素手で受け止め、その双眸で獣人を見ていた。
『――――ッ!?』
双眸を直視ししてしまった獣人――ガインは恐怖で硬直してしまう。
その双眸の中に見えたのは底の見えないほどの憎悪と憤怒だった。
『ギィヤァァァァァァァッ!』
別の獣人が叫び声を上げる。
落ちてきた人を噛み砕かんと迫った時、今までの状態が嘘のように機敏に動き、牙を体を捻ってかわし、その回転を利用して目にナイフを突き刺した。
『ラルフッ!』
「――よ゛ぞみ゛ど ばよ゛ゆ゛う゛だな゛ァ゛!!」
獣人のガインが仲間の負傷に気をとられた瞬間、ガインと対峙していた者が動く。
『ガアァッ!?』
拮抗していたはずの力が押し負け、素手で受け止めていた爪を半ばから折る。
バキリと、そんな音とともに爪が折れたガインはたまらずにその場に膝をついて呻く。
だがそれすらも許さないように顎に仰け反ってしまうほどの衝撃を受ける。
「――――?」
そのことを理解するのにしばし時間がかかる。
顎が砕け、反射的に噛み締めていた牙が折れる。
ドスンと鈍い音が体を伝わって響く。
「――――」
天を見上げている視界をゆっくりと血に戻すとそこにはやつがいた。
『――ごぼぉっ』
そこでガインは大きく吐血し、今の状況を理解する。
左胸を貫かれ、血を地面にぶちまけ、自身の体と右腕を血で濡らしたやつがこちらを見ていた。
『グ……ぞ……』
依然として瞳は変わらずにみつめていた。
最後に悔しそうな呻き声を出し、絶命した。
『ガインッ!』
それを見た他の獣人は仲間の名前を叫ぶ。
その時、ドシャリと何かが地面に着く音を聞き、そちらに視線をやるとそこには首がねじ曲げられ絶命していたラルフだった。
『ラルフッ!』
「おい、お前によそ見するだけの余裕があるとはな」
「オ前ノ相手ハ俺ジャナカッタカ」
ぞっとするほど冷たい声色となまりの入った声をそれぞれ聞き、獣人たちは今、自分達が置かれている状況を理解する。
『狂獣化』をした獣人相手に悠々と立ちはだかる二人の男。片腕がなく、残った腕で手斧を持っている者、フルフェイススカルマスクの半分がちぎれ、その下から剥き出しになった歯や顎が見える。
――どちらも化け物だ。
『――ガァァァァァァァァァッ!!』
決死の覚悟で踏み込み、二人の男を亡き者にせんせまる。
『狂獣化』の力をもって踏み込んだ地面などは容易く砕け、陥没する。常人が捉えることのできない速さで迫り、喉笛に噛み付く。それだけで容易く殺すことができる破壊力を秘めていた。
――ゴリッ。
的確に喉笛に噛み付かんとしていた速度は急激に失速し、地面を削りながら滑る。
「……おい、俺の獲物だろうが」
「こいつは俺を吹っ飛ばしやがった。なら一発くれてやらねえと気がすまねぇよ。もう殺っていいぜ」
後ろを向く片腕の男は批難するような声色で言葉を発するが、その方向――暗闇から何事もなかったかのように出てきた敵の仲間のうちの一人を見て驚愕する。
「――ってももう死んでる」
男の言葉を聞き、獣人は慌てて先ほど地面に墜落した仲間の獣人を見る。
その体はピクピクと痙攣するだけでそれ以上は動かず、変わりに頭部からは手斧が生えており、そこから止めどなく血を溢れださせていた。
「ガルゴッ!」
その獣人が踏み込む寸前で後ろからやって来ていた男が手斧をガルゴに向かって投擲し、ガルゴも男を殺そうと全力を出し、それが仇となった。
手斧が頭にぶつかり、自身の出した速度で勝手に手斧が頭に食い込んみ、頭蓋を破壊し脳まで達したところでガルゴはすでに絶命していた。
「――さて、残るはお前一人か」