二章 十六話
「う……、ぐ……」
体の節々が悲鳴を上げる声で目が覚める。目の前にあるのは、どこかで見たような天井の形。マルシアが仰向けになって横たわっていたのは、白を基調とした壁や調度品が目立つ部屋。ここはグルグラ教会の一室だ。
痛む体を強引に起こし、周囲を見渡す。部屋の隅にマルシアの装備が整理して置いてある以外に目立った物は見られない。大司祭の部屋だと悪趣味な調度品がそこかしこが置いてあるが、そういった物が無いところを見るに、ここは中位か低位の司祭が使用する仮眠室か休憩室なのだろう。マルシアの装備以外、必要最低限の家具しか無いのがその証拠だ。
マルシアを運んできたのはフェラルドだろう。扉の外から彼の声が聞こえてくる。言い争っているのか、扉の向こうで飛び交っているのは怒号ばかりだ。いや、正確にはここまで聞こえてくるのは野太い罵声のみ。例の司祭長だろう。会う度にフェラルドが彼の事について愚痴っていたことを思い出す。
「おや、目が覚めましたか」
該当の司祭長を見たことが無いマルシアが、どのような姿なのか想像していると、顔色から疲れた様子が滲み出ているフェラルドが部屋の中へと入ってくる。普段は薄く微笑みを浮かべている彼だが、今ここではその口はへの字に曲がり、いかにも不機嫌です、と言いたげな表情をしている。
「御心配をおかけしました……つっ!」
「あぁいえ、そのままでも大丈夫ですよぉ」
ベッドから出ようとした瞬間に走った痛みに顔を顰めるマルシアを、フェラルドはやんわりと止める。ただでさえ心配をかけているうえに迷惑までかけている、とでも思ったのか、普段の彼女からは想像出来ないほどの落ち込みようを見せる。
「気を落とさずに。あのような状況だったのです。その身体に関しては仕方が無いとしか言えません。……貴女がいなければ、討伐隊は壊滅していたのです。むしろ、よくやったと言うべきでしょう」
「あり、がとう、ございます……」
褒められた事を素直に喜ぶ余裕は、今のマルシアには無い。むしろ、あの場で救えなかった命がどれほどあったか……、それを思い起こすと、気が一気に沈んでいく。
「あの……、今外はどうなっていますか……?」
「外? あぁ、魔物達の事ですか。さて、どうなっているのやら。今は外壁にある門を閉じてなんとか侵入を凌いでいます。が、壁の高さもそこまで高くはないので、門が開かない事を悟れば、無理やり壁を乗り越えるか破壊しようとするでしょうねぇ。オーガならば尚更その手段が有効になる。早いところ手段を講じなければ、この街もろとも私たちも魔物の大群に呑みこまれることでしょうねぇ」
望みは薄くてもいい、ただ少しでも希望のある言葉を聞きたかったマルシアだが、フェラルドの口から告げられたのは、絶望的な自らの、いやこの街の現状だった。おそらくは、今のところ侵攻を防ぐことで手いっぱい。押し返すことはほぼ不可能であるものかと思われる。
だからと言って、はいそうですかと簡単に諦められるほどマルシアは悲観的な性格ではない。今必要なのは活路を見出すことで、絶望感に浸ることではない。
「そういえば……、カズト君は!? 彼ならなんとか……」
「無理ですよ」
「そんなの、やってみないと……」
「もう死にました」
「え……?」
唯一見えた光。だが、フェラルドの言葉はマルシアが抱いた希望を一瞬にして砕いた。
「私が、始末しましたから」
「……え?」
そして無情にも続けられた言葉に、マルシアはただただ自らの耳を疑うことしか出来なかった。
「彼には私の任務を妨げる可能性がありました。非常事態を防ぐためにも、彼には消えてもらう必要があったのです。分かりますか? 敵に成り得る存在でしたから、致し方無し、ですよ」
教会から派遣されている身としては、フェラルドが言っている事も分かる。だが、もともと温厚な性格のマルシアにしてみれば、フェラルドの行為は裏切りにも等しい。何せ、すれ違っていたとはいえ、親しい人間を一人殺されたのだ。これで憤りを覚えない方がおかしい。しかし、フェラルドの任務の内容を詳しく把握していないマルシアはそれを言及する事が出来ない。責任は無いが、権利もない、ということだ。
最後の希望とも言える一刀がいない以上、この状況を打破する手段は既に潰えたと言える。
「最悪、見捨てるというのも一つの手段ではありますがねぇ……」
ボソッとフェラルドが呟くが、ここでこの街を見捨てるくらいなら、共に朽ちると言うのがこのマルシアという少女である。
「フェロさんは……、オーガと戦って勝つ自信はありますか……?」
「ふむ……、一対五くらいの戦力差ならなんとかする自信はありますがねぇ……。流石に一対一ともなると私でも難しいかと思います。もしくは、マルシアさんが前に出てくれるなら話は別なんですけど」
そもそも、オーガは一個人で対応するものではなく、本来は国単位、街単位で対処するのが普通だ。いくらフェラルドの卓越した剣技と魔法があったとしても、それだけでオーガを倒せるほど甘くはない。結局は質の違いを量で補うしか方法はないのだ。
「そう、ですか……」
望みは無い。マルシアにとってこの街にいた期間は短いながらも、彼女のその容姿と社交性のおかげで街の人々とは随分仲良くやってきた。……彼らを見捨てるわけにはいかない。だが、だからといってマルシアが命を落とす必要もまた、この街には無い。所詮は彼女の感情が街を救いたがっているだけで、合理的に考えるならば、ここは見捨てて逃げるのが一番だろう。
だが、それでも。
「私と、フェロさんがいれば問題無いんですよね……?」
「相手が一体ならば、ですけどねぇ。流石に複数を相手に立ち回れるほどの実力はありませんよ。例え貴女の限界淘汰があってもね」
「だったら……、一体ずつ相手をすればいい話じゃないですか。なんとか隔離して……」
「それも難しいですねぇ。奴ら、何を思ったのか集団行動をとってます。魔獣クラスならともかく、魔物が群れるなんて基本的にはあり得ない筈なんですが……。司令塔になる”何か”が魔物の中に生まれた可能性がありますねぇ」
「司令塔、ですか……」
無くは無い。だが、それはあくまで戦闘力があまり高く無い、群れることを本能として刷り込まれている魔獣等の中に稀に発生する希少種だ。オーガやオークと言った、元々のスペックが高い魔物には”群れ”を作る本能は備わっていない。何らかの事情でバッティングをした時は、どちらかが退くか、協力をするだけの協調性はあっても、基本的には縄張りに入ったモノは同族でも容赦しないのが、魔物の特徴だ。こうやって一つの目的を持って協力し合うことなどある筈がない。
「もしくは、誰かが後ろで操っているか、ですねぇ……」
「黒幕がいると?」
「その可能性も十分にある、ということですよ。大多数を操る魔法は今でこそ失伝していますが、過去に全く無かったわけではありません。が、それらは禁呪として、フォルネスト王国とリヴィエラ教国が共同で管理・封印を行っています。そう簡単に外に漏れるとは思えませんが……」
「あるいは、元からその技術を持っている種族……」
「魔人族、ですか」
魔人族はエルフ以上の魔力を持つと言われている。今ではそれを解明する手立ては無いが、当時の資料から見るに、エルフの倍以上の魔力と魔法の素質を有していたと言われる。更にその上には翼人種がいるが、こちらは既に空を飛ぶという印象が強いため、魔法の才能云々に関しては触れられていない。だが、翼人種がそういった『他者を操る魔法』を使用した記録が無いため、これに関しては無視しても問題は無いだろう。
「そういうこと、になりますねぇ。ですが、魔人族が最後に確認されたのは五百年前。今の今まで生きており、どこかに潜んでいたとしても何らかの痕跡が残るはずです。その一切を消失させられるほど、魔人族は完璧じゃない」
「なら、これまでその痕跡が無かった魔人族の線は薄い。でしたらやはり……」
「指揮官……。厄介な事じゃあないですか。こんなにも数が多いのに、更にその一つ上の個体が存在しているんですよ? 全く、仕事冥利に尽きますね……」
「こんなことで遣り甲斐感じないで下さいよ……」
呆れるようにマルシアが言っている間も、フェラルドは一切その表情に笑みを浮かべなかった。いつも余裕を見せている彼ですら今の状態は困難極まりないということか。
ならば、どうすれば……。
「いつまで作戦会議とやらをやっているのだ馬鹿者が!!」
二人して暗い表情を浮かべていると、凄まじい音を立てて部屋の扉が開け放たれる。そこにいたのは、例の司祭長。その顔には、青筋がいくつも浮かんでいる。
「さっさとどうにかしろ! でなければこの私が教国に戻ることが出来んじゃないか!!」
部屋に入るなり口を開いたと思ったら、出てくるのは保身の事ばかりだ。万に一つも街の人の事など考えていないようなその振舞いは、流石のマルシアでも来る部分があったのか、彼女の表情は怒りに染まっている。が、それを右手でフェラルドが押しとどめる。
「とは言ってもですねぇ、魔物の数が多すぎるのと、こちらの戦力不足が祟ってこのままでは押し切られるのが目に見えています。それともあれですか? 司祭長殿は現状最も希望のある者に特攻させて、それを囮に自分だけでも逃げようと言うのですか? そんなことをすれば、流石の私でも擁護し切れませんよ。本来であれば民を導く筈の教会の人間が、民を見捨てて逃げるなどと……、本国にどう報告するつもりなんでしょうかねぇ」
「ぐぬぬぬ……」
反論出来ず、歯ぎしりをなんとか押さえようとする姿は、どう見ても教会の司祭とは思えない程醜いものだった。それでもまだ、平静を保とうとする姿勢から、今自分が置かれている状況を理解している事が分かる。だとしても、そこまで苦々しげな表情を浮かべる事もないだろうが。
「なんとかするのがお前達の仕事だろう!! 何故こんな辺境に呼び寄せたと思っておるのだ!!」
「なんとか、ではどうしようもないです。そんな簡単にいくのであれば、今頃すでに事は収束してますよ。そんな事も分からないのですか、本当に……」
あまりの無理難題にキレたのか、普段のフェラルドとは思いもつかないような口調で司祭長へと言い放つ。馬鹿にされたことに気付いたのか、大福のような顔を真っ赤にして、プルプルと小さく震えている。予想外のその仕草に、マルシアが吹き出しそうになるもなんとか堪えている。
「き、キサマ……、この私がどのような立場にいる人間なのか分かって言っているのか!!」
「少なくとも、今は無知無力な一介の司祭でしかないでしょうねぇ。今回の騒動を収めればそれなりに評価はされるでしょうが、こんなところで怒鳴っているようじゃあ、それも叶わないでしょうに」
「うぐぐぐ……」
「とはいえ、流石に可能性の一つを潰してしまったのは私の責任かもしれませんねぇ……」
後悔するように呟いた言葉は誰にも聞こえない。自らの早計によって招いたわけではないが、実力者の一人を始末してしまったことに少なからず罪悪感を抱いているのか、その表情は優れない。
「……」
一気に空気が重くなり、部屋の中が沈黙に包まれる。マルシアもフェラルドも碌な案が出せる程の力は持っていない。実力的にも、社会への影響的にも、だ。
故に、二人にとっては次が最後の手段となる。少しは司祭長以外にも根回しをしておくべきだったと今更後悔しても仕方が無い。既に事は起きてしまったのだ。
コン、コン
思考を遮るかのように唐突に部屋の中に鳴り響くノックの音。まさか教会正面の扉が叩かれた訳でもあるまい。その音は確かにこの部屋の入り口から聞こえた。
「……はい」
微かに逡巡するマルシアだったが、フェラルドに視線を向け、彼の首が縦に振られた事を確認すると、外に聞こえるか聞こえないか程度の大きさで返事を返す。
「失礼します」
音も立てずに扉は開き、入ってきたのは歳の頃が十五、六くらいの歳の少女だ。マルシアが普段一緒に行動しているあの少女達の知り合いか、とも思ったが、それにしては所作一つ一つが上品すぎるうえに、着ている服装も装飾や露出の少ないドレスのようなものだ。まず間違いなく貴族の子だろう。
このグルグラは小さな街である。その為、こんないかにもな貴族の子女がいれば嫌が応にも目立つ事は必須だろう。が、不思議な事にマルシアはこの少女を街で見たことが無かった。それどころか、話にすら上がった記憶は無い。
この街の人間ではない? だとすれば、彼女の素性は一体何なのか? その答えは案外簡単に手に入ることになる。
「初めまして、でしょうか。私はミディエル・ラウ・カルヴァエラと申します。この度は随分と大変な思いをされたようで……」
「カルヴァエラ……?」
少女が名乗った名前に、何か思うところがあったのか、フェラルドがその名前を小さく呟いた。
「もしかして貴女、カルヴァエラ公国の公女ではありませんか?」
「カルヴァエラ……、あの新興国家のカルヴァエラ公国ですか? そんなところの公女がこの街に何の用……」
「おや、心当たりはあるのではありませんか? 教会が関連し、最近変化が見られたもの……。私はこの街の領主に請われ、この街の発展を進めるため自国からやって参りました」
「成程……、領主に要らぬ知恵を授けていたのは貴女でしたか。領主にしてはらしくないやり方だとは思っていましたが、アドバイザーとして特別に派遣された者が仕切っていたのならば頷けます」
穏やかな口調ではあるものの、フェラルドの表情には敵意が滲み出ている。それもそうだろう、少女の話を聞く以上、今回の事件、紐を解けば元凶はこの少女になる。その彼女が余裕のある表情を浮かべ、こうして目の前に出てきたことは、フェラルドにとって警戒心を抱かせるには十分だった。
「それで、貴女はどうなさるのですか? 逃げる算段でもあるのでしょうかねぇ?」
「フェロさんっ!」
不敬だととられてもおかしくは無い発言をするフェラルドを咎めるマルシアだが、当のミディエルは特に気にした様子を見せない。
「逃げる方法ならば、確かにあります。ですが、このような状況を見捨てて逃げるほど、私は薄情な人間ではないつもりですよ。むしろ、こんなになるまで放置した人はさっさと逃げる事を考えていらっしゃるようですが?」
「ぐ、ぬっ……」
うろたえる司祭長を一瞥もせず、淡々と言葉を発するその様子から、こういった場面や駆け引きに慣れている様子が伺える。完全な政治家というわけだ。
……逆に言えば、現場にいる人間の事を理解せず、ただ淡々と後ろで指示を送り、傍観しているだけとも言える。まぁ、一国家の公女ともなれば、前にでる必要性などほとんどないのだが。
「ですが、今はそんな事を言っている余裕などありません。今最も頼りに出来るのが貴方方くらいしかいませんから、こうして足を運んだまでです」
「充てにしてくれる事は嬉しいですが、それだとギルドではこの事態に対処出来ないと言っているように聞こえますが?」
とは言うものの、フェラルドも今回ばかりはギルドは役に立たないと思っている。それなりの実力を持つベテランもいるにはいるが、何せ今回は相手が悪い。質で遥かに劣っているうえ、数すらも大きく下回っている以上、所詮烏合の衆であるギルドには荷が重すぎる。国家間紛争を民間に任せるようなものだ。
ギルド自体の士気は決して低くは無い。が、足りないものが多すぎるのだ。
「一応、彼らにもある程度の報酬を提示してそれなりに盛り上げてはいますけどね。それでも出来ることには限りがあるでしょうね。……そこまで期待はしていませんが。それよりも、私は貴方がた二人に興味があります。リヴィエラ教国が誇る聖光騎士団の若きホープ。その二人がこの街に来てると言われれば、会わない訳にはいきません」
「ホープって、そんなことは……」
「どこで私たち二人の情報を手に入れたかは分かりませんが……、確かに、私とマルシアさんは騎士団内でもそれなりに実力はある方ですが、私たちだけでどうにか出来るほど規格外な能力を持った覚えはありません。あれに対応するのならば、少なくとも一個大隊は欲しいところですね」
「冒険者では代わりにはなりませんからね……。公国には既に状況の説明と必要な物資や人員の数を送りました。とはいえ、早馬で送ったとしても往復に五日はかかる距離です。実際に軍を動かせばどれだけの時間がかかることか……。あまり期待はしないことです。いざとなれば、貴方がたの身柄はこちらで保護させていただきますのでそのつもりで」
「む、それは……」
「それはダメです!!」
おそらくは、マルシアが口を開く前に先手を取るつもりだったのだろう。が、予想以上にマルシアが反応したことで、フェラルドは口を閉じるしかなかった。
「この街があのオーガ達に荒らされたら、この街にいる人たちはどうなるんですか!? 私達は教会の騎士団です。そういった人たちを守るためにこの街にいるんです。私は絶対にこの街から離れません!」
「立派な心がけ……とは思いますが、今の状況からそれはあまりにも絶望的だということを忘れてはいませんか? 貴女があのオーガ達を倒せなかったからこそ、今このような状況になり、街を守る立場にあるとご高説頂いた貴女もそうやってベッドの上に横たわるしかないのでしょう」
「それは……」
「理想で命が救えるのは、お伽噺の勇者様のみです。それに、教会の若きホープ二人が殉教なんてすれば、この街に訪問していた私の面子にも関わります。これでも、公国内ではそれなりに人望はあるつもりですから、たった一度の失敗でその信用をどん底に落としたくはありません」
「つまり、自分の立場の為に、この街の人たちを見捨てる、と?」
「そう取られても仕方がありませんね」
「なんで……、なんでそんな事が平気で言えるのよ!!」
涼しい顔をしていたミディエルの言葉に、とうとうマルシアの堪忍袋の緒が切れる。未だ言うことを聞かない体を強引に動かし、自分よりも頭一つ分程小さいミディエルの前に立つ。
「この街の人たちはまだ生きてるんだよ? このどうしようも無い状況をどうにかしようと頑張っているんだよ? そんな人たちを見ておきながら、何で自分の立場とか信用なんて言葉が口に出来るんだよ!!」
「……」
「領主に頼まれて政治経済に口を出してたって言ったよね、それならこの街の人たちの生活や仕事や遊びも見てきたんでしょ! だったら、どうしてそれを一言で切り捨てられるのさ! 自分の国民じゃなければ、どうでもいいの? 国内で起こってる事じゃなければ、簡単に見捨てられるの? そんなのはおかしいよ!!」
マルシアの言っている言葉は、所詮個人的な価値観でしかない。それを押しつけるのはただの独善的な自己中心者だ。これは、先日一刀がマルシアを評価した際にも、そう言っている。
だが、例えそうであっても、マルシアの価値観はこの街で様々な人と触れあって培われたものだ。一蹴するのは、それこそ人間性の乏しい、もしくは完全に欠けている人間くらいだろう。
「……クスッ。話に聞いた通りのお方のようですね」
「……?」
しばらくマルシアを正面から見据えていたミディエルだったが、唐突に小さく笑いながら先ほどまでの冷めた目付きとは正反対の微笑みを浮かべる。
「事前に貴方達の事は街の人たちから聞いていました。特にマルシアさん、貴女に関して言えば、この街のどこへ言っても話題になるほどに。未だCランクでありながら、ベテラン冒険者を上回る実力、それを鼻にかけない人当たりの良さ、そして新米冒険者を率先して指導する面倒見の良さ……。それを嫉妬する人たちの声も少なからずありましたが、それを遥かに上回る周囲の評価は一介の冒険者とは思えないほど高いものばかりでした。……私は教会に所属する者に偏見を持っていたのです。ですが、先ほど言った通り、マルシアさんの評価には目を見張る部分がある。だからこそ、託してみようと思って、今日ここに訪問させていただきました」
「……ちなみに貴女から見て、教会の人間はどういう評価になっていますか?」
「国の経済を蝕む害虫ですが?」
「これはこれは……、手厳しい」
予想通りというか、偏見と言うよりもかなり私怨の混じった評価に思わずフェラルドは苦笑いをする。マルシアにも心当たりがあるのか、反論はしない。が、この場にいるもう一人は違うようだ。
「キ、キサマ……! 今の発言は神聖なるリヴィエラ教国への背信と取るぞ!!」
「そもそも信者じゃありませんし、教国の国民でもありません。いるかどうかも分からない神等より、私は自分の目で見たことを信じていますので、背信などと言われるのはお門違いです。そういうことは教国にいる教祖様にでも言って差し上げればいかがですか?」
「ぐ、ぐぐぐ……、言わせておけば~……!!」
「ともかく、今は貴方のつまらないプライドに付き合っている暇などありません。逃げ出したいのなら止めませんから、ご勝手にどうぞ」
心底人を見下している、いや、そもそも相手を人とみなしていない場合、このような目をするのか、と思わせる程、ミディエルの視線は冷めきっていた。教会、と言うよりも教国そのものに恨みでもあるのかもしれないが、それにしても司祭長を相手に随分と毒を吐いている。実際、この司祭長は敬う価値すらないが、それにしてもただの偏見とは思えない程の冷やかさを感じる。公国と何か因縁があるのだろうか?
「マルシアさんとフェラルドさんには、魔物の大群を押し返してもらわなければいけません。とはいえ、ただ闇雲に剣を振り回しているだけではそれは叶いませんね」
ついてきて下さい、と言われて大人しくその背中を追うマルシアとフェラルド。司祭長は扉の向こう側へと消えるミディエルの背中を未だに睨みつけているだけで動かないところを見ると、どうやらこの件には一切かかわらないつもりでいるようだ。まぁ、肩書だけの司祭長である為、特に問題は無いのだが。
最近仕事が忙しい為、執筆に時間を割けない状況となっております。
申し訳ありませんが、これ以降更新が遅れたりすることも多いかと思われますが、何卒ご理解お願い致します。