二章 十二話
「よかったのかい?」
「何が?」
「さっきの事。ギルドで男を投げ飛ばした事だよ」
「あぁ、あれね。どの道これ以上ギルドに行く事はないから問題無いよ。この街で受ける依頼は今回ので最後。後は知ったこっちゃないね」
これは事実だ。一刀の構想では、これ以降ギルドを使う気はない。路銀等は先日受けたゴブリン討伐の際におまけとして手に入れたオークの素材を売り払うことで入った報酬があるからだ。後はこの件さえどうにかしてしまえばこの街にはもう用はない。ファラナやルナの事もあるが、これに関しては時間がかかるということなので、そこまで長い間この街で過ごす必要もない。したがって、この街にこれ以上滞在するのは時間の無駄と言っても過言ではない。
「なんか、社会不適合者が言いそうな言葉だね……」
「社会に適合したことなんて一度も無いよ。そもそも適合は合致することじゃない、従属することだ。俺はそれが出来ないから、テロなんて起こしたんだよ」
「ヤヴァイ、ものすごく実感が篭もってるから、なんも言えねぇ……。じゃあ、もうこの街には滞在しないってこと?」
「いることはいるさ。何をするかは、その時になってみないと分からないけどねぇ」
「なんかとんでもないことをしそうな気がするのは僕の気のせいでしょうか……」
「さぁねぇ。世間から見れば、俺なんてやること成すこと素っ頓狂に見えるだろうよ。それを碌でもないだのなんだの言うのは他人に任せておけばいい。今はするべきことをするだけだよ」
「何この子……、カッコいいこと言ってる気がするけど、実際中身は自己中心的な理論の塊じゃないですかぁ!!」
「”個人を尊重”」
「ヤメロ! 過去の言葉を盾にするんじゃない!!」
つい先ほどまでギルド内で騒動を起こしていたとは思えない程軽い会話を交わしながら、一刀は街の外へと出ていく。まさか、馬鹿正直にオークを狩りに行くとも思えない。
一応、向かっている方向は、依頼にあった場所と合致するが、やはり”前準備”の為なのか、実力は置いておいて、傍目から見てもオークと戦いに行くような見た目には見えない。
「でさ、本当に何するつもりだい?」
「見てれば分かる」
「反抗期か……、お父さんは悲しいよ・・・・・、よよよ」
「……」
「無視はヤメテ! それが一番傷つく!!」
端末の軽口を何気なくスルーする一刀は、問題の依頼があった場所へと到着する。近くに村があるなど、先日グレイウルフ討伐の際に向かった森と大して違いは無い。あるとすれば、方角くらいだろう。
依頼を受ける際には、一度村の方へ顔を出すようにと条件の中に記されていたが、村に行ったところで一刀のような見た目の少年に任せられるとは思えない。間違いなく、英雄願望を持つ子供か、ただの手違いだと思われ街に帰されることになる。
「まぁ、もともとオークを始末しに来たわけじゃないからねぇ」
そう、一刀の目的は依頼とは別にあった。
「その目的とやらは、この森の中にあるのかい?」
「まぁね。一つ分からないことがあるんだけど……、それは現地調達でいいか」
「??」
一刀の言っている分からない事、それが何を示すのかが分からず、首を捻る端末。その疑問に答えを返さず、ただ黙々と森の中を進んでいく一刀の足取りには迷いがない。時々視線が辺りをうろつく事から、何かを目印にして進んでいるのは分かるが、それが何かは口にしない。
そうやってどれだけ歩いていたか。それまで色んな場所に視線を走らせていた一刀の目が不意に一か所に固定された。
「見つけた」
視線の先を辿っていくと、そこには一般向け雑誌等では規制全開のモザイクがかかりそうなほどグロテスクな様相をした動物の死骸があった。
躊躇いも無くその死骸へと近づいた一刀はいきなりそれらを調べ始める。近くに落ちていた枝を使ってひっくり返したり、中身を開いてみたり……。
「オエッ……」
「えづくなよ、機械のくせに」
「いや、あの……、機械越しに見てもエグイからね、それ。むしろ君が平然としていることが僕には驚きだよ」
「そう? 人斬ったら中身出るじゃない。アレと同じもんだよ」
「人……、そうだったね、君人殺しだったね……」
「反社会主義者と言ってほしい」
言いながらも漁る手は止めない。やがて満足したのか、それまで死骸を転がしていた枝を放り捨て、その場に立ちあがる。
「何か分かったのかい?」
「一応、ね。知りたい事は知れたかな」
踵を返す一刀の表情は、先ほどのまでのように何かを知ろうとしているものではない。獲物を探す狩人のような眼光を放っている。
「釣りには、餌が必要だよなぁ」
ニヤリ、と笑みを作った一刀の視線の先では、茶色の毛皮を持った兎が跳ねていた。
「なるほど、餌か」
「そ、餌」
街道を歩く一刀の背中には、籠一杯に入った兎や狐、熊等の肉がある。これらは全てあの森の中で仕留め、捌いてきたものだ。あまり衛生面に気を使っていないのは、これを食べる為に集めたわけではないためだ。
「それが、あの動物の死骸から分かった物かい?」
「そういうこと」
あの時一刀が調べていたのはオークの餌。オークが普段何を食べて生き延びているのかを知ることが必要だったため、今回オークの討伐依頼を受けてまで調べにきたのだ。
オークであった理由は特には無い。ただ、ゴブリンだと数が揃わなければ冒険者に殲滅される可能性があるし、グレイウルフも真価が発揮されるのは森の中など視界が悪い場所に限られてしまう。したがって、消去法且つ、どこでも安定した強さを誇るオークが今回のターゲットに選ばれることとなった。
「しかしまぁ、考えかたとしては分かるけど、少し危険過ぎやしないかい?」
「あくまでおびき寄せるだけだよ。実際に襲撃なんてされたら後始末が大変だし。俺がやるのは発破をかけるだけさ。いざとなれば全部斬るから問題ないでしょ」
「うぅん……、この脳筋思考、どうにかしないと」
端末の声を完全に無視した一刀は、街の近郊から少し離れた場所にある森の中に足を踏み入れていく。ちょうど、門に駐屯している兵からも見えない位置を見つけ、見つからないように入ったため声をかけられることはない。
少しばかり立ち入った場所に多少開けた空き地のような広場を見つけたため、その中心に無造作に背中に背負っていた籠のなかからいくつかの肉を置いてその上から更に別に回収していた動物の血をかける。
「うぅわあぁぁぁ……、グロイぃぃぃぃ」
「そう? この程度ならそれほどでもないよ」
「なんでそう平気なのさ! 普通の人なら二三回吐いてるレベルだよッ!」
「自給自足の生活が長かったからねぇ……」
「そういう問題? いやまぁ、確かに動物捌いたりするだろうけどさ!」
そうこうしているうちに、オーク用の罠のようなものが完成する。とはいっても、捕縛用ではない。あくまで引き寄せるためのものだ。
だが、ここで放置しているだけでは、かかるものもかからない。何のためにこれほどの数の動物の肉を用意したのか。
「さて、ばらまきに行こうか」
「この作戦ってさ、改めて見ると結構力押しなところが多いよね?」
「無い頭捻ってるんだから、そうなるだろうよ」
もとより単調極まりないのは承知の内だ。一刀にとって必要なのは寄ってくる事で、実際に実害を出してもらうわけではない。街への襲撃も作戦の内に入っているのならば、それはそれで更に行うことはあったが、今回はこれでいい。
冒険者ではなく、門番や一般兵に見られることこそが本来の目的なのだから。あくまで自然発生しているように見せかけることと、一刀がこれを仕込んだ事を悟られないようにしなければならない。前者はどうにでもなるが、後者は流石にバレるとこの世界ではそれなりに大きな罪となるため、かなり気を使う。
オークがかかる前に魔獣や肉食動物がかかることも考えたが、逆に言えばそれもオークにとっては獲物になる。さして問題はない。
「……いた」
そうやってどれだけの動物の肉を撒いたか。そろそろ背中の籠の中身が寂しくなってきたころ、ようやく一刀は目当てのお相手を発見する事に成功する。
「通常のオークだね」
「ひ、ふ、み……、全部で五体か。いや、一匹木の陰に隠れてるな」
「分かるの?」
「頭隠して尻隠さず、だ。気配を探ればそれくらい分かる」
「そういう問題じゃないと思うんだけど……。しかも、それじゃあ諺と全然違う内容になると思うし……」
「知った事か」
迂闊に近づいて刺激する事を避ける為か、なかなかオーク達に近づこうとしない一刀。下手に刺激を与えて、この場で暴れられたら堪ったもんじゃない。
向こうの索敵圏内に入るか入らないか程度の距離を保ち、ポツポツと動物の血を垂らしていく。
オーク達は、まだ地面に並ぶ斑に気付いた様子はない。そして、おかしなことにそのオーク達はまるで何か指示を待っているかのように直立不動で動かない。軍隊のようにも見えるその様相に、一刀は少しの間考え込む。このまま街の近くまで誘導してしまってもいいのか、と。
「まぁ、いいか」
結局のところ、一刀はきっかけを作るだけで解決をするわけではない。後の事は教会の強欲司祭やあの青年に任せておけばいい。
そう判断した一刀は、再度地面に斑を作る作業に戻ろうとするが、何を思ったのか、数瞬の間何かを考え込むようにして手を止めると、持っていた血を一気に周囲にばらまいた。
「何してんの!?」
「これだけやりゃあ気付くでしょ」
言葉通り、先ほどまで直立不動を保っていたオーク達の顔が一気に一刀がいる草むらへと向けられる。
真正面から向けられた視線に、一刀は一瞬その場から即座に離れるべきかどうか迷ったが、オーク達の目を見た途端、その考えを捨てた。
あまりにも無機質すぎるのだ。まるでガラス玉に目の絵を描いたような目には、先日オークの群れに出会った際に見た生気のある輝きと比べるべくもない。まだ石ころを見つめていた方がマシなものだろう。
どうやら指揮系統が構築された訳ではなさそうだ。洗脳か、もしくは自我の無い人形か。別段、それでも問題は無いが、コイツらに本能が無い場合どうやって誘導しようかと考えていたところで、一匹のオークが近づいてきていることに気付く。鼻が小さく動いているところから、血の匂いに気付いたか。三角飛びの要領で樹上へと飛び移ると、オークの様子を窺う。足下まで来たオークは、血がぶちまけられた地面を見ると、何かを探すように辺りを見回している。死体を探しているのだろうか?
「自我が無くても本能はある、か。難儀な生き物だね、アレは」
目は虚ろなままだ。が、口の端から涎が垂れ、鼻は激しく動き、いかにも獲物を求めているといった容貌になっている。本能が刺激され、本来の姿に戻ったオークは地面に血が伝っていることに気付き、その斑を追い始める。
他のオーク達もそれに続く。やはり本能には勝てなかったか。ぞろぞろと一体の後をついて行くオーク達は、一刀が誘導するように垂らしていった血を辿って街の近くまでやってくる。
外壁が見え始める頃には、オーク達は既に一刀が動物の死骸をセットしていた場所に来ている。それらを見つけるのもそう遅くはないだろう。
遠目に、街の関所を守る衛兵の姿も見える。ここまでくれば後は見つかるだけの簡単な仕事だ。
ふと、自分が彼らの前に出て行って、助けを請うことも考えたが、それでは事情聴取等をされた際、矛盾が発生する事も無きにしもあらず。ここは大人しくみつかることを期待しよう。とはいえ、オーク達の体も相当な大きさだ。茂みどころか木すら揺らしそうな巨体が森の浅い所を闊歩していればそうそう見つからないということはあるまい。
樹上で少し待っていると、案の定関所の衛兵が森の中に何かを見たと言って騒ぎだした。オーク達はまだ動物の死骸を漁っているようで、関所の様子には気付いていない。
やがて、関所から武器を持った衛兵が何人も出てくる。あまり統率された動きではないものの、錬度はそれなりに高いのか、構えが堂にいっている兵もちらほら見られる。
近くに来た為か、一匹のオークが衛兵達に気付く。口を血まみれにしているその姿は、見る者を恐怖させるには十分すぎた。近づいてきた衛兵もオークに気付いたのか、慌てて持っていた武器を構えて臨戦態勢をとる。
「なんでオークがこんな街の近くにいるんだよ!!」
「そんなの知るか!!」
オークの姿を目の当たりにして冷静でいるのはごく一部だけ。比較的若い衛兵等は、目の前のオークに冷静さを欠き、そのうろたえ様は一般人と言っても過言ではないほどだ。
「……なんていうか、こんなんばっかだね」
「一部はそうとも限らないみたいだけど?」
熟練の衛兵か、すぐさま自分の方へと意識を向けさせようとする者が何人かいる。撹乱戦法の一種だろうか、複数人から声をかけられれば、流石のオークと手どれから狙えばいいのか分からなくなる筈だ。
……普通のオークであれば、の話だが。
一匹のオークが傍らに転がっていた棍棒を掴むと、気を引こうとしている衛兵の一人目がけて棍棒を振り下ろした。
「くっ……!!」
辛うじてそれを避けた衛兵だったが、棍棒が振り下ろされた余波で態勢を崩してしまう。他の衛兵達がなんとか気を逸らそうと挑発等アピールを行うが、それらに目も暮れず、オークはたたらを踏んでいる衛兵へと照準を定める。
「あれは流石に……!」
「マズイねぇ」
樹上から飛び降りた一刀は、衛兵たちやオークの視界に入らないギリギリの場所を見極め、その場から腿のホルスターから短剣を抜き、今にも振り下ろされようとしている棍棒目がけて投擲する。
ガキン、と甲高い音を立てた棍棒は、つい今態勢を整えた衛兵のすぐ横へと叩きつけられ、間一髪のところで被害が出ることはなかった。
今しがた攻撃を受け掛けた衛兵を始めとし、大体兵士たちは軒並み目を白黒させている。何があったのかイマイチ理解出来ていないようだ。
が、オーク達は違うようで、一斉に視線を短剣が飛んできた方向へと向ける。先ほどもそうだったが、こうして皆一様に無機質な視線を向けられると言うのは、言いようの無い不気味さがあって少し困る。
視線の方向には一刀がいるが、今は身を隠しているためどこにいるかは分かってはいないだろう。だが、オーク達の標的が兵士から一刀へと移った事で、衛兵達へと気が完全に逸れる。その瞬間を見計らって、兵士の一人が指揮を取り、なんとか全体の態勢を整える事に成功する。
「……ここまでかな」
だが、一般的な衛兵とは異なる統率を見せた兵士達の前から、オーク達は走り去っていく。オークを誘導しているのは一刀だ。自分がターゲットとして見られたことから、これ以上の被害を出さないためにも引きつける為にこれまで殺していた気配を生かし、その場から付かず離れずの距離を保ちながらオークの前を走っていた。
茫然とオーク達の背中を見送る衛兵達だったが、すぐさま我を取り戻し、何人かの哨戒兵を残して街の中に入っていく。
一刀の企みは概ね成功といったところか。
「さて、コイツらどうするかなぁ……」
樹上から呟き、下を見るとオークの群れ。
流石にこれは想定外だった。