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二章 十一話

「はてさて、いかようにすべきか……」

「……」


 一刀が例の青年と司祭の密会を覗いていた夜の翌日、未だ朝靄の晴れぬ街路に、軽快な声が響き渡る。


「このままだとこの街が魔獣や魔物の集団に呑まれるのも時間の問題だねぇ。これはかなり責任重大だよ、一刀君」

「……」

「いや、そもそもこの街の権力者の職務怠慢によって引き起こされた事例だから、君には特に責任は無いのかな? いやでも、知った以上は見逃せないよねぇ、どうするのかな?」

「一つ、聞きたいんだけど」

「何?」

「なんでこんな朝っぱらから外に出なきゃならんのか」

「疑問形になってないと思うんだ、それ」


 たった一人で虚空に向かって話す一刀は、それこそ傍から見れば滑稽に映るだろう。だが、その言葉の矛先は彼の懐にしまいこんでいる端末へと向けられている。


「そんなもんどっちでもいいだろ。なんで俺がこんな朝早くに外に出なきゃいけないのかを聞いてるんだ」


 その声音には、いかにも不機嫌です、と言いたげなものが含まれている。それもそうだろう、気持ちよく睡魔に身を委ねていたところを、強制的に叩き起こされたのだ。音という名の暴力によって。

 さらに言うと、性質の悪いことにこの”音”はどうやら一刀の頭の中に直接響かせていたらしく、頭が割れそうな騒音に苛まれていたにも関わらず、周囲に一切影響を与えていなかったのである。自分一人が全ての被害を被った事に、流石の一刀もご立腹だ。


「ほら、朝の空気って気持ちいいじゃない? こうして肌に直接触れることで、今日も一日元気にやっていこうって意味も込めてゴメンナサイヤメテクダサイミシミシ言ってるからああああああ!!」


 例え弱体化していたとしても、元の何割かは健在の一刀だ。その気になれば握力だけで携帯端末ぐらいは破砕出来る。流石の端末もこれはマズイと思ったのか、端末内から異音が聞こえ始めた時点で懇願を始める。

 そもそも、端末の外装と神経がリンクしているわけでもないので、痛みなど感じないはずなのだが……。


「で、結局何を企んでるのよ?」

「企んでるなんて人聞きの悪い。僕は純粋に一刀君の為を思って……」

「迷惑極まりない。口を閉じるか、ここで俺にガワ毎握りつぶされるかどっちがいい?」

「前々から思ってたんだけど、君、たまに毒を吐くとかじゃなくて、純粋に口が悪いよね?」

「よく言われた」


 悪びれもせず、シレっとした態度で話す一刀に、端末の声は溜息を吐く。過去形なのは、向こうの世界での話だからか。もともと粗野な話し方ではなかったが、言葉の端々に毒が混じるのはその頃からの癖だからだろう。いずれにしろ、本人に治す気は無いようだ。


「そのことはもう諦めるしかないね……。それよりも、この時間帯に起こした理由なんだけど……、あれだ、悪者ってこういう早朝とか深夜に行動するのが多いよね」

「……それだけ?」

「それだけじゃないよ! これってかなり重要なことだよ? これはまさに僕が事の解決の一端を担ったと言っても過言ではないいいいいいい液晶が割れるうううううううう!!」


 液晶部分を親指で強く押さえながら、反対の手であくびが漏れた口を覆う。ベッドに入れば今にも寝付いてしまいそうな瞳からは、面倒臭そうな様子がありありと見える。


「正直に言って」

「もしギルドへと報告に行くのなら朝早くの方がいいと思っただけなんですうううううう!!」

「はぁ、全く……」


 先日の疲れが残っていることもあり、この時点で既に一刀の疲労はピークに達している。出来ることならば、宿に戻ってゆっくりと休みたいと思っているものの、この傍迷惑な声が妨害しようとしてくるのが目に見えている。


「こんなFランク冒険者の言葉を信じる奴がどれだけいることやら……。一笑に付されるのが目に見えてる」

「ならどうするんだい? 折角確固たる証拠が手に入ったのに、泣き寝入りをするのは流石に僕も見過ごせないよ」

「簡単な話だよ。裏で糸を引いているのなら、表に引き摺り出せばいい」

「本当に簡単に言ってくれるね。それがどれだけ難しいことか分かっているのかい?」


 権力も無し、伝手も無し、あるのはただオーガすらをも斬り伏せる程の武力のみ。はっきり言って、一刀の企みを実行するには足りない物が多すぎる。


「その為には……、一度死ななきゃねぇ」

「……嫌ぁな予感がするんですけど。大丈夫だよね? ね?」

「さぁ? 俺はもともとこういう工作系は畑違いだし、正直そこまで自信があるわけでもないんだよ」

「Oh...」

「でもま、出来る人間が限られているのなら、率先してやっていくのが普通じゃないのかな?」

「言ってる事がまとも過ぎて、僕にはそっちの方が驚きだよ……」

「なんだよ、人が普通じゃないような言い方して。俺はまだマシな方だよ、”仁”の中だとな」

「今明かされる衝撃の事実!! なんと”仁”は変態集団だった!?」

「ちょっと二つに折ってみようか」

「ちょ、ま、やめてえええええええ!!」


 念の為に言っておくと、この時間帯この付近に人影は無い事を二人は把握済みである。でなければ、こんなところで漫才のようなやりとりをする筈がない。……片方は端末越しであることも留意すべき事の一つだが。




「で、具体的にはどうするの?」

「その前に一つ言いたいんだけど……、今回は随分と長いな」


 依頼も受けずに街の外に出ようとする一刀に、端末がここまで抱いていた疑問を投げかける。その声に視線を向けることはせず、ただ至近距離でさえも聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で小さく呟いた。


「長い?」

「顕現……とでも言えばいいのかな? こうして話している時間が、だよ」

「あぁ、そういうこと。簡単な話だよ、こっちでやることが大体片付いたからね。これからは順次ナビゲート出来る程度には余裕が出来たからなんだ」

「そのナビゲートの中には、目覚まし時計の役割も入ってんの?」

「ふふふ……、朝からこの僕のスイートヴォイスが聞けて幸せになった? いいんだよ? これからは毎日耳元で囁いてあげるからね」

「次にやられたら液晶を叩き割る自信がある。無意識に」

「それはヤメテ! この端末が無いとこの世界で君とやりとりする事が出来ないの!!」

「俺をこの世界に送ったように、そっちもこの世界に来ればいいじゃないの」

「アレねぇ……、起動準備するまでにとんでもない時間と労力が必要なんだよ。こうやって声を届かせるだけでも結構なコストがかかるんだけど、アレに関してはコレの数百倍から数千倍のコストがかかるの。更に言うと、精密計算で座標を割り出したり、対象が送り先の世界で明らかにオーバーテクノロジーなものを持ってないか検査するだけでかなり時間がかかるし……。とにかく、そうそう使えるようなものでもないんだよ。君の時だって、元の世界の単位で考えると、数日やそこらだけど、実際は百年近くもの年月をかけてるんだよ。そう簡単には使えないねぇ」

「そこまで大仰なものを……。それを使ってまでこの世界に呼びだす程の価値が俺にはあったのかな?」


 少し悪戯めいた表情を浮かべながら一刀が問いかける。その返答は、一切感情を感じさせない声で返される。


「それに関しては君次第だ。覇道を行くもよし、悪逆非道の限りを尽くすもよし。君には役目があるとはいったけど、実質もう一度人生をやり直す機会を与えたようなものだから、好きなように生きるといいよ。やるべきことはやってもらうけど、それ以外は君の自由だ」

「なにそれ怠慢」

「個人を尊重していると言ってほしい!!」

「職務怠慢じゃないのさ」

「二回も言わないで!!」


 一瞬で緊張感が霧散したやりとりに、果たして本当に一刀は今回の件を解決する気があるのかどうかが疑われてくる。


「全く……。とにかく、あの方法は時間がかかるしコストもかかるから却下!」

「他の方法は? まさか、それだけってことはないんじゃないでしょ?」

「そりゃあ、無いことは無いけど……。それは最終手段ということで」

「わ~……、たいま~ん」

「もうヤメテ!!」


 人がまばらにしかいない大通りを歩く一刀の足は止まらない。端末に無理やり起こされたからといって、やることが無いわけではない。急いては事を仕損じる世の中ではあるが、兵は神速を尊ぶとも言う。仕込みを早めに終わらせるに越したことはない。


「どうするつもりだい?」

「さて、どうしようかねぇ……」


 どこか迷っていそうな声を出しながらも、その足取りはしっかりとしている。何らかの手段を講じているのは確かか。


「とりあえずは餌撒きからかなぁ」

「餌……かい? ……ハッ、さびきか!!」

「何言ってんの……?」

「素で返さないでくれるかなぁ……!」


 そんなやりとり(傍から見れば独り言)をしながら、一刀が向かったのはここ最近ではすっかりと見慣れたギルドである。

 ギルドの中に入った一刀は、他の物に一切目も暮れずに一直線に掲示板を目指す。早朝とはいえ、丸一日消費する依頼目当てに来る冒険者等もおり、そういった彼らから何やらヒソヒソと小声で話しているのが聞こえる。

 十中八九、先日のマルシアの事だろう。それなりに人気のある彼女に頭を下げさせたのだ、周囲からの評価は落ちる所まで落ちているだろう。

 そもそも、評価があったのかどうかは不明だが……。


「この辺でいいか」


 とはいえ、そんな周囲を気にした様子を見せない一刀は、適当に目星を付けて掲示板から殴り書きで書かれた依頼書を剥がし取る。それをカウンターへと持っていくと、いつものように眠そうな表情をした受付嬢が受け取る。流石に早朝ということもあり、今日は今にも寝落ちしそうだ。


「あ、あぁん……? おーくのとうばつぅ? あぁ、いいぞ、好きにやれぇ……、ふぁ……」


 普段なら絶対に止められるであろう依頼。一刀はこの時間帯であることを利用し、受付嬢に依頼を承認させた。


「君、やっぱり策士だよ」

「五月蠅い」


 承認さえ貰えば、後は依頼をこなすのみ。そうやって出て行こうとすると、一刀の目の前に大きな影が立ちふさがる。


「……? なにか?」

 一刀と比べると親子ほども身長に差があるため、どうしても一刀の視線は上目遣いになってしまう。そして、男は目の前の見た目は小さな少年に上から見下ろしながら小さく鼻で笑う。


「ふん、こんなガキがオークの討伐だって? いつからここはガキの遊び場になったんだぁ、エシュリー?」

「んあ? おーく……、オーク?」


 男の一言で目が覚めたのか、うろんげな瞳がようやく力を持つ。流石の一刀も、受付嬢の様子を見てマズイと思ったのか、さっさとギルドから出て行こうとする。


「おっと、待ちな。その依頼はガキじゃ無理だぜ。気が逸っているのかどうかは知らねぇが、ガキは大人しく家に帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな!」


 ガハハ、と笑いながら頭を叩く男に向ける一刀の目は冷たい。


「ねぇ、一つ聞きたいんだけどさ」

「ガハハハ……、は?」

「帰る家が無ければどうしたらいい?」

「な、なんだって?」

「帰る家もなく、待っている人もいない。そんな俺はどうすればいいんだって聞いてるんだけど?」


 一刀が低い声でそう言ったところで、ようやく男は自分が迂闊に手を出すべきではない相手に出してしまた事を悟る。

 先ほどと変わらず、一刀の表情に変化はなく、下から上目遣いで見ている目にもさして違いは見られない。だが、一刀が視線に乗せて男に送っているのは殺気だ。それこそ、一般人が受ければその場で腰を抜かして立てない程度には強い。

 どうやら、目の前の男はそれなりに実力があるらしく、一刀の殺気を受けても顔色を変えることはあっても、その場に倒れるなんてことはない。その部分に多少関心を覚えた一刀ではあったが、だからと言って必要の無い賛辞を送る気はない。青い顔で脂汗をかいている男の脇を抜けてギルドの出口へと向かう。


「おい」


 ……向かおうとすると、またもや絡まれた。


『これはもうお約束だねぇ』


 一刀の頭の中へ直接響いた声に悪態をつくと、目の前の男へと視線を向ける。いかにも冒険者らしいがっしりとした体格に、刈り込んだ短い髪。防具は軽鎧だが、関節部など守るべき場所を理解しているのが分かる作りの物を身に着けている。先ほどの男も同じような格好をしているところを見るに、これがこの街では一般的な冒険者の格好なのだろう。逆に個性が無いような気もするが、無くて困るようなものでもない。


「先輩への態度がなってないな……。ここは一つ俺が教育してやるよ」


 あからさまに戦闘態勢を取っている目の前の男。どうやら、教育=痛めつけるということのようだが、その先輩冒険者が新米冒険者に対して剣を抜くのは態度としてはどうなのだろう、などと的外れな事を考えている一刀は男にしてみれば隙だらけに見えたのだろう。背中に差している剣を抜くと、柄の底で殴りかかってくる動作を半歩後ろに引くことで避ける。そして、振り下ろされた腕を掴んで足を掬いあげ、その場に叩きつけた。


「ぐ、ぁっ!?」


 この世界に受け身という技術があるのかどうかは知らない。が、少なくとも目の前の男は知らなかったようで、背中から衝撃を受けた男の口からは、肺に溜まっていた全ての空気が抜け、一時的な呼吸困難に陥る。


「はぁ……、めんどくさい……」


 男に対し、興味の欠片も見せずに持っていた手を離して今度こそギルドの外へと出ていく。

 一刀が男を投げた辺りから、ギルド内は水を打ったように静かになり、それは一刀がギルドを出て数分経つまでギルド内は沈黙に包まれていた。


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