二章 十話
「さて、どうするべきか……」
ギルドから戻った一刀は、これからの事に思考を走らせていた。具体的に言うと、例の魔獣が大量発生し、強力な魔物が街の近くへと降りてきている件についてだ。おそらくは、今回の報告に関しても握りつぶされることが目に見えている。例え、それが上の判断であろうがなかろうが。
問題は、それがどこで潰されるか、だ。
本当に領主まで届いているのに黙殺されているのか。それとも領主以外、報告を受け取る立場にある人間が潰しているのか、それを確かめなくてはならない。
とは言っても、別に溢れるチャリティー衝動を持て余した結果の行動ではなく、単にこれからの活動を鑑みるに、万が一にもこの街が魔物の襲来で滅びたりすると、また別の街に移動した際に勘ぐられる可能性が高いからだ。事実、いつの間に情報を共有したのか、グルグラに来た際に一刀がEランク直前の状態になった原因が知られている。それに対し言及はされていないものの、少なくとも好意的な評価は得ていないだろう。寄生行為を行ったも同然なのだから。
兎も角も、これからの事を考えると、この街に振りかかる危機を見逃すわけにはいかない。今後の為にも。今後の為にも!!
となると、まずは報告を行う相手を見極める所から始めなくてはならない。幸い、この世界には電波なんてエレクトリックなものは飛んでいない。魔法で代用できるものがあるのか、もしくは手渡しか口頭で伝えるのみだろう。だとするならば、相手を特定するためには報告書なりなんなりを手渡しする現場を抑えなければならない。最も有力な手段としては、やはり張り込むのが一番だろう。
「張り込みは苦手なんだけどなぁ……」
いつも最前線で斬り込んでいた一刀にとって、下手な小細工は逆に失敗に繋がり易い。故に、張り込みといったことはこれまでほとんど行ってこなかった。逆に、実践したとしても上手くいくことはあまりなかった。大概が、その強烈すぎる殺気や存在感が煽られ、見つかることが多い。
だが、今はあの頃と比べると状況が異なる。一刀が行うべきは調査であって戦闘ではない。大々的に自らの存在を主張していく必要はない。
報告自体は今からか、もしくは遅くても明日の朝一には上げられることだろう。それほどまでに重要な案件であることが受付嬢の表情から読み取れた。
「ギルド職員が渡しに行くのか、それとも受け取りにくるのか……」
確実なのが、ギルドそのものを見張ること。表にしろ、裏にしろどこかしら人が出入りするのだ。それらしき人物を見かければ、それを追えばいい。
決まってしまえば、善は急げ。一刀は周辺をうろつき、ギルドの出入り口が見通せる場所を探す。幸か不幸か、このグルグラのギルドには、出入り口が一つしかない。裏口も無ければ、搬入口のような場所も無い。決まって、張り込み場所は正面入り口が見える場所になった。
向かい側の建物の屋上、いや、この場合は屋根になる。そこに立っているが、想像以上に行き交う人々の意識に入らない。安易に見える場所ではないから当然と言えば当然なのだが、それにしても上に対する警戒が薄いようにみえる。これでは、空を飛ぶ相手にいいようにやられてしまうのが関の山だ。
かといって、いちいち一刀が介入しなければいけないことでもない。それに、今はとにかく目の前の事に集中すべきだ、そう考えて一刀はギルドの出入り口を注視する。
時間もかなり遅くなるが、ギルドに出入りする人間は多かれど、それらしき人物は見当たらない。
正確に言うと、出入りするのがほとんどが冒険者風の格好をしている者ばかりなのだ。軽装の者も少なくは無いが、稀に全身甲冑の人物も存在する。
こうして見ているだけで面白みを感じさせるラインナップだが、その中に一刀が求める人物はいない。
そろそろ深夜になろうかという頃。流石に今日はこれ以上来ないだろうと一刀は考え、その場を離れようとする。が、たまたまとある人物が目に入った。
後ろに撫でつけたプラチナブロンドの髪と、何を考えているのか分からない常に浮かべた柔和な微笑み。……先日のマルシア達といった依頼、森の外で待っていた青年がギルドへと入っていくのが見えた。
単純に考えるならば冒険者、もしくはギルドの関係者と思われるが、こんな夜更けにギルドに来るのは流石に怪しい。更に言うと、一刀はあの青年に対し一種の疑念を持っていた。
「マルシアといいアイツといい、どうにもソレっぽくないよなぁ……」
やけに身綺麗なのだ。腕が立つから、と言ってしまえばそれまでだが、単純に服装だけの話ではなく立ち振舞いや話し方などもそれに入る。言うならば、育ちが違う、とでもいうのだろうか。とにかく、冒険者とは思えないような態度は、数多の為政者を目にしてきた一刀にとって、違和感のあるものばかりだった。
「まさか……」
そこまで考えてある結論に至る。お忍び、という言葉がこの世界でも通用するかどうかは分からないが、それなりに立場のある者であれば一刀が求めている条件に合致する。
そして、その疑問に答えるかのように、件の青年はギルドから出てくる際、何やら紙の束を持っていた。
どうやら、当たりであったらしい。
屋根伝いに青年の後をつける一刀。出来る限り気配を消して屋根の上を飛び移るも、まるで重力を無視したようなその動きからは一切の物音が聞こえない。忍びとしての教えを受けた覚えの無い一刀ではあったが、熟練の技は例え畑違いでも通用するほどだった。
青年はしばらく歩くと一件の建物に入っていく。他の民家等と比べると随分と立派なソレは、明らかに青年ただの冒険者ではないことを示している。
そして、彼が今入った入口の枠。そこには……
「十字架……、教会、か?」
否、教会のような荘厳な雰囲気は感じられない。庭や窓から見えるほんの少しの内装からはいかにも贅を尽くしたと思われる調度品が数多く見られる。まるで、門枠に申し訳程度に掲げられている十字架が安っぽく見える程に。
「どんな世界でも、宗教関連は碌なものがないねぇ」
ふと、人の気配を感じ、一刀は二階の奥と思われる部屋の窓へと視線を向ける。そこには、先ほどまで一刀が追っていた青年と、これまた豪奢な服装をした禿頭の肥満値が振り切っていそうな体格をした老人が何やら話しこんでいる。その手には、青年から受け取った紙の束があったが、それを暖炉の篝火の中に放り込み、笑みを浮かべている。
どうやら、あの老人が上がってくる報告を握りつぶしているようだ。そして、あの青年はその協力者、冒険者ではないことを踏まえるに、教会関連の人間だろう。
そうなると、あの青年の知り合いであるマルシアも何らかの関連性があるように思われるが、あの様子だと特に何も知らされていない可能性が高い。マルシアは今回の件からはじいても問題ないだろう。
だが、ここで一つ大きな疑問が浮上してくる。何故、このようなことをする必要があるのか、だ。
万が一にも、街のすぐ近くで魔獣が氾濫してしまえば、そこから堰を切ったかのようにグルグラへと魔獣、魔物は侵攻してくるだろう。そうしてしまえば、富裕層も貧困層も関係無く蹂躙されるのみの筈だ。
考えられるものとしては、その万が一を予想し、既に逃げ出す算段を立てている。もしくは、よほど自分の元にいる私兵に自信があるかの二つだろう。まさか、ここまで贅をこらした生活をしている者が、自分の身と引き換えにしようなどとは考えてはいまい。
何にしろ、碌な企みでないことは確かだ。
「ここで、やるか……?」
小さく呟いた言葉は、それ自身が刃となって夜の空気を切り裂く。
「ん?」
よくよく見てみると、件の青年が窓から外を見て何やら警戒したような仕草を見せている。まさか、今の一刀の呟きが聞こえたのか? いや、勘付かれるとしたら、敵意か殺気か。どうやら久しく仕合っていないせいか、少しばかり発しやすくなっているようだ。
今はもう治まっているおかげか、青年がこちらを見つけた様子は見られない。
証拠が無い以上は現場を直接抑えるしかないが、どうやらあの青年は大きな障害となりそうだ。
青年が何かに気付いたのか、近くの民家の屋根へと視線が向ける。が、そこには誰もおらず、気のせいかと首を傾げながらも、周囲に向ける意識は途切れない。
「どうかしたのか?」
青年に訝しげな言葉を掛けてきたのは、このいかにも悪趣味極まりない屋敷の持ち主であり、この街に一件だけある教会の司祭だ。おおよそ節制という言葉からは縁遠そうな腹を揺らしながら、忌々しげに呟く。
「全く、何度催促しても払おうとせん。忌々しい男よ。奴が払いさえすればわしもこんな辺境ではなく、故国へと返り咲くことが出来るというのに……!」
司祭の言葉に出てきた男というのは、この街の領主の事である。そこいらの貴族や大商人と比べても資産を多く有しており、小さな国家程度のものは持っていると言われている。本当にそこまであるのかどうかを確かめた者はいないが、色んな場所から骨董品を買い漁ったり、個人で貿易を起こすなど普通の領主では考えられない程の収支を誇っている。とは言っても、領主である以上領民にも目を向けることを忘れていないのか、個人資産を用いて公共施設を立てたり、仕事を持たぬ者に仕事を斡旋するなど、領民からはそれなりに評価を得ている。
善人ではないが、決して悪人には成りきれない、典型的なタイプだろう。もしくは、単純に憶病なだけか。
この領主だが、ここ最近教会に対してお布施を払うことを忘れていたり、そもそもそれ自体に予算を割いていない、といった行動が見られていた。それに対し教会は再三催促という名の脅しをかけてはいるが、一向に払う気配が無い。司祭にしてみれば、これまで安定的に得てきた収入がいきなり無くなった事で焦ったのだろう。予定の日付になっても払われないことに酷く憤慨し、領主へと抗議を行ったのだ。領主はこれを受けて、今までは忘れていただの、予算が低くて組みづらいだのとぼかしてくることが多かったが、ここ最近になってはっきりと払う必要が無い、と言ってきた。心境の変化があったのかどうかは分からないが、これに対し、最も割りを食ったのが件の司祭である。
とはいえ、そもそもの話、この領主からのお布施は街中で教会が市民に行う奉仕活動に対する礼金のようなものだ。が、この街の教会はそういった奉仕活動を怠り、お布施を全て司祭の懐に入れ、そのまま賄賂やこの趣味の悪い屋敷等に投資されてきたのだ。傍から見れば、義務を放棄している教会に、どんどん大きくなる司祭の屋敷。お布施がどのように使われているのかは一目瞭然だっただろう。
急激に態度を変えた領主に誰かが入れ知恵しているのは確かだが、元はと言えば司祭があからさまな横領を行ったことが原因である。にも関わらず、この司祭は本国リヴィエラ教国にお布施を払わない領主がいる、と報告したのだ。更にはこの領主は背信者で、一刻も早く矯正の必要がある、と言って青年を本国から呼び寄せるまでに至った。全くもって度し難い屑である。
だが、本国から派遣されてきた以上、仕事は行わなければならない。この司祭の依頼は、街の近くに魔獣を氾濫させ、それを街へと誘導するというもの。兵士が出動する機会を作り、被害を増やして結果的に領主の負担を重くするというもの。やってることがただの嫌がらせレベルになっていることについては追求してはならない。この程度の事しか思いつかない司祭が悪いのだから。
現状では順調と言えよう。ただ、少しばかり行き過ぎている点の多々見受けられる。この司祭がそれを認知しているのかどうかは分からない。
いや、もし分かっていたとしても、理解はしていないだろう。既にやり過ぎているということに。
先日近くの村に依頼で行っていたマルシアに用があり、青年もまたその村へと向かったが、マルシア達が修行をしていたとされる森の中、少しばかり奥まで行ったところにオーガのいた痕跡が見つかった。オークならば、多少数がいたところで青年にはさほど問題は無いが、オーガとなると話は別だ。その場にはいなかったため、既に移動したものと思われるが、この街に来ないとは限らない。現に、村からそこまで離れていない場所でその痕跡が見つかったのだから。
司祭は責任を全て領主へと押しつける気のようだが、そう上手く事が運ぶとも思えない。誰が領主に助言をしたのか、また、それはどのような立場の人物か。不鮮明な事が多すぎる。
例え失敗しても、全てはこの司祭が被ってくれる。いや、負わせると言った方がいいか。最終的な保険がある以上、青年が既往必要は何も無い。
「では、この次もよろしく頼むぞ」
「ええ、お任せ下さい」
薄く笑みを形作る青年―フェラルド・オーリアの目は、目の前の脂肪の塊をただ冷たく見下ろしていた。
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