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二章 九話

 翌日。先日言っていた通り、朝一番にギルドへと向かった一刀は、受付嬢からゴブリンの依頼を受注し、そのまま西門を経由して街の外へと出向き、少し離れた場所にある平原へと足を向けていた。


「あれか……」


 見晴らしの良い緑のキャンバスを連想させる平原に、まるで小さな染みのように固まっているゴブリン達。そして、その中央にあるのは赤黒い物体。おそらくは、この平原で捉えた獲物を捕食している最中なのだろう。周囲に対して一切の警戒を見せていないところを見るに、彼らにとって見張りという概念はないのだろうか。もしくは、目の前の肉に夢中になっているのか。

 なんにしろ、今が好機であることには変わりはない。意識が食事に向いているなら、背後から忍び寄ることで即座に狩る事が可能だ。一刀は抜刀した状態の少しくすんだ鈍色の刀身を持つ刀を逆手に、音も無くゴブリン達の背後に忍び寄っていく。

 が、ここで一匹のゴブリンが勢いよく顔を上げて周囲を見渡す。気付かれたか、と思ったがどうやらそうではないらしい。ゴブリンの視点は少し離れた場所にいる一刀へと向けられずに、平原を囲う森の方へと向いている。


「まったく、よく会うねぇ……」


 一刀がそちらの方へと視線をやると、木々の隙間から見慣れた顔が覗き出している。緑色の巨体、むき出しの牙、……オークだ。ぞろぞろと森の奥から出てくる姿に戦慄しているのか、先ほどまで夢中で肉に貪りついていたゴブリン達が我先にとその場から逃走していく。

 オーク達は、そのゴブリンの後を追うようにして走っていく。標的にされたのか、その様子を見て更に逃げ回るゴブリン達。そして、当然の事だがゴブリンの近くにいた一刀もターゲットへとロックオンされる。各々握っている獲物は異なり、素手のオークも混じっていたがそれでも一般人や低ランク冒険者には脅威になり得る。

 総数は二桁近い。が、一刀の表情に焦りはなく、抜身の刀をただ音もなく構える。


「GUAAAAAA!!」


 棍棒を振り上げて突っ込んできたオークの脇をすり抜け、棍棒を持つ方の腕を斬り飛ばす。そのまま棍棒オークの後ろから接近していた無手のオークの懐に一息で踏み込むと、逆袈裟にその巨体を斬り払った。


「GUOOOO……」


 仰向けに倒れていくオークに一瞥もくれずに、そのまま背後を振り返って片腕を無くしたことでバランスを崩した棍棒オークの首を切り落とす。更に側面から迫ってくる錆びたロングソードの襲撃をその場に伏せて回避、低い姿勢から跳ね上げるようにして一気に胴体を斬り上げる。即死させるのではなく、出血多量を狙うことで労力を最小限に抑える。

 どうやら、向かってきた三体以外が、一刀を標的としたらしく、巨大な体を最大限に生かしながら一刀へと迫る。


「面倒な……!!」


 緋色の輝きを見せる右手に持った刀を逆手に持ちなおすと、左の二の腕にに右手をかざす。抜刀するように、右手を振り抜くと、パンと渇いた音と共に現れる一振りの刀。左手で柄の部分を掴むと、向かってきたオーク目がけて振り抜く。蒼い奇跡を描きながら、オークを両断すると、すぐさま後続へと視線をやり、今度は右手に持った刀で斬り伏せる。そうやって流れるように続けて向かってくるオークを斬っていき、気付いた時には先ほどまで緑が生い茂っていた場所に夥しい量のオークの死骸とそこから流れ出た血で染まっていた。動いているものは一刀以外に存在しない。逃げていた筈のゴブリンの死骸が少し離れた場所に転がっているのを見るに、追いついたオークにやられたのだろう。鈍器で繰り返し殴られたのか、えらく陥没している部分が目立つ。


「ふぅ……」


 小さく息を吐いた一刀は、ゴブリンの死骸へと近づく。”証”を回収するためだ。

 尖った耳を剥いでいくのはそれなりに慣れた冒険者でもなかなかに辛いものがある。それを表情も変えずに淡々と行って行く一刀は見る人によっては胆力があったり、不気味に思われるものだろう。

 それにしても、だ。

 いくら対応しきったとはいえ、今回の予想外の襲撃にさしもの一刀も内心では動揺を見せていた。この平原は街からそれほど離れていない。目と鼻の先、とは言わないがそれでも子供の足でも十分に通える場所ではある。そんな近場に二桁……、正確に数えると十八体ものオークが出現したことは明らかに異常であると言える。これがもしも一刀ではなく、新米冒険者などであれば、数と質で圧倒され、瞬く間にミンチにされるのが目に見えている。


「流石に、今回は報告無しはマズイかなぁ……」


 前回のオーガは、それなりに森の中に入った場所にいたうえ、別の個体を確認出来なかったためアレ一体であると断定し報告はしなかった。そもそも遭遇して討伐したと言っても信じてもらうことなど出来なかっただろう。

 だが、今回に関しては証拠があるため、信じてもらうこと自体は容易である。誰が倒したか云々は多少揉めるかと思うが、そんなものは些細な事でしかない。


「とはいえ、この数を剥ぎ取るのもなぁ……」


 入れ物に余裕があるとはいえ、流石に十八体ものオークから剥ぎ取るという行為自体がメンドクサイのだ。溜息が洩れるのも仕方の無いことだろう。

 兎にも角にも、まずはゴブリンから終わらせなければどうしようもない。


「あぁ、メンドクサイ、メンドクサイ」


 ぼやいてみるものの、事態が進展する事はなし。結局この日、剥ぎ取りが終わったのは日が落ちる直前の事だった。



「オークの群れ?」

「です」


 グルグラに戻った一刀はその足ですぐさまギルドへと向かい、遭遇したオークの集団の事を話す。

 受付嬢を始めとし、ギルド内にいた他の冒険者も一刀の言葉に耳を傾けていたものの、どうやら冗談ととられたのか、すぐに呆れた表情を浮かべて一刀から目を逸らす。が、一刀が受付カウンターの上に置いた大量のオークの牙とゴブリンの耳を見てその表情が一気に変わった。


「これ、マジか……? いや、本物だ。全部オークの牙……、三十六本!? それと、こっちはゴブリンの片耳か。それでも相当な数だぞ、これ」

「一応、証になるもの全部持ってきたつもりですが……、まずかったですか?」

「いや、問題無い。ただ、ゴブリンは分かるんだけどな、この数のオークなんざ普通それなりに錬度の高いパーティか、レギオン組んでないと難しいんだぞ。本当にお前がコレやったのか?」


 以前にも出たレギオンという言葉。これは複数のパーティが利害が一致した際に組む大規模なパーティの事を言う。レギオンの編成が前提とした依頼の中には、大規模討伐も含まれるため、今回一刀が遭遇したオークに関してもそれが適応される。


 ……少しばかり気が逸っていたようだ。


「その辺の判断は任せます。俺がやってようがやってまいが、少なくとも今日一日でそれだけの牙が取れる程のオークの死骸があった事は確かです。これが普通なのかどうかは俺には分からないので、そちらにお願いしようかと」

「……分かった、報告はこっちでしとく。上手く領主の方に伝わればいいんだがな。でないと、流石に今回の事を握りつぶすにはデメリットが多過ぎる」


 そう言って、受付嬢はカウンターの向こう側に消える。報告書を纏めているのか筆音が聞こえてくる。せっかちなのか、行動力があるのか。

 今回の報酬に関しては、ゴブリン対峙の500ルクスに加え、オーク素材売却の値段が加算される。普通ならば、ここにオーク討伐の報酬が加わるのだが、今回は一刀一人で行ったこともあり、裏付けが取れない為、討伐報酬が払われなかった。本人はそれでもいいと言っているだけに、ならばと他の人間は自分に都合のいいように解釈する。その結果が今回の報酬、となる。

 討伐分は無いとはいえ、その額は決して小さなものではない。少なくともこれでしばらくの滞在費は確保が出来た。無理して薬草をかき集める必要も無くなったわけだ。

 明日はどうしようか、などと考えながらギルドの掲示板へと視線を走らせていると、唐突に背後から声をかけられる。


「あ、カズト君だ」


 その声に振り向きはしない。が、右手は左腕の二の腕辺りにそえられている。何かあれば即座に抜刀する為だ。


「む……、無視するとはいい度胸してるね」


 若干不機嫌な声が聞こえてくるものの、一刀が振り向くことはない。別段、意地悪をしているといったことではない。ただ、一刀の中での彼女に対する疑念が思いのほか強くなったため、警戒をしているだけだ。


「どこぞのお嬢様が冒険者なんてものをやっているよりかはマシだと思うけどね」


 そう呟いて振り向いた一刀の目は知り合いを見るようなものではなく、完全に他人を見るものになっている。言ってしまえば、警戒心を剥きだし、というわけだ。


「ん? お嬢様って何のこと?」

「さあ? 分からないんならいいさ。で、何か用?」

「そんな嫌そうに言わなくてもいいじゃない……。昨日の事をさ、謝っておかないとって思ってね。一方的に言っちゃったから、もしかしたら気を悪くしたかなぁって」


 申し訳なさそうに俯くマルシアは、本当に反省をしているのかばつの悪そうな表情をするも、なかなか一刀と視線を合わさない。あんまり信用出来る態度ではないが、彼女の性格を鑑みるに、あまりこういった謝罪が必要な状況に陥ることはないのだろう。不慣れな雰囲気を強く感じる。

 が、想像してみるといい。ここはギルド内の掲示スペースであり、依頼を受ける、もしくは吟味しにきた他の冒険者が集まる場所でもある。そんな所でこの街ではそれなりに人気のあるマルシアが面と向かって謝罪をしているのだ。周囲から見れば、一刀がマルシアに頭を下げさせている、と思われてもおかしくはない。無視をしきれなかったのはそういった理由があった為だ。正直、一刀に向けられる周囲の目はあまり好意的ではない。


「別にいいよもう。気にしてないし……」

「え、ホント? ならもう大丈夫……」

「興味も無いから」

「え?」


 それだけ言い放つと、一刀は振り向きもせずにギルドの出口へと向かって行く。まさかそこまで邪険に扱われると思っていなかったのか、マルシアは明らかにうろたえた様子を見せる。


「ちょ、ちょっとちょっと! 待ってよ!」

「……何?」


 あからさまに面倒くさそうな表情を作る一刀が溜息を吐きながら振り向く。案に要件をさっさと言えと言われているような視線を向け、まるでつい先日まで親しくしていた知人に対する態度ではない。そこまで親しくしていたわけではないが、マルシアは今まで見せることがなかった一刀のその態度に、再度声をかけることを躊躇う。


「え、えっと、その……」

「……」


 無言の圧力がマルシアを襲う。マルシアと比べると、一刀の方が少しばかり背が低いため、下から見上げられる形で睨みつけられる。ファラナ辺りにやってみると罵られて快感、等と言いそうだが、残念ながらマルシアにそんな性癖はない。見た目にそぐわない威圧を発している一刀に声をかけるのは至難の技だったようで、結局マルシアは一言も口にする事が出来ず、一刀が何も言わないマルシアに見切りを付けてギルドから出ていくまでその場で固まったままだった。



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