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二章 七話

 マルシア達が訓練を終えて宿に帰ってきたのは、既に日も高く上がった頃。疲れ切った少女達はそのまま自室へと戻っていき、マルシアは一人宿の一階の食堂で黄昏ていた。


「で、いつ帰んの?」


 そんな彼女に、とりあえず当面は活動出来る程度には眠気が取れた一刀が声をかける。どことなくダルそうに見えるのは、昼間に寝過ぎた為か、もしくはこれからまた少女達と行動するのがメンドクサイからなのかは分からない。


「一応、あの子達の疲労がある程度取れたらグルグラに戻るよ。それまでちょっと待ってもらわなきゃいけないけど」

「満身創痍だったような気がするんだけど……、アレ今日中に回復すんの?」

「中途半端に体力を残すと、回復しづらいんだよ。だからいっその事、全部消費して短時間でいいから休息入れて、ってするとそれなりに回復しやすいの。だからそこまで気にする必要はないよ」

「あんまり納得は出来ないけど、まぁいいか。その言い方じゃ、まだ時間がかかると思ってもいいんだよね?」

「そうだね。完全に回復するには流石に時間が足りないから、ある程度で出発するけど、それでもまだ先かな」

「それじゃあ、それまでノンビリしてようか」

「まだ寝るの!?」

「誰が寝るって言ったよ。ただくつろぐだけだよ。引きこもりじゃあないんだからさ」

「ひきこもり……?」

「なんでもない。言っただけ」


 脇に持っていたコートを羽織ると、一刀はそのまま出口を目指す。と、そこでふと思い出しかのようにマルシアへ声をかけた。


「そういえば、銀髪の兄さんがマルシアの事探してたけど知り合い?」

「うん? あ~……、えっとぉ、まぁ知り合いだね。個人的なものだから、あんまり気にしなくていいよ」

「ふ~ん……。随分と面白いことを言ってたけどね。マルシアが俺の事を話してたとかなんとか」

「うぐ……、最近見込みがある新人がいるかどうか聞かれただけだよ。その時にちょっと名前出しちゃったけど、悪い事は言ってない筈だよ」

「悪い事は、ねぇ……」


 あの青年の言葉からは、確かに一刀の悪評を聞いてここに来た、といった感じのものは感じられなかった。また、マルシアがそういった告げ口や陰口を嫌うタイプには見えない。だとするならば、純粋に彼女は一刀の事を褒めていたのかもしれない。結局は受け取り側の問題だったのか。どうにも、あの青年の言葉には嫌味がたっぷりと感じられたが。


「まぁいいや。あの三人が復活したら教えてよ、準備はもう出来てるからさ」

「むぅ……、分かったよ……」


 何が納得いかないのかは分からないが、唇を少し尖らせているマルシアを一瞥した後、そのまま振りかえらずに宿から出ていく。

 いざ外に出ると、今の今まで屋内で寝ていた反動か、少しばかり一刀の意識が遠のきかける。意外と暑い日差しは、元いた世界の真夏程の暑さではないが、今の一刀の格好では少し辛いものがある。


「さて、どうしようか……」


 意気揚々と出てきたものの、特に行き先などは決めていない。ちょっとした暇つぶしのような感覚であった為、そこまで遠出する気はない。とはいえ、この村の中で暇を潰せる場所を知っているわけではないので、実質行き当たりばったりになってしまう。


「その辺ふらふらしてればいいか」


 最終的にはこうなる。

 何も無い村であるため、特に目新しい物も見つからず、行き先も特定せずにふらふらとしていると、いつの間にやら村の近くの小川にまで来ていた。自らの放浪癖の悪さに辟易する一刀であったが、村の中よりも幾分か涼しいこの場を離れる気は無かった。

 近くに何やらグレイウルフが数匹屯っていたが、特に手を出してくる気配が無かったため、スルーする。

 近くにあった少し朽ちた桟橋に腰をかけると、そのまま川の底を覗きながら一刀の行動が止まる。どうやら、懐から取り出した例の懐中時計を弄っているようだ。


「ず~いぶんと渋い趣味しているね~」


 一心不乱に、というわけではないが、それなりに集中力を研ぎ澄ましていた一刀の耳に、いつぞやに聞いたやけに癇に障るような声が届く。

 その声の発信源は、コートの中、懐の奥深く、元の世界にいた頃には必須アイテムと言っても過言ではなかった携帯端末からだ。


「久しぶりじゃないの。何? 通話料なら払わないよ」

「今なら一月千円で通話し放題! ……って、違うよ!! こっちがひと段落したから、ちょっとだけ様子を見に来たんだよ」

「それはそれは、ありがたいことで」


 全くと言っていいほど声音とかみ合わない言葉を発しながら、一刀は手元から目を離さない。


「酷いねぇ、こうして会いに来てあげたっていうのに……は! まさか、これが倦怠期ってやつかい!?」

「そうだね~……」

「全く言葉に力が入ってないんだけど……、まぁいいか。ちょっと伝えておかないといけないことが出来たから、それをね」

「……何を?」


 ようやく手元から視線を上げる一刀。とは言っても、その目が向けられているのはコートの下だ。正確に言うと、更に下に向けられたと言うことか。


「そ。これに関して言えば、戯れじゃなくて本格的に君の命に関わることだと思っていい」

「ふ~ん……。で、その内容は? 俺の存在がバレて、刺客が送られてるとか?」

「……」

「え……、嘘でしょ? 図星?」

「まさか先に当てられるとは……、一生の不覚っ!!」

「もう水没しろよオマエ」


 タイミング良く、目の前には川が流れている。放りこんでしまえば、この戯言発信機とは永遠におさらば出来るだろう。


「そうはいかんざき!! あ、ちょ、ごめんなさい! それだけは困るからヤメテ!!」

「はぁ……」


 振りかぶっていた手を下ろし、小さく溜息を吐く姿には、この数分でかなりの疲労がたまった事を窺える。それも身体的なものではなく、精神的な。


「話を続けさせてもらうけど、問題は刺客を送られることじゃなく、送られる方法なんだよ」

「方法? 事故死に見せかけるとかそんな感じ?」

「だね。相手も神様だから、そういった事象操作がある程度は可能なんだ。限度はあるけどね。ただ、規模ややりかたがかなり過激で、関係無い人を巻き込むのは当たり前。それどころか、君自身を政敵や宗教全体の敵として信託を下し、色んな人を扇動することもあるだろうね。つまり、下手をすれば国が一つ君の敵になるってこと」

「国が、ねぇ……。それはそれで楽なんだけどね。いちいち敵を見定める必要が無いから」

「たった一人で国とやり合う人間なんて君くらいなものだよ。てか、マジでやらないよね? ね?」

「その時による」

「出来ればその時が来る前に対処したいもんだけどねぇ……」

「向こうさんがちょっかい出してくる以上は難しいでしょ」

「仕方が無いとか言いつつも、若干楽しそうなのは気のせいかな? ダメだよ? 気付いたら一国が滅んでいたなんて僕嫌だよ!」

「そうなったら諦めろ」

「ドライだね!!」

「それはともかく、今後俺がやることは決まったの?」

「あぁうん、全然」

「仕事しろ、給料泥棒」

「酷過ぎない!? しかも、僕はどっちかと言うとみんなに給料をあげる側だよ!」

「じゃあ、税金泥棒」

「公務員でもないよ!!」


 不毛な言い合いが少しばかり楽しくなってきたのか、一刀の口数は減らない。が、言われている側にも多少の落ち度があるため、それを咎める事も出来ずに言われたい放題である。


「で、本当に決まってないの?」

「申し訳無いんだけど、そうなるね。僕自身、彼らがどう動くかを把握できていないからね」

「自慢げに言うこと? おおよその指針とかないの?」

「無いッス。判断は全て現場に任せてるッス」

「典型的なダメ上司じゃねぇか。いつか引き摺り下ろされるんじゃないの?」

「その可能性を否定出来ないのが怖いね……。あぁ、部下になんて思われてるのかが怖い……」

「まぁ、お前さんの職場の顧客満足度には興味は無いよ。しばらくは俺自身の意思で動いていいって事ね。正直今更だけど」

「そうなるね。こちらの立場としては心苦しいけど、君の考えで動けるっていうのは楽でいいんじゃないかな?」

「誰かに指図されるよりかはマシかもね。向こうでもそんな感じだったし」

「組織的行動をする必要が無く、単独でも一軍に匹敵する戦力、更に言うと命令されるでもなく、自身で判断する事が出来る……。これだけ聞くと夢のような戦力だけど、実際に存在されたらもの凄く扱いに困るね。意思がある大量殺戮兵器程持ってて困るものはない」

「……さりげなく俺の事酷く言ってない?」

「事実じゃない。世間には少数の組織って言ってたけど、実際にはたった一人で一国落とすような怪物が何を言ってるんだか。正直あれは見ててナイワー、って思ったね!!」

「そんなもん、相手さんに言ってよ。人間一人にやられる軍隊なんてただの置物と変わんないよ」

「近代兵器相手に無双ゲーやってた人間が何言ってるんだか……。それよりもさ、一つ気になってることがあるんだけど、言っていい?」

「何?」

「後ろの連中、放っといていいの?」


 そう言って端末から聞こえる声は一刀の意識を背後の存在へと向けさせる。そこには、先ほどまで少し離れた場所で屯していたグレイウルフが一刀の背中へと視線を向けていた。何やら、その目には少しばかりの狂気が感じられたが、その目つきとは裏腹になかなかその足を踏み出せずにいた。


「別にいいよ。寄ってきたら斬ればいいだけだし。それに、下手に理性がある人間とは違って、あの子らはほとんど本能に従っている。もし、何かに指示されて動いているにしても、その指示を遥かに上回る何かが本能を刺激すれば、そちらに従うしかない」


 おそらくは、このグレイウルフ達は先ほど端末が言っていた”刺客”の一種だろう。だが、それにしては随分と雑なやりかたにも見える。ただけしかけるだけならそこいらのチンピラに金を握らせるだけでも事足りる。それでも結果は同じだが、やり易さで言えばやはり人間を使うべきだろう。

 そのあまりにも効果を見込めないやり方に、一刀は少しばかり眉を顰める。本気でこないところから、まるでその場にいた者なら誰でもいいかのような……。


「とはいえ、このまま後ろにいられるのも流石に気が散るしなぁ……」


 そう、一刀が呟いた瞬間だった。


「ッ!?」


 背後にいたグレイウルフ達は一刀の背から発せられた殺気を感じ取り、一斉にその場から散っていく。狩る側から一瞬で狩られる側へと移ったグレイウルフ達の背は完全に獅子から逃げる兎のそれだ。

 それに対し、一刀は視線を向けることすら無い。ただ黙って背を向けて見送るだけだ。


「よかったのかい? 僕が言うのもなんだけど、多分さっき言ってた意識を操作するやり方だと思うんだけど?」

「それにしては随分と積極性がなかったからね。あれは特定された個人じゃなくて、不特定の多数を襲うように指示されたんだと思う。じゃないと、襲う為の理性が本能に負ける筈がないからねぇ」


 予想ではなく確信。あらゆる国、人種、そして戦場、これらを体験してきた一刀だからこそ言える事だろう。そして、その言葉は実に的を射ていた。


「ふぅむ……、ま、君がそう言うならいいんだろうね。ところで、そろそろ僕はお暇させてもらうよ。意外と長く話しこんでたみたいだし。そろそろ部下から苦情がきそうだ」

「雇用満足度なんてあって無いようなもんなんだから、別に気にする事もないでしょうに」

「そうはいかない! これでもホワイト企業を自称してるからね。福利厚生もきっちりしてるし、残業なんて月二十時間が最大!!」

「自称かよ。それに、どこかで聞いたことあるよ、その売り文句。せめて残業無しにしてやるのが一番だろうに」

「社訓は、お客様が第一!!」

「ダメだこりゃ」

「おっと、どうやら君との甘い蜜月もここまでのようだね。後はよろしく頼んだよ一刀君。次に通信した時は、へんじがないただのしかばねのようだ、になってないことを祈るよ!!」

「そのうちその首取ってやる」

「それじゃ、バイニー!」


 ブツン、という音と共に端末の画面が暗転し沈黙する。今更だが、この端末は電池が完全に切れているため、本来は電源を入れることすら不可能なのだが、一体どのような方法であの声はこの端末を起動しているのだろうか?

 アンティークや骨董品には少しばかり明るい一刀ではあったが、あまり機械類に強いわけではないので、その辺りの仕組みは分かっていない。

 そもそも、電波が飛んですらいない異世界で通話をしていること自体が異常なのだが……。魔法でどうにかなっている、とでも思っておいた方が楽だろう。

 あの声に付き合っていたせいでそれなりに時間を潰せたのか、いつの間にやら川のせせらぎに反射する太陽が傾きかけている。


「そろそろ……かな」


 多少急かしてもバチは当たらないだろう。それで文句を言われるようなら、一人で街まで帰ればいいだけの話だ。

 文句を言われた時の屁理屈を考えながら、ノンビリと宿に向かう一刀であった。


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