表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/27

二章 六話

「どこに行ってたの?」


 宿に帰ると、入口で待っていた少女に声をかけられる。剣呑とした雰囲気は、一刀を歓迎しているようには見えない。険のある態度は変わらず、入口から離れて一刀へと近づいてきた少女はその鋭い目付きで睨みつける。


「ちょっと血なまぐさいんだけど?」

「……」


 めんどくさい。聞くまでもなく一刀の表情が語っている。一刀の態度が少女の癪に障ったのか、ただでさえ鋭い視線が更に刺々しくなる。


「気にするような事じゃないさ。単なる個人的な好奇心というやつ」

「一人で何かするのは勝手だけど、マルシアさんに迷惑だけは掛けないでよね」


 そう吐き捨てると、少女は宿の中へと消える。

 迷惑を掛けているのは一体どっちだろうか……。そう口にしかけたものの、結局は泥沼の口論になることが予想されたため、大人しく一刀は口を噤む。

 どのみち、あの少女とはこの依頼以降関わる気は無い。言いたければ言わせておけばいい程度の感覚だ。嫌われようが、憎まれようが知った事ではない。


「はぁ、メンドクサイなぁ……」


 思わず漏らした溜息もほどほどに、宿の中へと入る一刀。時刻は既に丑三つ時。ノルマは既に達成しているため、翌日は街へと帰るのみだ。


「出来れば六時間は寝たいところだねぇ」


 あの様子ならば、それは難しいだろう。

 明日もまたあの面子で行動しなければならない事に若干ウンザリとしつつも、一刀は宿の部屋へと向かった。



「それじゃあこれから、訓練を始めるよ」

「……」


 翌朝、未だ太陽も完全に昇り切らずに少しばかりうす暗さが目立つ早朝。マルシアは目の前に並んでいる三人に向かって言い放つ。その目的は、言葉通り彼らの訓練である。昨日のグレイウルフ討伐の際に露見した実力の低さと経験の少なさを考慮して、なんとか経験値を稼いでおこうという魂胆のようだ。……が、十分な休息をとったマルシアとは反対に、そのとなりに並ぶ一刀の目は開ききらず、今にも寝落ちてしまいそうな状態。


「……眠い」

「ほら、もうちょっとシャキッとしなよ。カズト君にも色々と頼みたいんだからさ」

「知らん、眠い、寝かせろ」

「夜遅くまで何してたか知らないけどさ、夜更かしはあんまりよくないよ?」

「……ZZZ」

「寝るなっ!!」


 まどろむ一刀をなんとか起こそうと奮闘するマルシアだったが、一刀の目はなかなか覚めない。


「……ふわ。ていうかさ、なんで訓練なんかするの? 今日はもう帰るだけでしょうよ」

「この辺りにはおあつらえ向けの魔獣が結構生息しているからね。出来ることなら、この子たちがこの先同伴無しでも問題無いよう、ここで体験しておいた方が得でしょ?」

「ランク相応の依頼をこなしていたら、おのずと実力も経験も上がっていくもんだよ。ここは放っておくのも一つの手だとは思うけどね。まぁ、好きにすればいいけど、巻き込まれる側としては納得出来ん」

「そう言わずに、ね。ここは私に免じてこの子達を見てあげてよ」

「意味が分からない。後、眠い」


 取りつく島も無い一刀の態度に、やはりというか三人の少年少女が一刀へと強い視線を送る。とはいえ、所詮はひよっこの視線。目を擦りながらスルースキルを全開にしている一刀は気にもせずに小さくあくびをする。


「単純に過保護過ぎるんだよ。獅子は千尋の谷に我が子を落とす……、なんでもかんでも面倒見てやればいいってわけじゃあない。時には厳しさも必要だよ」

「むぅ……。でも、見れる時は見た方がいいでしょ? まだFランク……見習いと言ってもおかしくはないんだから」


 マルシアのその言葉に、少しばかり他の二人よりも背の高い少年がむっとした表情を作る。


「俺達は見習いじゃないですよ! もう立派に討伐依頼もこなせます!」

「同伴有り、ならね。昨日の戦闘を見るにまだ粗が目立つし、君たちがずっと三人で組んでいくのなら、もう少し連携を強化した方がいいと思うの。だから、それまでは私が見るし、必要があるなら指導もしていくよ」

「それは……」

「……その指導を行う人の中に、彼は入っているんですか?」


 嫌悪も隠さずに言い放ったのは、やはりあの少女だ。その目は未だ完全に眠気が抜ききれない一刀を射抜いている。当の本人は全くと言っていいほど気にもかけていないため、それが更に少女の苛立ちを加速させているのか、もはやマルシアの前でさえ、その態度を隠しもしない。


「う~ん……、出来ればそうして欲しいんだけど……」

「パス」

「ここまであっさりと拒否されると逆に清々しい気もするけどね……。オーク三体を一蹴するほどの実力は魅力的だし……、やっぱりダメ?」

「俺の知った事じゃないからね。……そういえば、身体強化ってのはどうするのさ?」

「身体強化? 魔力を体に通すところからしなきゃいけないんだけど……、そういえばカズト君って身体強化してなかったような気が……」

「そういうことを聞いてるんじゃないよ。教えるのか、どうかって事」

「あぁ、そういうこと……。一応、やり方自体は教えておくよ。結局は必須技能の一つだし、知らなかったじゃ済まない物だしね。魔力自体は一般人並にあれば問題ないから、誰にでも使えるってのは大きな利点だよね」

「誰にでも使える……か。なるほどねぇ……」


 一般人が保有している魔力量が100だとすると、一刀の魔力量は僅か15。その量は四分の一にも満たない。身体強化を行うこと自体が不可能と言える。

 だが、それをここで明かす必要も無い。おそらくは、そこを突いて少女が辺りがどうこう言ってくるだろうが、その機会をくれてやる必要も無い。


「それじゃあ、訓練頑張ってよ。俺は寝てるから」


 流石に限界なのか、返答も待たずにその場から離れようとした一刀だが、不意に首根っこを誰かに掴まれてつんのめった。


「ちょっと待って。やっぱり手伝って」

「嫌だ、眠い。そもそも俺は人に教えるなんて柄じゃないんだよ」

「それでもいいから、お願い」


 流石の一刀もマルシアのあまりのしつこさに辟易を越えて苛立ちへと昇華したのか、先ほどまでの眠そうな表情はなりを潜め、いかにも機嫌が悪いです、と言いたげな表情になっている。

 そんな一刀の苛立ちに燃料でもそそぐかのように、少女が口を開く。


「そうですよね、体調が万全じゃないから実力が出せない、って言いたいんですよね? いいですよ、私達は。今のあなたに教わる事があるとは思いませんし、なにより……今ならオーク三体を一蹴したあなたでも、人間三人を一度に相手に出来るとは思いませんから」

「ふむ……、まぁ、それでもいいか」


 ただ一つ誤算だったのは、一刀の精神年齢を見誤っていたことか。一刀にとって年齢的に一回り程年下の少女に嫌味や皮肉を言われたところで思うところなんてものは無い。多少背伸びをしているな、とは感じるもののあまり嫌悪感は感じない。やはり歳の差か、それとも単純に興味が無いだけか。

 完全に一刀が逆上して自分達にかかってくるであろう未来を予想していた少女には予想外であり、構えていたものが一瞬で霧散する。


「……え?」

「いやだから、別にそれでいいって。理解した? それとも納得出来ない? 前者なら説明し直せるけど、後者はどうしようもないなぁ。個人の問題だし」


 眠そうな目を擦りながら口を開く一刀の瞳に蔑みや憐れみは無い。黒い双眸に感情は宿らず、ただ少女をジッと見続けている。


「ぐ……。ぼ、冒険者なのに、プライドはないの!?」

「それで食っていければいいねぇ。実力の伴わない矜持なんてのは、むなしいだけだよ? 今の君みたいにさ」

「んな……ッ!!」


 挑発を挑発で返された少女の顔が真っ赤に染まる。馬鹿にされているわけではないのだが、少女にしてみればこれ以上ないと言えるほどの罵倒を受けた形になる。最も、言った張本人がその事実に気付いていないため、先ほどよりも遥かにヒートアップした少女の様子に首を傾げるだけなのだが。


「こんのっ……!!」

「ほらほら落ち着いて。カズト君も、挑発されたからって挑発し返してもいいわけじゃないんだから……」

「挑発? 思ったことを言っただけなんだけどなぁ」

「そのつもりが無くても、相手にとってはそう取られる場合もあるの。ただでさえ冒険者は舐められたら終わり、みたいな風習があるんだから……」

「なにそのヤクザ」

「や、くざ……? 何のことかは分からないけど、とにかくそういう言われたら言い返すってのは控えて欲しいかなぁ」

「考えておくよ」

「考えるだけじゃ……って、言っても無駄かなあ……」


 未だに唸りをあげる少女と、正反対にどこ吹く風の態度を崩さない二人の間で板挟みになっているマルシアは苦労人と言えよう。少女の後ろにいる少年たちも、先ほどまでは一刀の言葉に表情を顰めていたようだが、今では苦笑いを浮かべるにとどまっている。意外と大人のようだ。対して少女はむき出しの敵意を隠そうともしない。


「とりあえず、私が相手するからさ、二人ともそろそろ喧嘩するのはやめてくれないかな……?」

「俺被害者なんだけど?」

「アンタが! 大人しくマルシアさんの言うことを聞いてれば!!」

「知らないよ。聞く理由が無いし、義務でもない。そもそも予定外の事につきあわされようとしてるんだ。俺に拒否権が無ければおかしいし、何より君らに教わる側の態度が見えない。だからってどうこう言うつもりはない……、って言いたいけど、理解してる? 自分のとっている態度が異常だってことを」

「だから、それはアンタがマルシアさんの……!!」

「……君さ、冒険者辞めてどこかの町の町長にでもなったらどう?」

「?? どういう意味よ」


 唐突に話を逸らされて、やり場の無い怒りをなんとか自分の中で堪えているのか、ぶすっとした表情で一刀の言葉に首を傾げる。そんな少女に、一刀は嘲るでもなく、ただ淡々と言葉を発する。


「言っている事に内容が伴わないんだよ。理解してる? さっきからマルシアマルシアって、何回その名前を出す気? いい加減聞き飽きた。それしか言えないのなら口を閉じた方がいいよ。無責任な為政者と同じ事を言ってるからさ」

「な……!!」


 そう、少女の言葉には最初から意味なんて無い。ただ、ポッと出の一刀になんとか因縁を付けて憧れのマルシアからの評価を下げるために今の今まで絡んでいただけだ。不幸にも、少女はその事実に対し無意識であり、その無意識下で紡いでいた言葉がここにきて一刀に図星を指されて詰まってしまった。つまるところ、これまでの自分の行為を認識してしまった。


「アンタには……、アンタだけには……!!」


 少女にしてみれば、一刀の存在は急に現れて憧れていた先輩冒険者であるマルシアを横から掻っ攫われたと思ってもおかしくはない。外見はともかく、内面的には未だ幼さの残り少女にとって、この事実は耐えがたい苦痛のようなものだ。必然的に、感情は一刀へと向かう。そして、それが爆発した時なら尚更だ。


「ちょっと!!」


 マルシアが気付いた時には、既に少女は一刀の懐に潜り込んでいた。その手には、銀色に輝く刃、いつの間にか短剣が握られている。何をするか聞くまでもない。

 銀閃はそのまま一刀の体へと吸い込まれていき、赤い飛沫を上げながら少年の体を斬り裂く……はずだった。


「……え?」


 気付けば、短剣を持っていた右手は上へと跳ねあげられており、焦点の定まらない視界に映ったのは、少女の顔よりも小さな掌。その手は、そのまま少女の首を掴み、筋肉など到底付いていない細い首をへし折らんとするかのように締め上げる。


「う……、ぐ……」


 苦しげに小さな口から漏れる嗚咽も、言葉にならず宙へと溶けていくのみ。

 少女の首を掴んでいる一刀の目には、やはりというか感情は感じられない。殺意も、敵意も無い。まるで目の前に邪魔な枝が生えているから折ろうか、とでも言いそうな瞳だ。


「俺もさ、手加減が得意ってわけじゃないんだよ。だからさ、あんまり下手な事をすると……、殺しちゃうかもね」


 その一言に、まるで周囲の温度が急激に下がるかのような錯覚に陥る。しかも、言葉を投げかけられたのはマルシア達ではない。が、彼女達ですら自分の体がその場に縫い付けられるかのような重圧を感じたのだ、目の前にいる少女にはその程度では済まない程の圧力が掛けられた筈だ。

 一刀が少女の首から手を離し、音も無くその場から踵を返すと、完全に固まってしまっているマルシアの横に並ぶと小さく囁いた。


「今回はこれで済ませるけど、次は『抜く』よ」


 剣士であるならば、その言葉の意味が分からないと言うことはないだろう。未だ少女は一刀の背中を睨みつけているが、目の端に小さく涙が浮かんでいるところを見るに、ただの意地か。

 それもまた、目の前の少年にはそよ風程度のものだったが。



 訓練を目的として入っていた森から出た一刀は、森の出入り口である人物が待っている事に気付く。


「こんにちは、また会いましたねぇ」

「……どこかで会いましたっけ?」


 あらら……、と渇いた笑みを浮かべながら一刀に声をかけてきたのは、先日グルグラギルドの入り口で、一刀が道を譲ったプラチナブロンドの美青年だ。柔らかな笑みを浮かべているが、その細い目からはイマイチ感情が読みづらい。だが、隙の見えない佇まいから、おそらくは戦闘に精通した人物であることは分かる。

 何故彼がこんな場所にいるのか? 立ち振舞いからそれなりの立場にあると思われるが、こんな小さな村に来る理由が思い当たらない。彼もまた、一刀達と同様の依頼を受けたのか? いや、昨日駆逐したばかりの魔獣が再度依頼を出さなければならないほど増殖しているとは考えにくい。

 となると、依頼がバッティングした、という可能性はまず無いことになる。


「カズト君、でしたかねぇ?」


 鋭い視線とは裏腹に、どこか間延びした口調は一層青年の不気味さを引き立てる。


「そうですけど、何か?」


 一応、それなりに警戒の姿勢を見せながら答える一刀に、青年はただでさえ薄い目を更に細める。


「いえ、マルシアさんから話を聞きましてねぇ、何でも凄腕の少年がいるとか。一度お目にかかりたいと思っていましたので、こうして足を運ばせて頂きました」

「なるほど……、マルシアから……」


 言外に、いらんことをしやがって、と声が聞こえてきそうな声音に、青年は眉をひそめる。


「それで、実際に会ってみた感想はどうです? 期待外れですか? それとも予想外でしたか?」


 値踏みされるような視線を向けられたからか、どことなく険のある口調で話しかける一刀。だが、青年の表情には大して変化が見られない。相手にされていないのか、高を括られているのかは分からないが、少なくとも友好的なものではなさそうだ。


「ふむ……、無駄骨を折りましたかねぇ……。言ってしまえば期待外れですか? 予想では、もっとこう……、近づけば手を出されるような印象を持っていたらかねぇ。君にとっては不服かもしれないですが、こっちとしては多少期待していたのでねぇ」

「そりゃ申し訳ないね。それで、もういいのかな?」


 相手も一刀に興味が無く、一刀自身も相手に興味を持つ気はない。何よりさっさと帰ってベッドに横になりたい一刀としては、目の前の青年の相手をしている暇さえあれば寝ていたい心境なのだ。その為、非常に機嫌が悪い。それこそ、素が出るくらいに。


「あぁ、申し訳無いんですが、マルシアさんがどこにいるか教えていただけませんかねぇ?」

「森の中だよ。新人の訓練に付き合ってる」

「それはご丁寧にどうも。それでは、僕はこれで」

「ん」


 ひらひらと手を振りながら青年とすれ違う一刀。眠気に耐えるようにふらふらと歩くその後ろ姿は無防備で、とてもではないが見知らぬ相手に向ける背中ではない。


「……」


 静かに、腰に差していた一本の短剣を抜き、振りかえりざまに……


「ッ!!」


 放とうとした短剣は手から離れず、振り抜こうとした腕も、途中で止まってしまう。気取られたわけではない。ただ単に、青年は短剣を放った後の未来を予想してしまっただけだ。それを想像させてしまうだけの雰囲気が、今の一刀にあるというのか。

 ただ、これに関して言えば、ほとんど反射的なものにすぎない。無意識下におけるあらゆる不意打ち、襲撃を想定して中でも、一刀の能力は一線を画する。例え、寝不足気味で、今にも倒れてしまいそうな状況でもそれは変わらない。

 攻撃を受ければ反撃する。更に言うと、受けに回ったからといって後手に回るわけではない。一刀も現代に生きる剣士の一人、剣帝とまで呼ばれた化け物だ。放られた短剣はすかさずたたき落とされ、次の瞬間には青年の体は縦に両断されていただろう。

 青年もそれなりに腕は立つ。それに勘づいたのは、ひとえに経験を積んだ賜物だろう。瞬時に察知出来たのは僥倖と言える。


「アレは……、マズイですよ、マルシアさん……」


 そのまま遠ざかっていく一刀の背中を緊張した視線で追いながら小さく呟く青年の額には、一筋の汗が伝っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ