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二章 四話

「はい、どうぞ」

「うわ!? また、大量に取ってきたなぁ……、カウンターが薬草臭くなるだろ」

「はぁ、すみません?」


 微妙に理不尽な事を言いながらも、籠いっぱいに入った薬草を簡単に検品していく受け付けの女性。めんどくさそうな様子がひしひしと伝わってくるものの、一刀にはこの大量の薬草をどこに持っていけばいいのか分からない為、仕方が無い。


「あれ? カズト君?」


 その量に辟易している受付の女性の様子を眺めながら、どうしようかと考えていると、不意に背後から一刀の名前が呼ばれる。振り向くと、数時間前に森で別れたマルシアがいた。何やらご立腹の様子だ。


「カズト君、戻ってきたら私の所に来るようにって言ったじゃない!」

「戻ってきて一番に、とは言ってなかった気がするんだけどなぁ……。別にいいでしょ、いつでも」

「むむ……、そうだけどぉ……」


 小さく唇を尖らせる仕草は子供にしか見えない。本人の実力や、その人となりを見る限りそれなりにしっかりとしたタイプのようだが、どうやらまだ第一印象だけで判断するには早いらしい。むしろコロコロと変わるその表情を、一刀は楽しんでいる節がある。


「なんだ、マルシア帰ってたのかい」

「ただいま、エシュリーさん」

「ただいまじゃないよ。帰ってたのなら報告はする。これは常識だ」

「うぅ……、すみません……。報告をしようと思ったら知り合いがいたんでついつい」


 てへっ、と言いながら小首を傾げる仕草は子供っぽいと言うか狙っていると言うか……。見た目だけで言えば一刀よりも年上なのだが、そういった様子が全く見られない。

 行き過ぎれば胡散臭くなる、というのは誰の言葉だったか。過去にとある人物に言われた事を反芻し、一刀はマルシアの様子を楽しみながもその一挙手一投足を注視する。

 どことなく漂う違和感が、気のせいであることを祈りながら……。


「んなことよりも、だ。アンタ、その新人とどこで会ったんだ? 今の話を聞くと、依頼で会ったような事を言ってたが、アンタも新人も場所自体はそこまで近くなかったはずだよ」

「あ、あははは……、ちょ~っと場所を外れちゃいまして……。で、でも! ちゃんと依頼通り調査はしてきましたよ! なんと、オークが五匹もいました! 五匹!!」

「あ~……まぁ、確かにそれは大変だな。だがな、前に言った通りそういう内容の依頼報告は書面に纏めろ。アタシに言っても覚えてられるか分からないし、この目で見たわけじゃないんだから、どういう状況だったのかなんて分かる訳もない。分かってるよなぁ?」

「う、ぐ……、すみません。すぐに報告書に纏めてきます」


 報告書が必要になる理由がこれまた個人的な事に少しばかり気にはなったものの、このギルドではどうやら一般的な事らしいのかマルシアはすごすごと隅に置いてある机へと向かって行く。


「さて、新人の持ってきた薬草だけどな……」

「何か問題でも?」

「いや、あんまりにも数が多いから、もうこのまま担当に渡そうかと思ってな。軽く見た限りじゃあ、薬草であることは間違いないから……まぁ、大丈夫だろ」

「そんな適当な……」

「いいんだよ、こういうのは適当で」


 一刀の抗議に対し、ぶつくさと文句を言いながら籠に入った薬草をカウンターの向こう側へと持っていく。


「報酬に関してだが、とりあえず規定の数+αを払うことは決定してんだけど、明確な数が分からないから、ボーナス分に関しては後日でも構わないか? 一先ず規定の報酬は出すからよ、それで我慢してくんないか?」

「滞在中の宿代程度が入るのならそれでも問題無いです。そんな高い所に泊まってるわけじゃないから、そんなに必要じゃないし」

「助かる。とりあえずは、これが今回の報酬。500ルクスと試供品の回復薬だ」

「どうも」


 カウンターに出された五枚の100ルクス硬貨と小瓶を仕舞うと、カウンターから一直線にギルドを出て行こうとする一刀。だが、隅の方で報告書を書いていたマルシアが、声を上げる。


「ちょ、ちょっと待ってよカズト君!!」

「はぁ……」


 それほどまでに一刀に執着する理由がどこにあるのやら。義理や恩だと言われればそれまでだが、マルシアの見せるそれにはそこはかとなく違う物を感じていた。


「で、どれだけ待てばいいの?」

「もうちょっと、もうちょっとだけ!!」


 かなりの速度でペンを走らせるマルシア。その内容に少し興味が湧いたのか、一刀は彼女の書いている報告書を覗き見る。そこに書いてあるのは確かに先ほど一刀が蹴散らしたオーク達についての事。意外だったのが、冒険者という存在はあまりこういった事務的な作業を行うことが少ない印象だった和沙だが、目の前の紙に書かれた字が読みやすく、かなり綺麗な字だったことだ。女性だから、というのは偏見であり、関係無いと思われるがそれにしてもあまり似合わないと思うのは仕方が無いだろう。


「これはまた随分とお上品な字だねぇ」

「親が厳しくてね、こういうことはきちんと出来ないと、よく怒られてたから」

「その話だけ聞くと、どこぞの裕福な家の出に聞こえるんだけど、もしかしなくてもそういうことかな?」

「まぁね。もう両親はいないけど」

「おぅ……、悪いね」

「気にしないでいいよ。もう昔の話だし」


 あっけらかんと言うマルシアに、申し訳ない表情を浮かべる一刀だが、本人がさして気にしていない事を蒸し返すのもアレなので、ここは黙っている。


「……」

「……」

「そ、そんなに見られるとちょっと……」

「(ジー)」

「うぅ……」

「見られるのが嫌なら、どこかに行こうか?」


 ニヤリ、と口の端を歪めて言うと、マルシアが慌てはじめる。


「ちょ、ちょちょちょ、もうちょっとだけ待って!!」

「えぇ……」


 心底めんどくさそうな声を漏らす一刀。マルシアはそんな一刀の様子に焦ったのか、だんだんと書類に走らせるペンの速度が速く、雑になっていく。


「はい! 終わった!!」


 バン!! と激しく机を叩きながら立ちあがったマルシアは、そのまま書類を受付へと持っていく。


「これでいいよね? さぁ、カズト君、私と……」

「ちょっと待て。対処方法と人物が書かれてない。これじゃあ正しい書類とは言えないな」

「えぇ~……」

「作り直しだ。必要事項は全て書いてこい」

「おう……」


 返された書類(仮)を持ってとぼとぼと再びテーブルの方へと向かうマルシア。と、ここであることに気付く。


「あれ? カズト君は?」


 いつの間にか、一刀の姿はギルドから消えていた。



「おや、すみません」


 ギルドを出た一刀にぶつかる直前、足を止めたのは短めのプラチナブロンドの髪をオールバックにした爽やかな笑みを浮かべる青年。彼の進行を邪魔しないように脇に寄り、道を譲る。

 実に優雅な動作で頭を小さく下げると、青年はそのままギルドの中へと入って行った。冒険者と言うより、どこぞの宮廷で騎士でもやっていれば見栄えがいいだろうに。

 そう口にしたところで、所詮は赤の他人。青年が消えたギルドの入り口から視線を外し、そのまま宿へと向かった。


 翌日、再度宿代を稼ぐためにギルドへと来た一刀。相も変わらず過疎化真っ最中のギルド内だったが、昨日とは少しばかり異なったところがある。それは、受付の前にマルシアが陣取っている事だ。


「おはよう、カズト君」


 めんどくさい。恐らく言葉で語るよりも一目瞭然な表情を浮かべて一刀はカウンター横の掲示板へと向かう。


「え? え? 無視ですか~? お~い」

「……」


 ウンザリとている様子が表情以外に行動からも見て取れる。幸いなのは、一刀が過剰干渉してくるマルシアに対してさして興味を持っていない事か。一度助けられたからと言って随分と恩に着てくる、と思っていたがどうやら彼女が気になっているのは一刀の実力の方らしい。掲示板の前で視線を右往左往させていた一刀の目の前に一枚の紙を差し出した。


「討伐依頼……」


―ゴブリンの討伐 報酬金2000ルクス。

 ゴブリンは魔獣の中でも最弱と言える程貧弱な魔獣だ。それこそ、少数であれば武装した一般人にもやられる程度のものしかない。が、弱い半面、生息している数が他の魔獣と比べると数倍になるほど多い。その上、各地域のゴブリン達はそれぞれコロニーを作っており、互いに干渉しない代わりに独自の縄張りを持ち、それぞれの治安を保っている。いうなれば、人間社会の縮小版だ。知能も、魔獣とは思えない程高いものを持つと言う。

 とは言っても、少数であれば力も弱く、魔法等を使用出来るわけではないので対処は難しくない。この依頼にしても、詳細な数が明記されていないため、恐らくは適当に狩ってくればいい、といったものだろう。

 ……だが、一刀は別に己の力を試しにこの世界に来たわけじゃない。また、むやみやたらに実力をひけらかす気も無い。

 正直なところ、一刀にとってこの依頼を受けるメリットは、薬草採集よりも多少高い報酬金くらいしかない。受ける必要も、意味もほとんどないのだ。


「嫌」


 目の前に掲げられたそれを払いのけ、迷惑そうな表情を浮かべてマルシアへと顔を向ける。


「えぇ……。討伐依頼だよ? ここだとかなり確保するのが難しいんだよ? みんなやりたがるから」

「狩りは好きじゃないんだ。昨日のような奴なら話は別だけど、ゴブリンじゃたかが知れてるからねぇ。みんなやってるなら、今回は別にいいでしょ」

「そうかなぁ……」


 釈然としない。そう言いたげなマルシアを放っておくと、そのまま一刀は目の前に並べられた依頼の数々を物色する。


「これはどう?」


 またもやマルシアが一刀の目の前に一枚の依頼書を掲げる。


―南の森の幽霊調査。


「なんじゃこりゃ。こんなものまで依頼にするなんて、随分と暇なのね」

「そういうもんだ、依頼ってのはな」


 幽霊の有無なんざ確かめてどうなるものかと思っていた一刀に、声をかけたのは相も変わらず気だるげな表情を浮かべる受付嬢。


「ギルドに寄せられる依頼ってのは、基本的には討伐依頼から雑用までなんでもある。それこそ、何の意味があるのかって言いたくなるものもな。冒険者ってのはそういうもんを片づけていく便利屋みたいなもんの側面も持ってる。持ってこられた以上、依頼でとやかく言うのはお門違いってことさ。あんたら冒険者はそれを生業としてるんだからな」

「えらく理不尽なシステムだことで」

「何を拗らせてんのか分からん英雄願望者からはよく言われる。が、それもこれも全部ひっくるめて冒険者ってもんさ」

「ただ旅をするにも金がかかる……。そう考えれば上手いこと名前を利用したもんだね。若くて元気が有り余っている連中には物足りなさそうだけどね」

「そういうアンタはどうなのさ? 魔獣討伐の依頼書見せられてもつまらなそうにしてたけど?」

「別につまらないなんて思ってるつもりはないけどなぁ……。ただ、やる意味が見出せなかっただけだよ。放っておいても誰かが持っていくんだから、わざわざやる必要はないでしょ」

「ふ~ん……、そうか……」


 理解はしたが、納得はしていない。そんな声音を発する受付嬢だが、どことなく一刀を射抜くその視線は厳しい。歳に似合わず、妙に達観している部分を怪訝に思っているのか。


「そんな事はどうでもいいでしょう。直近で何かノンビリやりながら達成出来る依頼とかないですか?」

「なんだ、その条件……」


 呆れながらもカウンター上にある依頼書を漁る辺り流石は受付嬢と言うべきか。


「で、何が欲しい? 採取系か? それとも雑用系か?」

「昨日が採取系だったから、今日は雑用系で……」

「これ!!」


 一刀の要望通りの依頼を探し始めた受付嬢だったが、カウンターに勢いよく置かれた依頼書のおかげでその作業を中断してしまう。


「……」

「な、何かな……?」

「こっちの台詞だよ、全く……」


 マルシアがカウンターに置いたのは、先ほど提示したものと同じく討伐依頼。それも、先ほどのゴブリンではなく、ここいらではかなりやっかいな魔獣の一種であるグレイウルフの討伐依頼だ。一匹一匹が通常の狼の強化固体であるうえ、群れを成して狩りを行うことも少なくはない。少人数で挑むような相手ではないのは確かだ。


「また面倒くさいものを……。人の充てはあるの?」

「一応、昨日の依頼で一緒になった三人を連れてこうかなぁ……なんて思ってるんだけど、どうかな?」

「別に人選に対してどうこう言うつもりはないけどね……、そっちで面倒見てくれるならなんでもいいさ」

「なんか微妙な反応……。ま、まぁ、真正面から反対されるよりかはいいかもね。危なくなったら私がフォローするから安心していいよ!」

「ふぅ~ん……」

「そ、そんな目で見るのはちょっと勘弁してほしいかなぁ……」


 昨日の一件もあるためか、一刀の信頼は未だ得られていない。それ以前に、一刀が誰かを信用する事などほとんどないのだが……。


「とりあえず、この依頼でいいんだな? さっきは雑用系がいいって言ってたけど?」

「出された以上は仕方がないでしょう。それに、少しばかり気になることもありますからねぇ……」

「気になること?」

「些細な事ですよ。個人的なものなので気にしないで下さい」

「ふ~ん……」


 個人的な、というフレーズを聞いたためか、受付嬢は興味を失ったかのようにその視線を手元にある依頼書へと向ける。


「受注内容はグレイウルフの討伐、数の指定は最低5体。参加する人数は5人……でいいのか?」

「うん、それでお願い」

「あいよ。じゃ、受注っと……」


 依頼書の受注欄に判が押され、受付嬢が依頼書をどこかにしまいこむ。


「それじゃ、行こっか?」


 待ちきれない、とばかりに嬉々としてギルドの外へと向かう背中を見て、一刀は少しばかり後悔する。はやまったかもしれない、と。


「はぁ……」


 いくら気になっていたからとはいえ、迂闊だった自身の行動を戒めながら、マルシアの後をついていく。

 ギルドの外に出ると、そこには昨日森にいた三人が待ち構えていた。一刀がギルドに来た時にはいなかったはずだが、ここで待ち合わせでもしていたのだろうか。


「……」


 その中の一人、昨日マルシアの後ろに付き従っていた少女が一刀にこれでもかと言うくらい厳しい視線を投げかけていた。


「ん? なんか用?」

「いえ、何も」


 言葉では否定しているが、その語調は強く、どこか批判しているような印象を受ける。一応、昨日は彼女を助けた立場にはなる為、礼を言われこそすれ、憎まれるようなことは無いはずだ。少なくとも、彼女から恨みを買うようなことをした覚えは無い。


「あぁ、なるほど……」


 が、ここではたと気付く。少女の距離が妙にマルシアに近いことに。要はそういうことなのだろう。

 どうやら一刀は少女からめでたく恋敵と認定されたようだ。全くもって迷惑極まりないことである。


「……」


 親の敵でも見るかのような視線に晒されるも、一刀はそれを無視し続ける。結局のところは、これが一番の対処方法だと判断したためだ。


「さて、それじゃあ、依頼について話すよ」


 三人に向き直って先ほど受注してきた依頼内容を口にするマルシア。その前で三人は大人しく彼女の説明を受けているかと思いきや、端にいる少女だけは変わらずに一刀を睨みつけていた。


「俺、なんかやったかなぁ……?」


 心当たり自体はそれこそ星の数ほどあるものの、そのほとんどは元の世界に置いてきた因縁ばかりだ。こちらに来てからは清廉潔白(自称)を心がけている一刀にとって、恨まれ憎まれることなどあり得ない。

 まぁ、どのみち、少女にさしたる関心も抱いていない一刀にしてみれば、原因を正面から聞きに行く気にもならない為、最善の方法としては無視する以上の事は無いのだが……。


「ゴメンね~カズト君。説明終わったから、出発出来るよ」

「ん? 準備とかはどうするの?」

「終わってるよ。装備はギルドに来る時はいつも持ち歩いてるし、遠出する場合もあるから必要な物は全部この中に入れてるしね」


 そう言ってマルシアが背中を向けて見せてきたのは袈裟掛けのリュックサックのような麻袋だ。見た目の割に収容量が多く、かなり便利な代物でもある。おそらくは、今回必要な物は全てあの中に入っているのだろう。用意周到というか、せっかちと言うべきか……。


「ふ~ん……。じゃあもう出発するの?」

「するよ。善は急げってね。東口から出て三時間程の距離にある村の近くだから、日帰り出来るはずだよ」

「無理でも村に泊まればいい、ね」

「そういうこと。さ、行ってみよ~」


 お~、と相の手を入れる三人を眺める一刀。和気あいあいとした雰囲気だけなら結構だが、どうにもこの面子だと油断が多い予感がしてならないのか、無意識に右手が左の二の腕へと伸びる。


「前途多難だねぇ……」


 果たして、その呟きは目の前の四人か、はたまたそれの尻拭いをさせられかねない自分に対してなのか。呟いた本人にも分からなかった。


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