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眠る領主の館

<DEEP METAL BATTLE 作品紹介>

洗脳解除 異世界恋愛ファンタジー


現代社会に魔法を加えたような異世界で、

不老長寿と美貌に固執する呪術者の老婆と、

その老女を尊崇し偏愛する中年医師から、

生贄として洗脳されて育てられた美少女が、

紛争解決にきた国軍青年指揮官に助けられ、愛情を注がれて、

反発しながらも恋をして成長していく物語です。


 清らかな湿地を埋めさせたりはしない。

 国軍なんて、私が片端から追い払ってやるわ。ドクターからあずかった、オウバイ様の石で。

 そう意気込んだロイエルは、村の北、やや小高い丘の領主の館、その裏にある、深い緑の影を落とす針葉樹の木立の間を通る道で、3人の仲間と落ち合った。

 見た目には、ロイエルが、たった一人で立っているように見える。

「今日もお願い。私が、中将の居場所に行き着くまで、皆を眠らせて欲しいの」

 彼らはオウバイから習った呪術によって姿を消している。

「まかせてよロイエル」

 元気に応じたのは黒髪のエフォート。目も黒で背が低いがすばしこい男の子である。

「俺たち、オウバイ様の弟子だぜ。呪術のための貴重な石を沢山あずかってるんだから!」

 自信に満ちた声は、茶色の髪でとび色の瞳のフェロー。体格の良い腕白坊主である。

 少年たちの元気な返事があった。

 樹木の他に何もない場所で、少女は頷く。

「うん。でもね、万が一危険なことになったら、あなたたちは絶対に逃げて。ご両親を悲しませてはいけないわ」

 大丈夫だよ、と、少年の声が優しくささやかれた。

「ロイエル。何も不安なことはないさ。僕らは、『信念』を貫けばいいんだ」

 これはヴィクトル。金髪碧眼でロイエルより背が高く、優しげだが芯のある少年だ。

「そうよね」

「じゃ、ロイエル。君の姿も消すよ」

「うん。お願いね」

 屋敷の裏手で、4人はひそひそと言葉を交わした。

 4人とも姿が消えている。ここには、誰もいないように見えた。

 かつて、指揮官ソイズウが赴任した時までは、ロイエルが一人で使命を果たしていた。

 だが、その巨漢の指揮官は、「初潮前の少女を性愛の対象」として見ていた。彼は館にやってきた少女に対して自室に連れ込むと、「お医者さんごっこをしようと」もちかけ、性的な悪戯を企んだのだ。それは、子供扱いされたと怒ったロイエルが、彼の腕を跳ね除けて帰宅し、ジョン医師に訴えたことで発覚した。その後、彼は領主の令嬢にも手を出してこれも未遂に終わり、更迭され降格された。今もロイエルは、当時のことを思い出すたびに、「子供のごっこ遊びを持ち掛けるなんてバカにしている」、と、怒っているが、真実はそうではない。

 その件以来、ロイエルには男の子の仲間が3人増えた。何か会った時に彼女を助けられるように。しかし彼女は、さきほどのように、「何かあったら先に逃げて」と彼らに言っている。

「じゃ、みんな、またあとでね。いつもどおり、私が指揮官に石をぶつけて、オウバイ様の術がかかるようにするから。あなたがたは、それが終わるまで、館の外で『眠りの術』を掛けていてね」

「おう。終わったら、喫茶店『女神の部屋』で落ちあおうぜ。みんなで食事しよう」

 その喫茶店では、子供たちが無料で軽飲食できるのだ。誰が材料を調達して調理してるかは、子供らは知らない。紛争が始まって以来、保護者たちは無気力になり、子供の養育がおろそかになっていた。すると、「いつしか」その喫茶店が村に現れた。今や、村の子供達のほとんどがそこで食いつないでいる。

「よっしゃ」

「『女神の部屋』でな」

 4人はそれぞれバラバラに別れた。


 しばらくすると、館の中にいる人々に異変が起こった。

 使用人たちの忙しげな足取りがふらつき始める。

「やだ眠い、」

「ちょっと、起きなさいよ、仕事中よ。……あ、ど、したのかしら、わたしも、眠……」

 皆がその場で倒れて眠りに落ちていく。3分も経たないうちに、館中が寝息だらけになった。

 強力な催眠術だった。

 そんな館の中を、姿を消したロイエルが走っていく。

 そうしながら考えていた。ドクターは、中将と話し合えるかもなんておっしゃってたけど、きっと駄目だと。たった一人の人間を心変わりさせたくらいでは、国軍全体は変わらない。言葉で話し合って、みんなをオウバイ様に従わせるなんて、時間がかかり過ぎる。もしも、その前に、ドクターやオウバイ様が危険な目に遭ったら大変なことだと。

「オウバイ様、私、頑張ります。どうぞご安心ください」

 ロイエルは、館のあちこちに倒れて眠っている人々の上を身軽にとびこえて、階段を駆け上がった。

 中将は、どこにいるだろう?

 2階の廊下には、領主の娘が2人仲良く寝転がっていた。

 一人は華奢な金髪巻き毛の娘で、フリルやレースがふんだんに使われた丈の短い薄桃色のワンピースを着ており、もう一人は少し太り気味の黒髪のおかっぱ娘で黒いシャツに白い長ズボンという格好だった。どちらも、上質の布で仕立てられたぜいたくな衣服だった。

「うふふ……エミリは殿方の皆様と楽しくお付き合いしたいですわ……、」

「あー、おいしい、おいしいなぁ、肉は何でもおいしい」

 楽しそうに寝言で笑っている。それぞれの性格が、よくわかる。

 どちらもお幸せで結構なことだわ。と、肩をすくめ、ロイエルは2階の部屋を片っ端から見て回った。

 ある部屋では、アンネ准将が机の上につっぷしていた。

「中将、今回の任務が終わったら……」

 そう口にするアンネ准将の顔を覗きこむと、見たことがないほど「優しい微笑み」を浮かべていた。いつもは厳しく硬い表情なのに。

 ロイエルは驚いた。

 怖いこの人に、こんな顔をさせられるなんて、……中将って一体どんな人なんだろう? よほど、強いのね。見たことないくらい、大きく逞しい軍人なのかもしれないわ。

 さて、部屋のあちこちを探したが、中将は見つからなかった。

 領主の奥方の部屋にも入ってみた。彼女は鏡台の前で寝込んでいた。脇には侍女が倒れている。爪を手入れしている最中だったようで、右手の爪には艶やかな彩色がほどこされていたが、左手は小指以外は素のままだった。転がった色液の瓶から中身がこぼれて、溶剤独特の強い香りを放っていた。こんな臭いを吸い続けていたら、奥方の体に悪いと思い、ロイエルは瓶を起こして蓋をしめてやった。

 領主の部屋では、「今晩のお品書き」とかかれた食事の献立表を握り締めた主が、ごおごおと大いびきをかいて大の字にひっくり返っていた。よだれも垂らしていた。

 そうしてあちこちの部屋を回っていると、やがて、水音が聞こえてきた。

 音は、2階の一番東側にある大浴場から聞こえてくる。

 廊下のいたるところに倒れて眠っている使用人を上手に飛び越えて、ロイエルは浴場へ向かった。白い大理石の床を、そっと歩く。

 ザアザアと水が流れる音がする。

 浴場の扉を開けると、湯気が立ち込めていた。何も見えない。

 熱湯でも撒き続けない限り、こんなにたくさんの湯気は出ない。

 領主の館だけは、湿地の水ではなく地下深くからの温泉や冷泉を引き上げて使っているという話だった。

 だから、日照りの年であっても、水にはまったく不自由しない。泥水になった湿地から水を得ようとする住民を尻目に、彼らは庭木に水をまいていたりする。

 思い出して、腹が立った。

 やっぱり贅沢ね、領主の家は。少しは節約したらどうなのかしら? どうして昼からお風呂にお湯を張るの!? それも溢れてるみたいじゃないの!

 ロイエルは、いらだちながら、浴場への中へ入った。蛇口を見つけて締めてやるつもりだった。もったいないのが、許せない。

「誰だ?」

 そこに、思いがけず、前方から、鋭い誰何の声が聞こえた。

 眠っていない人物がいる。

 つまり、それが中将だということだ。

 いたわ。見つかった!

 ロイエルは、喜びに胸を躍らせながらも、慎重に、声のした方へと歩を進めた。

 3人の少年たちは、屋敷全体に術をかけて、中将以外の館の人間は皆眠りについている。私が仕事を終えたという合図をするまで。私の姿は誰にも見えないはずだ。

 あたりは湯気でよく見えない。

 でも、相手に近づけば確実に石を当てられる。

 ロイエルは、湯気の向こうにおぼろげな人影を見出し、懐から緑色の小石を取り出した。

 きっと、あれが中将だ。

 はやる気持ちを抑え、できるだけ近くまで近づき、そこへ向かって慎重に投げた。

 謎めいた緑色の光を放ちながら、石は空を舞った。

 それは中将に当たって、そしてオウバイの術にかかるはずだった。

 しかし、

 投げられた小石は人影には当たらなかったようで、そのまま落ちて、浴場の乳白色の大理石の床に、カツンと堅い音を立てて跳ねた。

 どうして? 

 近い場所から投げたのに。どうして当たらない?

 ロイエルがとまどっていると、前方から、何かを投げる風切音が聞こえた。

 えっ、と思った時には、額に激痛が走っていた。

「痛っ!」

 投げつけられたのは樹脂製の洗面器だった。見事にロイエルの頭に当たった。

 衝撃で、さきほどの沼地のほとりでの目まいがぶりかえした。

「そこか」

 声を受けて、ロイエルはひとまずここから逃げようと思った。持ち前の素早い動きで、一気に浴場から退出するべく、床面を蹴るが、ふらつく。

「っ!」

 その上、目の前の壁に、背後から投げられた短刀が深々と突き刺さり、ロイエル自身には、お湯がかけられた。

 いけない。呪術のために身にまとった湿地の水が、洗い流されてしまう!

 ロイエルは、術が解けてしまうことに戦慄を覚えた。

 なんで、ばれたの? 私は完全に姿を消しているのに。

 姿が現れる前に、屋敷の外へ出なければならない。幸いここは、贅沢にも全面ガラス張りの展望浴場で、ガラスさえ割れば一気に外へ飛び出せる。

 ロイエルは逆に向きを変えて、浴場の中へと駆け、ガラスに木製の桶を投げ付けた。

 しかし、少女の背後から、剣が突き付けられていた。

「死にたくなかったら、動くな」

 ガラスは砕けて、外気が吹き込み、立ち込めていた湯気を薄くしていく。

 まだ大丈夫。私の姿は、見えていないはずだ。

 ロイエルは振り向くと、剣の持ち主の手首を握り拳でぶった。男の手から、剣が取り落とされる。だが、その動きはわざとで、彼の手は、剣の代わりに、ロイエルの腕を強く握っていた。彼にとってはさして力を込めたつもりではなかったようだが、少女の細腕にはひどくこたえた。手首から先の手の血管が、血流の急激な停留にビリビリと痛みを訴える。

「痛っ!」

 そして、片腕を掴まれたロイエルは、次の瞬間、なぜか、勢いよく宙に浮いていた。

 どういうこと!? 

 自分がどうなっているのか、わからなくなった。

 ざばんと水柱が立ち、つまり浴槽に放り込まれ、気管に容赦なくお湯が入る。

「ゴホッゴホッ、」

 何をされたのかわからない。どちらが上か下かもわからないまま、手で、バシャバシャとお湯をかいて、何とか立ち上がることができた。激しく咳き込んで水を吐き出し、自分は浴槽の中にいるのだと認識した。

 そして、それは同時にそういうことであった。

 ロイエルが浴槽の縁に手をかけると、手は、見えていた。

 術が消えたのだ。

 湯気が風に吹き飛ばされ、お互いの姿が、あらわになる。

 浴槽の縁に立ち、こちらを見下ろしている軍服の人間が、間違いなく中将だ。

「嘘……」

 少女は驚いて目を丸くしたが、相手は、静かに見返しただけだった。

「また会えたね。ロイエル」

 それは、さっき出会った「兵士見習い」だった。

2018/09/23

3話目となります。

よろしくお願いします。

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