幻想と現実
「ちょっ、なんでそんなスピード……」
「対塵の魔法と抵抗無視の魔法。……あ、ごめん。言って無かった」
「……酷い」
「もう、拗ねないでよ……ほら、今掛けたらいいじゃない」
仲睦まじく、とはどう言う事だったか。
時速300kmを超えて飛ぶフルプレートメイルと、マッハ2の早さで飛ぶことは決して仲睦まじくとは言えない。
……いや、当人同士がそうならそうなのだろうが。
竜の頭を模したヘッド。可変するミスリルの翼のついた鎧。ミスリルの翼からは粒子が散布され、動かさずとも宙に浮く。
今二人のいるこの世界を探したとしても、これほどの装備はそう存在しないだろう。
その中に入っているのは『増田 優』約1200年の記憶を失くした勇者で、『救国の天使ルシリア』の夫である。
「『ノンレジスト』『ダストブレイク』……こんな感じか?」
「日本語で良いのに……やっぱり厨二は治らないのね」
「うるさいな。……魔法があるのになんで日本語で言わないといけないのか」
「……意味ある言葉ならそれで良いのに」
「だぁー! 『防塵』! 『抵抗無視』!」
「それでよし」
せっかくファンタジーな世界に来たと言うのに何故日本語を使わねばならぬのか。
優は『天使』のルシリアにへこまされていた。
「いいじゃん厨二でもさ……色々と苦労して魔法使ってみたかった」
「おいで、ユーマ。お姉さんが慰めて」
「エロいのも程ほどにしろよ?」
「……いじわる」
夫婦仲睦まじくとはいえ空の上では止めていただきたい。
色々とアウトだ。
せめてまた今度にして欲しい。
しかし、ツッコミが出来るようになった優を省みるに、経験数の賜物か。
数日前の彼ならば流されていたのを考えると、やはり一皮剥けたようだ。
――さて。
こんな夫婦漫才をしていたが、現在音速越えで二人は空を飛んでいる。
二人の住む天空の島。名を『イシス』と言うが、その周りに張り巡らされた結界を抜けて飛んで二時間。
そして着いた目的地……様々な種族の平等が約束された国の『ラトジア混成国』。
亜人や人が主であり、中には魔族の人種もいる。
そう。魔族とその他種族との隔絶はもう無くなっていた。
これは主に勇者の倒した魔王……その娘の帆走のおかげである。
ちなみに現在も現役バリバリの御歳1262歳。ピッチピチ肌のお姉様である。
「……凄いな」
ラトジア混成国。
その多種族が手と手を取り合って暮らしている事にも、優は鎧に覆われた内側で鳥肌を立てる。
いや、鳥肌が立ったのは違う理由か。
「この規模の都市街は見た事がないのかな。あんまりユーマは話してくれなかったし」
ラトジアの遥か上空。
滞空する二人の足元には背の高い建物。
「……凄いけどこんなのファンタジーだなんて認めない」
「魔法で建築したからファンタジーだよ」
そう、魔法=ファンタジーなのだ。
異論は認める。
しかし。
電波塔。高層ビル。大型量販店。コンクリート製のマンション。
どれも優が住んでいた世界で見慣れていたもので。
その景色は決してファンタジー溢れる世界では無かった。
……ルシリアに案内されるまま、優が訪れたのはラトジアの首都街。
この国のトップが入る場所。
そこは、アメリカで言う大統領官邸とでも言えば良いのか、優とルシリアの住むイシスの自宅造形を少し小さくした建物だった。
「お、おいルシリア。勝手に入っちゃ……」
「まあまあ。黙ってついてらっしゃいな」
「……はぁ?」
ずんずんと勝手知ったる自分の家の如く正面玄関から侵入し、広い廊下を歩いていく。
ちなみにルシリアに優が見せて貰ったのは国の外観だけだ。
故にルシリアの敬称である『救国の天使』の救国が、此処ラトジアである事は優はまだ知らない。
そのためすれ違う人が目を見開いてこちらを凝視する理由が、優には到底理解出来なかった。
……ルシリアがとんでもない事をやらかしてたんじゃ、と大体合っているが失礼極まりない方向で憶測を頭の中でめぐらしていた。
「つーいたっと」
「いや、ルシリアお前……」
ルシリアは目的の扉。この建物で一番重要な扉の前に着く。
優が何か言う前にその扉は開け放たれる。
「――ん? 誰が勝手に……え」
勢いよく開け放たれた扉の先に居るのは、高く積まれた書類を片付けていく一人の女性。
眼鏡を掛け、タンクトップにホットパンツといった随分と涼しげな格好。
そして何よりも目立つのがルシリアと同じように、小ぶりながらも背中から翼を生やしている。
その彼女の表情は入ってきたルシリアの姿を見て固まった。
「――今、大丈夫?」
「え、なんで……母さん!?」
「……は?」
ルシリアと暮らし始めたのは1240年ほど前。
その長い期間、夫婦をやって居るくせ子供が居ない訳が無い。
しかし『天使と言えばこの姿』の聖族であるルシリアと優では本来子供が成せない。
そのため四六時中イチャコラしてても妊娠の心配はなかったのだが、ある時、子供が欲しいと言ったルシリアのために優は三秒ほど悩み受胎の魔法を作った。
そして出来た一番初めの子。
「……大きくなったな、エリッサ」
「え、父さん……なの?」
名をエリッサ。
現在ラトジアの管理をしている、聖なる一族と勇者の血を引く二人の間に出来た初めての娘。
その久しぶりの再会で優は『ユーマ』の記憶を少し思い出した。
「そっか。それで下に降りて来れてるんだ」
「……皮肉か、それ?」
「うん」
「うんって……」
人目がつかない場所ということで顔を見せた優。
エリッサに優は自分の今の記憶喪失の事を話すも、トホホ、と記憶に残る娘の毒舌に嘆く。
だがエリッサに関する記憶が戻ったためか、優の顔はその辛らつな言葉を受けても満更不快そうではなかった。……Mでは無い。
仲良さげに話す二人の事をルシリアは笑みを浮かべながら見る。
優に娘の事を秘密にしていたのは、娘がいるという驚きを優に与えて記憶が戻らないかどうか試すため。
……ちなみにもう何人か娘息子はいるのだが、それもルシリアは優に言っていない。
百聞は一見に如かず。
言って聞かせるより経験させたほうが記憶を呼び戻すには良いからだ。
奥様はエロいだけでなく頭も回る。
「母さん相変わらず父さんのこと好きだよね」
「そう?」
しかしそんな頭の回る奥様も、娘の前で夫の膝の上に乗ってデレっデレに甘えているのはご愛嬌だ。
「引きこもりの父さんに愛想尽かさず相手出来るんだもん。私なら一日で追い出す」
「ふふっお父さん可哀想ねー」
「……はいはい」
かつての優は、ユーマはトレイシアでの一件以来イシスに引きこもり状態だった。
そのためラトジアの学校に通う事になったエリッサの入学式にも卒業式にも出る事は無いほど。
事情があったにせよ、当時のエリッサからしてみれば駄目親である。
娘と夫の仲を悪くさせないようにも奔走したルシリアの努力がエリッサの幼い時の記憶に残っていた。
「でも良かったんじゃないかな。記憶喪失になったとしてもお互いが好きならさ」
「言うようになったわねぇ、エリッサ」
「……まぁね」
母の努力。その努力の一環で教えられた二人の馴れ初めとそれに至るまでにあった事。
記憶を失くした今の父親は何もかも無かったような楽しそうな顔をしているとエリッサは思う。
国を一つ機能させている彼女、初めは嫌いだった父親の事を今は許しているエリッサはもう大人だった。
しかし。
「なぁ、ルシリア。確かエリッサ……もう1000歳超えてたよな」
「……うん」
「……俺の記憶に間違いなければあいつ、良い人まだ連れて来てないよな」
「…………うん」
一定の年になると成長が止まる聖族。
それなり歳をとっている訳だが、浮ついた話は一つも無かった。
「父さんの馬鹿っ! だれが年増な物理的な乙女よっ!」
「あ、こら! 物投げるような娘に育てた覚えは! ……誰もそこまで言って無いし!」
エリッサが机の上にある銅製の何かの像を失礼な父親に投げつける。
その時には既にルシリアの姿は部屋の隅にあった。
胸部に重りを付けている割には身のこなしが早いルシリアだった。