出会い(?)
三人称からの初の試み。
「……空が近い」
比喩ではない。実際に近かった。
男、増田 優は大草原の上で声を漏らした。
「よいしょ……って此処何処だよ」
横たわっている優は体を起こし、パンパンと服を払いながら立ち上がる。
「とりあえず向こうに見えるのはアレか。えっと、パルテノンっぽい神殿か……?」
だが本物より朽ちていない。白亜の柱が緑の草原に映える。
景色を写真に収めて額縁に飾っても十分美術品に出来そうな具合だ。
(少なくとも俺はこんな景色を一度も見た事が無いな)
驚く事は後回し。とりあえずそう判断を下した優はもう一度辺りを見回す。
樹木のようなものは見当たらない。あるのはなだらかな丘が遠くの方に一つ。そしてその上を這うようにして進む白い群雲が。
「いやいやいや。んなわけねーよ……なぁ?」
いやはや自分の目が信じられない。
そんな風に、はぁと一つ溜め息をついて優は草原の上に腰を降ろした。
「誰か見つけねーとなぁ……まさか建造物がある此処で人っ子一人いないなんて事は無いだろうし」
腰を下ろした優の顔には笑みが浮かんでいた。
「もしかすると、だもんなぁ」
ははは、と笑って近い空を見上げた優の頭の中には、『異世界トリップ』という文字の羅列が並んでいた。
「お、第一村人はっけーん!」
いきなり叫び出したのは現地人を発見したため。
そして『異世界に来たらしい』という事が優の中で確定した。
T-シャツにジーンズと、かなりラフな格好の優はジーンズのポケットに手を突っ込みながらその女性の所へと歩いていく。
その女性は赤い実のようなものを摘んでおり、籠にとった実を入れていた。
そもそも何故異世界と断定出来たか。
第一村人と判断された、優が名も知らぬ彼女に人間とは違う異質な部分があったため。
そう、――彼女の背中には羽根が生えていた。
「おねーさんちょっと良いですか?」
「うん? 今日のお昼はエシディスの実が取れたから揚げて食べようと思うんだけど…?」
「……おう?」
「どうしたの? 狐につままれたような顔して……」
顔を上げた女性の顔立ちは英国圏に近いもので美人。
天然の金髪と日本人離れした豊かな胸に背中の羽根。
記憶違いなどではなく優がまず会った事の無い御伽噺の中のような人物。
少なくとも出会って早々お昼の話が出てくるような間柄ではなかった。
「えっと……初めまして?」
「何言ってるのよ。頭ぶつけたの?」
「ん?」
そして頭ぶつけたかどうかなんていきなり聞かれるような間柄でもない。
初対面。優にとって初対面のはずだった。
「ちょっとまって……俺と貴女の関係は?」
「…………何を分かりきった事を」
「……初対面じゃないの?」
「ホントにどうしちゃったの?」
“じゃあ何だというのだ”と、優は困惑する。
そんな優の姿を見かねてか、溜め息を吐いた。
「私はアナタの妻で、アナタは私の夫。……どうしちゃったのよ?」
「お、夫? 妻?」
「……ぇ?」
困惑は増すばかり。
初対面の女性からまさかの「夫婦だったでしょ」発言。
悪質な詐欺でもこんな事はまず無いだろう。
故に、
「……嘘だッ!」
「なんで?!」
こんなやり取りもおかしくは無い。……多分きっと。
「……どうしたら良いのかしら」
「俺にもわかんねーよ……イシス何てしらねーし、お前との事も覚えに無い。ユーマなんて名前じゃないし……」
「いや、ユーマ本人よ。本名『増田優』。こっちの呼び方でユウマスダで『ユーマ・スダ』。優のこと呼ぶ時はそう呼んでた……憶えてない?」
「……憶えてない」
異世界から来た、と言うのは優の目の前にいる彼女が証明してくれる。
「確かに顔も身体もユーマだし、此処へ他の人が来る事も無い。それに加えて向こうでの記憶も一致してる……部分的な記憶喪失なのかなぁ……」
涙ぐみ、テーブルに顔を突っ伏している翼の持ち主はぼやいていた
現在居る場所は彼女の家……と言うよりも二人の家。
当初、優が「神殿だ」と決め付けた建造物は二人の住んでいたと言う家であった。
まず記憶喪失だと疑われて説明されるに、ルシリアの言う夫のユーマ・スダ……いや、増田 優はかつての勇者。
いや、勇者と言うには名ばかりの、トレイシアと言う国に召還された魔王に対抗するための戦奴隷だった。
その道中で軽蔑され軽んじられていた亜人を連れた勇者一行はルシリアと出会ったが別れて魔王討伐へ。
魔王討伐が完遂し、なんやかんやとあって戦奴隷から開放された勇者はトレイシアを崩落。
そうして加護と言う名の呪いを受けた不老不死の勇者は悠久の時を生きるルシリアと契りを結び、現在二人だけが住まう天空にある此処へ来たと言うわけだ。
「ほ、ホントに憶えてないのよね?」
「う、うん。その話が本当なら……やっぱり本当なのか?」
「……ハァ」
顔を上げ、鬼気迫る表情でもう一度問うたルシリアの目元は赤くなっている。
優の返した返答に肩を落とした。
……だが、それもそのはずだろう。
連れ添いである彼が突然ルシリアとの思い出やらその他諸々を忘れたのだとしたらそのショックは大きい。
失ってから気づく、とでも言おうか。
概ねそんなショックを受けた状態だろう。
だがしかし。
「……それなら私と出会った時からの記憶を見せて上げればいいのか!」
そんな事で凹んでる良妻賢母は居ない、と気合いを入れてる奥様。
この奥様、なんだかんだと結構胆が座っている。
「……そんな事出来んだ」
「出来ます。『救国の天使』は伊達じゃないのよ?」
立ち上がった時に揺れる胸を意識して見ないようにしつつ、優は感心した。
……しかし、チラチラと見ているのは男の性故か。
ルシリアは気づいているが、記憶がなくなったとしても変わっていないところを見て少し安心している。
「変わらない所は変わらないのね。……ユーマ、一戦イっとく?」
「なんの――ッ?!」
言いかけて邪な想像が。いや、妄想が。
「ななな、何言ってんだっ!?」
「そういうのも面白いかなって思ったんだけど……ま、記憶戻すのが先、か」
急にベッドへ誘われそうになった優は素数を数えている。
そんな久々に見る慌てる様子を「可愛いな」とルシリアは舌なめずりをしていた。優は俯いていて気づいていないがエロイ。顔もエロかった。
……余談だが彼女はビッチでも痴女でもない。ただ夫に対してエロイだけだ。
出会った頃の彼女はそれはもう初心だった。顔を合わせるだけで赤面するくらいであった。
「じゃ、そういうことだからこっち来て」
「べ、ベッドイン?!」
「違うっての……もう! 私の記憶見せて上げるからこっち来てって言ってるの」
慈愛に満ちた顔で優は見られていた。経験者の余裕と言うヤツである。
まぁ、割と脳内がピンクになっている優は誰も責められないだろう。
男性は女性と違いそういう体験は身体的な形では残らない。
記憶が無ければ誰も童之帝であるかどうかなど当事者でしか分からないのだから。
ぶっちゃければ異世界に来る前は童帝であった。
その時は魔王討伐に六年掛かり、初体験は御歳26歳である。相手は勿論ルシリア。おめでとう爆発しろ。
「はい、おでこ出して」
「え、おでこ? なんで?」
「お凸くっつけるの! ほら早く」
「うあ、でもっ…………あぁもう!」
額を合わせて、優が照れながらしばらく。
日本語のような厨二臭い言語がルシリアの口から紡がれ、優の意識は暗転していった。
稚拙な作品ですがよろしくお願いします。