01 ハジマリのキセツ
浅黒い健康的な肌に、珠のような汗が浮かぶ夏。
視界に青々しく映る木々が陽の光をうけて何よりも輝いて見えた。
そんな外の世界に私を連れ出して、私の世界すらを変えてしまった君が
隣にいない事を不服に思いながらも、私は4度目の夏を迎える。
『あっつい』
という夏にはごく当たり前の単語を口にすると、隣の友人が顔をしかめた。
「さっきから何回目やと思ってんねん、アホか」
『お前こそ舌打ち何回目だと思ってんだ、バーカ』
学校帰りにアイスでも買って帰るか、と同学、唯一の友人である康太を誘った。
ここまでは良かったが、雲一つない晴天にコンビニまでの道のりがやけに遠く感じ、光を遮断できるガレージへと避難した。
「巴、今何時?」
『知るか、そんなの』
ちょっとばかしガタイの良い康太が、いつも以上に不機嫌な為、より一層恐さが増している。
道理で後輩から"ドンさん"なんていう可笑しなあだ名が付けられる訳だ。
「ケータイで時間くらいパッと見れるやろ」
『ったく、仕方ないな。アイス奢れよ』
「嫌や」
む、と頬を膨らませながら制服のスカートに手をつっこみ携帯を取り出す。
4時30分と表示された携帯画面を康太に見せながら、ガレージから顔を出してみる。
まだ空は暗くなる気配はない。陽が落ちるのも随分と遅くなったものだ。
『駅近くのコンビニ行こうぜー、多分そっちの方が近いって』
「あっちのコンビニか、よし行こか。」
『あ、待ってよ!』
力強くペダルをこいでリードする康太の背中を慌てて追いかける。
小さくなっていく校舎を背に、あの夏を思い出す。
『あっつい』
もう一度そう呟くと、康太が不意に後ろを走る私を振り返った。
何か、また文句でも言われるのだろうと身構えたが違ったらしい。
いつもより目を細くしながら悪戯をする子どものように笑った。
「芳野もおったら良かったのにな」
懐かしい名前に思わず、言葉が喉につっかえた。
『…うるさい。もう何年会ってないと思ってんの』
「4年くらいか?まぁ、4ヶ月と変わらんわ」
『ものすごい違いですよね、それ』
6年前の夏、私は芳野という少年と出会った。
浅黒い肌に、気怠い表情を浮かべた芳野との日常は、未知との遭遇に近かった。
遊んで、喧嘩して、また遊んだ日々は数年もしないうちに芳野の転校によって崩れたのだが、
私の記憶には深く根付いている。
『まぁ、別に今さら会う事ないと思うしなぁ』
「そうか?」
駅が近づいてきたせいか、人通りも増え始め自転車を降りた。
風がなくなった途端に、前髪が額に張り付くような感じがして気持ち悪い。
『あっつい』
「だから、お前それ何回目」
『夏なんだから仕方ないでしょうが』
青い春はないけれど、青い夏ならここにある。
私はまだ、この季節を憎めないでいる。