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プロローグ 終わりからの始まり




 お坊さんがお経を読んでいるのが聞こえるのに気が付き、俺は目を覚ました。

 棺桶の中から体を起こし、辺りを見回せばみんなが俺の方を見ている。最前列には父さんや母さん、2人のばあちゃんや、従兄弟などの親族が座っている。

更にその後ろの列には、近所のおばさんやクラスメートと担任の先生、幼馴染や仲の良かった友達。誰だかまったくわからない人など、様々なひとが並んでいた。ちなみにじいちゃんは2人とも俺が小さい時に死んだのであまり覚えていない。

 「――あぁ、俺、死んだのか」

 死に直面しても俺は冷静だった。しっかりと死因も思いだせる。高3の夏休み。調子に乗って昼間から盗んだ原付で堂々とスピード違反。警察に追われ、焦って逃走中に大型トラックと衝突して死亡。こういった事件は時々ニュースで見た。その度に「馬鹿だな。素直に捕まればいいのに」なんて思ったが、いざ自分となると逃げてしまう人の気持ちも理解できる。

 そして後ろに彼女を乗せていなくて良かった。事故に巻き込み殺してしまったら、悔やんでも悔やみきれない。まぁ、彼女なんていないけどさ。

 俺は気を取り直して棺桶の上に立ち、地面に向かってジャンプ。着地しようとして転んだ。どうやら着物の裾に足を引っ掛けたらしい。

 「痛ッ! てか幽霊になっても痛みって感じるんだ!」

 オーバーリアクションで地面を転げ回り、声を張り上げて痛がりって一人でツッコミまで入れたのに誰一人として反応してくれない。構って欲しい幽霊の気持ちが少しわかった気がする。

 俺は立ち上がり、葬儀の参列者たちを見て回ることにした。もしかしたら顔を逢わせるのもこれが最後かもしれない。ただ、その前にやっておく事がある。

 俺は再び棺桶の上へと立ち上がり、大きく息を吸う。

 「みんな! 今日は俺の葬式へ来てくれてありがとう。最後まで盛り上がって行こうぜイェーイ!!」

 勿論、盛り上がれるはずもない。ただなんとなくやりたかっただけなのだが、あまりおもしろくなくて、少しがっかりした。

 俺はまず最初に親の顔を見に行くことにした。

 「なんで親より先に逝ってしまうの? ねぇ一徳、母さんこれからどうすればいいの?」

 「母さん、一徳にあっちで心配かけないように笑顔で見送ろう。な?」

 すすりなく母さんに父さんが語りかけていた。

 急に寂しくなった俺は、すすり泣きながら俺に問いかけてくる母さんの手を握ろうとしたけれど、俺の手は水の中で手を動かしたときのような感じですり抜けていった。勿論、俺の存在に母さんが気付くはずもなかった。

 「やっぱり、か……」

 なんとなくわかっていたけれど、もっと“空を切る”みたいな感じですり抜けると思っていたのでちょっとびっくりした。ばあちゃんや従兄弟も目に涙を溜めていた。 次に俺は友人や先生の顔を見に行くことにした。

 「一徳、勉強はできなかったが、明るくて優しいお前がなぜ? だから俺はあの時お前にあれほど――」「先生お焼香あげに行かないと……」

 校内でも数少ない強面教師だった担任が泣いていた。隣に座る委員長の新田さんはスカートの裾を握っていた。そういや学生だから制服か。

 担任は今時珍しく、パンチパーマで薄く色の付いたサングラスのような眼鏡をかけていて、先の割れた竹刀を持ち歩いていた。今思うと本当に不良マンガにでてくる英語教師のようだった。あだ名は井岡だった。本名は……、なんだったけか?

 俺は閃いた。右手を大きく振りかぶり井岡の頬に向けて振り下ろす。案の定、俺の拳は井岡の顔をぐにょりとすり抜けたがどうでもいい。

 俺の胸中には、この前井岡に竹刀で殴られたときの恨みを晴らした優越感と寂しさが同居していた。もう逢えなくなるとやっぱり寂しい。本当にどうして俺はあんな事をしたのだろう?本当にごめん。警察、父さん、母さん、井岡、そしてみんな。

 死んでからの親や井岡との再会で涙が出そうになるが堪える。井岡の前で泣くことは俺のプライドが許さない。

 俺はクラスメートや友人、近所のおばさんなど一人一人に別れを告げる。が、どうしても最後に会っておきたい友人たちが見付からない。まさか来ていないのかと少し不安になる。

 最後列に目当ての人物がいた。用意してた椅子が足りなかったらしく、ぽつん。と、三つだけ椅子が置かれていた。

 親友の川俣が隣に座るもう一人の親友真田に小声で話しかける。

 「なぁ、いつになったら香典って電子マネーで払える用になるの?」

 「不謹慎すぎるだろうがぁぁ! 俺の葬式ムードを返せ!」

 思わずツッコんでしまったが勿論声は届かない。しかも真田は川俣の問いを無視してお坊さんの読経にハモって遊んでいた。小西にいたっては見えない誰かと話している。

 真田の前に座っていた誰だかわからないおっさんが、(こいつら……できる!)みたいな顔をして俺の友人たちを眺めている。

 「なんかもういいや。新田さんのスカートでも覗いて帰るかな。帰ると言っても棺にだけど」

 まさかの親友の行為を見て、疲れきった俺は独り言を洩らす。

 「おい、そろそろ棺に戻らないと天国にワープできねぇぞ」

 「いや成仏ってそういう方式かよ!? ってあれ?」

 ツッコンだ後、話しかけられた事に俺は驚愕した。声のした方を見れば真田の前に座っていたおっさんと目が合った。明らかに俺の方を見ている。

 「早く戻らないととんでもない事が起こるぞ。ほれ、5、4、3……」

 「ちょ、待てっ――」

 俺は全力で棺に向かって走る。まさか成仏寸前で全力疾走とは哀れすぎる。もしかしたらギリギリ間に合わないかもしれない。

 「2、1――」

 「クソ! 間に合え!」

 俺はお坊さんをすり抜け棺に飛び込む。

 「ゼロォォォォッ!!」

 飛行機のジェットエンジンのような物が棺の下から淡い光と共に出現し、炎が噴き出す。天に向かって急上昇する棺の上にしがみ付きながら俺は叫ぶ。

 「これ全然ワープじゃねぇだろうがァァッ!」

 天井をすり抜ける途中で下を見ると、おっさんがニヤニヤしながら『昇天おめでとう!』という看板を掲げている光景と棺の中で安らかに眠っている俺が見えた。

 多分、霊である俺がこんなにも苦労しているのに、本体の俺は安らかに眠っているなんて、これじゃあまるで死人詐欺だ。

 いろいろと悔いは残るが、そんな事を思いながら俺は天国へと旅立って行った。

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