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「私はただ──ここで今までの私を捨てたかっただけ。だから──」

「「き、き、来ちゃったああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」


 ウアガアアアアアアアアアアアア!! と咆哮する黒龍を前に、二人の思考は一斉に同じ所へと至った。

((逃げる!!))

 黒龍が再び炎弾を放つのと、二人が走り出すのはほぼ同時だった。

 再び山賊達の隠れ家が、というよりほぼさっきまで千秋達がいた辺りが爆発した。当然、まだ近くにいた二人は爆風で吹き飛ばされ身体が宙に浮かされる。

 ズッサーーーー! と不時着と同時に斜面になった崖を滑り落ちる。

「いたたた……」

「バカっ、ぼけっとしてんな!!」

「うぐっ!!」

 突然襟を掴まれて後ろに引っ張られた。首が軽く絞まりながら前を見ると、さっきまで千秋のいた所に黒龍の巨体が着地しようとしていた。黒龍は狭い崖の道を地面と横の岩の壁を手足で掴んで、器用に着地すると、大声を上げて咆哮をあげた。

 唸り声をあげながらこちらに一歩一歩近づいてくる黒龍に、二人は一歩一歩後退るしかない。

 と、(かかと)がちょうど足下にあった小石を蹴飛ばす。

 それは真後ろの崖下へと吸い込まれて──

「って! もう逃げ道ないんだけど!?」

「クソっ、連中の隠れ家に……げっ、さっきの爆発で入り口がない……」

「どどど、どうするの!?」

 黒龍はその紅い目でぎょろりと辺りを見回しながらこちらに近づいてくる。息を吐くたびに小さな炎がその巨大な口から漏れ出し、その一歩は千秋達の足下を大きく揺らした。

「……仕方ない」

 蒼夜は冷や汗たらしながら、ゆっくりとシルディックを黒龍に向ける。

「千秋、適当に道作って逃げるぞ」

「えぇ!? こんな狭い所であれと戦うの!?」

 隠れ家前の道は大体人が四人くらい横に並べるくらいの幅だ。普通に対人相手ならまだしも、今相手にしようとしているのはこの巨大な黒龍。普通は無謀といっても良いはずだ。

 が、蒼夜は引きつった笑顔で、

「崖から飛び降りて逃げたいか?」

「行くよっアークス!!」

〈あいよ、千秋ちゃん〉

〈切り替え早いですねぇ、千秋さん〉

 いや、だってこんな崖から飛び降りる勇気なんてないし……と、シルディックの呟きに千秋は思った。

 ガアアアアアアアアア!! と咆哮が轟く。それを聞いて逃げるように、辺りにいた鳥達が逃げ出す羽音が聞こえた。

「行くぜ……!」

 蒼夜はEASをシルディックに差し込む。

〈ローディング……コンプリート〉

「ウォーター・ブレイド!」

 言うと同時、シルディックの剣身の付け根から水が噴き出す。それは五メートルほど伸びて止まり、先端を尖らせてそのまま固定された。蒼夜が後ろに構えてもそれは崩れることはない。まさにウォーター・ブレイド(水流剣)な訳だ。

 蒼夜はそれを真っすぐ黒龍に向けて振り下ろす。

「でりゃああああああああああッ!」

 ウォーター・ブレイドは弧を描きながら黒龍の頭に水しぶきを上げつつ直撃した。

 が、

「うおっ!?」

 ガッキィン! と黒龍はウォーター・ブレイドを弾き返した。更に、そのために振り上げた黒龍の頭が振り下ろされると同時、炎弾が千秋達に飛んでくる。が、突如その下から吹き上げた突風に吹き飛ばされ、あらぬ方向に飛んでいき爆散した。千秋だ。

 蒼夜はそれを一瞥すると、ウォーター・ブレイドを縮小化し、元々の大きさほどまでにし、剣身が纏う水の刃が持つ魔力圧を高くする。そのまま黒龍に向かって走り出した。ウォーター・スライドは効力を弱に設定(強のままだと速過ぎて近くでジャンプ出来ない)。黒龍の腕がパンチのように飛び、炎弾が放たれる中、ホイール移動の要領で素早く目前まで近づき、速度をつけたまま振り回す。

 ガッキィジジジジジジジジジジッ! と、チェーンソーでかなり硬い物を切ろうしているような音を立てながら、ウォーター・ブレイドがぶつかる。魔力圧をほぼ一点に集めた上に速度の付いた一撃は、さすがの黒龍の鱗でも傷は入った。だがそれでも致命的ではない。むしろ──危険。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!」

「うおっ……!」

 黒龍はそれを弾き返すのではなく、弾き飛ばしてきた。いや、黒龍に近づいたのだからそれくらいは当たり前だ。体が三メートルほど宙に浮かされ、後方に大きく飛ばされる。それは千秋の真上を通り抜けて──。

「蒼夜君ッ!!」

 その行動は完全に反射的だった。

 足下に空気の塊を作って爆発させる。それによって軽くバランスを崩しながら、千秋は蒼夜の元まで飛び上がり……がしっ、と抱きつくような形で蒼夜を捕らえた。何か考えた訳でもなく、何があるか考えた訳でもなく、もはや勝手に体が動いたというレベルだった。

「あぐっ……って、千秋!? お前何やってんの!?」

「何、って……あれ? 何してるんだろ」

 瞬間、ふわっと身体中を嫌な浮遊感が襲う。

 ……上記したように、千秋の真上を通っていったということは蒼夜は崖の先に飛んでいっていた訳で。その蒼夜を捕まえたということは当然千秋もその崖の先にいる訳で──。

「き、きゃあああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッ!!?」

「おおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッ!!?」

 当然のごとく、真っ逆さまだった。

 黒龍の姿なんて一瞬で視界から消え、見えるのはただデコボコした岩壁と真下にある木々ばかり。

 全身で一枚一枚空気の層を突き破っていく感触が、今までやってきた高飛びや幅跳びみたいな物とは比べ物にならず、一枚突き破るその度に恐怖がこみ上げてくる。

「クソっ、シルディック! 『水竜の右翼』を使うっ!!」

〈了解です蒼夜様。EASのセットをお願いします〉

「そら、よっと!」

 蒼夜がマガジン型のEASをシルディックにセットすると同時、シルディックの内部から駆動音が響く。すると、剣身の付け根辺りからパシュー、と蒸気の様な物が吹き出す。

「細かい術式までやる必要ない! 元々の効果を捨てていいから飛べるだけの構築をしろ!!」

〈了解。元の術式を引用し発動速度を遅くすると思われる物を出来る限り削除……完了。『水 竜 の 右 翼(ドラグーン・ライト)』発動まで約一秒〉

 瞬間、蒼夜の右肩の後ろに真っ白な粒子がもの凄いスピードで集まっていき、二メートルほどの何かになった。それが一度上から下に振るわれると、白い粒子が一瞬で消え失せる。

 その中から現れたのは──翼だった。青く透明な水で出来た翼。

〈構築完了〉

「何とか真っ逆さまのままだけは回避する! 掴まってろよぉッ!!」

 バサァッ! と、青い翼が空気を斬り裂く。少しだけ自分たちの角度が傾いた気がした。

「魔力をもっと浮力にまわせ! いつも通りで飛ぶ量じゃ足りない!!」

〈それでは『水竜の右翼』の構築が崩れます〉

「ならもう一発EASを使う!」

 『右翼』を何度もはばたかせながら、もう一本EASをセットする。すると、更に翼が巨大化した。

 地面までもう五メートルほど。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!」

 その巨大な翼が大きくはばたく。構築が崩れないギリギリのラインまで魔力を浮力にまわしたのは大きかったらしく。一気に「ほぼ直線」が「ほぼ斜め」になった。


 瞬間。千秋達は森の中に突っ込んだ。


「痛てててててててて!! 枝が! 枝がぁっ!! (ガスン!!)いってえええええええええ!! ぶつかった! 思いきり木に轢かれた!! いや木に轢かれるとか意味が……うおっ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」

「んにゃああああああ!! 痛い痛い痛い! ひやあああ!!? (ガスン!!)って、ちょっと蒼夜君大丈夫!? ひにゃあああああああああああああああああああ!!? 今ので滑空の角度がどう考えてもおかしくなってるぅーーーー!!!」

 バキバキバキバキバキガスン!! バキバキバキバキズシャアアアアアアアアアッ!!


 ……結局。背中から着陸してゴロゴロと転がり、木に激突して一〇分ほど二人は気絶していた。


      *  *  *


 かくして一〇分後。

「いってぇ……」

「いったぁい……」

 全身泥だらけの二人は目を覚ました。

 蒼夜は制服ボロボロ、あちこち擦り傷だらけだし、頭が木の太い枝に激突して微妙にたんこぶになっている。千秋はそのフリルだらけの服がボロボロ。当然擦り傷だらけ。蒼夜と違うのは木に轢かれて(?)いない事と、服のボロボロ度が蒼夜と違って少しばかり高いので、太腿とか鎖骨とか胸元とかとかとか、露出度が少々高くなった。元々高かったのに。

 起き上がった蒼夜は、そんな千秋を見て当然のように赤面した。

「んなっ……!!?」

〈蒼夜様、ガン見ですね〉

〈男だから仕様がねーよシルディ〉

〈まぁ、蒼夜様は結構えっちぃですからね〉

「お前ら……バラすぞ……」

〈わー、そーやさまがおこったー〉

 そんな会話がされる中、全く自分の被害を理解していない千秋は、激突した腰辺りを押さえながら起き上がった。

 と同時に蒼夜は体ごと九〇度回転。

「蒼夜君、大丈夫?」

「あ、あぁ……なんとかな……」

「? どうしたの? なんで後ろ向いてるの?」

「いや、あのー……」

「あっ、もしかしてどこか怪我した!?」

「いやそうじゃなくてだな……」

「ちょっと見せてみて!」

「いや、怪我なんてしてないから!」  

「じゃあこっち向いてよ」

「それは……無理(理性的に)」

「むぅぅ……じゃあ仕様がない……」

「ん?」

「とりゃあっ!!」

「うおっ!!?」

 突如思い切り後ろに引っ張られたかと思うと、どしん! と背中が地面に叩き付けられた。どうもはっ倒されたらしい。

 いわずもがな犯人の千秋は、何も気にせずに蒼夜の身体ぺたぺたと触りながらを調べ始めた。適当に腕やら腰やら胸やらを押していく。とうの蒼夜的には、ありがたいような、迷惑なような微妙な所だった。微妙に際どい所まであらわになっている肌がいちいち視界に入る物だから目をそらすのが大変だ。

「ち、千秋……? 本当に怪我してないから起きさせてくれねぇかなぁ……?」

「ダーメ。蒼夜君は意外と無茶したりやせ我慢したりするっていうのをこの短期間で千秋さんは学んでしまったので、ちゃんと確認するまではこの状態」

「いや……あのねぇ……」

〈はっきり言えば良いじゃないですか蒼夜様。千秋さんの美肌が目にちらついて襲いたくなるから止めろ、って〉

 このバカは何言ってくれちゃってるんだ!!? と蒼夜は心底思った。

「ふぇ?」

〈千秋ちゃんまだ気付いてないのか? 服、服〉

「服?」

 今更のように千秋は自分の服を見た。町長の家から着て来たフリルな服は、スカートは下着が見えるか見えないかくらいの所まで裂け、ブラウスは腕と胴回りの辺りがあちこち裂けて、胸元はボタンがない。リボンは微妙にほどけかけ。フリルは少しボロッとなっている。

「んにゃ!?」

〈今更過ぎますよ、千秋さん〉

〈まぁ、らしいっちゃらしいけど。ほーら千秋ちゃーん、逃げねーと蒼夜に襲われるぞー〉

「誰が襲うかっ! 千秋の場合本当に信じかねないからそういうこと言うのマジでやめろっ!!」

「お、おそ、襲われっ……!!? そ、そそそそ蒼夜君ッ!! え、えっちぃのはいけないと思います!!」

「いやお前も本当に信じてんじゃねぇよ!? こいつらに振り回されるのいい加減やめろよな!!」 

〈実は後ろを向いていたのははっ倒されるのを待っていたからで、千秋さんのボロボロな服から垣間見える肌をガン見したかったから……〉

「お前本当にバラして資源ゴミに出すぞ!?」

〈千秋ちゃんも気をつけろよー? 蒼夜みたいな奴はそこら中にいるんだからさ、ただでさえ千秋ちゃん可愛いんだし〉

「お前はお前で何を言っとるんだ!? 俺をそんな奴らと一緒にするなぁ!!」

「そ、蒼夜君……(けだもの)……?」

「ちげぇから! 確かに男は獣だとは言うけど全員が全員じゃない! 少なくとも俺は違う! 揺れ動く理性をぶん殴って土木工事で強化することぐらい楽勝だ!!」

「揺れ動くって事は一パーセントでも私をそういう目で見てたってこと!?」

「しまった! 誤解するような言い方だった!! 違う違う!」

「やっぱり蒼夜君も獣なんだぁッ! お兄ちゃーんッ! 大変な人と二人きりなってしまいましたーーーーーーッ!!」

「違うっつってんだろーがーーーーーッ!! だーーーーーーーーー! もう今までのシリアスな展開がなかったかのような展開になっちまってるじゃねーかあああああああ!!」

 蒼夜はぜえ……ぜぇ……と、思いきり肩で息をする。何だか千秋と出会ってからこういう類のイベントが起きたりツッコミが大変だったりしている気がもの凄くする。おそらく気のせいではない。

 それから約一〇分間。なんとか誤解を解いて千秋を落ち着けることに成功した蒼夜は、元々するべきだった話を始める。

「とにかくだ! まずはラインズに戻ってセシアさん達の安否の確認と、黒龍の対策について考えなきゃならない」

「っていうことは、戻らなきゃいけないんだよね?」

「そういうことだ。シルディック、ここからラインズまでどれくらいかかる?」

〈約一〇分ほどですね。何の邪魔も入らなければの話ですが〉

「一〇分、ね。よし分かった。とりあえずさっさと行こう。速いにこしたことはないし」

「うん。早く行こう」

 二人は、今更ではあるが砂埃を落とし、ラインズに向けて歩き出した。


 ラインズの町は最初に来たときよりも賑わっていた。

 一番賑わっているのは中央の広場で、かなり大きめのところであったはずだが、広場から人が溢れ出すほどに人が集中していた。どうも広場の中央に何かあるらしく、そこを囲むように人々が集まっている。

「何だ? また怪我人か何かか?」

 と、蒼夜が言うと町人の何人かが反応してこちらを向いた。すると驚いたような顔をして、


「山賊倒しの勇者が帰って来たぞおおおおおおおおおおお!!」


『ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!』

「な、何何? ど、どうしたの?」

「山賊を倒した、って事で、みんながお二人を勇者扱いしてるんですよ」

 と、人々の中から出て来たのはセシアだ。

「セシアさん! 無事だったんですね!?」

「はい。特に何も起こらずに帰ってこられました。ありがとうございます」

 ぺこり、とセシアは頭を下げた。

「ちょっ、セシアさん!?」

「いや、あの……俺達は別にそこまでされるようなことは何も……」

「いえ。私達からしてみれば見ず知らずの方にここまでしていただいて……正直返し尽くせないほどのご恩を感じております」

「大袈裟ですよセシアさん……私達は別に、したいことをしただけですし……」

〈千秋ちゃんに蒼夜よぉ。ここは素直に受けとった方が、簡単にまとまるぜ? どう考えてもこのやり取りのループにしかならねーし〉

〈そうですよ。確実に話が丸く収まりますし、話し合わなければならないこともありますでしょう?〉

「……仕様がない。どういたしましてセシアさん、とりあえず、これで勘弁してくれませんか?」

「ん……そうですね。ひとまずはそれで置いておきましょう」

 ふぅ……と思わず一息をつく二人。二人ともあまりお礼を言われ慣れていないらしい(慣れる物かどうかは置いといて)。

「とにもかくにも、まずはお二人とも町長の家に。特に千秋さんは、服がボロボロですから」

「ふぇ……? あっ、そうだった……」

「ささ、町の女性陣が壁になってくれているうちに♪」

 よく見たら本当に女性達が壁になっていた。そして何故か蒼夜までもが壁の中にいる。

 セシアに手を引かれて連れて行かれる中、蒼夜はその壁に引きずられる形で町長の家まで案内されていた。


 町長の家にたどり着き約一〇分ほどあと。

 千秋は二回ほど着せ替え人形扱いされ、最終的に元の制服姿に戻っていた。いつの間に洗濯したのかピカピカの制服である。

 朝食をとったリビングに行くと、さすがに二人も予想出来ていたことだが町長からもの凄くお礼を言われた。しかも蒼夜に娘を嫁にやりたいとか言い出すほどだ。何とか丁重に断ったが、とうの娘は少し不満そうだった。

 席に座ると、昼食が出された。いつの間にやら昼頃になっていたらしい。

「一応調べましたけど、隠れ家の中にはもう誰もいません。どうも残ってたのは式神だけだったみたいで」

〈おそらく結構な術者だと思われます。生体反応に反応させるほどの物でしたから。そんじょそこらの術者ではなかなか出来ない芸当ですよ〉

「普通の人にするのも維持するのも結構大変なのに、生物として感知させる……。理論的には知覚系と幻覚系の応用で出来ると思うけど……あー、新式でも符術系は全然分からないからなぁ……」

「ふむ……よく分かりませんが、とにかくかなり高度なことをしていたのは分かりました」

 苦笑いしながら町長は言った。

「とにかく。イグリアとアレックスに関しては後で連絡して世紀の歯車に捕まえてもらいます。ここで捕まえた下っ端共もついでに連れていてもらいましょう。その前にまずは黒龍をなんとかしないと……」

 今の所は何もないが、もしかしたらその内このラインズにまで黒龍がやってくるかもしれない。そうなれば被害は山賊達の比ではないだろう。家が燃える、なんて生易しいことは言わず、炎弾で爆散させられるか、その巨体に踏みつぶされるかされてしまう。

「多分……水竜の右翼を使えば倒せるとは思うけど……」

「本当ですか!?」

「あの鱗に何かしらの細工がなければですけど」

 と、千秋は「あっ」と声を上げた。

「そういえば、水竜の右翼の本来の効果ってなんなの? さっきは捨ててたみたいだけど」

 ああその事か、と蒼夜はシルディックをテーブルに置く。そいつから聞け、ということらしい。

〈自分で説明すれば良いじゃないですか〉

「お前の方が説明は得意だろ。俺苦手だし」

〈面倒なだけでしょうが……。まぁ良いです。えーっと、水竜の右翼というのはですねぇ──〉

 シルディック曰く。水竜の右翼とは蒼夜のオリジナル魔法、つまり魔法創造で造り出した魔法らしい。

 魔法創造とは、その名の通り魔法を造り出すことである。細かい理論を語るとかなり面倒なことになるので大まかなことだけを説明させてもらうが、トライデント、もしくは専用の術式を扱い(この場合はトライデント非使用者)、世界の理(魔法管理システムとも呼ばれる)にアクセスする。そこで魔法属性の属性の特徴などに関した屁理屈とも言える効果を設定するのだ。

 例えば、雷は速い。これなら高速移動の魔法が創れるし、風には鳥がのる、だから飛べる。なんて意味の分からない屁理屈すら通る。とにかく何かしら属性の特徴などに触れていればほとんどの魔法が作れるのだ。正確には世界の理に魔法として登録する、ということらしいが。

 だが、当然制限はある。強力な魔法を創るにはそれだけの具現力と己の世界の大きさが必要だ。どちらに関しても最近では測定出来る時代なので、常識人であれば許容範囲外の魔法は創ろうとはしない。が、創ろうとする者もいる。

 そういう者は理に反発され、その属性のとんでもない攻撃が飛んで来て、普通は命を落とす。普通じゃない者はそれを押さえつけ、無理矢理ではあるが許容範囲外の魔法を造り出すらしいが、それが成功した人の話なんてものは都市伝説にしかない。それほどまでに常識を離れた話なのだ。

 さて、話を戻そう。

 蒼夜の水竜の右翼だが、『川は周りの岩を削る』というのを使っている。つまり──、

〈触れた物の分子を抉りとる、っていう魔法ですね。蒼夜様の許容いっぱいを使っての魔法です〉

「分子を抉りとるって……」

〈まぁ簡単な話、水竜の右翼で触れた物を消し飛ばす、って感じですね。翼だからたまたま飛行能力も付加されてるみたいですから、ヴィクトリーな二番の使う光の翼みたいに使うことも出来ます〉

 対人用ではないので、基本デビルとか人外系に使いますが、非殺傷も聞かないですし。とシルディックは付け加えた。

 ──まぁ、そんな魔法を人に使ったら危険どころの話じゃないよね……。

「理解したか?」

「うん、大体は。そっちは? 防音までしてする話だったの?」

 テーブルの裏を指差しながら千秋は言う。すっ、となでると、小さな凹凸があるのが分かる。簡単な新式魔法の術式が刻まれているのだ。魔法陣ではないのは、範囲指定が簡単だからだろう。魔法陣では大きさに効力が比例してしまう。好きな配置にするのが難しいのだ。

「やっぱ気付いてたか……。まぁ、その話は部屋に戻ってからだ。まずは昼飯食って体力回復させねーと」

「ん、分かった」

 昼食はカレーライス。千秋的には昼に食べる物じゃない、という印象があるのだが、出された物に手をつけずに終わるのも失礼なのでスプーンですくい、口に運ぶ。

「ん……おいしい」

 

 三〇分後。千秋は今、町長宅の階段を上って蒼夜の部屋に向かっている。蒼夜が早々にカレーを食べ終えて先に部屋に戻ってしまったのだ。後で来い、と言っていたので、部屋で先程の話をするのだろうが、わざわざ部屋でする意味が分からなかった。

〈なーんか危ないことでもされるんじゃねーのー?〉

「そのときは空気制御(エアリアル)で吹っ飛ばすから大丈夫だよ」

〈おー、こえー〉

 三階まで上りきった千秋は、目の前にある三つの扉の内、左の扉にノックした。

「蒼夜君、入るよ?」

「あぁ」

 扉を開けて中に入ると、蒼夜がベッドに座りながら千秋の方を見ていた。

「やっと食い終わったか」

「蒼夜君が速すぎるんだよー」

「あれくらい普通だろ」

 ラーメンの丼ほどの量あったカレーを二杯食べておきながらたったの一〇分しか経っていないのは普通じゃない、と千秋は思うのだが、どうせ言っても無駄なのであえて言わないことにした。

「で、なんでわざわざ部屋まで呼んだの?」

「ん? あぁ。色々とここじゃないとできない準備があったんだ。先に言っておくが変な意味じゃない」

 うっ、と千秋は笑顔を引きつらせた。言おうとしていたことに釘を刺されてしまった。

「ていうか、準備しないと出来ない話なの?」

「ああ。昨日の夜に何とか世紀の歯車と連絡が取れたから、世界間転移術式を教えてもらったんだ」

「……えーっと、なにゆえこのタイミングでそんな話が? てっきり黒龍の対策かなにかだと思ってたんだけど……」

 まさか黒龍をどこかに転移でもさせるつもりなのだろうか。確かに真っ正面から戦うよりはその方が安全性は高い、ような気もするが、結局はその術式……はない。長過ぎるだろう。世界間の転移なんて千秋でも知らないが、多分理論から入る。あーだからこうなんてこーだからこう。だからこうなんて他の世界に転移。なんて長ったらしく書くことだろう。だからおそらく魔法陣だろうが、バカでかく書いた上にそこに誘い込まなければならない。

 確実に真っ正面よりは安全性はたかいのだろう。しかしそれはそれで危険な気もする。発動までそこから動かないように、確実に抑えていなければならないのだ。パパっ、と転移してくれるなら良いが、基本的に新式魔法はまだまだそこまで技術が発展していない。だから無理だ。

 まぁ、何が言いたいかというと、どっちも同じくらい面倒で危ないということだ。メリットで言えば、見つけてそこまで連れて行けばそこまで時間がかからないであろうことくらいだが、出来ればやりたくない。千秋は知識があっても一度たりとも新式魔法は使ったことはないので、抑える役目が確実に自分になるからだ。そんなことが出来ると思うほど、千秋は自信家ではない。

 が、そんな考えはただの無駄と化した。

「言っておくけど、黒龍を転移させるとか面倒なこと考えてる訳じゃねーぞ。そんなのただ他の世界に被害を移すだけなんだからな」

 なるほど。そこまでは思いつかなかった。

「だからその教えてもらった術式を使うのは──」

 蒼夜は一拍置いて──告げた。


「お前だ」


「……は?」

 何を言われたか全く理解出来なかった。

「お前だって言ったんだ。ちなみに拒否権はない。お前には今からとっとと地球(むこう)に帰ってもらう」

「な……何言ってるの? まだ終わってないんだよ?」

「ああ終わってない。黒龍の問題は何も終わってないさ、だからお前を帰すんだ。これ以上は民間人には危険過ぎる。まして相手は黒龍だ。お前はただ一つの異能が使えるだけ(・・・・・)の素人以下の魔導戦士だ。いや、まだ魔法見習いの出発点の一歩手前か……そんな奴にいられても足手まといだ。今まではただ運が良かっただけだろ」

「なっ……」

 何か言い返そうとした。が、言葉が出てこない。反論が出来ない。全て本当のことなのだから。

「本当なら今朝に帰そうと思ってたんだけど、いろいろあったからな。(千秋の着せ替え人形化とか山賊とか……ったく、こういう時に限って予定通りに行かないんだよな。本当にもう……くそっ)」

「あの……何をブツブツ言ってるの?」

「……ただの独り言だよ。まあとにもかくにも──」

 タン、と蒼夜が足下を叩いた。

 瞬間、千秋の足下がポゥ、と輝き出す。

「ッ! まさか……準備って──!!」

「そう。この部屋に転移術式を刻むこと。さっきからずっと発動待機だったんだ、すぐに転移が始まる」

「なんでそんな勝手──!」

「勝手だよ。ただ俺がこれ以上、お前に非 日 常(きけんちたい)にいてほしくない、ってだけの理由だからな」

「!」

 蒼夜はただ、ふっ、と笑った。

 千秋は蒼夜の元に駆け寄ろうとした。が、ただそうしようとしただけで身体が動かない。手も足も水が動きを封じている。

 そして。

 突然光りが急激に強まり──。

「そ──やく──!!」


 千秋は──この世    界(スフィーリア)から消えた。


     *  *  *


 最初に見たのは青い空、に、橙色がかかりかけている空。

 肌に感じるのはやけに硬い地面。

 ゆっくりと起き上がり、そこから視えたのはいつも見る場所。


「学校の……屋上?」 



 千秋がスフィーリアで過ごした時間は約二三時間。

 今日は地球で五日目。

 そのお昼頃だった。








前よりは速い!


はい、ギリギリ一ヶ月じゃないです。

まぁあまり関係ないですけどねw


さて。帰っちゃいました。無理矢理帰らされてしまいました。

いやー、この伏線も何もあったもんじゃないワルクラ。だからせめて大事なイベントだけは──!! と、頑張って書いたつもりなんですが……自分じゃよく分かりません。出来てるんですかねぇ。


はてさて、次の話はどのくらいかかるのやら……。

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