「まさかの変わり具合にびっくりだ」
千秋が集束魔鋼弾に飲み込まれた瞬間、スタングレネードでも投げられたのかの思うほどに強烈な閃光が辺りを飲み込んだ。
蒼夜や町人たち、はてには山賊たちすらも小さく悲鳴を上げる。どうも集束魔鋼弾による影響ではないらしく、山賊たちはもちろん蒼夜と町人たちも目に痛みを覚えた。
閃光が止むと、集束魔鋼弾はもうその場には無かった。代わりに、
「あ、あれ?」
無傷でいる千秋がそこにいた。
周りが唖然とする中、唯一その光の中で何故か目を開けることが出来ていた千秋は、開いた口が閉じずにいた。
〈千秋ちゃんだったな。よっ、これからよろしく〉
「…………は?」
目の前の何かが突然喋り出した。
表現するなら……小型端末だった。携帯とは違う、現代の研究員や発明家などがよく使う小型端末。作業時にさまざまなデータを呼び出す、ちょっとした超小型パソコンのようなものだろうか。それに似たようなものが目の前に浮いていた。
大きさは大体掌サイズ。テニスボールでも持つような感じで持てそうなくらいの大きさだ。形は八角形の左側(千秋から見て)が少し出っ張った感じ。その出っ張った部分を横から見ると、カードでもスライドするような隙間があり、中心にはその白いボディにつけられた、面の大半を占める液晶画面がある。
まぁとにもかくにも、急展開過ぎてついていけない千秋だった。
「千秋!」
同じく若干ついていけてない蒼夜がシルディック片手に叫んだ。
「それは多分お前のトライデントだ!! さっさと契約しろ!」
「……え? って、えぇ? わ、私のって……」
ようやく我に返った山賊たちも、
「トライデントだと!? くそっ、オイ! 契約する前に捕らえろ!!」
「ええ!?」
「させるか!!」
いつの間にか山賊の目の前にいた蒼夜は、非殺傷設定にされた剣身で思いきり腹を殴りつけた。小さな悲鳴と共に山賊の身体が宙に浮く。
〈まぁ、そういうことだ。さっさと契約して、連中を倒しちまおうぜ〉
「で、でも契約ってどうすれば……?」
〈なーに、俺をウェイクアップしてくれればそれで良いよ。後は自動的にやってくれるから〉
「……そういうものなの?」
〈そーゆーもんなの。 ほら、単純にアークス・ゼロ、ウェイクアップ、って言えば良いからさ〉
「えっと……?」
さっさと契約してくれ、と笑いながらアークスは言う。
……本当に全く展開についていけない 。突然自分のトライデントだ何だと言われてもしっくりこないし、魔法が使えなければ意味が無いと思う。そもそも今の自分に『己の世界』は存在しているのだろうか。魔法に関しては勉強していたりしたが、トライデントに関しては必要最低限以上はしなかったので、『己の世界』の有無で現れるかどうかなどということは分からない。
しかし、しかしだ。
契約型トライデントが現れたということは、自分は何か、一歩進めたんじゃないだろうか。成長したんじゃないだろうか。
今、魔法が使えるかどうかなんて、本当は些末な問題なのかもしれない。千秋はそう思った。
ただ、今アークスと契約し、戦う覚悟を決めるか、それとも現状の力のままで守れるかどうかも危うい覚悟のまま戦うか。
当然、千秋がどちらを選ぶか、なんて決まっていた。
「アークス・ゼロ、ウェイクアップ!」
カッ、と再び光を放つアークスの上下に、小さな粒子が集まって持ち手が生成される。さらに、四角形の何かがくっつき、その上に三つに分かれた穂先が粒子によって作られる。
いわゆる槍というやつらしい。長さは千秋の身長より五センチくらい長い。持ち手の部分は青というより蒼といったカラーで、中心(液晶画面の辺り)を上から下に白い線が真っすぐと伸びている。穂先の付け根には四角形、あえて言うならひし形が持ち手に平行になるように取り付けられている。その中心には琥珀色の宝石がはめられていた。
ふと全身がやけに暖かくなったかと思うと、肩から足下にかけて白い襟付きのマントが羽織らされていた。これも一応一部らしい。
〈さぁて千秋ちゃん! イッツ山賊殲滅ターイムだ!〉
「せ、殲滅タイム……? あ、いや、ちょ、ちょっと待って! 私魔法の使い方とかよく分かんないんだけど……」
千秋には確かに知識はある。だから歴史やら何やらのことは十二分に理解しているが、そういうのを知ってても、一度も使ったことの無い千秋にはどうやって魔力を異空間で変換し、どうやって具現化させるのかが分からない。というか前述したように『己の世界』があるかどうかも微妙だ。
〈あぁ? ……だったら、とりあえず俺を剣みたいにアイツらに向かって振ってくれ〉
「えぇ?」
〈今回は俺が千秋ちゃんの魔力使って、初期登録されてる魔法使ってやるからさ! つっても、電撃撃つだけだけど〉
──トライデントってそんなことも出来るんだ……。
そもそもそれは千秋が使ったことになるのか、それともアークスが使ったことになるのか(聞いているとアークスが使っているように聞こえるが)。なんだかそれはそれで重要な気がしたが、今はそんなことも気にしていられない。
「えっと……分かった! ぇえいッ!」
と、思いきりアークスその場で振り下ろすと同時、バリバリバリ!! と、穂先の先端から青白い閃光が山賊たちに向かって飛んでいった。それは山賊の顔面に思いきり命中し、無駄に吹き飛ばしたあげく木に腰から激突させた。
ちなみに、その青白い閃光の通り道に、微妙にではあるが蒼夜がいて首元をかすめかけていたが。
「んなっ!!?」
「あ……」
〈おっと、悪ぃな兄ちゃん〉
「悪ぃな、じゃねぇ!! あとちょっとで俺に当たるところだっただろうがッ!!」
〈当たんなかったんだから良いだろー〉
〈まぁ、当たるよりはマシかもですね〉
「良くねぇから! マシじゃねぇから! ただの結果論で言うなよ!! 今めっちゃ恐かったし、当たったら痛いんだ、ぞ!!」
言いながら背後に迫っていた山賊の横っ腹を、ドゴッ! と、思いきりシルディックで殴りつける。骨とか折れてないと良いなぁ……、と心から思う千秋だった。一応、非殺傷設定されているトライデントは、その後の生活に支障が出たり、死ぬような攻撃でも死なないようにされていたりするので、おそらく問題は無いだろうが……殴っているときの音が安心させてくれない。
蒼夜はため息をつくと、千秋の方を向いた。
「千秋! 俺は良いから人質の檻を壊してこい!」
「で、でも……」
「俺は昨日、もう少し多い連中と一人で戦ったのを忘れたのか?」
「……分かった」と一言言うと、躊躇いながら千秋は踵を返し、人質の入った檻へと走っていった。どうもこれ以上言っても無駄sだと判断したようだ。
千秋が人質の入った檻の元に行くのを確認すると、ニヤリと笑い、
「さて……お前ら覚悟しろよ?」
* * *
アレックス・ジークは、山賊の隠れ家付近でラインズの様子を見ていた。
彼は自分自身に、遠視を可能にする魔法とどんな感知システムにも引っかからない魔法を同時使用している。つまり、ラインズの視線感知術式には感知されていないし、双眼鏡や望遠鏡は使っていない。
確かに、ラインズの視線感知術式は山賊達は知らない。当然ボスのイグリア・ビーストも。しかし、このアレックス・ジークだけは知っていた。
「ふむ。初めてにしてはなかなかいいセンスをしている。あのトライデントも珍しい物のようだが、あの少女はそれ以上に珍しい『異能持ち』のようだ」
彼が言っているのは空気制御のことではない。いや、厳密に言えばそれも含まれてはいるが、彼の目には、もっと別の物が視えている。
たった一撃ではあるが、このアレックス・ジークという男はそれだけで、千秋のことを幾分か理解していた。
「ふむ。才能……という奴か。やはりここに来て正解だったかもしれん。磨けばダイヤモンドのごとく光る卵を見つけてしまった」
アレックスは不敵な笑みを浮かべながら、ラインズから視線を移した。
「ふむ……あれは──なるほど。あちらが今回の本命、という訳だ」
隠れ家への道を歩きながら、アレックスは愉快そうに視線を前に戻す。
彼が見ていた先では、黒龍が叫びをあげていた。
* * *
「あれか……」
千秋と蒼夜は、スフィーリアに来た時にたどり着いた山の、奥に来ていた。
山賊達を倒した千秋達は、蒼夜が山賊達から聞き出した山賊達の隠れ家に向かっていた。(聞きだし方については、千秋は蒼夜が山賊と共にこもった部屋の外にいた上に、自分の部屋にいたので分からない。相当凄い物だったらしく、警護していたメイドや執事達は蒼白になっていた。どんな聞き方をしたのか聞いてみたが、答えてはくれなかった)
町を出る際には、当然のように町人達が突っ掛かって来た。山賊達を返り討ちになんてしてどうするつもりだとかなんとか。もともと諦めていた町人達にしてみれば、山賊達を返り討ちにしてしまった千秋達にそう言ってくるのは確かに当然のことだった。まぁ、時間がなかったので無視して来たのだが(蒼夜に引っ張られて強制的に無視させられた)。
そうして今、こんなところにいる。
「あの山賊が言ってたことは本当だったみたいだな」
シルディックの画面に、隠れ家付近の山のマップが映し出される。その中には赤い点が五、六個ほど点滅している。
〈内部から多数の生命反応確認。ばらついたように配置された反応ですが、一カ所だけ密集した反応があります。全てが人間の確率大〉
〈時間がかけられるなら、内部構造まで調べていきたいところだったけどなぁ〉
「仕方ないよ。それに、もう行動は起こしちゃったんだ、今更後戻りは出来ないしね」
真顔でそう言う千秋に、今更少し驚いたような表情で、
「……本当、お前変わったよなぁ。昨日の今日で」
と漏らした。
「え?」
「なんでもねーよ。さ、行くぜ」
「あ、ちょっと待ってよ!」
更に奥へと、千秋達は進んでいく。
入り口に見張りは全くいなかった。見たところ、入り口付近には監視系魔法の類も無いらしい。
少しばかり怪しいといえば怪しいが、町長は山賊達の人数はそれほど多くはない、と言っていたので、もしかしたら内部の見張りだけいて、あとはさっき倒した連中だったのかもしれない。少々不用心な気もするが、それも自分たちの力への自信の現れなのかもしれない。
そう考えること十秒ほど。蒼夜と千秋は山賊の隠れ家に潜入した。
ちなみに、蒼夜が手に持っているのは非展開状態のシルディックである。大剣だとでかくて潜入には向いてない、と銃形態である非展開を選んだ。弾丸自体はシルディックのEASである、マガジン内部装填された弾を使う。マガジン一本につき九発+一発(構造はなんとなくではあるが、実銃と似たような物であるらしく、勝手に一発リロードされる。だから「+一発」)。一種の魔力弾として発射されるため、殺傷能力自体は、設定にはよるがない。
もう一つ、千秋に関して言うと、未だにメイド達に着せられたフリフリの服を着ている。その事に関しては完全に忘れ去っているようで、何も気にせずに綺麗な足を晒している。正直、蒼夜的には千秋の着ていた制服よりも短めのスカートが視界をちらついて気になって仕様がなかった。
山賊の隠れ家内は、意外としっかりしていて埃など無い綺麗なところではあった。
しかし、隠れ家というにはなんとなくしっくり来ない物がある。
入ってすぐのところには検問用のカウンターのようなものが設置されているし、機銃も置いてある。どちらかというと、軍の前線基地、などと言われた方が納得出来そうだ。
数秒、安全の確認をすると、二人は隠れ家の中を進み始める。
廊下(?)の地面は全くと言って良いほどデコボコしておらず、それどころか真っ平らで、歩き辛さが微塵も無かった。さらに道が広い物だから、逆に歩きやすい。小石一つ落ちていない地面は、整備の行き届いた様が見て取れた。
と、数十秒ほど歩いたところで、
「……分かれ道?」
通って来た道から真っすぐ左右に道が分かれていた。道路などで言う、T字路みたいな感じだ。道の特徴自体には何の違いも無く、どちらにも相変わらず綺麗な道と、規則的に配置された光った電球があるだけだ。
「シルディック、どっちか分かるか?」
〈密集している生命反応だけを見れば左です。あくまでそれだけを見れば、なので道が正しいかは分かりませんが〉
さっきと同じ山のマップを出しながら、シルディックは言った。
「じゃあ左に行ってみるか……」
「……多分、右だと思う」
「何?」
文字通り、なんで分かんだよ、という顔をしている。
「私、空気制御せい、だと思うんだけど、風の流れで人がいるかどうかっていうのがなんとなくだけど分かるの。シルディ、確か生命反応が密集してる場所は一つだけなんだよね?」
〈はい。一カ所以外は全て単体、もしくは二、三人の集まり程度です〉
「だったら右。三〇人くらいの人がいるから」
「違う生物、って事はありえないのか?」
「これで感じる人の感覚なんて、日常茶飯事なんだよ? さすがに間違えないよ。大きさも一応なんとなく分かるし」
蒼夜は少し考える素振りを見せ、少しすると、
「……分かった。とりあえず右に行ってみよう。違ったって連中に見つかりさえしなけりゃ、さっさと戻りゃ良いのはどっちでも変わらないし、可能性が高い方に行った方が時間も短縮出来る」
言って、蒼夜は右に進み出した。
結果として、人質達を発見した。
「見張りは……二人か」
三〇人ほどの人質がいる牢屋の前には、山賊が二人いた。手に持っているのはおそらくトライデントではない実銃。いわゆるアサルトライフルという奴だ。種類に関してはよく分からないが、新式魔法は今まで山賊達が持っていた剣や槍同様に刻まれているはずだ。
「……ここで騒ぎを起こしてもあれだな……。仕方ない、氷系は苦手だけど……」
蒼夜は片膝をつくと、左手の人差し指と中指を地面につけた。
「水を氷に変換……水を氷に……」
地面につけた指先から蛇のように水が流れ出し、山賊達の足下に流れていく。
「アイス・ホールド……」
瞬間、パキン、と小さな音を立てて山賊達が巨大なつららに飲み込まれた。つららは一部も残さず二人を完全に包み込み、正直言って間抜け面としか言いようのない表情のまま動きを完全に封じた。
当然のことではあるが、人質達は大騒ぎだ。
「みなさん、落ち着いてください」
蒼夜が言った。
「あ……あなた方は……」
後ろの方からミニスカートでメイドな女性が現れた。茶色い首まである髪をした、見覚えのある顔をした女性が出て来た。
「セシアさん……! 無事だったんですね!」
「ちょっと大声出し過ぎだ。まぁ、なんにしても良かったです」
「もしかして……わざわざ助けに?」
「はい。えっと、鍵は……げ、こいつら持ってやがる……」
牢屋を開けるための物であろう鍵は、ご丁寧につららの中にあった。もっと正確に言うなら山賊の腰の辺りに。
「仕方ないな。壊す。ちょっと、下がってもらえますか?」
「あ、はい」
人質の町人達が、セシアに誘導されて後ろに下がるのを見ると、蒼夜はシルディックを牢屋の鍵に向ける。
「銃声は出すなよ」
〈サプレッサー機能はONにしてあります〉
言われた瞬間、トリガーを引いた。ガキン! と音を立てて牢屋の鍵が壊れる。
キィ、と牢屋の扉を開けると、人質達がゾロゾロと出て来た。
「みんな、静かにしてください」
と、セシアが言うと、町人達は全員黙った。千秋が小さく「凄い……」と漏らす。
「えっと、蒼夜さんでしたか。これから私達はどうすれば良いでしょうか」
「とりあえずここを脱出してください。俺達が先導します」
「分かりました。じゃあ、みんな。行きましょう」
一行は前方を蒼夜、後方を千秋が守る形で、山賊達を警戒しながら隠れ家を進んでいく。人質達はセシアが落ち着かせてくれるため、騒がずに進んでくれた。
どうもセシアのことを町人達は上位存在(?)みたいに扱っているらしく、基本的にセシアの言うことは聞くらしい。との話を人質の女性から千秋は聞いた。子供達からも慕われていたようだし、さらにこれだけの町人からも慕われているところを見ると、セシアのカリスマというか、性格の良さと言うか。とにかく、なんとなく憧れる感じがした。
〈千秋ちゃん、集中した方が良いんじゃねーか?〉
「え?」
あっ、と我に返った。どうも少しばかりセシアについての考えにふけってしまっていたらしい。
「ごめん、アークス。ありがとう」
あいよ、と、アークスが返すと、千秋は再び後ろに警戒を向ける。
出口自体はもう目の前のはずだ。あとは気さえ抜かなければ無事脱出。町人達に安全な道を教えてラインズへ返し、千秋達は山賊達の殲滅、もとい、逮捕を開始しなければならない。
基本的に千秋は空気制御、もしくはアークスによる雷撃での援護支援に徹するつもりだ。彼女自身は足手まといになるつもりは全く無いし、自分のことくらいは自分で守れる。とは思うものの、アークスが魔法をまだろくに使えない千秋が前線に出るのは、蒼夜の負担が大きくなるから止めた方が良い、と言い出した物だから、渋々後衛にまわることにした。まぁ、後ろを任されている現状では、ほぼ前線みたいな物だが。
とにかく、町人達を脱出させ、ラインズまで返すことが出来、山賊達を倒すことが出来れば残るは黒龍だけになる。そうすれば──。
そうすれば……どうするのだろうか。
特に考えていないことだった。今更今まで通りの生活を送ることは、無理だ。別に今回のような事件に巻き込まれるから、とかではなく、『今の』千秋が『今まで』に戻ることを拒否しているからだ。ただ周りの気を伺って、上っ面だけの”世界”を作るのはもう止めよう、と。
なら──戻った時、私はどうすれば、良いんだろう……。
隠れ家の入り口にたどり着く。
その時だった。
バギン!! という、轟音と青白い光が隠れ家の入り口を振るわせた。
「全く……魔害探知の反応を確認したから来てみれば……」
その二つの主が、千秋達の背後からゆらりと歩いてくる。
あの時の大柄な男に勝るとも劣らない巨漢だった。
角ばった厳つい顔には顎髭が生え、人殺しの目、とでも言いたくなるほどに冷たく冷めた鋭い瞳。ボサボサの髪。筋肉の塊と言っても過言ではないその体躯。ノースリーブのベスト一枚と半ズボンを穿き、首からは金色のネックレスを下げている。身長に至っては二メートルほどもあった。
どう考えても今まで戦って来た”下っ端”とは違う存在だった。
「イグリア・ビースト……。山賊達のボスです」
セシアが町人達を庇うように立ちながら言った。
なるほど山賊のボスらしいといえばらしい外見である。どちらかといえば海賊のボス、のほうがしっくり来るような気もするが、千秋的には似たようなイメージだった。
更にイグリアの背後から五人ほどの部下と共に、大柄な男も現れる。
「ふむ。まさかここを突き止めるとは予想外だ。先刻ラインズへ送った部下どもにでも聞いたか」
「ちょっとばかし荒い手を使って、な」
ふっ、と大柄な男は怒るでも無く苦笑した。
「ふっふっふ、アレックス、本来ならここに忍び込まれたことに関して執行部隊隊長の貴様には厳罰を与えねばならんところだが、この際人質共を牢屋から出されたことに関しては水に流してやろう。目的の女が直接出向いてくれているようだしな」
「ありがとうございます」
アレックスが一礼したのを一目見ると、視線を千秋に向けた。ニヤリと厳ついニヤニヤした顔を向けられて、少し怯む。
「貴様に関しては森の中で見つけた当初、『女』として他世界の貴族やら何やらに売り飛ばす気でいたが……なかなかに面白い力を持っているようだな。古式魔法でもなく、新式魔法でもない全く新しい力。一体、どこの研究所に『研究材料』として売り出せば高く売れるかねぇ?」
「……!」
千秋は今、初めて自覚した。そう、千秋の空気制御は古式魔法でも新式魔法でもない。まだ明かされていない新しい技術なのだ。あの時病院で研究材料として扱われなかったのが奇跡的としか言いようが無い。千秋の空気制御について研究すれば、もしかしたら具現力が必要ない完全な力を発揮する魔法すら造り出せてしまうかもしれないのだ。
「お前を欲しがる研究所なんていくらでもいるだろうさ。人権も、人の尊厳も、生命尊さなんて関係ない。ただ、己の欲しい名誉と金と幸福のために、お前を頭の中から身体の奥までいじり回したいやつなんてな……!」
そんなところに送られれば、一体自分は何をされるのだろうか。全く気付かないほど身近にあった恐怖に、今更気付かされた千秋は、敵地にいるということすらも忘れ、ただ呆然とするしか無かった。が、
「俺を無視して話を進めてんじゃねーぞ」
真横にいながら、すっかり忘れていた少年の言葉は、千秋に思考を戻させるには十分すぎるほどの力があった。
「蒼夜君……?」
「ったく、千秋、何ビビってやがる。まだお前は掴まっちゃいないんだぞ。そんな、まだ『もしも』でしかない可能性に震えてんじゃねぇ。そんなに恐いなら、その『もしも』なんていう獣が自分を食らう前に、叩き潰せば良いだけだろうが」
蒼夜はそう、呆れたように言った。あれだけ強気だったくせに、今更何ビビってんだ、と。
「それに……俺はSGSの──いや、世 紀 の 歯 車の執行部隊所属隊員だ。お前を連れて行かせるようなヘマはしねぇ」
その言葉がどれだけの力を持っていたかなどということは、千秋本人しか分からないだろう。だが少なくとも、千秋に戦う意志を取り戻させるほどの力はあったはずだ。
「ふむ。ただの魔法学校の生徒だと思っていたが……まさかC・Gの隊員だったとはな。さすがに予想外だ」
「それでもまだガキだ。俺と俺の右腕たるお前が相手をすれば、さほど苦でもないだろう」
イグリアは自分の獲物を取り出しながら言った。取り出されたのはナイフ。普通の人間が持つには剣なのだろうが、形で言えば、短剣。ナイフだった。だがただのナイフではない。剣身は二つのパーツが合体して出来ているし、その他にもあちこちが機会仕掛けだ。
「トライデントか?」
「違う……と思う。あれは多分……」
イグリアはただニヤリと笑いながら口を開いた。
「完全武器型トライデント、意志無き相棒を知っているか? 文字通り自我意識の無いトライデントだ。AIを捨て去り、空いたスペースに更に機能を追加し、全ての機能を魔法補助にまわすことが可能になったトライデント。それがブリューナクだ」
ブリューナク、それに関しては千秋も少しではあるが知識がある。
ブリューナクとは、今で言うなら十二師団という日本の少数精鋭守護部隊が使っているというのが有名か。イグリアが言った通りAIを搭載しない分、機能を魔法補助にまわすことが出来る物だ。当然人工型のトライデントに分類される。
基本的には従来のトライデントと同様に古式魔法の補助しか出来ない。が、最近だとカスタム次第ではあるが、新式魔法ですら対応するようになって来ているらしい。上記の十二師団のブリューナクも、それだという噂が流れている。
ある意味で人工型トライデントよりも万能、しかしAIが搭載されていない分魔法発動の処理やら何やらに関しては全て術者が負わなければならないため、使いこなせる魔導戦士は少なからず限られてくるようだ。それに、当然ではあるが契約型のトライデントには性能的にはかなわない。まだまだ契約型の方が技術に関しては上なのだ。
かといって、楽観出来る訳でもないが。
「ブリューナク……見るのは初めてだけど、形状に関してはトライデントと同じようなもんだな」
「分類状は人工型だからね。それは当然」
アークスとシルディックをウェイクアップ状態にしながら後ずさる。二対七、周りの下っ端達はともかく、イグリアとアレックスまで加わってくると、さすがに人質達を守りながらはキツい。それに千秋はまだ魔導戦士の初級者にも達してないのだ。空気制御があるとは言え、戦力的には危うい。
そんな懸念を感じたのか、セシアが後ろから、
「私も一応戦う術は持っています。人質の中にも一〇名ほど。ここまで来れば私達はラインズまで引き返すことは出来ますので、存分に」
まるで最初から山賊達を潰すついでだった、ということを知っているかのような口ぶりで言った(でなければ逃げる時間かせいで勝手に掴まってくれ、としか解釈出来ないが)。
「分かりました、そっちはそっちで頑張ってください」
「了解です。それと、私は同い年ですから、敬語じゃなくて結構ですよ」
「……分かった。じゃあ、頑張って逃げろよ」
「かしこまりました」
そっちは敬語かよ、とツッコミたくなったが、何とか抑える。
セシア達が隠れ家から逃げ出していく。
「アレックスさん! 人質達が逃げますよ!?」
「ふむ。放っておけ。元々こいつらをラインズの町人達に引き渡させるためのエサだ。もっとも、引き渡されたのではなく、向こうから勝手に来たようだが」
部下の言葉に何の関心も抱かずに、腰に差していたモーニングスターを取り出す。針だらけの鉄球は、どうも脱着可能らしく、今は鎖をぶら下げたまま持ち手と鉄球がくっついている。
「アレックス、分かっているとは思うが──」
「はい。女の方はなるべく無傷で」
「なら良い。野郎共! 男は存分にボコせ! 女は捕まえた奴に限度を設けた上で一日好きにさせてやる!!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!』
下っ端達が千秋達に向かって突っ込んでくる。
「ウォーター・ニードル……!」
蒼夜がシルディックを地面に突き立てると同時、下っ端とイグリア、アレックスの足下から水の杭が飛び出して来た。ドッパァン! と、水しぶきを上げながら下っ端達は思いきり直撃を受けて天井に激突し、気絶する中、イグリアとアレックスはその巨大な体躯からは想像出来ない素早さでウォーター・ニードルを避けた。
「全く……一撃で伸されやがって……。むぅん!!」
一線されたイグリアのナイフから、拳ほどの雷激が飛ぶ。バリバリバリ!! と轟音を轟かせながら、蒼夜の顔面に向かって一直線に来るそれを、上体と首を反らしてギリギリで避ける。が、少し体勢を崩して倒れそうになった。何とかそれだけは避けた物の、一瞬動きが鈍くなってしまった。それを狙っていたかのように、アレックスがモーニングスターと持ち手の連結を解除し、鉄球を飛ばしてくる。
「このっ……!」
鉄球を屈んで避け、鎖の下を通り抜けるように走り抜けアレックスの懐に入り、下からシルディックを振る。
「野郎ッ!!」
「ふむ」
ガッキイン! と、モーニングスターとシルディックがぶつかる。しかし、持ち手で受け止められた剣身は、徐々に下へ下がっていっている。やはり筋力ではアレックスの方が上のようだ。まるで棒一本で落ちてくる巨大な荷物を支えているかのような感覚に耐える蒼夜の顔に汗が滲む。
「ふん、そのまま押さえておけ」
イグリアが千秋に迫る。それを阻もうと思っても、少しでも気を抜けば叩き潰されそうなこの状況では一歩たりとも動けない。同じ理由で魔法を使う余裕すらない。
(なんとかして……このオッさんの馬鹿力をどけねぇと……ッ!)
卑しい笑みを浮かべるイグリアが一歩ずつこちらに近づいてくるにつれて、心臓の動きが少し早くなっていくような気がする。まだ恐怖は捨てきれていない。それはそうだ。まだ千秋は中学三年生。その上初めての”戦場”。今までの下っ端達のときはまだ良かった。勝てる、という確信があった。だが、この巨漢に関しては──。
「逃げるな女。抵抗さえしなければ、痛くはしないさ」
イグリアに関しては全くと言って良いほど確信が持てない。人というのは、勝利の確信が無いと恐怖が芽生えてくる、ということを千秋は初めて知った。
「くっ……千秋……!!」
蒼夜の声が耳に届く。アレックスに受け止められたはずの剣身は、まるでそれが逆だったかのように蒼夜が押されている。助けは……無い。そう思うと、無意識に足が後ろに一歩進んだ。
「くっくっく……逃げ場など与えないぞ?」
イグリアの持つナイフが黄色く光る。新式ではなく古式。雷の属性だ。
「雷の闘技場、発動ッ」
瞬間、視界が一瞬ではあるが光に包まれ、バチっ! と静電気の走るような音が響いた。思わず閉じた目を開くと、青白い壁が千秋とイグリアを囲むように現れていた。一辺は大体七、八メートルほどの完全な立方体、一種の結界だ。蒼夜とアレックスは当然外にいる。助けが無いどころか、完全に引き離されてしまった。
「雷の闘技場はその名の通りだが、この壁に触るとバチっ、だ。死ぬほどではない。ちょっと痛いだけだ。静電気より数倍ほどな」
雷の闘技場の外で、蒼夜は剣身を押されるがままに真っすぐ傾ける。と同時、キーッ! と金属音と火花を散らしながら、モーニングスターの持ち手を滑り台のように滑らせていき、完全にしたまで滑ったと同時に、シルディックを振り抜いた。
当然のように後ろに飛び退いて避けられるが、元々そうされるのが分かっていてやったことだから気にはしない。
「くそッ……面倒なもんで……!」
「言っておくが小僧、外からでも効果は同じだからな? それどころか、外の方が痛いぞ。同じく死ぬほどではないが、そっちは死ぬほど痛い」
クックック、とイグリアは笑いながら言った。
「貴様はアレックスと適当に戦いながら、己の無力さを思い知っておけ」
イグリアの言葉を合図にするように、蒼夜とアレックスの戦いが再開した。
ニヤニヤと笑うイグリアが視線を千秋に戻すと、
「ほぅ?」
アークスをイグリアに向けて立っている千秋がいた。まだ恐怖の色は全くと言って良いほど消えない物の、その碧色の瞳には戦う意志が宿っている。
「抵抗せずに掴まる気はない、ということか? 女。まだ恐いんだろう? 足が震えてるぞ」
「こ、恐いです……恐いですよ……ッ。さっきまで相手にして来た人と違って、凄く恐い……。でも……何もしないで諦める方がもっと恐いから! 少しでも、掴んだら壊れてしまいそうなほど小さな希望でも、絶望を掴むよりは全然良いです! こ、恐いからって、足の震えが止まらないからって! 受け入れたくない運命が目の前にあるなら最後まで抗いたいんですっ! だから──!!」
戦いますッ!! そう叫んで千秋はイグリアに向かっていく。食らおうとしてくる獣を倒すために、変えたいもの全てを変え、ここまで立ち上がらせてくれた蒼夜の為に、自分の力を振るう!
ガキン! とアークスの穂先とイグリアのナイフがぶつかりあう。イグリアはその体躯からは想像出来ないほどに素早く動き、己の筋肉が伊達ではないことを示すように力強い剣撃を繰り出す中、千秋は一週間ほどではあるが槍術部の助っ人としてやっていた頃の経験と力を生かして鋭い突きと斬激を繰り出し、時折風で攻める。
経験を長く積んで来た者と、経験の無さを能力で補う者の戦いだった。イグリアの戦い方は動きこそ激しいものの、ペースは一定に保っている。自分の体力の限度を分かりきった動きだ。どれだけのペースで動くとどれだけ体力が続くか、というのを経験的に知っている。
対して千秋は、自分の体力の限界自体はイグリアと同様に知っている。だが戦闘経験というものが著しく欠如していた。それを千秋は無意識か意識してか、己の能力でそれを補っている。空気制御や反射神経、持続時間の長い集中力など、動きと感覚に関しては昔から周りよりも一際秀でた千秋だから出来る戦い方だ。それでも当然のように、イグリアと比べて隙は多いギリギリの戦いだ。
何度も何度も刃がぶつかりあいながらも、それでもその隙をついてこないのは、まだ余裕があるからなのだろう。未だにニヤリと笑いながら、ナイフを振り回す。
キィン! と、何度めかすらもう分からない回数の金属音が響く。
「そろそろ諦めろ。お前では俺には勝てん」
「まだ……分かりません! でやああああああッ!!」
ブワァッ!! と、突風がイグリアを襲う。だが、常人ならば普通吹き飛ばされるほどの風圧をものともせず、イグリアは左手で目の前の千秋の腹目掛けて拳を振り上げる。千秋はそれを、ほんの一瞬だけ早く後ろに飛び退き避ける。が、
「雷光!」
バヂッ!! と、その拳の先から雷激が飛んだ。光の速さかと思うほどに速い一撃が、避けるという思考に行き着く前に腹に直撃する。そのまま空中へと投げ出され、真っすぐ青白い壁へと叩き付けられた。
「くはっ……ウああああああアアアアアアああアアアアアああアアアアアアああああああああッッッッッッッッ!!?」
千秋の身体中を白い閃光が走り抜けた。数分にも感じるそれは、たった数秒で終わった。その後はただ地面へと叩き下ろされるだけだ。だがその感覚すらどうでもよくなるほどに、今まで感じたことも無い痛みは、思考を奪った。蒼夜が何か叫んだ気がしたが、それだけだ。
「ふん。所詮は奴の か。威勢だけは良いようだが、まだまだ の がなっちゃいない」
イグリアの言葉が所々抜け落ちて聞こえる。
だが、そんな中で何故かはっきりと聞こえてくるものがあった。人の声ではなく、なにか機械的な声が。
〈WD-201、完全戦闘状態、発動待機〉
(ぱーふぇくと……あさると……?)
一瞬で考える力が元に戻った。それはダメだ。それだけは発動させちゃいけない。本能か、理性か、はたまた心の奥底かがそう言った。千秋自身も直感的に理解する。完全戦闘状態とやらは、千秋が『暴走』と呼ぶあれか、それ以上のものだということを。まだ自分の力には隠れたものがあった、ということよりも、それを発動させまいとする心が先に出る。
「ふむ。まだ抵抗を続けるか」
その心は、どうやら身体にも影響を及ぼしたらしい。完全に無意識ではあったが、立ち上がろうとしていたようだ。
「……ならば、屈服させてやろう」
イグリアはその巨大な手で千秋の頭を掴み、結界の中心辺りへと投げ飛ばす。
それでも尚立ち上がろうとする千秋の頭を再び掴み、持ち上げたかと思うと、思いきり地面へと叩き付けた。それも命には別状が無いよう新式魔法をかけた状態で。
ドゴォ! と、地面がへこむほど叩き付けられた千秋の口から、無理矢理空気が押し出される。数秒呼吸が出来なくなった。
「さぁ、俺に屈服しろ。抵抗をやめて、素直に俺の商品になれ」
起き上がろうとする千秋の頭を地面に押し付け、そのまま電撃を放つ。その威力は、雷の闘技場と同等。再び流れる白い閃光に、今度は意識が奪われるかと思うほどだった。
「うあッッッッッッ!!!?」
「ただ頷けば良いんだ。そうすれば、止めてやる」
バリバリバリ!!
「ああああああああああアああああああああああアアアアあああああああああッッッッッッッ?!!」
「さっさと頷け」
バリバリバリバリバリ!!
「くぁあッ! 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」
「はっ、声にもならなくなったか?」
イグリアの手の中で、涙が止まらない。いっそのことこのまま頷いてしまいたくなるほどに痛い。これはもはや拷問でしかなかった。
それでもまだアークスを手放さなかったのは、戦う意志が残っているからだった。まだ諦めていない、今だって立ち上がろうと力を込めようとしている。
また白い閃光が身体を走り抜ける。それと同時、頭の中に声が響いた。さっきの機械的な声ではない。
【千秋ちゃん! 大丈夫か!?】
契約型のトライデントと、その契約者との間でだけ出来る頭の中での会話。いわゆる念話というやつだった。
【ぜ、全然大丈夫……じゃ、ない……よ】
【好き勝手やってくれるぞこのじいさん……! くそっ、千秋ちゃん! 魔力はまだ扱えるか!?】
【ちょ、ちょっと……だけだけど……】
【じゃあ無理してでも全力で俺に流せ! 一時的ではあるけど、俺の知識を千秋ちゃんにインストールする!】
トライデントというのはそんなことが出来たのか、と一瞬感心しかけた千秋だったが、
【ぜ、全力でって……む、無理だって、ば……】
【無理してでもっていっただろ! この状況を乗り切るには、それしかねぇ! それに、千秋ちゃんなら出来るさ!!】
【でも……】
【俺を信じろ! 千秋ちゃんの相棒が出来るって言ってんだ、出来るって! それに──このクソジジィに一泡吹かせてやりたいだろ?】
【…………分かった】
千秋は魔力をアークスに流し始める。卑しい笑みを浮かべながら浴びせてくる電撃を耐えながら。飛びそうになる意識をギリギリ保ちながら。
【もっと、もっとだ!!】
もっと。もっと。もっと。もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと!!
頭がショートするかと思った。
アークスの言う通り、思いきり無茶した(思いきり、とは言ってないが)。
でもそれと同時に、さっきから身体を支配していたと言ってもいい白い閃光が止んだ。死んだ訳じゃないだろう。何故なら──。
「ぐ、ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!?
千秋の頭を掴んでいたイグリアは、バギン!! と音を轟かせる青白い光とエメラルドグリーンに光る何かに吹き飛ばされた。当然、天井にはあの青白い壁がある。
「ぐわあああああああああああああああああああああ!!!」
自分で張った結界の効果から抜け出すと、どさり、と地面に落ちながら何とか着地する。
「くっ……な、なんだ……!」
結界外にいる蒼夜達も、戦いをやめて千秋の方に視線を向けていた。それほどまでに異質、いや、異常なほどの魔力量だった。そう、結界すらも貫通して漏れ出すほどに。
ゆらりと立ち上がる千秋は、さっきと変わらぬ戦う意志を持った瞳をイグリアに向ける。
〈行くぜ! 千秋ちゃん!!〉
「うん……。はぁああッ!!」
アークスを横に一線し、穂先を前に出した状態で後ろに構えると、突然千秋の足下が光り出した。その光は陰陽の円のように分かれていて、黄色く輝き、エメラルドのように光っている。それは──、
「ま、魔法陣!? し、しかもこれは……!」
そう、魔法陣だった。新式魔法とは違う、れっきとした古式魔法としての魔法陣だ。大抵は初めて魔法を使う時(単純に属性的な物を発動させるときは現れない。
例えば、ただ風を起こすだけや、火を出すだけなどのときは、現れない)や強力な魔法を使う時に現れ、もしくは魔法創造というものを使う時に現れる。ただそれだけなら、イグリアも、蒼夜も、そしてアレックスも驚きはしなかっただろう。問題なのは大きさだ。
古式魔法で言う魔法陣とは、魔法を発動させるためのものではない。単純な話、その術者の魔力量と具現力を示す。つまり、大きければ大きいほどに魔力量が多く、具現力が高いということだ。
平均的な魔法陣の大きさは、約半径二メートル半。大きくて三メートル程度だ。
だが千秋の魔法陣はどうだろうか。三メートルを超え、四メートルを超え、さらには五メートル、六メートルを超えてもまだ巨大化を止めるどころか緩めもしない。果てには結界に激突するほどだ。それでも尚、巨大化しようとしている。
ピキ、ピキピキピキ、と雷の闘技場にもの凄いスピードでヒビが入っていく。魔法陣が、千秋の魔法陣が突き破る気でいる。
イグリアはそれを止めようとする事も叶わなかった。結界外にいる蒼夜達には分からないだろうが、こんな狭い個室も同然の場所で、これだけの魔力と具現力に浸かれば動くことすらもままならない。本来なら具現力だけのところを、千秋の空気制御のせいか、魔力までが干渉して来ているのだ。
瞬間、パキィン、と雷の闘技場が千秋の魔法陣によって砕かれた。
「ごほっ……ごほっ……!」
イグリアがむせる中、魔法陣は巨大化を止めた。その大きさ、半径約一〇メートルというところで。もはや壁にすらくい込んでいる。ここが崩れなくて良かった、と、蒼夜は思ってしまった。
「ふむ……なんという力……。こんなものは見たことが無い……」
アレックスがそう呟くと、蒼夜も頷いた。ことに気付いた蒼夜は、思いきり頭を横に振り、少し笑顔で、
「千秋!」
「え?」
ボロボロの千秋に言うはただ一言だけ。それだけで十分だ。
「思いきりぶちかませ!!」
「! ……うん!」
チャキ、とアークスを真っすぐ構える。
「アークス、行くよ!」
〈おう! ばっちり決めろ! 千秋ちゃん!!〉
千秋の腰に取り付けられたカードケースから、一枚抜き取り、あの隙間にスライドする。シャキン! という音と共に、アークスの内部から駆動音が響く。
「でやああああああああああああああああああああああああああ!!」
突き出した穂先を中心に、風と雷が巻き起こる。それらはまるで一つのものかのようにイグリアに一直線で飛んでいく!
ズドォン!! と、トルネードのような風と雷は、イグリアの腹に直撃し、思いきり激突させた。それどころか、壁を突き抜けさせ、どこかへと飛ばしてしまった。
「ぐあああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
千秋と蒼夜は思わず地面にへたり込んだ。疲れたのもあるだろうが、緊張の糸が完全に切れたのが大きい。中で戦っていた千秋もそうだが、外で見ていた蒼夜も十分すぎるほど緊張していた。いや、むしろ自分が戦うよりもしていたかもしれない。
「……あれ? アレックスさんは?」
「何?」
いつの間にか蒼夜の横にいたはずのアレックス・ジークは消え去っていた。
「ちっ……逃げられたか」
「あれ? ……うわぁっ!?」
「どうした!? って、何……?」
その辺りに転がっていた山賊達が、突如として紙になったのだ。ただ人形に切り、文字が書いてあるだけの紙に。
「これ……式神、ってやつか? なんでまた……」
式神はしっての通り、陰陽師などが使っていたあれだ。今では魔導戦士でも扱う者は多いとは言わないまでも、存在しているため別にありえないことではない。あのイグリアも古式魔法を使えるようだったから、もしかしたらイグリアのはなったものかもしれないが……。
「イグリアにしちゃ丁寧過ぎるな……。あのオッさん、こんな丁寧にやるほど几帳面じゃないと思うし……じゃあアレックスの方か? あっちならまだ納得出来るけど……むぅ……」
「蒼夜君、とにかくセシアさん達を追おう? それについて考えるのはまた後の方が良いよ」
「……そうだな。まだ山賊共が残ってたらあれだし」
蒼夜は式神の紙をポケットにしまうと、千秋と共に隠れ家を飛び出した。
瞬間、隠れ家の入り口が爆発した。
爆風で二人は少し飛ばされるも、精々数センチほどだったのが幸いして崖から落ちるとかはなかった。
「こ、今度は何!?」
「お、おい……あれってまさか……!」
蒼夜が指差すその先に何か大きな物がこちらに向かって飛んで来ていた。
黒く輝く鱗に、一〇メートルほどもある巨大な身体。太い腕と鋭い爪を持ち、紅い目に大きな翼を持った真っ黒なそれは──。
黒龍だった。
「「き、き、来ちゃったああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」
やっと……やっと更新です!! 読んでくださっている方々、本当にもうしわけございません! このバカな結城は二ヶ月もかかってようやく更新しました!
それでも待ってくれていた方々、ありがとうございます!!
さて、やっと山賊に関しては解決しましたね。イグリアさんはどっかに飛ばされちゃったし、アレックスさんはこつ然と消える、なんて不安とか、千秋の頭に響いた機械的な声の謎などなども残しては行きましたが、とりあえずは解決しました。……したってことにしておいてください。
戦闘シーン……難しかった……。やっぱり戦闘シーンは苦手です……。普通のシーンとか説明シーンとかを書くよりも苦手です……。でも楽しいから良しとします。
さて、今度は黒龍の問題を解決していきます。珍しく長めのあとがきでした!