「私も……行ってみたいな」
千秋達が白銀の遺跡神殿から逃げ出していた時、ラインズ付近にある山の奥にある崖と洞窟を改造して作った基地の中では、基地内で一番広い部屋で二人だけの会議が行われていた。
部屋の中は崖の中にあるとは思えないほどに豪勢な物だった。どこぞの貴族でも住んでいそうなほどにキラキラ光った部屋の中には、ユニコーンの銅像やら無駄に高そうな壷やらが置かれている。天井には当然のようにシャンデリアが部屋を明るく照らしていた。
そんな中に、千秋と蒼夜を襲った山賊の幹部、大柄な男アレックス・ジークは目の前にいる男と向き合っていた。
男は腕も足も胴体もが筋肉が目立ち、いわゆるマッチョという奴だった。顔つきはかなり厳つく、まさに山賊のボスという雰囲気だ。実際、彼は山賊のボスである。ボスの名はイグリア・ビーストといった。
「と、言う訳です」
アレックスが千秋達のことを報告し終えると、イグリアは座っている豪勢な椅子にふんぞり返ったまま、不機嫌そうに言った。
「魔法じゃない何か、か。にわかには信じがたいことだな」
「しかし確かに見ました。あの風は異空間で変換され、現実空間に具現化された風の魔法属性によるものではなく、現実空間にまき散らされた魔力が風に干渉し、その風自体が変換されて圧縮されていました」
「新式魔法じゃないのか、なんて反論は無意味だな。新式は魔力ではなく自然力を扱う。それに自然力自体は発動時に術式、もしくは魔法陣に集められ、変換される」
「あの二人の周りで変換されていたんです。もしもあれが新式魔法による物ならば、何も無いところに術式や魔法陣があったことになる。何かに書く、刻むことで発動する新式魔法では有り得ません」
「最近じゃ、それ以外でも使えるものが発明されているらしいがな。まぁ、お前がそう言うならそうなんだろう。ところで、やられた連中はどうした」
「現在医療班に治療させています」
「さっさと治させろ。その二人の現在地は分かってるのか?」
「ラインズに入っていくのを部下が見ています」
「分かった。じゃあ近々ラインズに部下どもを差し向けろ。で、その二人を差し出させろ。差し出さないようなら問答無用でぶっ壊せ。壊滅しない程度にな」
「了解しました」
アレックスは一礼すると、踵を返した。
「アレックス。男は連れて来る時どうしてもいいが、女は無傷で手に入れろ。出来る限りな」
「分かっています。いろんな意味で価値のある女ですからね。どこにでも高く売れる」
「ククク……分かってるなら良い。さっさと行きやがれ」
振り返りもう一度一礼する。
……イグリアは出て行くアレックスを見ながら、手元にあったグラスの中のワインを口に含み、喉に通す。
「ふん……風を操る女のガキか。なるほど……。あのクソったれの科学者も、面白そうなもんを……」
イグリアは通信術式の書かれた一枚の紙を取り出し、発動する。
「よう。クソったれ科学者。ちっとばかり話があるんだがよ」
* * *
白銀の遺跡から約三〇分。長々と森の中を歩いて戻って来た。
帰ってくる途中に黒龍は見なかったが、目の前で見た衝撃と、あの広場で聞いた悲鳴じみた声が、三〇分間二人を無言にさせた。その間シルディックがぶつぶつと何かを喋っていたが、二人が喋ることも無く、ラインズ付近まで戻って来た。
と、千秋が重い口を開いた。
「……蒼夜君」
「……何だ?」
「……さっき、あれ倒すとか言ってなかったっけ? あと男の子なのにあーゆーホラーっぽいのダメなの?」
「……倒すにしても倒さないにしても言った。あと恐いもんは恐い」
「……倒すって言ってるよね? あと恐いもんは恐いって、さっきまで俺についてこいみたいな感じだった人が何を言ってるの?」
「……あぁ、言ったけど何か? あと恐いもんは恐いんだから仕様がない。恐いもんは恐いんだから」
「……何開きなおってるの? あともう意味分かんないんだけど」
「……開きなおって何が悪い。あと俺も意味分からん」
と、数分そんなやり取りをしていると、森の終わりが見えた。ラインズの町を囲む外壁が見える。
その中から煙が何本も上がっていた。
「そ、蒼夜君! あれ……!」
蒼夜は黙って走り出し、ラインズの入り口に向かった。当然千秋もそれに続く。
町内は大騒ぎだった。
入り口から見えるだけでも一〇軒近くの家が燃えており、自然鎮火したらしい家も、骨組みが首の皮一枚で残っているような状態だ。そもそも消火方法が小規模過ぎる。バケツに水を汲んでかける程度の物だ。消火するどころか、隣に隣にと燃え移り、被害は拡大している。それが更に人々を騒がせていた。
「こ、これって……」
「一〇〇%山賊達だな。ホースと元栓が壊されてる」
蒼夜が指差した方を見ると、ホースの入っていたらしい箱がめちゃくちゃにされ、飛び出ているホースはズタズタになり、元栓は木の板のように叩き潰されていた。見回してみるとあちこちにも似たような状態になっているホースと元栓があった。
「とにかく消火だ。いくぞシルディック!」
〈了解〉
シルディックが拳銃から大剣へと変化する。
千秋を置いて、噴水のある広場まで走る。そのままブレザーを翻すと、隠れていて今までは見えなかったが、ベルトに一〇個ほど一五センチ程度のケースがぶら下げられていた。
そのケースの一つから、黒い、同じく一五センチ程度の棒を取り出した。それをシルディックの鍔の下面にあるくぼみに差し込んだ。
ガシャガシャガシャ! という音がすると同時、シルディックから何かの駆動音がキュイイイィィン! と流れ始めた。
追いついて来た千秋が、
「EASシステム……広範囲の水系魔法を使う気なんだ……」
Embodiment Ability Strengthening System、通称EASシステム(大体の人はEASだけで呼ぶ)。具現力を強化するシステムだ。
異空間に魔力変換され発動した魔法と、具現力が現実空間に干渉して具現化した魔法の威力や効果は等しくない。そもそも変換された魔力の量と具現力の高さは等しくないのだ。一〇対一くらいの差はあり、その残った九の魔力も無駄になる。
それを少しでも解決するためにあるのがEASだ。EASの媒体(カードだったりデータチップだったり色々とある)をトライデントにローディングによって具現力を強化し、異空間に発動されている魔法を本来よりも現実空間に具現化させる、少しでも変換された魔力量と具現力の高さの差を縮める。これによって魔法の威力も効果も、発動時間も範囲も格段に変わる。
しかし、限界はある。
平均的に強化出来るのは一〇対一から、一〇対四か五までだ。世の中には一〇対六やら七、もっと言えば八まで強化出来る術者もいるにはいるが、それは一握り程度しかいない。そんな天才が何人も何十人もいては、世の魔導戦士達は核兵器の次に危険な存在と化してしまう。
まぁ、世界というのはどうもそこまで人間には甘くないらしいが。
「おらあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
思いきりシルディックの刀身を地面に突き刺すと、その周りに魔法陣が浮かんだ。段々大きくなる魔法陣は、蒼夜を囲む大きさになった。
視界の端でポゥ、と何かが光った。
見ると、そちらにも同じような魔法陣が浮かび、あちらこちらに浮かんでいく。
瞬間、その魔法陣すべてから水が噴き出した。
雲もないのに雨が降ったラインズの町の家々は、次々に鎮火していく。
「あ、アンタら……魔法使いだったのか……?」
と、町人の一人が言った。蒼夜はどうでもいいらしく、
「千秋は違う。おい、町長は家にいるのか?」
「いると思うけど……」
「分かった。行くぞ千秋」
「う、うん……」
二人と一振りの大剣は、町長の家に向かって行った。
町長の家は特に燃えていた様子も無く、全くの無傷だった。
蒼夜は門の鐘を鳴らすと、誰かが出てくるのを待たずに中に入った。邸の扉を開け、勝手に中に入る。
入り口から見える、二階へと続く階段の上に町長は座っていた。
「町長、何があったんです?」
「あ、あぁ……SGSの……そちらは……?」
蒼夜は黒龍のこと、白銀の遺跡のことを手短に説明した。
「なるほど、黒龍が……。わざわざありがとうございます」
「いや、さっさとこいつをもとの世界まで帰さなきゃならないんでやっただけですよ」
千秋を指差して言った。
「それで……山賊が来たんですね?」
「はい……人を引き渡せと」
「人?」
「連中が言っていた特徴から言って、おそらくあなた方でしょう。とはいえ、調査に行かれていたあなた方を渡せと言われてもどうしようもありません」
蒼夜達を責めている様子は無い。単純に絶望しているだけのようだ。
「ここに入ったのは見ても出たのは見てなかった、って事か……。被害は家だけですか?」
「いえ、美少女と男性四、五人が人質に連れて行かれました。セシアと孫もその中に……」
セシアはともかく、町長の孫も美少女だったらしいことはさておき、面倒なことになった、と蒼夜は心の中で呟く。
山賊自体は魔力滅殺と大柄な男に気をつけさえすれば、特別手こずるとは思っていない。だが人質が取られて、それを無視してまで戦えるほど冷酷になれるような出来た人間じゃないことは蒼夜が一番理解していた。
第一山賊達の目的は確実に千秋だ。人質がいる上に彼女まで守って戦え、というのはかなり酷な状況だ。
千秋は蒼夜から見てもかなりの美少女だろう。栗色より少し薄いくらいの長髪が、風になびくたび、その碧眼が光に照らされるたびに見とれてしまうほどには(何回もちらちらと反射的に向く蒼夜の視線に千秋は気付かなかったようだが)。
あのとき出くわした山賊達が目的にしていたのはそれだ。スフィーリアだろうと他の異世界だろうと、どこの世界だって貴族や金持ちに千秋は売ろうと思えば相当な高値がつくだろう。が、それが山賊達の目的だったのは、おそらくあの時までだ。
(千秋のあの力……か。シルディックが見た限りじゃ、魔法じゃないらしいけど……)
契約型のトライデントとその契約者は、頭の中で会話が出来る。全く解明はされていないが、何らかのつながりがそれを可能にしている、と解釈されているようだ。
その時に蒼夜は、シルディックから千秋の力のことを聞いた。
もっとも、魔法以外の何か、ということ以外は分かっていないが、少なくとも人体実験でもやっているような違法な研究機関に売ろうとすれば、貴族や金持ち以上が出す以上の値段で買ってくれるだろう。
(……それだけはさせられねぇな)
もしもそんなことを許せば、千秋が何をされるか分からない。身体中を、頭の中を、精神を掻き回され、また会うような機会でもあれば、そうとう酷い状態になっているに違いない。
正直、あの時守れなかったからこの娘はこうなってしまった、なんて思いをするのは寝覚めが悪いどころの話ではない。
ちらり、と千秋の方を見る。多少なりとも自分が狙われていることを自覚しているのか、俯きながら少し震えていた。
口からため息がこぼれた。
(どんな力があったって、やっぱり女の子だしな……恐いもんは恐い、か。狙ってくる相手が悪ければ尚更)
「……町長、今から山賊達の住処に忍び込んで人質達を助けて来ます。千秋をお願い出来ますか?」
「ちょっ、蒼夜君!?」
ハッと顔を上げた千秋など無視して話を進める。
「ぶっちゃけ、いくら俺でも人質がいる中じゃ戦えない。もうすぐ夜だ、その内に忍び込んでパパッと助けてくればあとは連中を倒すだけ。黒龍の問題はその後だ」
「待って蒼夜君! 一人で行くなんて……」
「潜入ってのは施設破壊でもない限り単独の方がやりやすいんだよ」
「潜入はどうか知らないけど、蒼夜君一人で人質の人達全員を守りきれるの!?」
「む」
ここまで頭が回ったとは……と心底感心した。
「今絶対失礼なこと考えたよね?」
「……考えてにゃ、ない」
「噛んで言われても説得力無いよっ!」
「あー、もうとにかく! それで行くしか無いだろ!」
「町の人達に協力してもらえば……」
「町の連中はとっくに諦めてるから、今まで抵抗しなかったんだろうが。どうせ連中の新式魔法に歯が立たなかったんだろ。大抵の人間って奴は、圧倒的な戦力や力を見せつけられれば戦うのを止めるんだ」
「そうですね……私達は山賊達の魔法の前に屈しました。最初だけですよ、立ち向かっていたのは。でも、やはり人間とは弱い物ですね。勝てる確率が全くないと、一時でも頭で考えてしまえば何の根拠が無くても確実に、絶対に勝てないと思ってしまう。そうして戦いを放棄してしまう……」
「あ……」
本来なら、そんな町人達に対して怒りを見せなければならないのだろう。だが、そんな事出来るはずも無かった。
──だって、私も同じだから……。
「しかし……私も今から行くのは反対です」
「町長?」
「黒龍が活動しているというなら、夜に行くのは危険過ぎます。今のスフィーリアの夜は黒龍の世界です。夜に行動を起こすのは……」
「しかし……!」
「それによく考えてみてください。夜だから行動を起こさないというのも一手ではありませんか? 夜に潜入してくる、というのは向こうも考える可能性はあると思います」
「それは……そうですけど」
「私とてみんなと同じ、戦うのを諦めた者ですから偉いことを言う資格が無いのは分かっています。しかし、危険かもしれないところに行こうとしている人を止めないほど堕ちているつもりはありませんよ」
町長は柔らかく微笑んだ。その笑みには自嘲じみたものが混ざっていた。
「今日はここにお泊まりください。町には宿がありますが、今はおそらく無理でしょうから」
「……千秋」
蒼夜は千秋の方を向きなおした。お前はいいのか、と言いたいらしい。
「……いいよ。どうしようもない、し」
「……そうか。じゃあ、お世話になります」
* * *
スフィーリアの時間帯でもう九時を迎える頃、千秋は町長の邸の一室にあるベッドの上に座りながら、開けた窓から夜空に浮かぶ三日月を眺めていた。
「今向こうはどのくらいの時間かな……」
スフィーリアにとっての一時間は地球にとっての五時間。一日は、五日。一週間は一ヶ月と四、五日。こっちに来た時の地球の時間は午後六時頃だったらしいが、今となっては何時間経ったのかすら分からなかった。
「もう、一日は経っちゃってるよね……」
呟く口からため息がこぼれる。言い訳やら何やらを考える余裕も無く、ボーッとしてしまうほどに頭の中は諦めしか無かった。
空気制御のことを知ってから、周りの同級生は近づかなくなった。それどころか大人達まで。
千秋の両親は優秀な魔導戦士らしく、千秋を産んですぐに外国へ派遣されたらしい。連絡は一週間置きにくるたびに、兄が「まだくたばってないのか」と笑いながら言っていたのは、記憶に新しい。
両親は千秋の力を知らない。兄が知らせていないようだ。何でか聞いたことは何度かあるが、教えてくれたことは無い。まぁ、自分のためなのだろう、という解釈はしている。
そもそも中学を、小学校から遠いところを選んでくれたのも兄だった。その辺りなら誰も知らないだろう、ということで。千秋の力自体はその町だけが知っていることだったからだ。
中学からはいろいろやっていた。
どうも運動に関しては覚えが早いらしく、即席でも部活の助っ人が出来ていた。剣道や弓道など、小学校ではやったことも無いスポーツでも、二、三日練習すれば戦力にはなるし、一週間も練習すればエースくらいにだってなれる(戦力やらエースやらは周りの生徒達が言っていたことだが)。
そういえばもうすぐバスケ部が試合だったなぁ、などと、正直もうどうでもよくなって来たことをぼんやりと漏らした。
「ん……?」
と、なんとなく違和感を感じた。
窓から入ってくる風の感じが、微妙に変わった。
風が操れるからなのか、肌を流れる風の感覚の乱れが分かる。大抵は人が歩いたりした、本当に微妙な違いなので特に気にもしないが、乱れ方が違う。一人二人なら全く気にしないが、一〇人もいれば嫌でも気になる。
町長の家の敷地外ではない。敷地内を、一〇人もの人間が歩く。
どのくらい歩いているのかが分かるだけで、誰なのかを識別することが出来ない千秋は、ベッドから立ち上がり窓から庭をのぞいた。
カキン、という金属と金属の触れる音がした。
「え?」
窓枠に爪のような物が引っかかっていた。さっきまでは無かった物だ。
爪の先には縄がくくりつけられ、滑車を通して下にたれている。
瞬間、ガラガラガラガラ! と、その滑車が回り始めた。それを千秋が認識すると同時、窓の下から太めの腕が伸びて来た。
ガタン! という音と共に背中に固い痛みが走る。
「うっ……!」
「お前だろう、山賊共の言っていた娘は!」
目を開けると、鬼の形相をした男が目の前にいた。おそらく町人だろう。
「お前らが……お前らがここに来たから、俺の娘はァッ!!」
男が腕を振りかぶる。唐突過ぎて反応出来ない千秋は唖然としていて、抵抗するなんて考えまで回らない。
ダァン! という音が響いた。と、同時、男の身体が後ろに吹っ飛び、窓から放り投げられた。男の悲鳴が窓の外から聞こえる。
「ったく、何してんだお前。ボーッとしてんじゃねーよ」
ドアの外に蒼夜がいた。
「そ、蒼夜君?」
「魔力弾だから痛みだけだ。殺傷能力は無いぞ」
千秋のそばまで来ると、手を差し伸べて来た。それを掴み起き上がる。
窓から見ると、一〇人ほどの男達が逃げ去っていくのが見えた。が、五人ほど気絶しているらしく、一人一人が誰かしら背負っていた。
「俺のところにも来たから返り討ちにした。無駄なEAS使っちまったよ」
拳銃状態だとEASのマガジン内の弾丸を使って魔力弾撃つからな、と付け足した。
「えっと……ありがと」
「ん? あぁ。気にすんな」
腰にシルディックを差すと、蒼夜はベッドに座った。その隣に千秋も座る。
よく考えたら、今日は蒼夜に続いてばっかりだ。なんとなく悔しさを覚える物の、それ以外に自分が出来ることも無い、と諦めた。
一分ほどの沈黙が流れた。
「なぁ。突然だけどさ」
千秋の方を見ずに、さっき千秋がしていたように夜空を見ながら言った。
「勉強してるなら分かるだろ。古式魔法を発動するにあたって通す流れってやつ」
「……大抵は異空間に干渉する魔力を異空間で変換して発動、具現力で現実空間に具現化する、だよね」
「その異空間ってどんなのか知ってるか?」
「知らない、けど……」
「自分の世界だ」
「え?」
よく意味が分からなかった。
「自分の世界。魔法学的には己の世界って言う。高校から習うことなんだけどな、”この人がいて、この人が友達で、この人が好きで、この人を愛していて、こういう場所で、この場所が好きで──”ッつー感じの、自分視点の自分の中だけの世界。それが魔法を扱う上で通る異世界の正体」
「えっと……?」
「己の世界って奴は、大きく括れば、スフィーリアみたいなのと同じ異世界だ。己の世界だけが特別で、異世界みたいに行くことは出来ない。でも、古式魔法が使える奴の数だけ己の世界ってやつはある。異世界が無数に散らばる一種の宇宙の中にな」
「…………」
「千秋、お前にはそれが無い。いや、あるはずなのに、作れるはずなのに作れてない。だから魔法が使えないんだ。そりゃ、あっても使えない、魔法属性が無い魔力を持ってる奴だっている。でも、多分お前は属性自体はある。魔法が使えるはずなんだ」
「……蒼夜君の言ってる物だったら、私にもある」
「ないね」
即答だった。千秋は思わず蒼夜の方を向かされた。
「いいか。よく聞け」
「己の世界は、逃げてるだけじゃ、誰かが手を差し伸べてくれるのを待ってるだけじゃ出来ないんだよ。それで出来てると思ってる自分の世界はただの幻想だ」
「あ……」
「お前だってもう認めてるはずだ。いや、認めてるのに認めてないフリをしてる。分かってるぜ、お前自分の力が恐いんだろ。その風を操る力が恐いんだろ」
蒼夜は千秋を見つめた。ふざけや茶化しの無い、真剣な表情と瞳が発する声が、千秋を貫く。
「俺はお前がどんな人生送って来たかなんて分かんねーよ。お前の幼馴染みとか家族とかでも無ければ、ずっと一緒にいた訳でもないから。でもその力が恐いのは分かる。誰かを傷つけでもしたんだろ。だからそれにトラウマがある。お前は優し過ぎるから」
「…………」
「でも、なら尚更逃げるな。逃げて逃げて逃げ続けたって、結局それはお前の力だ。ずっとついてくるもんだ。逃げは意味が無い。なら立ち向かうしか無い。立ち向かって自分の物にするしかない」
「蒼夜君に……何が分かるの?」
「分かるよ」
「え?」
蒼夜は笑っていた。なんとなく、初めて蒼夜の笑顔を見た気がした。
「お前みたいに力のせいじゃないけどな。前に一度、魔法で失敗してな。小学生くらいの頃だったんだけど、そのせいでいろんな奴を大怪我させた」
蒼夜にはちょっとした魔法の才能があったらしい。特別な物でもない物だった。蒼夜の家、神射家は何かの名門でも、歴史の長い家でもない。極々平凡な家だ。
でも、人間というのは自分の子供に少しでも才能があれば期待する。その子供をその道に進めようとする。それが名門だろうと無名だろうと、だ。
トライデントを与え、魔法の学校に行かせ、魔法の勉強ばかりをさせた。
そんな中で、両親が小学生が使えるはずも無い魔法を使わせようとした。魔導戦士ではなかったから分からなかった、といえば簡単かもしれない。だが、周りには魔法を学んでいる人だっていた。止めたのにやめさせなかった。期待し過ぎて、自分の子供なら出来ると思い過ぎて、前が見えなくなっていたらしい。
結果。魔法を制御出来ずに暴走。暴走した魔法が親や周りにいた人達を襲い、大怪我をさせた。
「それがトラウマになって、しばらく魔法が使えなくなったんだ。また同じようになるのが恐くて、魔法から逃げた。使うのを恐れてた。だから、己の世界って奴が壊れた。逃げてるだけだったから」
まぁ、昔話は置いといて、だ。と続ける。
「結論から言う。魔法って奴は、どんなに辛いことでも、どんなに恐い物にでも、立ち向かえる奴に与えられる物だ。そりゃあ、さすがに死ぬようなところに行け、って訳じゃないけどさ。でも、言われたんだ」
──逃げるな。恐れるな。振り返るのはいい。だが、掴みたい物があるのなら前を向け。
「掴みたい物なんてその時はまだ無かったけど、そういうことじゃない。逃げてるだけじゃ、恐がってるだけじゃ何も掴めない。そういうことなんだ。ほら、好きな奴には告白しないと、好きだ、って気持ちは伝わらないだろ? 相手が心を読む力持ってる訳じゃないんだから」
「…………」
ふぅ、と蒼夜は一息ついた。
ひとまずは言いたいことは言ったらしく、「水道借りていい?」と聞いて来た。承諾を得ると、水道で水を一杯飲んだ。
「……さて、ここからはこんな堅苦しい話じゃなくて、ちょっとだけロマンのある話をしようか」
蒼夜は窓枠に手をかけて、話し始めた。
「さっき、己の世界は大きく括れば異世界と同じだ、って言ったよな」
「……うん」
「ってことはさ、今は行けなくても、その内行けるかもしれない。そう思わないか?」
「?」
「何言ってんのか分かんない、って顔だな……。いいか? 己の世界ってのは自分視点の自分だけの世界なんだぜ? つまり、こんな偽りだらけの世界じゃない。真実しか無い世界がそこにはあるんだ」
蒼夜の目は輝いていた。まるで夢見る子供みたいに純粋な瞳が、月と星に輝かされていた。
「そりゃ、己の世界に行くって事は、人の心を覗くってことだから良いことじゃない。でも──ワクワクしねぇか? その人が描いた夢が、思いが、何の曇りも無い世界が広がってるんだぜ? 俺はワクワクして仕様がない。こんな嘘だらけの世界じゃない、本当しか無い世界がどうなってるのか、気になるだろ!? 冒険心をくすぐられるじゃねぇか!」
無意識なのか、夜中だというのに大声を上げた。そんな蒼夜が面白くて、千秋は思わず吹き出した。
「お、おい。何笑ってんだよ」
「い、いや……だって……あ、あははははは!」
〈夢見過ぎな電波少年キモーイ、だそうです〉
「それはお前の感想だろうが! ったく……いちいちどうでもいいところだけ喋り出しやがって」
大きくため息をつくと、蒼夜はもう一度笑って、
「でさ、お前はどう思う?」
「どう、って?」
「そんな世界に行ったらどう思うかってことだよ」
「あー、なるほど」
しばらく考えると、
「私は……ちょっと恐いかな」
「何で?」
「だって、本当しかないって事は、知ってる人だったら知りたくないことだって知っちゃうこともあるでしょ? 残酷な真実だって世の中にはあるし」
「…………」
「でも──」
──楽しそうかもね。
「ッ!!?」
「? どうしたの?」
「い、いや、何でも無い……」
笑顔を引きつらせながら、顔を真っ赤にしながら目をそらした。千秋の笑顔を見て、一瞬抱きしめたくなったのは内緒である。
「すー、はー。じゃ、じゃあさ。もしその世界に行けるとしたら、一緒に行こうぜ」
「一緒に?」
「あぁ。スフィーリアから帰って、また会えるかどうかなんて分かんねーけどさ。行けるとしたら、一緒に。こんなファンタジー信じてるバカ同士って事でさ」
〈嫌なら断っても良いんですよ?〉
「お前は黙ってろ」
「うん。良いよ?」
「え?」
聞いてなかった。
「だから、その時は一緒に行こう、ってこと」
「あ……、お、おう。じゃあ、約束な」
その時に交わした指切りげんまんは、スフィーリアでの一日を綺麗に締めくくった。
少なくとも千秋は、そう感じている。
また台詞多めかも……。
はい。かなり更新が遅くなりました。ごめんなさい。でも某櫻井さんみたいにジュースはおごりません。
今回は最後にちょっと仲直りさせました。前回二人を遮った分厚い壁に大穴を空けられたかなー、とちょっと不安にはなりますが、多分出来たと思います。
次は……予告はしない主義です。