「面倒と面倒が重なってやがる……」
徐々に足が速くなっていく。
蒼夜が自力で歩けるまでに回復した、というのもあるだろうが、原因は他にある。
ちらちらと木々の隙間から見える光景が足を速めさせた。
「町だよー!」
「町だな」
〈町ですね〉
森を抜けたその先にあったのは町。これもまた、あの山賊達と同じように典型的な町だった。特にこちらは本当にRPGの中に入った気になる。
地球でいうと村といえるほどの物だ。マンションは一つもなく(もしかしたらアパートのような物はあるかもしれないが)、一軒家ばかりが並んでいる。中に入ってみないと分からないが、もしかしたら武器屋とか防具屋などもあるかもしれない。
町の周りは、レンガらしきもので作られた壁で囲まれている。中央には噴水がある広場もある。奥の方には他に比べて大きめの家が建てられている。パターンで行くなら、町長の家だったりするのだろう。
〈検索終了。ここはスフィーリア第二遺跡地帯唯一の町、ラインズ。平々凡々な町ですね。特に特徴もなく、貴族みたいな物がいる訳でもない、本当に極限的にもう完璧に普通な町です〉
「本当に普通って……そんな町あったんだ……」
「まぁ、異世界だし。ていうか地球にもあると思うけど」
〈ちなみに、どうもさっきの山賊達に色々と強いられてるみたいですね。金を出せー、とか、女を寄越せー、とか〉
「……そんな町、地球には無いと思うよ、ゲーム以外」
「あぁ……そうだな」
そんな事を言いつつ、蒼夜達はラインズの入り口に向かった。
町内に入ってみると、賑わっている訳でもなく、かといって静まっている訳でもない町だった。つまり普通。町の入り口から見える人々のしていることは、世間話をしていたり、店員が呼び込みをしていたりと、地球でもよく見られた物ばかりだ。異世界だとは思えないほどに普通だと千秋は思う。
「んー……山賊に襲われてたりしなければ、地球にもありそうな町だけど……」
「まぁ、異世界の町なんてそんなもんだ。結局は同じ『人間』って連中が暮らしてる。歴史とかいろいろ違うだけで似たような物なんだよ」
〈とりあえず一種のパラレルワールドみたいなもの、と捉えていただければ大体理解出来るかと〉
「ふぅん……」
そういうものなんだ、と心の中で呟いた。
ラインズの町は特別広いというほどでもないようで、入り組んでもいないから普通に真っすぐ歩いていると、二〇分前後で町を囲む壁までたどり着いた。途中、町人に旅の人かい? なんて人生初の質問に戸惑ったが、蒼夜が町人の相手をしてくれたので、助かった。
たどり着いた壁を背に建てられた周りと比べて大きめの家を見上げる。
ここまで来るのに見てきたが、アパートらしき物を一つ見つけたくらいで後は大体一軒家だった(武器屋や防具屋は無かった)。二階建てが少ないらしく、地球の一軒家と比べて小さめの物が多かった。
それに対してこの家は大きめだ。小さめの邸と言ったところだろうか。小さな門の奥にある邸は、三角屋根を階段のように二つ重ね、上の段の屋根には煙突が出ている。見たところ三階建ての様で、入り口の左右上辺りと、その二つの上、計四つのベランダがあった。
「凄い家だね……私の町じゃ全然こんな家見られないよ」
「まぁ、町長の家らしいからな。当然なんじゃないか?」
蒼夜は言いながら、門の側にあった鐘を鳴らした。途中であった町人(旅の人? と聞いてきた人)が、町長の家に入る時はこの鐘を鳴らせ、と言っていたからだった。
鐘の音がなり終わりしばらくすると、邸の扉が開き、一人出てきた。
「「え?」」
その人は女性だった。茶色い首辺りまである髪に、整った顔つきの人だった。が、
「お待たせしました。何か御用でしょうか」
「「…………」」
「? あのー……?」
「え、あ、す、すいません。えっと、町長さんにお話があって来たんですけど」
「かしこまりました。では、こちらへ」
女性の後ろに目を見開きながらついていく二人。たまに目をこすったり、こめかみを押してみたりとしながら。なんで遺跡世界にこんな人が? と思いながら。
女性が、立ち止まった前にある扉をノックする。中から少し低めの声が返ってくると、扉を開いて中に入る。二人もその後に続く。
「町長、このお二人がお話しがあるそうです」
「分かりました、ありがとうセシア」
セシアと呼ばれた女性は一礼して、部屋を出て行った。
「ふむ、見ない顔ですね。さぁさ、どうぞおかけください」
町長が自分と対面のソファを示して言った。礼を言いながら腰掛ける。
町長は男性だった。少し茶色身を帯びたワイシャツに黒いズボンを穿き、白くなっている髪は薄めで円形脱毛している。旋毛のあったであろう場所には、もう一本の希望も無い。
「お話し、ということでしたが?」
「えーっと、まず、その前にいいですか?」
「何でしょう」
蒼夜が代表して、さっきから二人が気になっていたことを聞いた。
「あのー、さっきの方、セシアさんでしたっけ?」
「あぁ、はい。私の孫の友達でして。彼女のご両親が小さい頃にお亡くなりになられていて、それで家でお手伝いとして引き取ることになったんですよ」
「いや、まぁそういう重い話は置いといてですね……俺が聞きたいのは──」
一間空けて、聞いた。
「なんでミニスカメイド?」
そう、セシアはミニスカートでメイド服だった。何故か肩が露出しているブラウスとエプロン、そして白いニーソックスを履いていた。頭には当然ヘッドドレスも装備されている。前述の通りミニスカートなので、ニーソックスとの間に白い肌が見えていた。
町長は一瞬ぽかん、としていたが、
「あぁ、あれは……ですね」
一〇秒ほど考え込み、
「このラインズが山賊に襲われている、というより脅されて様々なことを強いられていることはご存知ですか?」
「えぇ、まぁ。町自体はそこまで暗いものでもなかったんで信じ辛いところはありましたが」
「あれはある意味開き直っているだけです。もう山賊とかどうでもよくね? 言う通りにしてりゃ何も無くね? 的な」
うわぁ……と思わず千秋は漏らした。
「その結果の一つが……メイドさん、というのですか。あの服をこの家の女中さん全員に着せろ(美少女限定)」
「凄い欲望全開の命令ですね」
「まぁあの程度ならまだ可愛い物ですよ。……ぶっちゃけみんな『可愛い!』って喜んでましたし」
「……確かに可愛かったかも」
そう呟いた千秋に蒼夜は一瞬視線をずらしたが、すぐに戻した。
「どの程度のものなんです?」
「そうですねぇ……食料を寄越せ、女を寄越せなどから、金を寄越せ鉱石を寄越せなどまで、とにかくいろいろあります。正直そろそろ厳しいんですよ。特に鉱石なんですが。この第二遺跡地帯は遺跡の他にもそれなりに高価な鉱石も掘れるもので、それを他の町に売ったりしていたのですがね。山賊達のせいで年々、いや月々に町への収入が減って来ているんです。そうすると職を持っていても給料が十分にもらえなかったり、そのせいで買い物が出来ず、店は儲からない、なんて悪循環。いつこの崖が崩れるか分からないですから、結構恐いんですよね」
町長は苦笑いしながら言った。
「……なるほど、大体分かりました」
「あぁ、そういえばあなた方のお話しを聞いていませんでしたね」
「俺達は──、あーいや、こいつは違うんですけどね」
「俺はSGSの生徒です。なりゆきの仕事ですが、一応手助けさせてもらいますよ」
* * *
あれから町長と話した結果、様子見はせずにさっさと山賊を潰そう、ということになった。
蒼夜と千秋は町長宅を後にし、町に戻る。
「ねぇ、なんで様子見とかしなかったの?」
「お前のせいだよ」
「え?」
蒼夜は深々とため息をついた。
「スフィーリアと地球じゃ時間が違うんだ。こっちの一日は向こうの五日。こっちの一週間は向こうの一ヶ月と四、五日だ。それじゃお前完全に行方不明だろ」
「え、ええええええええええええええええええええええええええええええ!? ちょ、は、初耳だよ!?」
〈そりゃ言ってませんからね、当然でしょう〉
「一時間辺り五時間向こうじゃ進む。半日で二日と半分だ。で、今の時間は?」
〈こちらに来た時は夕方六時頃でしたが、現在の地球は夜の一一時頃ですね〉
「…………」
千秋は真っ青になった。
「まぁ……あれだ。なるべく速く終わらせるから、心配すんな。お前は気にしないで俺の手伝いしてろ。さっさと山賊倒して帰りゃ良いだけの話──
「気にするよッッ!!」
「! ……千秋?」
千秋は涙目で蒼夜を睨んでいた。少し怯んだ蒼夜を無視して千秋は言う。
「何も知らないでよくそんなことが言えるね! 私は『普通の子』いたいの! その辺りにいくらでもいるような人達になりたいの!! そうなれるように私は努力して来た! ただ友達と一緒に過ごす為に! 部活の助っ人だってやってたし勉強だっていろんな人に教えてあげた! それでずっと『普通の子』でいれたのに……こんなことで『普通の子』じゃなくなるなんてイヤなの!!」
「…………」
「帰してよ……早く私を地球に帰して!! 五日も行方不明になんてなってられないよ! 私は──」
「お前、何怖がってんだ?」
「ッ!!」
蒼夜は今までとは比べ物にならない冷たい声で言った。
「大体見当はつく。今のお前の遠吠えで確信も持てた」
「と、遠吠え……?」
「負け犬の遠吠えだ」
「なっ……!?」
「自分が一番分かってるんじゃないのか? 今のお前は『普通の子』とやらでも何でも無い。ただの負け犬だって」
「……さい……」
「認めろよ。分かってても認めたくはないんだろうけどな。じゃなきゃお前は一生──」
「うるさいッ!!」
「……そうかよ。だったらいくらでも逃げてろ。あぁ、言っとくけど俺は異世界転移用の術式なんざ知らないんで、SGSから連絡受けた時に教えてもらうしかねぇ。つまりお前はそれまで帰れないぞ。それが嫌なら俺の手伝いをしろ。狭間の出現なんざ繋がってる世界で何かあったからって理由なだけなんだ、山賊共を倒しゃあそれで帰れるぜ?」
「…………」
千秋はしばらく蒼夜を睨み続けていたが、諦めたような顔をすると、蒼夜に背を向けた。
「……帰れるまでだからね」
「分かってるよ。最初からそれだけのつながりだ。……広場の方が騒がしい、山賊でも来たかもしれねぇ。行くぞ」
「……うん」
堅い壁越しの二人は、噴水のある広場の方へ歩いていった。
広場には人集りが出来ていた。見たところ山賊が来たらしい気配はないので、とりあえず二人は安堵する。
人集りの中心からは、男性のものらしき声が聞こえる。なにやら叫ぶように喋っているようだが、呂律が回っていない上に、慌てているのか興奮しているのか言葉がめちゃくちゃになって何が言いたいのか分からなかった。
二人は人集りを掻き分けて中心へと向かった。
「だ、だから! みひゃんだ! こ、ここ、こひゅりゅうぅを!!」
「だから落ち着けよ。何言ってるか分からないって」
「お、落ち着けるか!!」
最前列にたどり着くと、そんなやり取りを二人の男がしていた。片方は地面に座って噴水へ寄りかかり、もう一人は立っている。他の人々がうんざりしているところを見ると、どうもさっきから同じことをしているようだ。
蒼夜はその男のそばにより、
「落ち着いてください。何か大切なことを話そうとしているのなら、まずは落ち着くことです。でなければ伝えたいことは何一つ伝わらないままになってしまう」
「な、なんだお前は!?」
「俺のことは今どうでも良い。とにかく落ち着いて、あなたの伝えたいことを伝えてください」
「うむぅ……分かった」
男は何度か深呼吸をする。しばらくそうしていると、どうやら落ち着いたらしく、さっきよりも楽な姿勢で噴水に背を預け始めた。
「で、何を言いたかったんです?」
「み、見たんだ……」
「何を」
「りゅ、龍だ」
「龍?」
ざわ、と周りの人々が騒がしくなって来た。そして男は告げる。
「こ、こ、黒龍を見たんだ! この目で! 黒龍『ヘイロン』を!!」
人々に明らかな動揺が走った。
「へ、ヘイロンだって!?」
「嘘でしょ……ヘイロンは遺跡にいるんじゃないの!?」
「そ、そうだ! ヘイロンは白銀の遺跡から出ないはずだ! 第一今はまだ新月じゃないぞ!? 見たって言っても、子供かなにかじゃないのか?」
「違う! 子供なんかじゃない! あれは完全に成体だ! 本当に黒龍『ヘイロン』が出たんだよッ!!」
男は何度も何度もそう叫んだ。
そうしている間に二人は人集りの外に出た。
千秋は、先程のことを気にしているらしく暗い表情のまま、
「……黒龍って?」
「ん、そうだな……まあ簡単に言って神話や空想にいるような龍の一種だ。RPGに出てくるドラゴンの真っ黒な奴さ。とはいえ、そんなのは昔の話だ。今じゃ普通にそんな奴ら……っていっても地球以外だけどいる」
さっきのことなど気にせず蒼夜は続けた。
「龍ってのは神聖な存在としてよく描かれるけど、黒龍の場合は災いをもたらす者としてよく描かれる。まぁ普通にイメージとしちゃ当然だろうな。あんな真っ黒いのが幸福を運んでくるなんてイメージはなかなか湧かない。一応一部の地域じゃ神聖な存在として祀ってるけどな。で、話を戻すけど、黒龍ってのは光が苦手なんだ。だから光も何も無い深い海底に棲んでるって言われてる。まぁぶっちゃけ普通に光の中にいられるけど、真っ昼間ほどそこまで明るいのはダメらしい」
「でも……あの人が見たのは外なんでしょ? それっておかしくない?」
「どうしてそう思う?」
「だって……白銀の、遺跡? から出ないはずだーって。それと今の蒼夜君の話もあるし……」
蒼夜は頷いた。
「そう。白銀の遺跡とやらがどんなもんか知らないけど、光が苦手な黒龍が棲める場所なんだろ。光がそれほど入ってこないとか。そして、夜でもないのに出てくるはずが無い。新月の夜にしか出ないとまで言われてる奴だからな。だがそれが出て来た」
「見間違いとかじゃないの?」
「多分それは無い。龍ってのはでかいんだぜ? 俺はSGSの授業の動画でしか見たこと無いけど、かなりの大きさだ。ゴ○ラって映画あったろ、あれくらいのサイズはある。あんなのを見間違える訳が無い。酒で酔ってたって訳でもなさそうだ。酒の臭いは一切しなかったし」
シルディックを取り出すと、ハンマーのあるはずの場所にあるモニターの画面を押す。すると、そこから映写機のように映像を映し出した。もちろん空中にだ。何かに当てて映している訳ではない。
「シルディック、白銀の遺跡の場所を検索しろ」
〈了解です蒼夜様。データ検索…………発見しました。第二遺跡地帯ポイントBの三エリアです。どうもこの三エリア全てが白銀の遺跡のようですね。このラインズから約三〇分ほどで行けます〉
「……分かった。じゃあ行くか」
イヤな予感がした。
「い、行くってどこに……?」
「面倒に面倒が重なるけど、どうも黒龍の方も解決しなきゃならないっぽい。だからそっちに行くんだよ。山賊自体は簡単に片付けられるけど、こっちはそうもいかない。倒さなきゃならないにしろ、倒さなくてもいいにしろな。つまり、情報収集へGO。白銀の遺跡へGO」
「い、いってらっしゃい」
「お前も行くに決まってんだろ。早く帰りたいんだろ?」
「うっ……」
「おらおら、行くぞー」
千秋は手を引っ張られ、無理矢理連れて行かれた。
* * *
ラインズを出てから約三〇分。シルディックの案内にしたがって草原を歩き森を歩いた。
「あ……」
森を歩いている途中、足下の感触が固くなったのを千秋は感じた。見ると、さっきまでは土だったり落ち葉だったりしていた地面が、いつの間にか岩のように固まった物になっていた。
「あれだな。第二遺跡地帯ポイントB三エリア」
顔を上げると、森が終わっていた。開けた森の先には所々が緑で覆われている石の建物、いや、町が広がっていた。人の気配など無い廃墟の町のようになっているのは、第二遺跡地帯ポイントB三エリアを埋め尽くすほど巨大な遺跡。ここが白銀の遺跡ようだ。
「……別に白銀って感じはしないけど」
「名前の由来なんざいろんなところから来るだろうし、遺跡の見た感じで決めたとは限らないだろ」
「そういうものなのかな……」
白銀の遺跡を調査する時に作られたのか、人工的な階段が崖に築かれていた。とはいえ崖を削った原始的な物だから、歪な形はしているが。
「危ない事しやがるな……石になりたいのかよ」
「石?」
蒼夜は千秋の前を歩きながら振り向かずに、
「この地面、崖、ていうかこの三エリアのそれ全部ストラジウムで出来てる」
「す、ストラ……なに?」
「ストラジウム。火をつけると爆発して、周りの物を石化させちまう危ない物質」
「なっ……!」
思わず千秋は飛び退いた。
「安心しろ。普通に歩いてるだけじゃ引火なんてしねーよ。それにどっかのバカが火をつけたってここ一面が吹き飛ぶ訳じゃないし」
「え……? で、でもここ全部そのストラジウムっていうので出来てるんでしょ? だったら誘爆するんじゃ……」
「しない。火をつけられたところだけしか爆発なんてしないんだよ。そもそもストラジウムの爆発ってのはガス爆発みたいなのじゃないし」
蒼夜曰く、ストラジウムの爆発というのは、自分を分解して粒子化して爆発のごとくそれを散布させることらしい。火をつけて爆発するのは一種のトリガーだからだそうだ。
「ストラジウムについては完全には解析出来てないんだけど、人間の魔力に魔法属性があるように、ストラジウムにも似たような物があるらしいんだ。散布された粒子にはその石化の魔法属性みたいなものがあって、その粒子が触れた物を魔力変換する要領で、一粒が触れたもの半径三〇センチを石化させる。それが粒子で爆発時は煙に見えるんだから、煙の中にいたら物質だろうが生物だろうが石になるって訳だ。ちなみに、空気と水は石化しない。するのは、物と生き物だけ」
方法によっちゃ火花が飛ぶかもしれないから、ストラジウムに階段作るなんて普通しない、と蒼夜は付け足した。
ストラジウムの階段を下りきると、上から見ていたよりも迫力があった。映画のセットかと思うほど現実味の無い四角形の単純な家らしき物が並ぶ白銀の遺跡は、慣れていない千秋には落ち着かない。
しかし蒼夜は特に気にした様子もなく、まっすぐ奥に見える神殿みたいな建物を目指していく。
「へぇ……こいつはまた」
たどり着いた神殿を前にして、蒼夜は感嘆の声を漏らした。
大きさは、黒龍が棲んでいるだけあって大きい。形は単純に四角形を重ねたような物だが、柱や門、入り口付近の壁に様々な彫刻が彫られている。柱の上部はドラゴンの形をしているし、門や入り口付近には天使みたいな人形の何かが彫られていた。神殿の上階にも似たような物がある。
修学旅行くらいしか、古い建造物や場所を見に行かない千秋でも感動出来る物だった。
「こんなのテレビでも見たこと無いかも……」
「あまり外国のことは知らないけど、地球じゃここまで形の残ってる遺跡も珍しいんじゃないか? 中もちょっと古くて欠けてるところがあるだけで、ほぼ無傷みたいだし」
〈黒龍の住処ということであまり調査にも来ないですから傷つき様もありませんしね。それにおかげでデータもかなり少ないですので、詳しい地図はありません。ある意味勇者ですよ、私達は〉
「漠然とした地図はあるのか?」
〈残念ながらありません。調査記録には道は単純だ、と書いてあるので特に必要はないと思われますが〉
「じゃあ良い。とにかく行くぞ」
言って蒼夜は中に入っていった。千秋も少し躊躇いながら続く。
神殿内は、基本的に一本道だった。壁に様々な絵が描かれていたが、どれぐらい価値があってどれぐらい凄い物なのか分からない千秋には、ちょっとした感動しか呼ばなかった。
「ん、分かれ道か」
しばらくそうして歩いていると、真っすぐの道に右に行く道が出来ていた。
「どうするの?」
「とりあえず右から行こう。シルディック、道覚えとけよ」
〈了解です〉
右に曲がっても、結局一本道だった。変わったのは絵だったのが庭になったところか。
そうして二分ほど歩いていると、大きめの扉があった。それを開き、中に入る。そこには、長方形の部屋があった。広い、という訳でもないが、狭くもない。扉から入って正面には、さっきまで壁に描かれていたように絵が描いてあった。高さは一〇メートルくらい、幅は二〇メートルくらいだろうか。
「うわ……今度はおっきいね」
「あぁ。道の途中にあったのとは大違いだな」
近くに行ってみると、ますます大きく見える。
「黒いドラゴン……と、入り口とかにあった天使?」
「黒いドラゴンは黒龍だな。天使の方はよく分からないけど……」
〈上の方に書いてある古代文字らしき物は予言みたいですね〉
「文字?」
絵の上の方を見てみると、一行しか無いが確かに文字が刻まれていた。千秋には単なる絵文字にしか見えないのだが、この神殿に人がいた頃の文字らしい。
シルディックが読み上げる。
〈黒き龍が光すらも超越せしとき、神の子に災いが降らん。されど白く輝く銀の者がその災いを止めるであろう……らしいです〉
「えーっと、つまりどういうこと?」
〈黒龍が光も気にせずに出たら人に危害が出るけど、白く輝く銀の人が守るだろう、みたいな感じです。白銀の遺跡の由来はこのあたりからでしょうね〉
「本当に予言だな……でも無視は出来ないな。現に黒龍は光の中に出て来てる訳だし」
〈まぁ白く輝く銀の者とやらが出てくるなら、黒龍も気にすることは無いですがね〉
「それ期待して出てこなかったらどうすんだよ……まぁいい。とりあえずここはこれだけみたいだし、もう一つの方行くぞ」
言いながら、蒼夜は踵を返した。
「あ、待ってよ」
予言のことが気になりつつも、千秋は蒼夜のあとに続いた。
先程の分かれ道に戻りもう一つの道を行くと、今度は扉は無かったが、絵があった部屋よりもかなり広い部屋の出た。
入り口付近には池があり、部屋の中心には巨大な瓦礫がいくつもあった。上を見ると、大きな穴があいている。この部屋で行き止まりらしく、周囲に扉は無い。
「黒龍が棲んでるとしたらこの部屋くらいか……天井ぶち壊してまで外に出るなんて、何考えてんだか」
〈龍の考えることなんて、人間にもトライデントにもなかなか分かりませんよ〉
天井の穴を見上げながら、部屋の中心までやってくる。瓦礫の前に立ちながら、入ってくる光を眩しそうに目を細める。
千秋もボーッとその穴から空を眺めていた。白い雲が流れていく中、空の色がオレンジ色になりつつあった。
瞬間、その穴の前を黒くて翼の生えた何かが通り過ぎていった。
「……………………。………………。…………。え、今の何? え? え?」
「こ、黒龍、じゃね?」
〈ていうかそれ以外有り得ません。こちらには気がついてないみたいですが〉
………………………………………………………………………………………………。
しばらくの沈黙。
それを、部屋に響く甲高い音が突き破った。
「ひっ!? こ、今度は何!?」
「ど、どこから響いてるんだこの音?」
〈反響し過ぎて分かり辛いです〉
と、その音に何やら悲鳴じみた声が混ざっていることに気がついた。
二人は全力で神殿から逃げ出した。
いつもより長め、だと思います……。
遺跡探索の描写凄く苦労した……。頑張って台詞でカバーしたつもりだけど。
序章の第二章が次からです(プロット的に