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「私は帰って来た!!」

長い間時間をあけておきながら今回はちょっと短め。


完結まであと1〜2話。

 美薙月千秋は森の中を走っていた。目指す方向からは何かの咆哮やら爆発音やらが時折聞こえてくる。これだけで十分蒼夜達が黒龍と戦っているのだと判断出来た。

 蒼夜の事だから何かしらの作戦みたいな物は立てているのだろうが、生半可な物では倒せない。それは実際に見て感じた事だ。あれを倒そうと思うのならやはり──。

 と、そこまで考えた所で思考が中断させられた。


 ズッバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッッッッ!! と、蒼い光と共に轟音が響いた。


「ッ!!?」

〈千秋ちゃん! アレだ! 上上!!〉

 アークスが示す上空。


 そこには漆黒の龍がいた。


「やっぱり……戦ってるんだ……」

〈急がないとヤバいぜ……蒼夜がバカみたいに黒龍へ特攻してくような事はしないだろうから多分町人達がいるはずだ。さっきアイツが撃ったアレのでかさからして被害は──〉

「ッ……! 走るよ! チビちゃんもね!!」

 と、背後にいる黒い塊に向けて言うと、千秋は再び走り出す。それを追いかけるように、それもまたトテトテと走るのだった。


 そして──、

「蒼夜君ッ!!」

 美薙月千秋は、再び神射蒼夜の前へと現れた。


      *  *  *


「ち、千秋!? なんでお前がここに!」

「送り返されたから戻って来たに決まってるでしょ!!」

「んなっ……お、お前なぁ!!」

 蒼夜は今千秋に引きずられている。いや、正確には浮かされて引っ張られていると言った所か。千秋の風によって無重力空間のようにふわふわと持ち上げられ、それを千秋が引っ張りながら黒龍から逃げているのだ。端から見ると、馬鹿力な女の子が連れ去っているようにも見える。

「あーもう! とにかく下ろせ! 黒龍がまだ!!」

「うっさい! とおぅりゃああああああああああッ!!」

「ぬおおおおおあぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶーーーーーーーーッッ!?」

 ぐだぐだ言う蒼夜を、千秋は背負い投げ的モーションで投げ飛ばす。仰向け状態から投げられたため、うつぶせ状態で着弾し地面で擦り下ろされた。そのせいかボタンとかが弾け飛んでいる。

「いっっってええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!」

「蒼夜君はそこでじっとしてて! 魔力切れ寸前の上そんなボロボロじゃ死ににいくような物だよ!」

 言って千秋は蒼夜の静止の言葉を無視して黒龍に向かっていく。

 黒龍は千秋の前に着地すると、咆哮した。ドンッ、とあまりの音に衝撃波のような物が走る。が、それにも動じずに千秋は黒龍に話しかける。

「大丈夫……あなたが探してた子は私が見つけたよ」

 おいで、という一言と共に直径一メートルほどの黒い塊が森の中から現れ、千秋の腕の中に飛び込み収まった。

 ──黒龍だ。それもまだ子供の。

 千秋の飛び込んだ(滑り落ちた)穴の先は、このスフィーリアに来てからもう見慣れた森が広がっていた。背後には十数メートルほどの崖。特におかしな物はなかった、目の前で丸まっている黒い塊以外は。

 予想通りだった。その黒い塊こそあの黒龍が探していた物であり、暴れる黒龍を止められるであろう唯一の手段。黒龍の子供だ。穴から落ちて這い上がれずにいたらしい。

 こんな所にいるのに何故見つけられないのかとも思ったが、上から見たら木で遮られて見えないようだった。

 穴から出て来た千秋に気付いた黒龍の子供は、突然起き上がったかと思うと千秋に突っ込んで来た。受け止めた千秋は思わず倒れて尻餅をついた。

 人懐っこいのか久しぶりに誰かに会えて嬉しいのか分からないが黒龍の子供は懐いて来た。言葉を理解しているのか、お母さん(?)に会わせてあげると言ったら付いて来てくれた。

 黒龍は千秋が掲げた黒龍の子供に顔を近づけた。きゅう、と黒龍の子供の可愛い声が嬉しそうに聞こえた。


 瞬間、重い銃声と共に黒龍の子供の頭が吹き飛んだ。


「……え?」

 目の前のソレは先程までの面影などなかった。

 ただただ赤い赤い何かを千秋の頬に垂らす。それだけの物になったアカくてクロいカタマリ。

 ──なんだ、これは?


 ……千秋の思考が再起動させたのは、目の前の黒龍が哀しき咆哮だった。


      *  *  *


 銃声がなったのは蒼夜の後方からだった。

 黒龍、はたまた蒼夜を追いかけていつの間にか来ていた町人の一人が、まだ柔らかい鱗を持つ黒龍の子供の頭を吹き飛ばすには十分な威力の大口径ライフルを放ったのだ。

「な、にを……何をしてやがるテメェッ!!」

 蒼夜はその場でその町人に掴み掛かろうとするが、黒龍との戦いでボロボロの身体では町人にすら避けられた。

 何とか再び倒れるのだけは堪え、撃った町人を睨みつける。

「状況が急過ぎて細かい説明も何も俺には言えやしないがなぁ、あの黒龍の子供を黒龍(あいつ)に渡せばすんなり済んだんだぞ! あのままアイツは帰ってくれたはずなんだッ!! それをテメェはぁッ!」

「うるさい! あれだって黒龍だぞ! 倒さなければいずれ我らがやられる!!」

「バカ野郎ッ……! 黒龍を含む龍属は俺達が何もしなけりゃ何かをしてくる事はない! 特に襲ってくる事なんてなぁ!!」

「そんな事が信じられるか! 現に襲って来ていたではないか!!」

「アイツが自分の子供を俺達が誘拐したとか考えただけだ! 黒龍、というより龍属は頭がいい。どんなバカな動物だろうと白銀の遺跡に近づく野生動物がいない事くらい知ってる。なら俺達人間が誘拐した、そう考えたって当然なんだ!」

 町人は一瞬驚愕に満ちた表情をしたが、すぐに元に戻して、

「何故そんな事が分かる!!」

「SGSなら中学生でやる事だよ! それに、SGS内では世界混合現象は周知の事実だ。魔法を勉強してりゃ魔獣はもちろん流俗の事だって齧る程度はやる。アンタ達だって、調べて勉強すりゃ普通に通る道だ。それを山賊共の新式魔法にビビってるだけで何もしなかったアンタらの魔法の常識不足なだけだ!」

 SGSは世紀の歯車によって作られた魔法学校だ。その生徒の中には蒼夜のようにデビルの討伐を行ったり、狭間を通って異世界に行き問題を解決しにいく者もいるし、志願してそうなる者もよくいる。

 そのため、SGSは世界混合現象について生徒達に明かしている。何をふざけた事を、などとは言わせない。始業式後、親達が全員体育館から退出した時点で生徒達を大規模な異世界間用転移術式を使い、そこで異世界の存在、世界混合現象の説明をする。それでも納得しない生徒(滅多にいないが)は──デビル出現と同時に現場へと連れて行かれる。

 そうして世界混合現象について知らされた彼らがSGS内で魔法を勉強すると、もしも狭間へと入ってしまったら、のために魔獣の基本的な知識や、幻想種、いわゆる龍属などについての基礎などを勉強過程で必ず通るのだ。これは地球だからではあるが、異世界ではSGSのような場所でなくとも齧る程度にはその知識に触れる。

「俺だってガキの頃に魔法をたかが一回失敗しただけでビビって、魔法が使えなくなっちまった事がある。でもなぁ、所詮はたかが一歩なんだよ! 使えないまま立ち止まるのか、それとも恐怖を乗り越えて再び魔法を手にするか、この選択はたかが一歩、どんだけそのための足が重くて全然前に出なくたって、一センチだろうが一ミリだろうが一ミクロンだろうが、前に一歩踏み出せりゃ世界って奴は応えゲフぅ!!?」

「蒼夜君どいてーーーーーッ!!」

 走りながら突き出した千秋の足が蒼夜の横っ腹に突き刺さる。横へくの字に曲がった蒼夜の身体は数メートルほど右に宙を舞った。

「千秋!! お前いきなり何しやが──」

「うわあああああああ! 黒龍が来たああああああ!!」

「黒龍……? って、そうだった……! クソッ!」

 ボロボロの身体を引きずって走り出す。後ろにはこちらに迫り走ってくる黒龍。

 が、黒龍は蒼夜に追いついたかと思いきやそのまま追い抜いた。その際の揺れやら風圧やらで蒼夜の身体が再び転倒する。

 その先には思わず転んださっきの町人。

「う、うわああああああああああああああ!!? や、止めあえrtylkるあんvんたいほえwxか;あxはいえお──!!」

 グチャッァ! とトマトを潰すような音を出しながら黒龍は、黒龍の子供を撃ち殺した町人の下半身を踏みつぶした。もはや言葉になっていない悲鳴が断末魔として残る。

 しかし町人が絶命しても黒龍は何度も何度も踏みつぶす。中身など残さず、ただ地面の真っ赤な染みにする。

 町人が完全にただの血でしかなくなっても、叫びながらそれを繰り返す。

 途中で足を止めたかと思うと、近くで黒龍を涙目で見上げながら失禁している男が一人。

 手を伸ばし男を掴み、その巨大な口を開く。

「ッ! 止めろおおおおおおおおおおおおおッ!」

 蒼夜の悲痛な叫びは肉を食いちぎる音によって遮られた。

 ──グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ! 

 牙と牙の隙間から赤く紅くアカイ血を滴らせ、飛び出ていた町人の腕を更に奥へと滑り込ませながら黒龍は咆哮した。鼓膜が過剰に揺さぶられる。音ではなく別の上位存在みたいなもの、と言った方が納得がいくような音量だ。その鼓膜を喰い破らんとする轟音というのもおこがましく思える咆哮が、周りの木々を揺らした。まるで共に悲しむように木々がざわめく。

 ギョロリ、と黒龍の巨大な眼が蒼夜の方に向き、顔ごと蒼夜を睨んだ。

 怒り。憎しみ。悔しさ。悲しみ。

 様々な感情の入り交じった眼だ、と蒼夜は感じた。

「クソったれ……」

 巨大な身体をこちらに向け、睨みながら巨大な口から血と唾液をこぼした。

 そして自動車二台分はあろうかという巨大な足を一歩進めた。思い音が地面から響く。

 しかし更なる一歩は踏み出されなかった。

 バヂィッ!! と、黒龍の後頭部に電撃が直撃した。

「! 千秋か!?」

 黒龍の足の間の向こうで千秋はアークスを右手で黒龍の方に向けながら立っていた。


      *  *  *


 腰が抜けそうになった。

 腹から口へと何かが這い上がってくる感覚と吐き気が襲い、涙が自然と目尻にたまる。

 死んだ。

 黒龍が走り出し逃げた途中で見かけた蒼夜と共にいて何やら口論していた町人が。

 おそらく黒龍の子供を撃ったであろう町人が。

 黒龍の巨大な足に下半身を踏み潰され、奇声とも言える断末魔を残して残った上半身すらも踏み潰され、何度も何度も何度もその足に踏みつぶされ、最後にはただの赤い血だまりと化した。

 今度はそれを近くで見ていた町人をターゲットにしたらしい。失禁でもしているのか彼が座り込んでいる地面だけ濡れている。

 次の瞬間、町人は黒龍に掴まれて口の中に放り込まれていた。

 グチャリ、という肉を喰いちぎる生々しい音は二〇メートルほど離れた千秋の元まではっきりと届いた。

 そして咆哮。

 悲しみ嘆くようにざわめく森に囲まれながら千秋は、

「うぅ……ぉえ……」

 我慢しきれなくなった吐き気を吐き出した。胃液の通った喉が痛い。お腹も少し気持ち悪いし、目尻にたまった涙がこぼれた。

 想像もしていなかった。

 ただあそこで黒龍の子供を黒龍へと渡せば黒龍が誰かを襲ったり、どこかを襲撃するような事もなくなる。だって探し物が見つかったのだから。

 誰だってあの瞬間に黒龍の子供を殺そうとする輩がいるなんて想像もしないし予想もしないはずだ。

 だというのにソレは起きた。何の前触れもなく。

 ……いや、前触れはあったのかもしれない。正確には前触れなどとは言えないかもしれないが。

 ただ町人達は黒龍を災厄の権化かのように扱っていた。恐れていた。そんな中で黒龍討伐など行っているのだ。全力で黒龍を殺しにかかっているはず。

 ──例えそれが子供であろうとも、だ。

〈千秋ちゃん! 野郎、蒼夜に目ぇつけやがったぞ! どうすんだ!!?〉

「!」

 口元を抑えながら蒼夜がいるはずの場所に視線を移す。蒼夜はどうやら黒龍が思いきり通り抜けた際の振動と風圧で転倒してしまったようで、地面に手をついていた。黒龍の視線はその蒼夜にあった。

 ──止めなきゃ……──

 だが止める方法など思いつかなかった。魔法では黒龍に太刀打ち出来ない。それ以外もダメ。なら止めるならばどうする? どうすればこれ以上被害(死人)が出る前に黒龍(あれ)を止められる?

 たどり着いた答えは一つだけだった。

「行くよ! アークス!!」

〈おう!〉

 千秋は立ち上がると同時に黒龍の後頭部目掛けて雷激を放った。


     *  *  * 


 雷激を受けた黒龍はゆっくりと千秋の方へと視線を向けた。その目にははっきりと敵意が見て取れる。

 千秋はもう一度雷激を放ちながら、踵を返して走り出した。黒龍は当然のようにそれを追いかけた。

 雷系加速魔法『ライトニング・スピーダー』を微弱に発動し、何とか(・・・)追いつかれないように走る。黒龍の後ろでは微かに蒼夜の声が聞こえるが、そんなものは今気にしていられない。

 目指すは追いかけてくる黒き龍の住処。

 千秋は黒龍を倒す最後の賭けに出る。



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